Postlude
二年後。
新国立競技場の中央に設けられたステージの上で、ミコトは瞼を閉じ、深呼吸をした。
木材を抜けてきた風が、鼻孔をくすぐる。
「杜の匂いがする……アルテシアの匂いだ……」
呟いた後、ミコトはARグラスに表示されたディスプレイを見据えた。
ワールドエレクトロンゲームズ――リアルタイムストラテジー部門。
「よし!」
ミコトの掛け声と共に、その決勝戦が開始された。
◆
さらに月日が流れ――。
外出するべく、ミコトは自室でいそいそと身支度を整えた。
書棚の上には、ワールドエレクトロンゲームズで獲得した、リアルタイムストラテジー部門の優勝トロフィーが飾られている。
手早くこしらえた弁当を携えて自宅を出たミコトは、パーソナルモビリティに乗り込み、国際リニアコライダーへと向かった。
ユグドラシルからの帰還を果たしたミコトは、高校に通いながら高エネルギー物理学の勉強に励み、父親の研究を手伝っていた。
加えてRTSのプレイも続けるという、二足ならぬ三足の草鞋を履き回す生活だったが、今のミコトは、夢を持つことが、そしてその夢に向かって歩き続けることが楽しくて仕方なかった。
そんな日常を地道に積み重ねたある日――ついに、ミコトとタカシは、物体の移動のみという条件付きではあるものの、時空間の事象定義情報を安全かつ可逆的に書き換えることに成功した。
事象定義装置が作り出した光の中へと踏み出したミコトは、前方に手を伸ばした。
向かう先から、もう一つの手が伸びてくる。
輝く世界の中で――二つの手は、すれ違い、探り合い、そして――繋がる。
了