Op.39 倫理と合理
基地の格納庫で出撃準備を整えているライドの元へ、ガルベルトが「話がしたい」と姿を現した。
大統領が自ら出向いて来たことに対して、ライドは不意を突かれたような表情を浮かべるが、すぐに平静を取り戻してガルベルトの申し出を受ける。
「君は、珍しいペットを飼っているようだな」
ガルベルトが口火を切った。
「……何のことでしょうか?」
「全く以て月並みな回答だ。時間の浪費は好ましくないな。とぼけたところで無駄であることは、十分に承知しているのだろう」
ガルベルトは、一枚の写真をライドの前に投げた。写真には、一隻の貨物船を咥える巨大な顎が写っている。
「……!」
「駆逐艦で尾行させていた。未だに信じられないが、生物学者の見立てでは、未知の巨大な生き物の顎に当たる部分だろうとのことだ。しかも君は、この生き物を、何らかの方法で制御下に置いている。違うかね?」
「流石です。そこまで情報を掴まれていたとは……」
「掴んでいるというほどでもない。しかし、考えたものだ。産業廃棄物の海洋投棄。しかも正式な手続きを踏んでいれば、怪しまれることも少ない。急速に業容を拡大させていた産業廃棄物処理業者への資金援助も、環境保護財団を通じて行わせている。なるほど、工業地帯の公害は、昨今、大きな社会問題になっている。資金の流れの隠れ蓑としては、うってつけというわけだ」
「大統領、本題に入りましょう。お互い忙しい身です。先ほど、あなたもおっしゃられていたように、時間の浪費は好ましくありません」
「そうだな……では、幾つか質問をさせてもらう」
「どうぞ」
「まず、この写真に写っているものはなんだ?」
「アース文明を由来とする生体兵器です。おそらく、いかなる国家の軍事力を以てしても太刀打ちできないほど強力な」
「ほう……」
「残念ですが、これ以上の詳細は教えられません」
「良いだろう……では、君の目的はなんだ? この兵器を用いて、何を企んでいる?」
「……もう、三十年ほど前になります」
ガルベルトの問いに対し、ライドは遠くを見るように目を細め、自らも巻き込まれた過去の事件について語った。
三十年前。
海を挿んだ隣国――マルドラ共和国において内戦が勃発した。
世界を滅ぼした者たちの末裔だと伝えられ、当国において長年迫害され続けてきたセバル人は、内戦のどさくさに紛れて虐殺の対象となっていた。
そんな中、実業家であり、シュタール連邦共和国のセバル人系企業経営者たちとも親交の厚いライドの父親は、同胞を救うために二百隻以上の船をかき集め、マルドラ共和国からシュタール連邦共和国への移民を決行した。
しかし、シュタール連邦共和国は、それを自国への侵攻だと強引に結論付け、多数の海軍艦艇を迎撃に向かわせた。
武装が施されていなかったセバル人の移民船団は、一方的に砲撃の雨にさらされ、全て撃沈。人道的な見地から独自に救助活動に当たる艦艇もあったが、一命を取り留めたのは数百人に過ぎず、ライドの家族も、ライド本人を残して海中に没した。
「レテオ海戦か……」
ライドの話に耳を傾けていたガルベルトが呟いた。
対して、ライドは心中の不快を隠すことなく眉根を寄せる。
「海戦、ですか……事件の後、複数のメディアや有志が、侵攻ではなかったことを証明しながら、この国の政府は、未だにその認識を改めていない」
「改めることなどないだろうな」
「まさか、あなたも、あの事件はセバル人の侵攻だったと思われているのですか?」
「当時の私は、政界入りすら果たしていない二十代半ばの若造だ。事実については知るよしもない。ただ、見聞きした情報を元に、個人的な感想を述べるのであれば……当時の政府は、極めて合理的な判断を下した。そう答える」
「合理的な判断……?」
「あの当時、我が国は十数年に一度の厳しい不況にあえいでいた。五十万人もの難民を一度に抱える余裕などなかったろう。国家の健全性を保つことを、当時の政府は第一義としたのだ」
「国家の健全性……そのためなら、大量虐殺もやむを得なかったと?」
「人命など尊重するべきではない……そうは言わない。しかし政府は、国家と、その国家に所属する民衆のためにあるのだ。困難な局面においても本分を見失わなかった。それだけのことだ」
「…………」
「期待に沿わない回答だったかな?」
「いえ……これ以上なく期待通りの回答です。これで心置きなく計画を実行できます」
「ならば教えてもらえないか? その計画とやらを」
ガルベルトの問いかけと同時に、上空から空気を切り裂く音が降り注ぎ、基地周辺の市街地において複数の爆発が発生した。
「何ごとだ……!?」
「ディアボロスから鋼殻兵を投射しているのですよ」
「どういうことだ!? ディアボロスとは、鋼殻兵とは何だ!?」
「すぐに分かりますよ。それよりも、当初の質問にお答えしましょう」
言いながら、ライドは立ち上がる。
「あらゆる外圧を抑止し得る絶対的な力を手に入れ、セバル人が統治する国家を作り上げる。それが、小官の目的です」
「……国とは、大きく出たものだ」
「さて、そろそろ小官は失礼させていただきます。先行させている副官と合流しなければなりませんので」
「今しがたの話を聞いて、易々と行かせるとでも思っているのか? 基地の周囲には樹械兵の三個大隊を待機させて――」
そこまで言って、ガルベルトはハッと気づく。
「この騒ぎは、軍を足止めするためのものか……っ!?」
「鋼殻兵は、鋼殻竜よりも強力です。あなたが展開させた軍も、易々とは基地に踏み込めないでしょう。次にお目にかかる時は、国家の代表として相対させていただきます」
ライドは告げると、ガルベルトに背を向けた。




