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Ain Soph Aur ― アイン・ソフ・オウル ― 【プロット・企画書】  作者: 昭丸
第一楽章 エルドの予言詩
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Op.3 アルテシア王国評議会

 鋼殻竜(パンツァー)は、惑星ユグドラシルにおける頂点捕食者である。

 成体の全長は、およそ十七メートル。炭素鋼と同等以上の硬度と靭性を誇る外骨格によって全身が覆われており、砲弾でさえ容易には貫通させることができない。性格は極めて獰猛であり、人類の存続さえ脅かしかねない危険な存在だが、海、湖沼、河川など、まとまった容積の水を嫌う習性から、その生息域はアルテシア王国の北端に位置するネストと呼ばれる台地状の島に限られている。

 常緑歴(じょうりょくれき)一八九七年。

 アルテシア王国領の北東に位置する山村において、鋼殻竜(パンツァー)の襲撃事件が発生した。折り良く近隣で山岳踏破演習を行っていた第七樹械小隊の樹械兵によって、当該の鋼殻竜(パンツァー)は制圧されたものの、被害は住民の三分の一が殺害されるという凄惨なものとなった。

 この事件を発端として、アルテシア王国の全域において鋼殻竜(パンツァー)の襲撃が相次ぐようになった。原因究明のため、事件の発生初期から鋼殻竜(パンツァー)の侵入経路について懸命な調査が行われているが、現在に至るまで芳しい成果は得られていない。


「我が国は古くから非戦を標榜し、軍備の増強にはあえて手をかけてきませんでした。事実、陸軍および海軍の兵員は総じて一万二千人ほど、保有する樹械兵(ドライアード)に至っては百樹を下回ります。このような体制で、どこに出現するか未だに見当もつかない鋼殻竜(パンツァー)に対し、国土全域を防衛するなど現実的な話とは申せません。事実、ウルスランが襲われた際には、住民の三分の一が犠牲になったと伺っております。しかし幸いにも本事案に対しては、隣国のシュタールが、樹械兵(ドライアード)三百樹の派遣を早くから申し出てくれております。これを断るのは無論、留め置く理由も考えられません」

 机を拳で叩きながら、議員の一人が強い口調で主張した。

 アルテシア王国の南西に位置するシュタール連邦共和国は、人口、経済力、軍事力、領土面積の全てにおいて、惑星ユグドラシルのトップに君臨する大国である。度重なる鋼殻竜(パンツァー)の襲撃事件を知ったシュタール連邦共和国は、アルテシア王国に対して防衛支援を名目とした樹械兵(ドライアード)の派遣を申し出てきていた。

「駐留軍への物資の供給。宿舎、道路、鉄道の優先的な使用許可。さらには我が国が保有する樹械兵(ドライアード)および樹士の指揮権貸与……我が国を支援するに当たって、シュタールが求めてきた条件だ」

 シタンは、議員の発言に注釈を加えた。当の議員は、あからさまに不機嫌な表情を浮かべる。

「何か問題が?」

「シュタールの支援の裏には、我が国の実効支配という目論みが読み取れる」

「想定の内です。許容するべきでしょう。国民の生命に比肩し得る問題ではありません」

「国民の生命を優先することに異論はない。しかし、だからといって捨て置いて良いという話にはならない」

「捨て置けないと申されても、他に選択肢はないでしょう」

「その選択肢を探るための評議会だ。仮に支援を得るにしても、提示された対価の見積を査定もせずに受け入れるわけにはいかない。より多くの犠牲を強いられる事態に陥るやもしれないのだ」

「わかりませんな。我々には落としどころを探る時間は残されていないのです。明日にも新たな犠牲者が出るかもしれないのですよ」

「それを防ぐための評議会だと言っている」

「評議の余地などないと申しています!」

 議員が焦れた様子で言葉を荒げた。

「いい加減、何を懸念されておられます? 王権の剥奪ですか?」

「無礼な!」

 今度はシタンが言葉を荒げた。

「アルテシアにおいて、王権は国王のみが持ち得るもの。それに兄上……現国王が、絶対君主制から民主共和制への移行を進めていることは知っているだろう。評議会にあえて出席しないのも、貴公の言う王権が議論の帰着に影響を与えないようにするためだ。我ら王族が、王権などに執着し、国是を見失うことなど断じてない」

「……非礼をお詫び申し上げます。事態を憂える故の妄言なれば、ご容赦いただけますよう。しかし、ならばどのような策があるのかをお聞かせ願いたいものです。最善を希求するに当たり、私ごときではシュタールの支援を得る以外の選択肢が思い浮かびません。まさか――」

 言葉の途中で視線を逸らせる議員につられ、シタンは天井を仰いだ。

 ドーム状の天井には、骨組みに沿うようにステンドグラスが設置されており、昼日中の陽光を議場内に導いている。ステンドグラスに描かれているのは、冠を被り、豪壮な杖を掲げる麗しい少女の姿だ。

「我がアルテシアを国難から救済すると伝えられる女神……エルドの予言詩にならい、かの女神(マルクト)の降臨に、望みを託されるつもりではありますまいな?」 

 議員の皮肉めいた声音が耳朶を打ち、シタンは眉間に皺を寄せた。

 直後。

 議長席前の中空にて、虹色の光が弾けた。

 光は放射状に突風を走らせ、会議場内の書類を吹雪のように舞い散らせると、その中心から一人の小柄な少女を吐き出した。


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