初恋の男の子と婚約することになって、再会した結果。
幼い頃、泣いていた私に手を差し伸べてくれた男の子が居た。
私の目の色が珍しいからと苛められていた時に私を庇ってくれた男の子。その時に私はその男の子に恋をした。男の子は私を慰めるためにか、アクセサリーをくれた。
私にとってそのペンダントは宝物だった。
―――いつか、あの男の子と一緒になれたらと私は夢見ていた。
私はお父様にそのことを告げた。親バカなお父様は苦い顔をしていた。子供の気持ちだからと言っていたお父様は、私の気持ちがいずれ変わらなければ婚約を取り付けようと約束してくれた。
そして数年後、私は相変わらずその男の子――後から名前を知ったが、エトワール・ジュレ様を好きだと思っていた。
お父様は、婚約を取り付けてくれた。私はエトワール様に会うのがとても楽しみだった。私は嬉しくて仕方がなくて、気づいたら顔を破顔させてしまうぐらいだった。だけど、お父様は渋い顔をしていた。そして私に言うのだ。
――--ルーの好きにしていいから、と。
どういうことかは分からないけれど、何かお父様にとっての懸念点があるのだろうと私は考えた。でもどんなことがあろうとも、私はエトワール様が好きだもの。エトワール様が私のことを覚えていてくれているか分からないけれど、でもきっと私には幸せな未来が待っているわ。私はそう信じ切っていた。
だけど、エトワール様に会った時、その幻想は儚く砕け散った。
「ルカテリーナ・コガラノと申します。これから婚約者としてよろしくお願いいたします」
私はエトワール様をその目に留めた時、すぐにはしたなくもまたあえて嬉しいという思いのまま話しかけたくなった。だけど、そんなはしたないことをしたくないと思ったから貴族の令嬢として相応しい態度をしたいと思った。
エトワール様の目の前に私がいる。目の前に、私が恋焦がれていたエトワール様がいるというのだけでも嬉しくて仕方がなかった。
エトワーレ様はこの国で珍しくもない茶色の髪を持つ青年で、幼い頃に恋した男の子が目の前にいるのだと思うと嬉しかった。
だけど、エトワール様は、私に対して不機嫌そうな顔を隠していなかった。私はその事実に驚いていた。だって———……、初めて婚約者に会うという場面で、例え不服だったとしてもそれを顔に出すなんて貴族としてありえないもの。貴族は仮面をかぶる生き物よ。親しい人たちの前では感情豊かになっても仕方はないけれども、それでも初対面でそのような態度をするなんて……と驚いた。
「エトワール・ジュレだ」
エトワーレ様は不機嫌さを隠そうとしなかった。その態度は―――その場にいる私のお父様と、エトワーレ様のお父様の表情が硬くなるには十分な態度だった。私はエトワーレ様がなんで不機嫌なのだろうか、私は何かエトワーレ様の機嫌を損ねてしまうことをしてしまったのだろうか。そんな風に考えて仕方がなかった。
「エトワーレ様は――」
私はエトワーレ様に一心に話しかけた。それは私がエトワーレ様の事を好きだという気持ちが抑えきれず、何度も何度もエトワーレ様に話しかけた。エトワーレ様が何故不機嫌なのか分からないけれど、私はエトワーレ様と仲良くなりたかった。
だけど、私が離しかけてもエトワーレさんは冷たかった。私は悲しい気持ちは強かったけれど、それでもお父様とジュレ伯爵様がいる中で貴族令嬢としての態度を崩そうとは思わなかった。幾ら身内の前でもエトワーレ様の態度は駄目だわ、もっと親しくなれたらその点はもっときちんとしてもらわなければ。そうしなければエトワーレ様の立場が悪くなってしまうばかりだわ。
私はそんな風に、婚約者になったのだからこれから婚姻を結んだ先の事を考えていた。だけど、エトワーレ様はそうではなかった。
「―――俺はお前と結婚をするつもりはない」
エトワーレ様は、そんな信じられない言葉を言った。私は何を言われたのか理解が出来なかった。家同士で結ばれた婚約をそんな風に言うなんて貴族としてありえない言葉だった。最初、冗談をいっているのかと思った。いえ、これは冗談として流さなければいけないと言える言葉だった。
だけど、
「まぁ、それは――」
私が冗談として流そうとしたときに、エトワーレ様はそれを遮った。
「俺には愛している女がいる。リーナ以外と結婚なんてしない。権力を使って俺を手に入れようとしているようだが俺たちの愛はそんなものに屈しない」
耳を疑った。
その後も色々なことを言っていたが、要約をすればエトワーレ様は愛している人がいて、その方以外と結婚したくない。そして私は公爵家という権力を使って恋人との仲を引き裂き、エトワーレ様を手に入れようとしている悪女、らしい。
そこまで好きな方がいるのならば、婚約をする前にいってくれれば――。もし、婚約を断れなかったとしてもきちんと説明をしてくれれば私の家は引き下がる。
―――というか、そもそもわたしもリーナと、エトワーレ様に呼ばれていたわけだけど。
そう思って、その”リーナ”のことを聞いてみたが、どうも私とエトワーレ様の出会いと全く一緒だった。
どうやら、誰かが私を装ってリーナとしてエトワーレ様に接触しているらしいということに気づいた。
なので私は、エトワーレ様に「リーナは私です」といった。でもエトワーレ様は信じてくれなかった。エトワーレ様にもらったペンダントを見せれば、「リーナのいっていたことは本当だったのだな!」と逆上していた。
何でも、その”リーナ”は同じ黒髪の公爵令嬢にペンダントを奪われ、エトワーレ様と付き合おうとしているなどといっていたらしい。その性悪な公爵令嬢が私なのだと、きちんと確認もせずに、口汚い言葉を言い放つ。
お父様がわなわなしている。ジュレ伯爵様が顔を青ざめさせている。
お父様が渋い顔をしていたのは、こういう情報を少なからずもっていたからかもしれない。私は「ペンダントをリーナに返せ」などといっているエトワーレ様の声を聞く。お父様が今にも声を上げそうな中、お父様に笑いかけた。それは私が自分で問題を片づけるからという意味を込めていた。
「エトワーレ様、私が貴方と以前会ったことがあるリーナだといっても信じる気はないのですね?」
「信じるわけがないだろう!」
「ええ、そうですか。わかりました。でしたら貴方様が子供の頃にくださったこのペンダントは貴方様にお返しいたしますわ。ですので、そのペンダントは貴方様の言うリーナさんにお渡すでも好きになさってください」
私がエトワーレ様のいっているリーナであることを、私自身は知っている。でも幾ら私が訴えたとしてもエトワーレ様は信じて下さらないのが分かった。それに、幾らそのリーナという女性を信じ切っているからと言ってこの態度はありえない。恋は盲目、とでもいうのか私はそれでも信じてほしい、そんな気持ちだったけれどもエトワーレ様と話していて急激に自分の中の熱が冷めていくのが分かった。
エトワーレ様のこと、好きだという気持ちはある。だけれど、冷めていく気持ちも当然ある。
エトワーレ様は私がペンダントを返すといったのに驚いた顔をしたあと、「何を考えているんだ」と睨みつけてくる。
「何を考えているも何も、お返ししますといっているだけですわ。そして貴方様のお望みの通りに婚約は破棄させていただきますわ。そのリーナ様とお幸せに」
私はそれだけいって立ち上がる。そしてお父様とジュレ伯爵の方を見る。
「では、ジュレ伯爵、今回は御縁がなかったということで。お父様、帰りましょう」
「ああ、帰ろうか」
お父様は私の言葉ににこやかに笑った。
そして、帰りの馬車の中で、
「もっと良い相手をルーには見つけてやるからな」
「ええ、お願いします。お父様」
お父様の言葉に私は頷いた。
それにしても、こんなことになるとは考えていなかった。エトワーレ様と結婚できるんだと希望で溢れていた。でも、仕方がない。縁がなかったということだ。
初恋って、ままならないものね。
そう思いながらも私は馬車で自宅に帰宅したのであった。
その後、私に新たな婚約者が見つかったりしている頃にエトワーレ様と例の”リーナ”が色々ごたごたしていると聞いたが、私にはもう関係がない話だった。
――――初恋の男の子と婚約することになって、再会した結果。
なんとなく書いてみようと思って書いた作品です。少しずつ書いていたら投稿に時間かかってしまいましたが、幼い頃に出会った初恋の人に冷たくされる系の話を見て思いついたのでこんな話になりました。
幾ら初恋の相手だったとしても、あんな態度されてまで婚約を結ぼうとはしないだろうなということで。