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ウーラハン災害対策本部



 「進めぃ! 最早何者にも憚る必要はないぞ!」


 太陽配下の密偵、砂色の戦士達が驚くべき情報を持ち帰った。



 ハラウル・ベリセス国王ヨアキムが、タンティオを脱出したと言うのだ。



 ひゃっひゃっひゃーと大笑いするガウーナ。対照的に蒼褪めるジギルギウス。

 ヨアキムはタンティオを脱し、北に手勢を掻き集めて態勢の立て直しを図っていると言う。


 実に合理的な判断だ。しかし政治や民衆の感情に対しては、“合理的”と言う言葉が最適解で無い場合がある。


 ヨアキム王の脱出……言い換えれば逃亡は、瞬く間にタンティオで必死の防衛戦を続ける兵士達に知れ渡り、当然の様に彼等の士気は崩壊した。


 「狼公、先陣は依然として俺だ。

  如何に貴公と言えど勝手な真似はさせん」

 「勝手などしとらんぞ。そうとも、先陣はお主よ。存分に戦えぃ!

  ワシらはただ物見の為にインディケネを走らせておるだけじゃ」

 「手は足りている! 武功を掠め取るような真似をして、俺の兵どもの怨みなど恐くないらしいな!」


 強がりはよせ、とガウーナ。


 タンティオのベリセス軍が戦意を喪失し、死霊どもの跳梁跋扈を許す。

 この旅行脚の本分を済ませ脱出しようとする太陽も、クラッセ家から幾許も進まぬ内に四度、襲撃を受けていた。


 敵の数も、頻度も増えている。如何に赤光騎兵が精鋭といえども限界はあった。


 「気持ちえーわい。ハラウル人など生きようが死のうが大して気にならぬが、ボンは優しいでなぁ。

  ワシと白き野花の同胞で守ってやろうぞ。我が主の言葉ゆえにのぅ。

  ハラウル人どもは忘れまい。誰が己らの命を救ったか、誰がより強きかを。

  何せ国の主が! 王権の持ち主が逃げ出したのじゃ! 挙句仇敵に救われたのでは忘れたくても忘れられんわな!

  わーはははは!」


 ジギルは奥歯を噛み締め、努めて平静を装った。


 ヨアキムの行動が最善であるのは理解出来ていた。軍事的には、だ。

 政治的にどうかなど言うまでも無い。


 教育によって刷り込まれた王と王権への畏れ。これはもう理屈ではない。

 見捨てられた、と下々の者達は思うだろう。将校として教育を受けたジギルですら漠然とした喪失感を禁じ得ないのだから。


 しかし、どうにか言葉を吐き出す。


 「ヨアキム王は賢明だ。直ぐさま王都を奪還するであろうな」

 「分かり切った事をそれっぽく言って、それでお主の気が済むならそうすればよい。

  じゃが万民がそれで納得しようてか」


 見よ!

 ガウーナは後背を指し示す。


 そこには親衛古狼軍を頼って恐る恐る後を付いてくる少なくない数の民衆が居た。


 タンティオのベリセス各軍は次々と戦闘力を失っていく。壊乱する隊も少なくない。

 頼る相手を失った市民は、親衛古狼軍を恐れながらもその庇護を求めて付いてくる。敵や異教徒、異民族に対してまで、時に不適切と言える程寛容だった太陽の姿勢もそれを後押しした。

 そしてその数は数百歩進むごとに雪だるまのように増えていく。


 「ヨアキム王に代わり、我々があれらを守ってやろう!

  いや、我々ではない! 我が主ウーラハンがのぅ!」


 致し方なし。反論のしようも無い。

 しかしこの汚点、ヨアキム王は挽回し切れるか。


 「まぁのぅ。お主も器用な男ではない。傭兵どもの様に軽々しく敵味方を変えられんのじゃろ」


 事実だった。この期に及んでジギルが苦い顔をするのは手柄、武功などが問題では無い。

 ベリセスの醜態とヨアキム王の政治的失点を思っての物だ。この事件はベリセスを不利にする。


 ウーラハンに降っても、心情はベリセスに味方していた。太陽だってそんな事は理解していたし、咎めもしなかった。


 だがガウーナが許しておくかと言えば、違う。


 「じゃが小僧。お主の受けた恩を思い出せ。お主を手許に置く為にウーラハンは何をした?

  お主が恥と言う物を知っておるなら、せめて腹の内など欠片も見せるでないわ」


 ジギルは目尻を痙攣させた。

 ここまで散々ジギルやハルミナにちくちく突かれた鬱憤を晴らすかの様に言いたい放題だ。


 「……恩義は感じている。それに報いるつもりだ」

 「ほーん。ならばよし。……まぁ、お主がどう思っていようと、ワシが何をしていようと」


 ガウーナは何かを聞きつけたのか、耳に手を当てて満悦顔。


 「ウーラハンのなさりようには敵わぬよ」


 そこにはズタボロの兵士達が居た。背後に民衆を守っていた。



 「…………んあ?」



 ガウーナの大音声を間近で聞きながらもシドの背でぼーっとしていた太陽。

 ほっぺたをバシバシ叩いて朦朧としていた意識をハッキリさせるとシドから降りる。


 「……戦いに来たって感じじゃねーな。俺に何か用か?」


 兵士達は武器を捨てて跪いた。


 「恥を承知でお願いいたします。我らを受け入れて下さい」

 「……お前ら、傷だらけだな」

 「もう、もう、戦えない。我らではどうにもならん。

  このままでは皆殺しになる。奴等、俺の部下も、妻も……何もかもを、く、食い殺して……。

  こんな物が人間の死に方で良い物か……!」


 太陽は大きくを息を吸い込むと、跪く兵士の背を撫で擦った。


 「良くやった」

 「……何を、言われるか……」

 「お前らは良くやったよ。誰も責めやしないさ」


 顔を上げた兵士は太陽の脇腹が真赤に染まっているのに漸く気付いた。


 「その傷は……」

 「あー、まぁなんつーか、お前らと一緒だよ」


 太陽は笑った。目を合わせたその一瞬で、疲れ果てた兵達はその瞳に呑みこまれた。


 「俺と来い。国とか宗教とか関係ねーよ。敵も味方も、今は良い。

  俺について来い。逃げ遅れてる奴等が居たら俺の事を教えてやってくれ。

  全員まとめてタンティオの外まで連れていってやる」


 兵達はぼろぼろ泣いた。彼等は限界だった。

 すぐさま何名かが走り出す。彼等はこの事を触れ回り、太陽を頼る者達は更に膨れ上がるだろう。


 「気張れよ霧島・太陽……! ここが男の張り所だぜ……!」


 血まみれの手に握った目録が火の粉を散らす。

 脱力感に笑う膝。亡霊兵団の追加招集だ。


 太陽の命令に応えた戦士達が民衆を守る陣に加わる。

 す、と息を吸い込む。喉が痒くて咽せそうになる。体のあちこちがおかしくなってるな。


 でもここぞ、引き下がる気にはならねぇぜ。


 「行くぞ野郎ども! 近付く敵は叩いて潰せ!」

 『シン・アルハ・ウーラハン!』


 ガウーナは太陽をひょいと摘みあげてシドの背に乗せる。

 太陽はまたもやぼーっとし始めた。いっその事気絶してしまった方が楽なのだろうが、複数の呼吸音が彼の意識を繋ぎとめている。この男の特異な不眠症もここまで来れば筋金入りだ。


 「のぅ? どう思う?」


 にやにやとジギルに笑いかけるガウーナ。

 ここに来てジギルも諦めがついた。


 「……恐怖でウィッサ諸侯を従える王としては、気安過ぎよう」

 「負け惜しみもそこまでいけば立派なもんじゃわ」


 ジギルは聞こえる様に舌打ちした。自分も太陽に可笑しくされかかっている自覚があるから、彼らしからぬ品の無い反抗だった。


 「……しかし解せぬ」


 手の甲で口元を押えるのは癖だ。彼はタンティオを守る軍団の実力をおおよそ正確に把握している。

 そしてたった今推し量ったかの死霊の軍勢の力。決して対抗できぬほどではない筈だ。


 これほど呆気なく、王都を捨てる決断に至る物だろうか?


 シドの背に揺られる太陽はぼんやりと目を細めている。ジギルは彼の傍へと馬を寄せた。


 「ウーラハン」

 「……ん」

 「傷が痛まれようとも、思考を保たれよ。油断召されるな」


 太陽は一瞬、ギラリと鋭い眼をした。


 「ジギル、敵を探せ。奴ら、腐ってないのが混ざり始めた。

  食い殺しながら増えてるんだ。理屈は知らねーけど。

  近付かれる前に見付けて殺せ。戦っても負ける気はしねぇが、市民を守り切れない」


 うむ? 無用の心配であったか。



――



 そこから先は兎に角わちゃわちゃした。状況が目まぐるしく移り変わって何が何だか分からない有様だったのだ。



 戦いはガウーナですら戸惑いを覚えるほど熾烈な物となる。

 一体どこから現れるのか、斬っても斬っても終わりが見えない。


 雲霞の如く押し寄せる敵は一心不乱に太陽を目指しているように見える。

 不思議な事ではなかった。炎の戦神もその代行者たる太陽も、「不死公はぜってーぶっ殺す」と公言している。


 夜半から続くこの戦い、敵もいよいよ太陽を補足して狙いを絞ったか。



 重症の太陽を相乗りさせている為、何時ものように突っ込んでいけないガウーナは、珍しく指揮に専念した。


 「横陣を広げい! 一匹も抜かせるでないぞ!」


 敵には理性が無い代わりに雪崩のような勢いがある。

 が、そんな物は何の問題にもならなかった。普段インディケネなどばかりが目立っているが、戦神の目録に収まる戦士が弱い訳がない。


 敵の発見からその撃破まで連携も鋭い。ガウーナとジギル、互いが互いに侮られてなる物かと気を張っている。



 しかしそれにも限界はある。



 死体の山が築かれ、庇護を求める市民達はどんどん増えていく。

 僅かな家財すら持ち出す余裕の無かった彼らは小銭でも肌着でもなんでも差し出そうとする。


 「え、困る」


 しんどそうに、太陽。


 そりゃそうだ。そんなの貰ってどうするんだ。しかもこんな所で。

 裕福な者は奴隷や愛妾などを差し出そうとしたが、それだって同じだ。


 「隊を入れ替えぃ! 膝を下ろして呼吸を整えよ。しかし腰は下ろすな。

  間隙はインディケネが埋める!」


 ガウーナはガウーナでやきもきしながら指揮を続けている。

 先頭に狼公を戴いてこそのハサウ・インディケネ。その突破力にも些かの陰りが見える。


 「……我が君、既に難民は抱え込める限界を超えていると思いますが」


 唸りながらハルミナ。


 「毒を食らわば皿までよ」

 「はぁ……。その、……保護を願っていながら、この死霊達の襲撃は貴方の陰謀だと騒ぎ立てる者達がおりまして」


 不敵な笑みを浮かべたソルが褒めて褒めてと現れる。


 「ウーラハン、不届き者を斬ってまいりました! 恐らくはベリセスの間者かと。

  ハラウル人達の不安に乗じ、煽動していたようです」

 「あぁ、遅かったようですね」

 「斬ったの?」

 「斬りました!」


 そうかー

 斬ったかー

 やっちまったモンはしょうがない。過去は覆せないのだ。太陽はよしよしとソルを撫でる。


 「死と瓦礫に満ちている! これがタンティオだと言うのか!」


 平素の余裕をかなぐり捨て、汗と泥に塗れながら疾走するジギル。流石の赤光騎兵も限界が近い。


 「……将軍、門は閉じられておりました」

 「ウーラハンを外に出したくないようだ。昇降装置を奪取するぞ」

 「敵は、“イルシギナの不死騎兵”!」

 「愉快だ! 手柄首を狼公の前にぶら下げて、悔しがる様を楽しもうではないか!」


 喧々囂々。ハルミナは五人の豪商相手に倉庫の中身を要求している。

 狙いは油だ。廃墟となった家々に火を放てば敵を足止め……どころかかなりの数を焼き殺せる。


 「金の請求はウィッサ宛でどうぞ」

 「いやどうぞでは無く」

 「そもそも信用なりませんな」

 「それに倉庫を焼かれるのは! ワシは首をくくる事になる!」

 「魔物に生きたまま食われるより良いと思いますが。

  マージナに繋ぎを作って差し上げても宜しい。

  復興に必要な諸々を牛耳って、貴方達は大きく飛躍するでしょう」

  「博打打たせるにしてももう少し手加減してくれませんか」


 インディケネが数騎、話し合いの場へと飛び込んできた。

 彼らはハルミナが手間取っていると見るや何の気負いも無くシャムシールを抜く。


 特に感慨も無い。つまらない作業をこなすように、彼らは商人達を殺し、彼らの所有物である油を使って敵を焼き尽くすだろう。


 「あー来てしまいましたか。言っておきますけど、私が命令したところで止まるような相手ではありませんよ」

 「……わかった! わかりました! 請求はウィッサ公で宜しいですな」

 「有難い。これで多くの人々が救われるでしょう」


 インディケネは仕事が片付いたのを確認すると、ハルミナを猫の子のように摘みあげて狼に同乗させる。


 「ウィッサ公の遣り方は甘すぎるのでは」

 「私は貴方達と違い、主君が悪評塗れになるのを良しとしないので」


 こんな時だがハルミナは思った。コイツ今ウィッサ公と呼んだな。

 この人を子犬か子猫かと勘違いしているような狼騎兵、結構長い付き合いになったが……一応肩書きに対する敬意を持っていたのか。



 城門付近を制圧したジギル達は高揚と背徳を同時に感じていた。


 「ベリセスの拠点の中でも最困難であろうタンティオ城門を我らが攻略するとはな」


 少し前までそのベリセスの尖兵であった我らが。


 「折角だ、赤光の旗とウーラハンの旗を立てよ! 付近に生き残りが居ればここで糾合する!」

 「いや、滾りますなぁ。此度の戦、我らの武功に並ぶ者がおらぬ」

 「喜ぶのはまだ早い。ウーラハンが御隠れになられたら、武功も水の泡だ」


 赤光騎兵が一騎、団の紋章が刺繍されたマントを旗の代わりに見立て、ジャベリンに括り付けて城門横の階段を昇った。


 そしてそれを一番目立つ所に突き立てようとして外に軍勢を見る。


 「……友軍だ! 直ぐ近くまで近づいております!」

 「友軍……? 報告は正確にせよ! 何をもって友軍とする!」


 怒鳴るジギル。もしベリセス軍の事を言っているとしたらとんだ勘違い。懲罰物だぞ。

 我らはそのベリセスを裏切ったのだから。


 「旗印はエクリマが聖印! 光刺す丘!」

 「神々の古き地の紋章か。……確かにエクリマのパラディン達がこの状況に黙っている筈はない」


 エクリマはハラウルの国教である。しかしそれは同時に太陽が奉ずる戦神の敵対者である事を意味する。


 「友軍と言い切って良い物かな」



ばっかーん、と弾け飛ぶ倉庫に太陽は目をぱちくりさせた。

 太陽の居る所まで木片や灰が飛んでくる程だ。


 「ありゃ油の燃え方じゃないぞ」


 ベリセスの将校が答える。道案内と火計の為に同行させていた女だ。


 「……鉄の口付けです」

 「それってマーガレットの姉御が使ってる奴?」

 「姉御……? はぁ、まぁ。

  あそこは我がベッケス歩兵連隊の倉庫ですので……」


 こりゃ大事になったな、と太陽は思った。

 既にこんな有様ではあるが、ここまで来ると親衛古狼軍がタンティオを徹底的にぶっ壊しているように見える。


 破壊工作に来たつもりは無いんだぜ。恨んでくれるなよ、ヨアキムさん。


 その時、ソルがシャムシールを抜いた。


 「ウーラハン、ウレグが居ます」

 「え、どこどこ?」

 「炎の中に!」


 やっぱりアイツ生きてやがったか。

 脇腹はじんじんと熱いが思考は冴えて来た。燃え尽きる前の蝋燭って奴かも知れねぇ。


 「……ウゥゥゥー、ラハァァァーン!」


 猛火を突っ切って現れたウレグは人の形を取り戻していた。

 爛々と赤く光る目、ずたぼろの身体はそのままだったが、それでも生きている。

 アレだけ切り刻まれても回復するとは。


 奴は他のゾンビどもとは違う。

 どうするかな、と太陽が唸った時、次々と伝令が舞い込んできた。


 「ウーラハン、生き残った市民を見つけた。こちらに合流しようとしている」

 「ウーラハン! 赤光騎兵団が城門を奪取! 外にエクリマ教、タルタス騎士団が迫っております!」

 「ウーラハン、ベリセス軍が同士討ちを! 保護下の市民が混乱して一部が逃げ散りました!」

 「ウーラハン、これ以上は抑えきれん。狼公の手を借りたい」

 「ウーラハン! 首無し馬の一隊を見たり! 真っ直ぐこちらに突っ込んできます!」



 「よし」

 「ウーラハン?」

 「こういう時は深呼吸だ」


 何を悠長な。


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― 新着の感想 ―
最高な男(女)達による最高の物語 読者の自分も燃えていますよ。
何度読んでも痺れる 太陽、深呼吸し過ぎだよ、早く来てくれ
数年ぶりに読み返した 続きが読みてーよ
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