お前とは、ダチが良かった
赤光騎兵は敵を圧倒した。広く整然と区画整理されたタンティオの通りは赤光騎兵の庭に等しい。
人体を容易に貫通する強力な魔法のジャベリン。そして崩れた敵の群れに敢行される整然とした騎兵突撃。
「赤光の騎兵が、操られた死体如きを恐れる物かよ!」
彼等は突撃の勢いそのまま敵中奥深くまで切り込み、乱戦となれば騎兵刀を振り上げる。
そしてそれを支援するように二陣、三陣が敵に食い込んでいく。
「猛るな兵ども! 誇るに足る戦果ではない!」
ジギルは手下どもの抑えも効いている。成程、と太陽は思った。これは強ぇや。
「将軍! 敵が散ります!」
「禍根絶つべし!」
「将軍! 前に新手!」
「整軍! 後、突撃! 壊乱させよ!」
「将軍! 首の無い馬を駆る騎兵がおります!」
手柄首!
亡霊達はいきり立った。ガウーナを相手に屈辱的敗北を味わった彼等は、只管に飢えていた。
即ち、名誉を取り戻す事である。
ジギルの近従が手綱を引き寄せにやりと笑う。
「しからば、狼どもに手柄を譲る事もありませんな?」
ジギルもやはり笑った。目を閉じ、何とも爽やかな笑みだった。
瞳が開かれた瞬間、その勇ましい猛りが解き放たれる。
「先陣は、このジギルギウス!」
「軍笛! 軍鼓!」
「勇壮に鳴らせ!」
四名の軍楽隊が勇壮に奏でる。ジギルギウスは兜のバイザーを下げて槍を扱いた。
「アッダァーテェー!」
『サー・ジギルギウス・アッダーテ!』
それが戦術的に如何に非合理であろうと、敵と切り結ぶ場に於いては。
やはり指揮官が勇を示し、範を垂れねばならぬ。
兵の信望を得る手段は、最後の最後には理屈では無い。
ジギルギウスは背筋の熱さに身震いする。何故、こうも高揚するのか。
死んでもこれとは、俺の貴族としての性も中々筋金入りか。
――
素朴な十字とそれを取り巻く茨がマウセ麾下赤光騎兵団のエンブレムだ。
しかし今、その栄光の団旗は掲げられていなかった。ジギルギウスらしい配慮と言えた。
「赤光騎兵、スチェカータの赤きキャバリエ」
それでもベリセス王都タンティオの者達は赤光の威容を忘れては居なかった。
何度でも言う。この赤い羽根飾りの騎兵隊は、ベリセスの騎兵全ての憧れ。東の大帝国アルハニをして直接対決を避ける荒馬乗り達なのだ。
「だがしかし……」
同時にタンティオの者達は赤光の長ジギルギウスがどう言った最後を遂げたかも知っている。
汚らわしい死者の群れをジャベリンと騎兵突撃で平らげた赤光騎兵団が、一体何者の魁を務めているのか。
それを理解した時、王都の兵達は動揺を隠し切れなかった。
「今や、邪神の眷属と化したか」
「貴公、この隊の指揮官か」
「マウセ殿、まこと、ウルフ・マナスに降ったのですな」
「……おや、貴公」
死者との戦いで半壊した歩兵隊の指揮官を、どうやらジギルは知っているらしい。
「以前、衛士の一隊として勤めていたな」
「わ、私如きの事を」
覚えていて下さっていたと。
ただ一度きり、視線を交わした。それだけだ。
「貴公一人、気焔を吐いていたのでよく覚えている」
いかん、絆される。
指揮官は腐肉と脂に塗れた剣を構える。
王都タンティオがゼキエレの魔物に襲撃を受けるこの未曽有の事態。
ウーラハン親衛古狼軍はゼキエレと戦っているようだが、それでも彼等がベリセスの決定的敵対者であるのは間違いない。
そしてそれに降ったジギルギウスも、同様に。
「止せ、その気は無い。ここを通りたいだけだ」
ジギルは一騎のみで前に出た。指揮官は唇を噛んで身を強張らせる。
兵達は唖然としている。深夜から続くこの戦いに精魂尽きかけている。
挙句、嘗てベリセス騎兵全ての憧れであった赤光騎兵のお出ましだ。戦意を失ったとしても仕方ない。
「……っ」
「今、我々は確かに敵同士」
ジギルは身を屈め、馬上からその指揮官の肩に手を置いた。
指揮官にその気があれば一突きに出来る。しかし、足が震えていた。
「であっても、この有様に付け込むような真似はしない」
「己が生まれる前からのベリセスの宿敵を信じるなど出来ません」
「ウーラハンとウルフ・マナスは決して同一の存在ではないし、俺の名に懸けて無体はさせん。
彼等を信じろとは言わん。俺を信じてくれないか」
剣を取り落とした。がら、がしゃ、と兵達は次々に武装を投げ捨てる。
「通るが良い、どの道我々に貴方を止める術は無い」
「感謝する」
ジギルギウスは後背のガウーナ、そして太陽を振り返り、右手を上げた。
「進発! 穂先を下げ、粛々と! 民草を怯えさせぬように!」
ぞろりと赤光騎兵達は動き出し、群れとして進みながら何時の間にか二列縦隊を作り出した。
整然としており、堂々としている。成程この統率力、奔放なインディケネとは違う方向性で高い練度が垣間見える。
彼等は前につられて惰性で騎馬を進ませるのではない。
石畳を踏みしめる一歩一歩を、ジギルギウスの号令によって進ませている。
「斥候四騎! 敵の気配を探れ!
早駆け、行けぃ!」
命令に違わず、四人の赤光騎兵が騎馬を駆る。
ほほーと漏らす太陽。ガウーナさっきからずっとむっつり不機嫌顔だ。
「かっちりしてんなぁ。ジギルに任せりゃ安心だ」
「ボンの命令が一つあればインディケネを出すわい。
白き野花の同胞は、各々が時代の勇者たる器であり、極めて優れた斥候じゃ」
「ガウ婆、覚えてるよ、忘れてない。でも今見た通りだ。
ジギルなら敵を説得できる」
敵に情けを掛け過ぎじゃ、と思うガウーナだったが太陽の言う事に逆らえる筈も無い。
ふーん詰まらんわい。とそっぽを向くばかりだ。
ジギルは赤光騎兵の範を垂れ、穂先を下げ粛々と愛馬を進ませながら太陽まで声を届かせる。
「ウーラハン、戦いに強いのは結構! それは国家の大前提!」
太陽はぼうっとしたまま首を傾げる。
「……なんだ? 突然」
「しかし理性無き戦争は只管の消費行為! 貴方が厭われる通りだ!
このジギルギウスは、正に貴方好みの用兵をしよう!」
まるでガウーナを挑発するかのような内容だ。太陽を抱きかかえるようにしてシドを進ませるガウーナは案の定青筋を立てている。
「あの小僧……言ってくれるのぅ」
「はは、怒るなよガウ婆」
「ワシのような戦争屋が国を疲弊させると言いたいのじゃぁないか。腹立つわい。
ワシらと己らがどう言った歴史を歩んできたか知った上で言っておるから、尚の事タチ悪いわ!」
いつもガウーナに良い様に可愛がられているハルミナはここぞとばかりにグサリと刺す。
「それでも狼公は殺し過ぎだと思いますが」
「ハルミナ、お主なぁ。殺し易いのが態々首を差し出しに来るのが悪いんじゃぁないか」
「狼公、貴女は一族の為に戦って勝つしかなかった。それは理解しています。
しかしいつまでも考え方を変えられないでいると、いずれは破滅しますよ、破滅」
ウーラハンは土地を奪って、そして私は地盤固めが得意な官僚です。
建国黎明期の英雄が国家安定期になって粛清されるなんてよくある話ですからね。
講釈を垂れたハルミナはふふんと笑う。
「粛清って…………そんな事せんよな? ボン?」
「前言ったろ」
太陽は血の滲む包帯を押えながらぼんやり応える。
「俺とどうしても分かり合えなくなった時は、俺を殺しに来いって」
「ウーラハン、狼公に限ってそのような事はありません。
しかし、手綱は厳しくお取りください」
今まで黙っていたソルもぼそりと言った。四面楚歌の状況だ。
ガウーナは喚いた。太陽に殺されるのも、太陽を殺すのも、絶対に御免だ。
「ちくしょー! お前様! このガウーナ、並み居る群臣の中、最もお前様に忠実な婆やでありましょうぞ!」
ジギルギウスは軍団の先頭でしたり顔になった。
――
ハルミナの生家、クラッセの屋敷はこじんまりとしている。
手入れはされているが老朽化していた。貧乏臭さが隠し切れていない。
実の所、何度か偵察した事があった。あまり人の出入りが無い屋敷で、ハルミナはそれを一笑に付した。
「下っ端の法衣貴族ですから。代を遡ればある程度自慢できる家格らしいですが」
「……あー、領地を持ってない貴族の事だっけ?」
「その認識でもまぁ、遠からずと言った所です。そもそもベリセスの統治形態は通常の王制とはかけ離れていますが……。
講義はまた今度にしましょう。……その……」
ハルミナは朦朧としている太陽の脇腹に手を添える。
「苦しいのでしょう?」
「いや、今はそんなに」
「それ、麻痺してるんですよ。もう暫くしたら傷が猛烈に発熱してくる筈です」
「へへっ、急ぐか。そうなったらしんどそうだし」
古びれた石組みの入り口を通過する。静まり返っている。
ガウーナが耳に手を当てて言う。
「足音がする。出迎えのようじゃ」
ぎし、と音がして樫の木の扉が開かれた。男が立っていた。
ブラウンの髪と髭。なんとも言えない、平静その物と言った感じの目と表情。
儀礼服の一種らしい黒いゆったりとした服を着ている。体格は分からないが、首と肩幅を見る限り痩せ過ぎのように思える。
「ようこそいらした。……建前的儀礼として、そう言って置く。
このベリセスの一大事に来られるのは些か予想外ではあったが」
高い声音だ。神経質さを感じさせた。
「お久しぶりです。母の墓前にワインを供えに来ました」
「愚かな娘よ。帰ってきてはならんと手紙を送った筈だが」
「受け取りましたがご存知の通り」
どうしても貴方に会いたいと言う方がおられまして。
太陽は前に進み出て腰を落とし、さっと手刀を斬った。
「このような格好で失礼しやす。名は太陽、家名は霧島。
親衛古狼軍の頭を張らせて貰っておりやす」
「……? ……異国の儀礼には詳しく無く、不見識を許されよ。
しかし丁寧な挨拶、確かに頂いた。私はドゥシャーテ・アルキン・クラッセ。
ベリセス貴族としてウーラハン殿に対し恭しく対する事は出来ないが、最低限の敬意は払おう」
「よござんす!」
太陽は姿勢を正した。
「用件を窺いたい。そしてそれが終われば早々にお引き取り願う。
怯える家人を宥めすかすのも一苦労でな」
ハルミナが何の表情も浮かべないまま早口で言う。
「賓客を玄関で持成そうと?」
「賓客では無い。正直言って迷惑だ」
「……見ての通り太陽殿は重症です。椅子の一つも無いのですか? 我が生家には」
「傷を不安に思うならさっさと帰ればよかろう。ベリセス、クラッセ家として蛮族に阿る事はしない」
ドゥシャーテの目が細められる。剣呑な気配。
彼は並み居る亡霊兵達を前にしてなお、全く怯えを見せず寧ろ言葉を続けた。
「知遇を得た相手をこのように言うのは心苦しいが
ウーラハン殿には死んで頂くのが都合がよい」
太陽は大笑いした。腹の傷が痛んで更に血が出る。
「ハハハ! 成程、ハルミナの親御さんだ!
アンタと会えて光栄だぜ」
愚直さとクソ度胸。言動の端から滲む不器用さ。そもそもこのベリセス・タンティオの危機に全く動じた様子が無い。
ハルミナとよく似ている。
ソルは困り顔。いつもの事ではあるが、こういう手合いに太陽は機嫌良さそうにする。
ソルの使命としてはシャムシールを抜いて然るべきだが、太陽はそれを望まないだろう。
太陽は一歩、二歩、とドゥシャーテに近付いた。
「この度、お忙しい所にお邪魔した訳は、娘さんの事で御座いやす」
「あれが何をしているかは聞き及んでいる」
「結構。娘さんの身柄、親衛古狼軍で預からせて頂きやす。
言い方はアレだが当然人質とかそう言う訳じゃねぇ。
娘さんはウィッサをよい街にするでしょう。今回はそのご挨拶に」
「この期に及んでは娘の身の振り方にどうこういうつもりも無い。煮るなり焼くなり好きにされよ」
「……よい返事を頂戴しやした。まずは満足」
太陽は後ろを振り返る。
「ハルミナー、なんか話しとく事とか無いの?」
「気遣いは無用です。それよりも貴方の傷の治療をしなければ。
えぇ、えぇ、一刻も早くです」
「でも、墓参りくらいしていこうぜ。この屋敷の中か?」
「……あーもう、解りましたよ」
ドゥシャーテに向き直れば、彼は神経質そうな表情を緩めて苦笑しているようだった。
目の前で行われる呑気な遣り取りに気を殺がれたのか。
「アンタは俺を嫌いでしょうが……そこを曲げて、ちょっと庭にお邪魔しても?」
「良いだろう。私とて木石で出来ている訳で無し、そのくらいの情はある。
一応同席させて頂く。妻の墓に乱暴をされても困る」
ガウーナがシャムシールを半ばまで抜き、これ見よがしに戻した。
しゃらんと鈴が鳴る。
「ワシらは墳墓を暴くお主らと違い、死者を敬う。安心せぃ」
「狼公殿、貴女はこの大陸に碌な躾けもされていない狼を解き放った“知的な野蛮人”だ。
信用に値しない」
「ボン、あの世間知らずの頭でっかち、ぶっ殺してよいか?」
「押し込み強盗に来た訳じゃ無いぜ」
まぁえぇじゃろ、とガウーナはぎしぎし歯を鳴らしながら笑った。
ガウーナはベリセスを叩いて、叩いて、叩き潰すつもりでいる。このような気性の男がその激動の中で生き残れるとは思えない。
「ボンが言うなら仕方ねぇわい。
……ま、娘っ子も覚悟は出来ておろうて」
ドゥシャーテは踵を返した。墓に向かうらしい。
人付き合い苦手なんだろうな、と太陽は思った。
ジギルは顎を撫で擦りながら笑っている。
「あのような硬骨漢が居たとはな」
「ジギル、悪いが見張りを頼む」
「承知した。……あぁ、これは今言うべき事ではないかも知れんが」
ジギルは愛馬に跨った。
「悪いが、等と軽々しく言葉を使う物ではない。今や貴方は我が主君だ」
赤光騎兵が散り、クラッセの屋敷周辺に警戒網を敷いた。
太陽は痛む腹を押えながらドゥシャーテの後を追う。
――
庭の木陰にその墓はあった。墓石自体は古く無く、またよく手入れされていて、墓の中の人物が愛されていた事が窺えた。
「北の人です、母は。私の髪は母から受継いだ物です」
言いながらハルミナは麻袋から木筒を取り出す。ワインが入っているらしい。
「散々放り投げられたり、狼公の背で揺られたりしましたから、掻き混ぜられて駄目でしょうね、このワイン」
「すまんな、娘っ子。…………なんじゃ、ワシだっていつもお主をからかってばかりじゃないぞぃ」
何だコイツ、みたいな表情を隠そうともしないハルミナに、心外そうなガウーナ。
まぁいいやとばかりにハルミナは墓前に跪く。
「アケンドラの銀の竪琴。ソーシャの民の三本目の手にさがり、男は女を追い掛けて、荒々しき濁流までを踏破せり」
厳かに歌いながら木筒の蓋を開け、そっと供える。
風が吹いた。草木の擦れる音がする。誰も皆、呼吸の音まで抑えている。
今までに見た事の無い表情だった。太陽はそう言えばそうだよな、と思った。
ハルミナは余り自分の事を話さない。このタンティオで遊び回った時、少しずつぽつりと話してくれた程度だ。
ハルミナの事を、余りにも知らなかった。
「我が母の母、母の母の母。アケンドラの女神よ、凍った睫毛に紅の頬。ソシ……ソシ……えーと、なんだったかな」
「ソシアルの凍らぬ港だ」
ドゥシャーテがハルミナの詩に口を挟む。
「そう、ソシアルの凍らぬ港に浮かべた船は、貴女への贈り物だ」
ハルミナは暫し墓を見詰めた。母の名が刻まれている。アリエスと。
「昔は幾らでも諳んじられたと言うのに、歌わぬと忘れてしまうんだなぁ」
一瞬、しんと静まり返る。沈黙を破るのはドゥシャーテ。
「ハルミナよ。今後、当家への立ち入りを禁ず。今度こそだ。
クラッセの家名は許そう。言うまでも無い事だが、私を含めベリセスのクラッセ一族が悉く滅んだ時はお前がクラッセの主だ」
どちらが勝とうとも血は残る。ドゥシャーテは太陽をちらりと見た。
「……最早お前は、その名を必要とせんかも知れんがな。――主君に尽くすが良い」
「分かっています。……完璧な主とは言い難いですが、今は太陽殿の為に働いても良い気分なのです」
「よし。これまで教えた通りだ。弁舌と文言に命を賭せ」
ハルミナは立ち上がり膝を払った。
外で死霊の軍団と激戦が続いているとは思えない静かな空間だった。
「……家人を少し、お前の所に送る。人脈作りに熱心でなかったお前だ。人手が要るだろう」
「感謝します」
「では、話は終わりだ。次にアリエスと会える時があるとすれば我々を滅ぼした後だ。心せよ」
ハルミナは墓を振り返る。決然とした凛々しい目だった。
だが切ない。
「さようなら。……さようなら、母さん」
太陽はハルミナに何を言おうか考えた。
上手い考えは浮かばなかった。
「お帰り願う。もう会う事が無ければよいのだが」
ドゥシャーテが拳を固く握り締めるのを、太陽は見逃さなかった。
――
「あぁ見えて、不器用なだけの人ではないですよ、ドゥシャーテは。
クラッセの身代を証明する為に刺客の一つでも差し向けて来るかも知れません」
ジギルギウスは異常なしと伝えて来た。ベリセス軍の必死の防衛が功を奏したか、ここいら一帯は静かな物だ。
「……それに貴方の傷も依然気になります。さっさと逃げましょう」
「なぁハルミナ」
「なんですか」
ハルミナは声こそ静かだが心を乱しているようだった。
きっと、彼女の中でこの時の事をずっと考えていたに違いない。生家と決別する瞬間の事を。
太陽はほんの数瞬、顎に手をやって考える。
そんな様子に、『余計な事ならば言うな』と険しい表情のハルミナ。
「俺のせいだな」
「……えぇ、そうですね」
「舎弟のメンタルケアって俺の仕事なんだよな。少し軽く考えすぎてたかも知れねぇ。
ハルミナの、家族や故郷を思う気持ちを」
「だからどう、等と今更仰る訳ではないでしょうね。
貴方のその軽々しい言葉の選び方、前から物申そうと思っていたのです。
……今から言うのは私の願望です。えぇ、八つ当たりですね、速い話」
ばちん。ハルミナの両の手が太陽の頬を挟みこむ。
「もうこれ以上悪戯に、私を途惑わせないでください。
気紛れな優しさや試すような言葉は最早不要です。私は貴方を見込んだのです。
貴方は時に人々の為に心砕き、時にそれを踏み躙らなければならぬ座に着いたのです。
背中にも目を付けて、己の一挙一投足がどんな結果を齎すかをご覧ください。
お遊びはここまでです、“我が君”。
王に
なられませい」
分かって言ってんのか。
支配者としての教養がある訳でもなく、またその意思を持ってウィッサに立った訳でもない。
戦神アガの武威からなる乱暴な王権神授以外に権力的根拠すら持たない。
ごつ、太陽はハルミナと額をくっつけた。
「どうなっても知らねぇぞ」
「……どうにもならなくなる前に、このハルミナが持ち堪えて見せましょう」
見詰めあう、と言うより睨みあうような感じだった。
前にハルミナは言っていた。太陽の前で発する一言一言に命を懸けていると。
「それがお前の美学か」
「私にとっての美学は……貴方を文明の守護者にする事です」
「……帰るぞ。帰ってから……もう一回聞きたい。ハルミナの考えを、さ」
亡霊兵達が一斉に抜剣する。
ガウーナが太陽を抱え上げ、シドに跨った。
またもや猫の子のようにインディケネの一騎に摘みあげられるハルミナ。憮然としている。
ガウーナはけらけら笑っている
「あの親にしてこの子ありじゃよ。男を尻に敷く女丈夫じゃな。ボンを王として仕立て上げるつもりらしいのぅ。
アケンドラの血か。アレぐらい気の強いのが、後一人か二人くらい娘に欲しかったわい」
ふ、と太陽が笑うとガウーナも笑って茶々を続けた。
「先々楽しみじゃの。ボンとスーセの子はあのように躾けんか?」
「悪いガウ婆、今冗談を聞いてる余裕がねぇ」
じくじく痛む腹の傷。
安静にすべき所を無理に動いている物だから、シャーマンの治療の甲斐も無く傷が開いてしまっている。
「我が君、か」
今更か。あれこれ押し付けたのは俺だ。
太陽はぼんやり呟いた。
「……慣れてた筈なんだけどな、他の奴らからなら」




