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ベリセス・ウィッサ




 ひとまず太陽は人間の生活圏を目指して南東に向かう事にした。

 比較的至近にあるハラウル・ベリセス領の街に、余所者でも入りやすいところがあるらしい。


 灰色狼のシドに跨り、二人は高原を駆け抜け、丘を下る。猛烈な風を感じる。

 バイクぐらい早い。マジに八十キロくらい出てるんじゃないか? 太陽は感嘆した。


 風の音がうるさいので少し大声で話す。


 「ワシらの縄張りに近いからの。傭兵業と商いが盛んで人の出入りが激しい。門兵に小銭をくれてやれば簡単に入れるじゃろ。

  ……ちょっとした事情で警戒も緩んでおるじゃろうし」

 「傭兵業か」

 「珍しいもんでもなかろ?」

 「俺の住んでるところじゃ一度も見た事ないぞ」

 「ほぅ……そりゃ良いのう」


 国が国の役割を果たしていれば傭兵如きがでしゃばる余地はない。とガウーナは言った。


 「ガウ婆、良かったのか?」

 「何がじゃ?」

 「西に行けばガウ婆の仲間たちが居たんだろ」


 ガウーナはちょっとセンチメンタルな顔になる。


 「あぁ愛しや、我が故郷。

  ……気にはなる。が、一族には「西へ向かえ」と言い遺した。西の大山脈まで逃げたならば、ハラウルも容易には軍を出せん。

  暫くは大丈夫じゃろ」

 「本当に?」

 「戦神が加護を与えてくださる。今は信じるのみよ」


 視線は遠く空を向いていた。太陽も釣られて空を見た。


 「地獄から戻ってみると同胞達が恋しく思える。飽きる程見た筈の顔が見たくなる。……でもボン、決してボンをないがしろにはせんでな」

 「ガウ婆、別に気にしねぇのに」


 太陽が困ったように笑う。ガウーナは話を変える。


 「……そうそう、家族といやあ孫の孫にスーセと言うのがおってな。これが可愛いんじゃ。幼いころは若い衆に何度怒られてもワシの後をちょろちょろついてきてなぁ」

 「孫の孫……」

 「その内ボンとも会わせたいわい」


 そういえばガウーナは八十歳。子もいれば孫もいるだろう。

 にしたって世代を重ねるサイクルが早いような気もする。まぁ日本とここで比較するのもおかしな話だ。


 「ボンと同じくらい可愛いぞい」

 「へぇ、男の子か」

 「いや? 女じゃよ」


 太陽は無言になる。女の子と同じくらい可愛いぞいと言われて喜ぶ男子はそんなにいない。




 幾つかの丘を越え、街道らしき場所に出た瞬間、ガウーナは鬱陶しそうな声を上げた。


 「あーまたやっとる」


 見れば街道にいかにもガラの悪そうな連中がたむろしている。

 腰には剣、手には槍。幾人かは弓を持ち、数頭の馬を連れている。


 現代日本で育った太陽にしてみれば大して整備されている訳でもない街道だが、それでも大事な交通路だ。彼らはそこを塞ぐようにして散らばっていた。


 「剣、槍、oh、ファンタジー」


 モニターの中にしか見た事のない物を見て太陽は少し興奮した。


 「ありゃ傭兵じゃ。傭兵の癖に馬なんぞ連れて、中々羽振りがよさそうじゃの」

 「何してるんだ?」

 「勝手に街道を封鎖しとる。”自主的な関税徴収”とか言っとるのを聞いた事がある。ここを通る奴らから小銭をせびろうってんじゃろ。活きの良い傭兵団がよくやるんじゃ」

 「……?」


 つまりカツアゲって事らしい。


 「警察っていうか、役人とかに怒られないのか?」

 「適当に稼いだらささっと逃げるんじゃよ奴ら。でなけりゃここいらの街道警備に賄賂でも送っとる筈じゃ」

 「へぇ」


 太陽は家の近くの道路にヤンキーが集まって片っ端からカツアゲしている姿を想像してみた。


 「悪事を働く時も堂々としてんなぁ」


 一周回って格好よく見えそうだ。面白そうに傭兵を眺める太陽にガウーナは尋ねる。


 「このまま行っても良いじゃろ?」

 「すると、どうなるんだ?」

 「ワシが吠える」

 「うん」

 「奴らはビビって逃げる」

 「うん」

 「ワシってばすげぇ!」

 「ガウ婆すげぇ! よし行こう!」


 太陽が承諾した瞬間ガウーナはシドを走らせた。ガウーナがそうだと言えばきっとそうなるに違いない。太陽は疑いもしない。


 さっきまでも早かったが戦闘速度は更に早い。シドはたちまち街道を駆け抜ける。


 傭兵達が大声で何か言っているのが聞こえたが風の音で内容は分からなかった。


 「ガウ婆、無駄な殺しは無しで頼むぜ!」

 「ほ! あんな連中、歯向かうなら丸かじりじゃ!!」

 「蹴散らして、後は追うな!」

 「んー?! しゃあねーなー! ボンが言うならそうするわい!」


 ガウーナは吠えた。


 「ハウッ! ハウッ! ハウッ! アオォォォ!!」


 どこから取り出したか曲剣を胸の高さで水平に構え、それが陽光を跳ね返す。

 傭兵達は一直線に向かってくる狼騎兵の姿に狼狽していた。


 「止まれ! 止まれぇぇ! 射殺すぞぉぉ!」

 「誰を殺すってかこんクソガキゃーッ! 身の程を知らんかい!」


 間違ってもお前らなんぞがワシらを殺せるか!

 かぁぁぁ、と気を吐くガウーナ。その恐ろしさに負けて傭兵達は逃げ出した。ガウーナの言った通りになった。


 「わはは! 逃げよ逃げよ! 尻を齧られたくなきゃーなぁー!」


 戯れにわざと速度を落とし一人の男の尻を追い掛け回すガウーナ。

 五つ数える前に飽きたらしく、その男を追い抜き様に蹴っ飛ばして転倒させ再び街道に戻る。


 その頃には散り散りバラバラになっている傭兵達の後姿。太陽はへぇ、と感嘆した。


 傭兵如きが狼騎兵に立ち向かえる訳無いわい。ガウーナは当然のように言った。



――



 ハラウル・ベリセス領の北西。ガウーナはシドを駆けに駆けさせた。

 途中の川べりで休息を取り、彼女は野兎をあっという間にとっ捕まえてきて皮を剥ぎ、丸焼きにして太陽に献上して見せる。


 「素材の味が生きてますねぇ」


 評論家ぶった事を言って笑う太陽。なんともワイルドな味がした。何もかもが新鮮で、調味料も何もなく臭みが強い筈の丸焼き肉が非常に美味く感じられた。

 太陽はお返しにワンショルダーバックに突っ込んでいたチョコバーをガウーナにプレゼントする。


 「なんじゃ? 黒いのー」

 「食ったことある?」

 「うーんむ! これは何とも甘い!」


 無茶苦茶甘くて無茶苦茶カロリーの高い、まるで体型維持に悩む女性を挑発するために作られたようなチョコバーだったが、ガウーナは大喜びした。

 よくよく考えてみれば携行食としては優れた品である。六本あったチョコバーの内半分がガウーナの腹に収まった。


 「いいのぅ、ボンの故郷にはこんなんが普通に溢れとるのか」

 「ただの菓子だよ。簡単に手に入る。ガウ婆が気に入ったんなら次も持ってくるぜ」

 「……ふむぅ……簡単に、か。豊かなんじゃのぅ」


 神妙にしていたが口端に溶けたチョコレートがついていた。




 灰色狼のシドの体力は凄まじい物で夕暮れ時までぶっ通しで街道を駆け続けた。

 漸く辿り着いたハラウル・ベリセス最北西の要衝ベリセス・ウィッサ。高い城壁に守られた要塞都市で、聞いていた通り傭兵と商人の出入りが激しいようだ。


 それは良い。問題はクルテを纏ったガウーナがこの要塞都市に入れる訳が無いと言う事だ。狼の一族は大ハラウルの宿敵で、クルテは狼の一族の装束である。


 「そんなの簡単じゃ」


 首を傾げる太陽。ガウーナはシドの首をわしわしと撫でる。


 「よう走ってくれた、暫く近くで休んどれ」


 きゅーんと鼻を鳴らした後シドはどこかへと駆けていく。


 「で、何か考えがあるみたいだが」

 「ほれ、見とけよー。…………ちょや!」


 ガウーナが奇妙な掛け声と共に姿を消す。まるで煙のように消え失せ、影も形も無い。


 「お?」

 『わはは、びっくりしたじゃろ』

 「ガウ婆、どこだ?」

 『ボンの中じゃ』


 頭の中に響く声。


 「そんな事が出来たのか。一体どうやったんだ?」

 『知らん。でもまぁほれ、ワシ幽霊じゃし』

 「ガウ婆に憑りつかれてるってことか……」

 『目録の力のようじゃ。姿が見えずとも心配するこたぁない。いつでも傍におるからの』


 いつでも傍に。それはそれで嫌だなぁと太陽は思った。

 太陽があれやこれやしたい時もずっと傍に居るのか? 当然あれやこれやってのは大っぴらに言えないあれやこれやのことだ。


 『まぁそりゃえぇじゃろ』

 「……うーん、取り敢えず後で考えるか。今は行こう」




 と言ってベリセス・ウィッサの城門に向かったが、当然のように牢屋にぶち込まれた。


 こんにちわと声を掛けてから牢屋にエスコートされるまで本当に予定調和のような流れだった。門兵達は声を荒げる事も不必要に発言する事もなく、ただただ面倒くさそうだった。


 太陽は目を真ん丸に見開く。


 「こりゃどういう事だ」

 「やかましい。怪しい奴め」

 「見た事もない格好だな。その青いズボンはなんだ?」


 軽装鎧を着込んだこわもてのおっさん二人が威圧的に太陽を見下ろしてくる。


 「北側から現れたのを大勢見てる。言い訳は出来んぞ」


 羊皮紙に何事か書き込みながら一人が言う。太陽は訝し気に聞いた。


 「言い訳って……何に対してだ? なんで俺が言い訳なんかしなきゃいけない」

 「北から来たのを見たと言ったろ」

 「だったらなんなんだ? 北から来た奴は全員牢屋にぶち込めって法律でもあるのか、ここには」


 兵士二人は剣を携帯している。その上鎧姿だ。間近でそれを見られた事に感動したいところだが、この状況では流石の太陽も不快感が先に来る。

 武装した兵士二人に対し太陽は寸鉄も帯びていない。だがそんな事で尻込みする男では無い。


 「よっぽどの間抜けか? ベリセス・ウィッサ太守のヘクサ様は今、南部マージナとウィッサ間の移動を禁じておられる。

  今北から現れるのは許可を受けた商人か、傭兵か、さもなきゃ狼の一族の……密偵だけだ」

 「お前は商人にも傭兵にも見えん」

 「正直密偵にも見えんが、奴らはそう思わせるのが仕事だからな」


 確かにジャケットとジーンズとワンショルダーバックなんてここいらでは見ないファッションに違いない。

 太陽は肩を竦めた。スパイ扱いされるとは。


 『このクソガキども、黙って聞いてりゃボンに向かって偉そうに』


 チョコバーで良くなった機嫌を急降下させたのはガウーナだ。がるると狼のように唸っている。


 『なんのこたぁない、ぶちのめそう。牢屋なんぞワシがこじ開けてやるでの』

 「(ガウ婆、おさえておさえて)」

 「聞いてるのか? それとも図星だったか?」

 「言ってみろ、捕虜を助けに来たんだろ? お前達はケダモノの癖に義理堅いフリをしやがるからな」


 ガウーナの雰囲気が激変した。


 『このガキの口振り。そうかい、今ここは戦をやっとるようじゃな』

 「(相手はガウ婆の仲間か?)」

 『らしいのう。で、どんぐらいか知らんが捕まっておると』


 兵士の片方が太陽の胸倉を掴み上げる。


 「正直こういうのは好きじゃないが、痛めつけてやっても良いんだぞ。お前が話したくなるようにな」


 高圧的な言い方にガウーナは更に機嫌を悪くして、そうなったらもうおしまいだった。


 『これ以上は看過できぬ』


 空間がずるっと歪んだ。人間の息づかい突然増える。

 太陽が止める間もなくガウーナが現れて、片方の兵士の首根っこを引っ掴んだ。


 ぐーっと頭を引いて勢いを付ける。


 「誰に向かって……」

 「ぬあっ! な、なん」

 「口を利いとるか!」


 ガウーナの鋼鉄のデコが兵士のデコに激突する。一発の頭突きで兵士は失神した。


 「きさま!」

 「だらっしゃー!」

 「ぶばッ!」


 残った兵士は素早く剣を抜こうとするがガウーナにしてみればあくびが出る程遅い。

 ハイキックがこめかみに炸裂し愉快な断末魔と共に吹っ飛んで壁に激突。そして起き上がってこなかった。


 「へ、他愛も無いわい」

 「……しょうがねぇか」

 「怒ってくれるなよボン」

 「怒らねぇって。もうどうしようも無かった。ありがとうガウ婆」

 「はは!」


 あのままなら太陽は無実の罪で痛めつけられていた。いや、ガウーナが居る以上事実無根とは言えないが……。

 何にせよ、いつ解放されるともしれずひょっとするとそのまま殺されていたかもしれない。ガウーナに文句などある筈がない。


 兵士が生きていることを確認する太陽にガウーナは言う。


 「にしてもボンは本当に何というか、冷や汗一つ掻かんのぅ。……まぁそれはよい事じゃ。ボンは今やワシの主君じゃて。

  今まで兵士よろしく誰かに仕えた事なんぞ無かったが、ボンのようにかわゆうて、しかも肝の座った男ならば歓迎じゃ。

  ……なればこそこんな木端如きに舐められる訳にはいかんぞい」


 倒れた兵士を蹴っ飛ばしてガウーナ。太陽はそう言う物かと一つ頷いた。


 「ボンの敵はワシの敵。ボンの名誉はワシの名誉。ボンの怒りはワシの怒りじゃ。ワシの魂を預かる男に相応しい、シャキッとしてドーンって感じの振舞いを頼むぞい」

 「随分と……俺を気に入ってくれたんだな」

 「ボンもワシを気に入ったじゃろ? ワシら相性がええようじゃ」

 「ははっ。……覚えとくぜ、シャキッとしてドーンって奴」


 太陽が受けた屈辱は太陽だけの物では無い。ガウーナにとってもそれは屈辱なのだ。

 今はガウーナだけだが、これからもし幽霊達が増えたとしたら太陽は彼らの名誉も守ってやらなければいけない。


 ふむ、上司の仕事だ。望むことろだな。太陽はうんうん頷いた。



 その時、遠くでガンガンと鐘の音がした。

 時代劇なんかで時々聞く音だ。火事のシーンなんかで叩いてるあれだ。


 「半鐘じゃ。なんぞあったかの」


 ガウーナは耳を澄ます。ベリセス・ウィッサ全体が急に慌ただしく動き始めたのを感じる。


 「とにかく好機じゃ。さっさととんずらしよう」

 「……こじ開けるって言ってたが、どうやって?」


 こうじゃ、と言ってガウーナは牢屋の扉を蹴っ飛ばした。ガウーナの全力の蹴りに鉄製の筈のそれはくの字に折れ曲がって飛んで行った。


 「ガウ婆ってスゲェ!」

 「ワシってばスゲェ!」


 二人はハイタッチした。


 「……でもこいつら鍵持ってたんじゃないか?」

 「あ、言われてみれば……」



――



 門の周辺は大混乱になっていた。多くの兵士たちが慌ただしく駆け回っており、太陽の事など気にも留めない。

 ベリセス・ウィッサに入るのは諦めてとんずらだ。太陽は夕暮れの草原目指して走り出そうとしたが、突如としてガウーナが悲鳴を上げた。


 『んあッ?!』

 「ガウ婆?」


 その動揺の原因は直ぐに分かった。夕日の沈む方向から無数の影が疾走してくる。

 太陽は目が良い方だ。遠方でもある程度分かる。巨大な狼と、それに跨る男たち。


 「狼騎兵か」


 ガウーナの仲間たちだ。


 『クソッタレのボケハラウルめ、成程のぅ。……ボン、城壁じゃ』


 促されるままに城壁に目を遣れば、縄で繋がれた者達がそこに引きずり出される所だった。

 手酷い暴力を振るわれたらしく血と泥で汚れたクルテ。大人も居れば子供もいる。


 狼の一族の捕虜達。城壁上に跪かされた彼らの頭上に、大振りの刃が翳された。



 「……………………マジか」

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