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それが俺の名だ



 ハラウル・ベリセス王都タンティオはよーく騎兵に考慮された都だった。

 連絡路や通信網など非常に計算されている。伝令が空馬に乗り換える為の馬宿も所々にあり、兵士にその気があれば広大な王都の四方八方を僅か半日足らずで駆け巡る事が出来る。


 彼等が王都を網羅する事など造作も無いのだ。しかしそれによって得られる情報の数々は厳しく教育された指揮官達を絶叫させた。


 「ウルフ・マナス?! 今ウルフ・マナスと言ったか!」


 言うや否やその指揮官は控えていた伝令の乗る馬に張り手する。

 行け! 号令と共に複数の伝令が駆け始めた。彼等の情報は忽ち共有されるだろう。


 「奴等、あの醜い怪物どもと結託しておるのか」

 「そうは思えんが、何にせよ我々は戦わねばならない」

 「予備隊を叩き起こせ! 速さで負ければタンティオが陥落するぞ!」

 「馬鹿な」


 くわ、と目を吊り上げたその指揮官は、自らも騎乗しながら部下達に語った。


 「お前達はベリセス・ウィッサ失陥の報せを聞いた時も同じように言ったな。『馬鹿な』と。

  私も言ってやる。『馬鹿め』が。

  さっさと騎乗しろ! 今宵の襲撃はこれまでと何かが違う!」


 夜空に角笛の音が響き渡り銅鑼が鳴る。

 兵達は宿舎から着の身着のまま飛び出し、ある者は頭から水を被り、ある者はワインを一杯煽ってから愛馬に飛び乗る。

 呼び込んでいた娼婦をベッドから突き飛ばした男が十数える間に鎧を着込み、歴戦の指揮官になった。

 城壁の上で居眠りしていた女が飛ぶように階段を駆け下りて弓を張り、歴戦の勇士になった。


 誰も彼も俊敏だった。混乱する様子は無い。


 王都に赴任する彼等は武功を立てる機会に極めて恵まれない。それ故勘違いされる事もある。

 だが、彼等は精鋭である。



――



 「クソたわけー! ワシらとやるのか、化け物どもとやるのか、ハッキリせんかい!」


 雄叫びを上げながらガウーナが一人の兵士を投げ飛ばした。

 怪力で人一人が軽々と空を飛ぶ。それは味方の兵士を巻き込んで転倒する。


 現在タンティオ南部主要通りはベリセス兵、ゼキエレの魔物、そしてウーラハン親衛古狼軍で三つ巴の真っ最中だ。

 見境なく手当たり次第に襲い掛かるゼキエレの魔物は厄介だ。

 だがベリセス兵達は、太陽達親衛古狼軍も見境なく手当たり次第に襲い掛かって来る話の通じない奴だと思っている。


 「……騒がしくなってんな。敵の増援が来る」


 屋根の上で胡坐を掻いた太陽が遠くを移動する篝火を見詰める。

 傍に侍る亡霊兵が水の入った椀を差し出して来た。それを一口含みつつ、太陽は膝を打った。


 「ハルミナ、逃げる準備しとけよ!」

 「……私が何をどうしていても、あんまり意味はないでしょう」


 げっそりとした調子で太陽の後ろに隠れているハルミナ。

 何かあったとしても自分の足では逃げきれないし、打開策を思いつく訳でもない。

 猫の子のように首根っこ掴まれて運ばれるしかないのだ。準備もクソもあるもんか。


 「ガウ婆、ちょっときてくれ!」

 「んあっ?! 取り込み中じゃ、ボン!」

 「ガウ婆にばっかり戦わせるのはズルいって文句言われてんだよ」

 「なーるほど! そういう事ならしゃーねぇのぅ!」


 ガウーナは鼻高々、気分良さそうに敵を切り抜け、太陽の許へと戻った。


 己と己が麾下、ハサウ・インディケネこそ太陽の寵臣であると言う自負が彼女を鷹揚にさせる。

 だが一度敵と刃を交えれば、我らとて負けてはいない、とそういう競争心を隠そうともしない亡霊達が、太陽の許には多い。


 「たまには手柄を譲ってやるもよかろうて!」


 ガウーナが屋根に飛び乗ると太陽は目録を天高く掲げる。


 白い野花同胞団と入れ替わるように黒い外套の剣士達が現れ、怪物の群れに切り込んで行った。


 長剣、大剣、暗器で武装した軽装歩兵隊。

 その戦力の根幹を連携よりも個々の武技に見出した、乱戦の巧者達である。


 「感謝するぞウーラハン!」

 「ま、程々にな」

 「この勝利を、お前に捧げよう!」


 戦う前から勝つ事前提で話をしてやがる。そういう強気な所嫌いじゃない。


 「ソルも戻って来いよ!」


 ソルは一つ頷き、眼前の敵を切り倒してから悠々と踵を返す。

 追い縋ろうとする怪物を黒い剣士が一息に薙ぎ倒した。


 「どんな具合だった?」

 「話にならぬ」

 「常人には脅威です、ウーラハン」


 ガウーナとソルの意見が分かれた。太陽は頬杖を突く。


 「はい、じゃぁソルくん」

 「奴らは痛みを感じていません。狼騎兵ならば物ともしないでしょうが、あの理性無き突撃は、とても生半の兵では」

 「それ用の装備と戦い方を学んだ者を揃えればよかろ。ほれ、丁度奴らの様に」


 黒い剣士たちは巧みだった。各々が敵の手を潰し、足を潰し、容赦なくとどめを刺していく。


 「考えとく。それで、あのゾンビどもは一体どこから?」


 ガウーナが戦塵をばたばたと払いながら答える。


 「黒い穴が見えた。よぅ分からんが、オロクの奴が言っておった物と同じように思えた」

 「イルシギナの不死騎兵か。……なんかシルヴァ不死騎兵と被ってる感じがしてやだな」

 「どこがじゃ?」

 「不死騎兵って名前の響きがだよ」

 「なら早い所、シルヴァの名誉を取り戻してやる事じゃな。

  奴らを……何と言ったかの、聖シルヴァ何とか騎兵団に戻してやりなされ」


 そうだな、と太陽は頷く。


 「しかし敵さんの出所が分からねぇのは拙い」

 「ウーラハン、我々の内にああいった術に詳しい者はおりません。何か策を講じねば」

 「いずれ滅ぼさねばなぁ。……ベリセスの連中を食っとる分には良いんじゃが」

 「よくねぇさ、見ろよあの有様」


 一人のベリセス兵が押し倒され、四方から食い付かれた。

 力任せに鎧の留め金が千切られ、晒された肌を黄ばんだ歯が食い破る。

 引きずり出される臓腑。とんでもない光景である。


 騎兵突撃を食らった奴もぐちゃぐちゃ具合で言えば同じようなモンだが。


 「あぁいう死に方は嫌だね」

 「オロクの奴はつくづく間が悪いわい。折角不死公の走狗と戦う機会じゃったのに」

 「案外、向こうは向こうで激しくやってるかもよ。しかしどうしたモンか」


 戦況はウーラハン親衛古狼軍の圧倒的有利となっている。

 先程ソルは「生半の兵では」と口にしたが、そもそも生半の兵など居なかった。

 黒い外套の剣士団は圧倒的強さで怪物達を次々討ち取っていく。


 「斬れぃ! 斬って斬って斬りまくれ! 化け物も、人間も!」


 彼等は寄らば斬るのみ、と手当たり次第に首を撥ねた。

 しかしそれは敵の大本に通じる物ではない。幾ら雑兵を討ち取った所で、不死公に繋がる何かが得られなければ意味は無い。


 どうしたモンか。もう一度呟く。太陽はおろかにも時間を浪費してしまった。


 「……悩み過ぎたか。新手のお出ましだな。

  って、おや?」



――



 ぶおぉ、と角笛の音が響く。先程遠雷のように遠鳴りしていたアレだ。

 兵士達の気勢の声。とても軍団の展開には向かない筈の街中を、裏路地まで利用して巧みに駆け抜けてくる。


 「んんっ、動きが違う! ボン、手強いのが来たぞぃ!

  ご下命一つあれば、奴らの首級をボンの武名に添えて差し上げましょう!」

 「だから狼公、燥ぐなと言うに」


 ひゅぅ、と風を切る音がした。

 すかさずソルが太陽の前に立ちはだかり剣を振る。叩き落されたそれは矢だ。


 「夜の闇の中であっても、俺の目を誤魔化せはしない」

 「良いぜソル。今のお前、最高にセクシーだ」

 「は、せ、せくしー……?」


 太陽はよっこいせ、と立ち上がる。


 「ベリセスのお歴々! 化け物どもと三つ巴になっても、俺の首が欲しいか?!」

 「ヤァァァーッ!」


 裂帛の気勢を上げて一騎、怪物の波を突き破って駆け抜けてくる。


 鎧飾りは貧相では無いが贅沢でもない。突破の際に拉げた兜を投げ捨て、黒髪の男は唇を噛み締める。


 「ほぉ、名のある敵と見た!」

 「下がれ木端!」


 立ち塞がろうとする黒い剣士達とそれぞれ数合打ち合うも、その騎兵はそれ以上拘る事をしなかった。

 一人を投槍、一人を剣、一人を馬蹄で蹴り飛ばして退かせる。


 その目はギラギラと輝き、ただ太陽を…………

 いや、違う。奴が見ているのはガウーナか。


 「こんな、こんな事があるのか! これが運命と言う物かよ!」

 「なんじゃぁあの小僧」

 「狼公! 俺と戦え! 貴様を打ち倒し、汚名を雪ぐ! ついではウーラハンの首級をも挙げ、同胞の餞としてくれん!」

 「はぁぁ~?!」


 ガウーナの整った鼻梁がぐわりと持ち上がり、犬歯が剥き出しになった。

 狼が威嚇するようなガウーナの怒りの表情。怒髪天を衝く高原の覇者の大喝。


 「面白いじゃねぇか小僧。このガウーナを倒す? ボンを殺すじゃと?

  ……ド戯けぇい!」

 「ソル」

 「は」


 太陽はソルに目配せ。二人は息を揃えてガウーナの足に飛び付く。

 今正に屋根から飛び降りようとしていたガウーナは突然の事に堪らず手を突いた。


 「な、なんじゃボン」

 「ストップだ。もう十分暴れただろ?」

 「じゃがのぅ!」

 「って言うか知り合い? 恨み骨髄って感じじゃねーか」

 「恨みなど売る程買っておる。奴如き輩の顔、一々覚えておれんぞぃ」


 狼の剣士が手弓を放つ。腕に突き立ったそれに騎兵は呻き声を上げつつも、予備の槍を投げた。

 それは鋭かった。とても馬上から上半身の捻りだけで放ったとは思えない速度。


 「おぅ、っと」


 ひょいと首を傾けた太陽の頬を掠め、防塵マントのフードを引き裂いて行く槍。


 「やるじゃねぇの」

 「ぐ、う、ぐ」


 その騎兵は歯を食い縛りながら腕に刺さった矢を握る。

 先端を楔型に加工されたそれは人体に突き刺さる時極めて効率的に血管や筋肉を破壊する。

 返しが付いている為引き抜くのも容易ではない。


 「うおぉ……おッ!」

 「もう良い、撃つな」


 自らの肉を抉りながら強引に矢を引き抜く騎兵。激痛の筈だ。

 第二射を構える狼の剣士を制止し、太陽は騎兵を見下ろす。


 「ガウ婆に用事かい?」

 「……貴様にもだ! シン・アルハ・ウーラハン!」

 「……はは、凛々しい目だ」


 月光を跳ね返し闇夜に光る目。敵中にただ一人ありながら闘争心を漲らせた身体。

 闘志は騎馬にも乗り移り、鼻息も荒く頻りに馬蹄で石畳を引っ掻いている。


 ソルはあ、と思った。

 また我が主の悪癖が顔を覗かせたぞ。


 「名が聞きたい。俺達にどんな因縁があるのかも」

 「……そうか! そうだよな! 貴様は知るまい、記憶にもあるまいよ!

  だが貴様らが覚えていなくとも、俺達は決して忘れなかった!」


 泣き叫ぶような声だ。

 なんて声で、なんて顔で叫ぶんだ。


 あ~、こういう手合いは……無視出来ねぇな。


 「フィラド砦、あの追撃戦!

貴様らが虫けらのように踏み躙ったマリーナ・キャバリエの生き残り!

  俺の名はウレグ! もう二度と忘れるな! それが俺の名だ!」



 成程、そりゃこんな顔にもなるよな。


 太陽は能面のような顔でウレグを見下ろす。


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