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ゼキエレの魔物



 上手く潜り込めたとは言え敵地は敵地。

 諸々の問題や、不死公の事なども気になる。

 太陽はさっさと目的を果たして帰還する必要があった。


 「もうちょっと長居するしかねーな」


 筈だが、今回彼のクソ度胸は極めて悪い方に作用した!

 太陽は戦いの都タンティオ独自の仕組みやそこに住まう人々に唐突な興味を示したのである!




 「おぉーすげぇじゃん、これは滑車か。城壁に? 何に使うんだ」

 「た、タイロン殿。兵士の方々の邪魔をしてはなりません」

 「そこのデカいの! タンティオは未だ厳戒態勢だ! うろちょろしてるとひっ捕らえるぞ!」

 「ハルーナ、こっちを案内してくれ」

 「人の話を聞かんガキだな……」

 「御無礼をば……。彼には私から言い聞かせて置きますので、御目溢しを……」


 タイロンとハルーナはハルミナが即興で付けた偽名だ。兄弟達の名らしい。

 小器用に嘘を吐ける女では無かった。致し方なしである。


 「へぇ……食肉の解体」

 「お坊ちゃん、こんな所にいらっしゃると穢れが遷りやすぜ」

 「穢れ? ハルーナ、どういう事だ?」

 「……職業蔑視から来る迷信ですよ。

  昔々、捕えた蛮族や奴隷にやらせていた仕事が、今では差別の対象になっているのです」

 「へぇー、遅れてんなぁベリセス!」

 「私もそう思います」

 「……あんまり大声で、そういう事話さねぇ方が良いと思いますがね」


 しかし太陽も理由なくハルミナの実家訪問を先延ばしにしているのではない。

 ベリセスの敵対者の所で大々的に取り立てられたハルミナが真正面から実家の門を潜れる訳が無かったので、彼女は今関係の深い家人に連絡を取ろうとしている所だ。


 だが、それが上手く行っていない。穏便に里帰りする為には家人の助けが不可欠だ。

 要するに、時間が必要なのである。


 「こりゃ……昆虫標本だ。凄い出来栄えだ」

 「ほぅ……私の学問を欠片でも理解できる者が居たか」

 「…………う、うむん」

 「ハルーナ?」

 「私は虫が得意ではないので」

 「おい小僧、貴様にこれの価値が分かるか?」

 「おぉっと……野生動物の解剖図か? ……こりゃ良い。実験の手段や考察まで丁寧に書いてらぁ」

 「ふむ、よろしい! 無知蒙昧の輩共は、私を夜な夜な怪しい魔術の儀式を行う死霊術師だとか噂しているが、貴様は幾分か物を見る目があるようだ!

  弟子にしてやってもよい!」

 「偏屈な変人なのは間違いねぇみてぇだけど……」

 「どうやって生活しているのです? 私個人としては価値ある研究と思いますが……。

  今のタンティオでは受け入れられないでしょう」

 「夫の実家からの援助だ」

 「あぁ……そう……」

 「ははは、パトロンが欲しくなったら西に来なよ」


 二人は連日タンティオを歩き回った。あちらこちらに忍び込み、警邏兵に捕まりそうになった事もあった。

 賭博場、夜会場、昼のベリセスは謹厳だったが、夜は王の目を忍んで羽目を外す者達も居た。


 「坊や、一体どうやってこの夜会に紛れ込んだのか不思議だったけど……。

  何も知らない下民と言う訳では無いのね。

  葡萄酒はお好き?」

 「遠慮するぜ。故郷の掟でね、まだ酒は呑めない」

 「可愛い子。ベッドの上でも可愛いままなのかしら?」

 「……うぉっほん」

 「ソーリー、雪のように美しいレディ。デート中は他の女性を見ない様にしてる」

 「あら、御免なさい可愛い恋人達。でも素敵よ、貴方達の振舞い方は」

 「タイロン殿、引き揚げますよ。この社交場は些か拙いです」



 しかし連日そんな風に遊び回っていては当然目立つ。ベリセスはいずれ“ウーラハン”に辿り着く筈だ。


 予想はしていた。だが問題事は、少し予想外の方向からやってきた。



――





 日が暮れ始め、太陽は違和感を感じた。


 何処からか響く鐘の音。ベリセス王都タンティオの人々はその音に追われるようにばたばたと店仕舞いをし、或いは帰路を急ぐ。

 警邏の兵士達は数を減らし、慌ただしく騎馬を走らせる伝令が見られた。


 「……なんだぁ?」

 「はて……?」


 ハルミナすら何が起きているのか知らないようだ。


 太陽達に警邏の兵士が声を掛ける。


 「お前達何をしている。鐘の音が聞こえた筈だ。早く帰れ」

 「えぇ、へい」


 太陽はなんと言ったモンかな、と僅かに悩んだ。

 受け答えから違和感を持たれては拙い。何故周辺が急にバタバタし始めたのかは分からないが、知っている風に取り繕わなければなるまい。


 「大事な用が残っておりやして、どうしたもんかと」

 「駄目だ、明日にしろ。夜が明けるまで外出は禁止だ」

 「……分かりやした。お言葉通りに致しやす」

 「ゼキエレの魔物に食われたくは無いだろう。

  …………まぁ、案ずる事は無い。じきに我らが仕留めて見せる」


 その兵士は颯爽と騎馬に飛び乗り去って行く。かーっくいーねぇ


 「ゼキエレの魔物?」

 「……子供向けの昔話ですね。悪い事をした子供は水底から現れる怪物に攫われると言う奴です」

 「へぇ、こっちにもそう言うのあるんだな。……だが兵士達は大真面目だぞ」

 「まさか本物って事は無いでしょう。何が起きているのやら」


 太陽はハルミナと路地裏を急ぐ。途中、人目が無いのを確認して腕を一振り。

 火の粉が人の形を成し、砂色のフードで顔を隠した亡霊兵が三人現れる。


 「探ってくれって言ったら、出来るか?」

 「……承知」


 亡霊兵は多くを語らず三方に散った。太陽は一つ頷くと更に足を早める。


 「(ジギル、何か知ってる?)」

 『いや、何も。しかし兵どもの動きは……これは“ウーラハン”を恐れての物ではない。

  外ではなく、内に対する備えだ。このタンティオに何か潜んでいるようだな』

 「お化けかな~」


 太陽はうーんと伸びをした。何にせよこれ以上外を出歩いていては目立つ。

 宿に戻らねばならないだろう。



――



 砂色のフードの三戦士達はタンティオの薄暗闇を探って来た。

 如何に規制されようともその間隙を縫って活動する輩は居る物で、三戦士はそこに潜り込んできたようだ。大して時間は掛からなかったらしい。


 「人を攫う魔物が居るのは確かなようです」

 「ゼキエレねぇ?」

 「情報の精査は出来ておりませんが既に五十名近くが消えていると。

  それらは全て平民か奴隷」

 「って事は、アーリヤ戦士団の仕業じゃねぇな」


 東方アーリヤ、救いの手戦士団は大ハラウル連盟に対しこれまで様々な妨害行為を行って来た。

 直接、間接を問わず様々な手管で。

 場合によっては無差別テロ染みた真似をした事も多々あるらしいが、ここ最近は太陽の機嫌を気にしているらしく戦う相手を厳選している。非戦闘員は襲わない。


 アーリヤ・カウ・バハイ、サルマは太陽を恐れてすらいるようだった。

 それなら太陽はアーリヤ戦士団と友好的で居られる。


 「『腐った肌の怪物』『首無しの馬を駆る騎兵』『銀の鎖の魔女』」


 また別の砂色の戦士が言った。


 「そう言った化け物が人を襲っていると」

 「へぇ…………聞いた事あるな。腐った肌と、首なし馬は」


 太陽は目を細めた。オロクから聞いた事が有る。特に首無しの馬を駆る騎兵なんかは特徴的だ。

 彼が息子の死の原因を探る為戦った怪物達。太陽にとっても非常に不愉快な連中である。


 『……度し難い』

 「ジギル」


 堪え切れぬ、と言った感じでジギルギウスが漏らした。


 『……忘れられよ。単に不愉快だと思っただけだ』

 「不死公かな?」

 『無関係とは思えん。……実を言えば貴公に降るより以前から、奇妙な話はあった』

 「オロクが言ってた事以外に?」


 ジギルは沈黙する。普段から適当な事を言わない男だ。確証が持てない場合、発言を求められない限りは沈黙する事が多い。


 「ゼキエレの魔物……」


 ハルミナはぽつりと呟く。

 彼女は贅沢にも油をたっぷりと使って火を灯し、古書を開いていた。


 「成程、子供を躾ける為の御伽噺と馬鹿に出来た物ではありませんね。

  神話や歴史的事件から発生した民間伝承の類でしたか」

 「面白い話か?」

 「いえ、貴方が大嫌いな話ですよ。救いも、慈悲も無い。

  ですが民俗学を学ぶ者にとっては非常に興味深いでしょうね」


 ハルミナはふんふんと頷きながらページを捲っている。何となくウキウキしているようだ。

 日々の仕事から解放された状態のハルミナは溌溂としているように見える。仕事をしている時は、それはそれできらきら輝いているのだが、これはこれで良い。


 やはり人間には適宜リフレッシュが必要だな。


 「事件に纏わる失せ人が出始めたのは丁度ドニ・スチェカータと狼公が相討ちになった頃のようだ」


 砂色の三戦士最後の一人が徐に言った。


 「そこそこ前だな。数ヶ月くらいか」

 「初めはひっそりと。次第に大胆に。

  ベリセス王都はゼキエレの魔物に対抗する為の部隊を編制したようだが、討伐に至っていない」

 「だが件の怪物の姿が分かってるって事はちっとは戦ってるんじゃないか?」

 「噂話で聞く限り、敵は強力だ。特に首無し馬の騎兵は」


 ふぅーん。太陽は木窓の隙間から外を窺う。あちらこちらに松明が焚かれていて意外に明るい。


 「ベリセスは不死公と組んでるんじゃなかったっけ」

 「鼻で笑って否定していますよ。私としても信じ難い」


 ハルミナは不死公の存在自体は兎も角、己が祖国がそのような邪悪な存在と結託している等と言う話には懐疑的だ。


 「……ま、良いさ。取り敢えず明日は……」


 ハルミナのお宅訪問の為の根回しを進めよう。いい加減待つ気も失せて来た。


 自室に戻ろうとした時、階下が騒がしくなる。


 「おや、ちょっと拙いかも」


 太陽達が取った宿は二階建てで一階は酒場になっている。

 しかしベリセスは深夜間の営業を規制しているようでひっそりと静まり返っていた。

 そこにどたどたと重たい複数の足音。外からは馬の嘶きも聞こえる。


 『ボン、狙いはワシらじゃな。この部屋の事を店主から聞き出そうとしておる』


 ガウーナが楽しそうに言う。


 ハルミナは慌てず騒がず昼間買い求めた古書などを皮袋に放り込み始めた。

 今正に捕縛されようとしているのだが、置いて行くつもりは無いらしい。


 「いやぁ、意外と早くバレたな」

 「不思議ではありませんね」


 砂色の三戦士が壁掛けにぶら下がっていた防塵マントを差し出してくる。

 太陽がそれを受け取ると、彼等は曲刀を抜いた。


 「ウーラハン、騒がしいままでは御身の眠りに障りましょう。

  ハラウル人共は我らであやしておきます故、どこか別の寝床を探されよ」

 「あぁ、悪いな。……程々にしといてやってくれ」


 答えると同時にガウーナが顕現した。太陽とハルミナを担ぎ上げるや、路地裏に面した木窓を開いて縁に足を掛ける。


 「風が温いのぅ。何やら腐った臭いが混ざっておる。嫌な夜じゃ」

 「早く行け、狼公」

 「お主ら、まさかとは思うがしくじるなよ」

 「ふん」


 砂色の三戦士は何の気負いも無く部屋から出ていく。

 ガウーナは勢いよく窓を蹴り、隣の平屋の上に飛び乗った。


 「あわわわわ、揺れ、揺れ、揺れるるるるる」


 ハルミナは頭をがくがく上下に揺さぶられながら悶えた。


 がこっ、がこっ、がこっ、屋根を踏み砕きながらタンティオの夜を飛ぶ。

 生来の鼻を利かせたガウーナはベリセス兵達を巧みに避け、あっという間に宿から遠ざかる。


 「おぉっ、なんじゃなんじゃぁ! 楽しそうな事やっとるじゃぁないか!」

 「俺達とは別件か。ベリセスさんも忙しそうだなぁ」


 遠方に見える無数の松明。無数の兵士達が鎧の擦れる音を撒き散らしながら駆けまわっている。


 「大捕り物らしいのぅ! 狙いはワシらじゃねーんかい!」


 詰まらん! 一つ挨拶しに行ってやらんか?!


 「燥ぐな、狼公!」


 火の粉と共にソルが現れた。屋根から屋根に飛び移るガウーナに並走する。

 太陽はフードを押え付けながらガウーナの腕の中でもぞもぞ。


 「ソル、どうした?」

 「身を隠す場所に当りを付けております! ここからは私が案内を!」

 「残念じゃが、そうもいかんらしいぞぃ!」


 んん? べりべりべり、と踏ん張った足で家屋の屋根を引っぺがしながらガウーナが急停止。

 前方複数の通りに篝火が立ち騎兵が駆け巡っているのが見える。

 敵の展開が余りにも早すぎる。これは太陽達を狙った物ではない。


 「嫌な気配がしおるわ! それらに疎いワシでも分かる!

  これぞ不死公の走狗どもの臭いじゃなかったかのぅ!」


 太陽とハルミナを降ろして吠え猛るガウーナ。抜き放たれるシャムシール。飾りがシャランと鳴る。


 「おいおいこりゃぁ、ドンピシャだな。お宅訪問どころじゃなくなっちまったぞ」


 篝火の光に照らされる通りで黒い何かが蠢いた。煙のような形容しがたい黒の中から歪な人型が現れる。

四肢はあるし、髪も生えている。服も着ている。だが足を縺れさせながら走るそれらの体の重心バランスは酷く奇怪で、出来の悪い絡繰り人形のようだった。


 「どう見ても生きた人間じゃなさそうだ!」

 「太陽殿、どうされます? 私は大人しく何処かに隠れた方が良いと思いますがね」


 大きな溜息と共に進言してくるハルミナ。屋根の上から下を見下ろして思案顔。

 太陽は首を横に振った。何も無い所から忽然と現れたその人型達は、夜の闇に紛れている筈の太陽達を確りと睨み付けていたのである。


 「狙いは俺達だ。簡単に見逃しちゃくれねぇらしいぜ」

 「馬鹿な事言うもんじゃないぞぃ、ボン」


 じゃっはっは、と笑うガウーナは既に臨戦態勢だ。

 煌々と燃える篝火の光が彼女の目をギラギラと輝かせている。


 「見逃して貰う必要など無い! 許しを乞うべきは奴等よ!」


 …………何でこんなにハイテンションなんだ?

 どーせこの騒ぎに託けてベリセス兵をボコボコにしてやろうとか思ってんだろうな。


 ちらりとソルに目をやる。

 ガウーナの猛り様に眉を顰めながらも、ソルは双剣に手をやった。


 「……ウーラハン、一戦構えて宜しいですか」

 「行き当たりばったりってのは良くねぇけど」


 ま、仕方ねぇか。


 太陽は目録を握り締め、頭上に掲げると命令した。


 「叩き潰せ」

 『アオォォッ!』


 それぞ本懐、とばかりにガウーナが飛ぶ。月光の降り注ぐ中に無数の炎が立ち昇り、ハサウ・インディケネが姿を現した。





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