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タンティオ・デート!




 「いきなりお宅訪問ってのも忙しないし、少しのんびりして良い?」

 「はぁ……それはまぁ……お好きになされば宜しいでしょう」




 飾り気の無い質実剛健と言った感じの都だった。


 大体の者は忙しなく歩き回っていて余所者である太陽達を気にする様子も無い。

 露店、屋台の類は極端に少なく、大道芸人の類も居ない。治安と衛生管理の観点から王都はそれらに対し厳格だ、とハルミナは言っていた。


 代わりと言って良いのか、兵士の類はよく見かける。

 警邏、伝令、至る所に彼等は居た。主要な通りなどかなり短い間隔で配置され、身体が凝り固まらないよう時折筋肉を解しながら立っている。

 誰も皆職務に忠実で、弛んだ様子は見られない。


 「過剰ですよ過剰。軍は嬉しいでしょうがね、勘定方なんかは嵩む人件費にいつも悲鳴を上げていました」

 「そうなのか」

 「食べ物や寝床、装備に美品、給料の他に各種の手当て。

  報酬をケチらないのは良い事だと思いますが、これら軍団の規模を二割……いや、一割五分減らしていれば、王都は今頃大きく発展していたでしょう」


 金を必要としているのは軍だけではない。


 ハルミナは饒舌だった。ウィッサに居た時も仕事や歴史の話になると良く話す女だったが、今はそれ以上だ。

 過去の上司に対する愚痴や法制度の不備に対する改善点など、出てくる出てくる。


 だがそれを語るハルミナの表情は決して険しい物ではない。


 むりやりウィッサに縛り付けたのは太陽だ。どんなに悪し様に言っても、ハルミナの故郷はベリセスなんだな。

 太陽はにっこりする。


 「……何ですか。分かってますよ私だって。一割五分なんて途方も無い数字、難しいと言う事は」

 「じゃぁウィッサだったらどうだ? ハルミナならウィッサをどうしたい?」


 虚を突かれた様子だった。


 「どう、と来ましたか。どうもこうもありません。

  山の様に積み上がった問題点を片付けるので手一杯です」

 「未来永劫って事は無いだろ? なんか、こう、ないの」

 「なんかって何ですか」

 「俺だったら服とかアクセサリとか扱ってる商人を呼び込むね。

  で、年頃の女の子達に着こなし方を伝授する訳よ。ウチの奴等にもバンバン買わせてさ。

  半年後にはカワイコちゃんで溢れかえるぜ」


 ハルミナは笑った。実を言えば、ハルミナが太陽との雑談で笑うのは珍しい事だった。


 「ははは、そう来ましたか。成程、そうですね」

 「良い案だろ?」

 「悪くありません。貴方の考える金の流れは底抜けに明るくて無邪気です。

  なら私は服飾に掛かる税を引き下げられるよう、少しばかり調整しますか。

  後は染料や、糸ですね。上手く保護すれば貴方の望む主要産業に発展するでしょう」


 白馬を馬屋に預け、人目のない所で変装を解く。流石に往来を歩くには目立ちすぎる。


 「……似合いませんね、平民の服」

 「そっくりそのままお返しするぜ」


 大通りを進む。丁度昼を過ぎた辺り。周囲は俄かに活気付き、飲食店などが賑い始めた。

 大量の荷物を積んで曳かれていくロバに興味津々な太陽。ハルミナは呆れたように溜息を吐きながらそれについて行く。


 飾り気無い都だが、全く何も無い訳では無い。

 生活必需品以外にも僅かながらに装飾品。書物の類。絵画。どれもウィッサで流通する量に比べると極僅からしいが。

 その他ではどうやら東部から流れて来る調味料が多いようだ。それと、毛色の違う民芸品のような彫刻。


 とある店の店頭、虎と馬を足して二で割ったような怪獣の木像なんかは特に見事で思わず欲しくなる。


 「……魔獣ウィアロスの像ですね。素晴らしく精緻な像です。

  漸く流通するようになりましたか」

 「なに、訳アリ? このウィアロスって奴の像は」


 ハルミナはコホン、と咳払い。先生モードだ。


 「ウィアロスは南東の大湖沼に住む魔獣です。湖沼付近の村々はウィアロスを神獣とあがめ、信仰しています。

  そこで作られるウィアロスの像は魔を退ける力があると信じられていて、人気なのですが……」

 「なのですが?」

 「五年ほど前、ベリセス北部と南部で湖沼付近にある鉱山の採掘権を巡って激しい対立が起こりまして。

  北軍はかなり乱暴狼藉を働いたそうです。湖沼の霊地を破壊したり、木像を焼いたり」

 「そりゃ……酷いな」

 「ウィアロスを信仰する村々は北部への輸出量を極端に絞るようになりました。……彼等の怒りは当然です」


 ハルミナは像を一撫ぜ。


 「……見れば見る程素晴らしい。まるで今にも動き出しそう。

  人間の手がこれを作り出したのです。そう思うと、背筋がざわざわします」

 「ハルミナは好きだな、こういうの」


 太陽の言葉に子供をあやすような響きを感じ、ハルミナは憮然とした。

 熱っぽく語っていたのが急に素に戻る。んっんー、とまた咳払い。


 無言のまままた大通りを歩き出す。太陽は黙ってついて行く。


 「……昔、多くの仲間達と議論しました。他のハラウル加盟国に負けるもんかと。

  効率的な官位制度を研究する者も居れば、税収を上げる為に開墾計画を練った者も居ました。

  変わり種では『地方軍閥を解体しよう』とか『貴族どもを形骸化させよう』とか言っていた者も居ますね。…………まぁ無分別にそれを公言していた者は処刑されましたが」


 太陽はうへぇ、となった。

 異世界の公務員って意識高過ぎない?


 「ハルミナは?」

 「……私は」


 また無言になる。そのまま歩く内に肉の焼ける良い臭いがしてきた。


 腹減ったな、と太陽は零す。


 「あぁ、あぁ、ここいらですよ。まだやってるのかな」

 「何が?」

 「この辺りの店は昔、仲間達の行きつけでして。

  昼の休みか仕事を終えた夕暮れ時には、ここでたむろして先程のような事を話し合ったのです」


 大通りから外れ、ずいずいと路地に入っていくハルミナ。

 公職に着く者が使うには些か寂れた場所に入っていく。

 大通りの綺麗に舗装された物とは違う割れた石畳に、茨の巻き付いた木造りの家々。

 そこに喧々諤々、なにやら誰かが大きな声で怒鳴っているようだ。


 「それは~~からの物で、君が~~っていたような物~~」

 「だから、その知識がそもそも……!」


 太陽とハルミナは顔を見合わせた。


 「何だか盛り上がってるな」

 「懐かしい物です」


 寂れた店だが、意外な程広かった。

 湿った黒土の広間に幾つも円卓が置かれ、そこで若者達があーだこーだと話し合っている。

 ヒートアップしている者達は互いの胸倉を掴み合い、キスでもしそうな距離で顔を突き合わせながら格闘戦だ。


 大体は黒い質素なハーフマントを着けていた。支給品の官服に当るらしい。


 「西部諸侯は恐怖の余り冷静な判断が出来ていないのだ。陰謀屋はここぞと言う所で数字に弱くなる」

 「そんな風に現場を無視した事ばかり言うから、君は呪いの手紙なんて送られるのだぞ」

 「俺は事実しか言っていない! よいか諸君、ウルフ・マナスは……!」

 「鉄だろう」

 「あぁそうとも、鉄だ! 奴等には戦争を支え得る鉄を得る手段が無い!

  ドニ将軍は速やかに方々で荷止めを行い、奴らを干上がらせる筈だ!」

 「マージナを黙らせるのは不可能だ。戦いに必要な物は全て奴らが用意するだろう」

 「だから、我らでそれをやるんだよ! 上申して俺と一緒にマージナへ行こう!」


 やはり今一番ホットな話題は西での戦いのようだ。

 語りあう若者達の目はきらきらと輝いている。


 「これを見てくれよ、アルハニから流れて来た古文書だ」

 「おぉ……! 奴らの海神信仰に関してか……!

  ――――よ、読めん。アルハニ西部の文法に似ているが……」

 「俺にも読めなかった。……なので、これだ」

 「シパーヒルが書いた言語学の本だな。……お前、俺がこの分野苦手なの知ってて言ってるだろう」

 「アッハッハ! その顔が見たかったんだ!」


 太陽はハルミナに問い掛けた。


 「……戻りたい?」

 「何ですか今更」

 「そうだな」

 「私は……腹を括ったんですよ。こんな風にしたのは貴方ではないですか」

 「そうかなぁ?」


 そうなんだろうな、やっぱり。


 「決めたよ。僕はシエロを支援する」

 「……良いのか? ベリセスは贅沢品に対して厳しいぞ。

  シエロなんて売れない画家のパトロンになったら、君の実家や上司殿も良い顔をしないだろう」

 「僕が交易で稼いだ金だ。家に文句は言わせない。

  シエロは……その、理解し難い物を描く事もあるけど、ふとした拍子に気付くんだ。

  『あの絵はこの時の気持ちなんだ』って」

 「酒浸りのだらしない男だと聞いてるぞ」

 「そうさ。でも構うモンか。彼が毎夜、血反吐を吐くようにして絵と戦っているのを知ってるかい?

  彼をこのままにしちゃ駄目だ。借金取りにも、詐欺師にも、彼を殺させはしない」

 「……分かったよ。そうまで言われちゃな。……私も協力する」


 あれこれ話し合う者達の中にも変わり種は居る。


 パッと見で一番年若そうに見える、まだ少女とも言えるような年頃の文官だ。

 それぞれが思い思いに官服を着崩している中で彼女だけはかちりと装いを正している。


 彼女は議論には参加せず、食い入るように見つめ、耳を澄ませていた。

 握り締めた羽ペンを一時も休ませる事なくカリカリと走らせ、議論の内容を記録している。


 ハルミナはそれを見て微笑んだ。


 「……アレが私です」

 「あの子が?」

 「私もあんな風に、全てを記録してやろうと必死でした。

  何一つとして忘れたくなかった。例え現実に即していないような、どんな荒唐無稽な内容だったとしても。

  それは私達が生きた証だと思ったからです」


 生きた証か。


 「そんな風に話してくれるの、初めてだよな」

 「私も漸く……少しだけですが、貴方の事が分かってきました。

  貴方になら話しても良い気分なんです」


 ハルミナは歩いて行く。黒土広場の円卓は埋まっていたが、店のカウンター席は少しばかり空いていた。

 勝手知ったる様子でそこに座るハルミナ。太陽も隣に座る。


 「人がいつか死ぬように、国もいつかは滅びます。それがどのような形でかは解りません。

  上手く国体を継承するかも知れませんし、一切合切が破壊されて文明的後退を免れないかも知れない。

  或いはどこかの大国に支配され、自分が何者だったのかも忘れていくのかも。

  ……貴方がそうするかも知れない様に」


 太陽はハルミナと一瞬見詰めあった後、店主にジュースを注文した。

 酒の入ってない、果実を絞ったような奴、と言えば店主は特に戸惑った様子も無く木のコップを差し出してくる。


 「でも人々が生きていたと言う事実は失われない。それは“文化の力”なのです」

 「文化の……力?」

 「絵や、彫刻。服飾、小説。食べ物や、飲み物。技術に、哲学。

  人は石板や羊皮紙、本にそれらを記録してきました。例えそうでなかったとしても古来より受け継いできた伝統と言う物は必ず存在します。

  軍人が死んでも、文官が死んでも、人々は生き続ける。人々は必ずや文化を継承し続けるのです」


 ハルミナは運ばれてきたジュースを一息に呑み干した。

 さらに要求。店主! 強い酒を一杯!


 「だから私はそれらを守るのが人間の使命の一つだと思っています。本気です」

 「それが、ハルミナの美学か」


 運ばれてきた酒をまたもや一息。おほん、と咳払いを一つ。


 「人は心臓が止まれば死にます。ですがそれは一度目の死です。

  人に訪れる真の死とは、誰からも忘れ去られた時。歴史から完全に消え去った時です。

  本や絵を焼いたり、歴史的建造物を破壊したり、それをされた時、人々が生きていた証が消し去られた時、人は真の意味で死ぬのです」



 「貴方はどんな人間の生きた証も、例えそれがどんなに忌まわしい物だったとしても、焼き捨てずに受け入れてくれるのではないか。

  ……そんな風に期待してしまったから、私はこうして話しています。


  私はウィッサを、その土壌にしたい」



 店主! もう一杯!


 ぐいっと更に呑み干すハルミナ。太陽はぽかんと口を開け、その横顔に見入った。


 おいおいおい、やっぱりハルミナってさ。

 思ってた通りのイケてる女じゃないの。


 「ハルミナ」

 「なんです」

 「先に行っとくが、侮辱する気は一切ない。尊敬してる」

 「……だから、なんです?」

 「ハルミナは素敵だ。きらきらしてる。良ければ今日、朝まで俺と一緒に居ないか」


 ハルミナは更にもう一杯追加させた盃を口に当てた状態で固まった。


 数秒か、十数秒か、たっぷりと停止した後で漸くごっごっごっごと盃を干す。


 そして咳払いと共に盃を置くと、金貨を一枚店主に放って席を立った。


 「話し過ぎました。行きましょう」


 すまし顔で歩いて行くハルミナ。太陽は頬っぺたを掻く。


 「ハハ、振られちまったか」


頭良さそうな会話文書くのむずかちぃ……

(´;ω;`)

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