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ウーラハン強襲



 草原を越え、渓谷を越え、パササを横切ろうとしたら何やら雰囲気が浮ついていて。

 何事かと状況を確かめると、使者として送り出した狼騎兵が首を撥ねられそうになっていた。


 「…………どういうこっちゃ」


 場に居合わせた妙に訛りの強い商人が訳知り顔で教えてくれる。


 「どうもベリセス王都とここいらドニ将軍の御膝元では大分事情が違うようでんなぁ」

 「と、言いやすと」

 「ドニ将軍は先の戦以来、西の蛮族どもとも交渉を始めてらっしゃるようやが、ベリセス王はまーだそれを認めとりゃしまへん」

 「で、それが」

 「この処刑の段取りを組んだのは王家からの監視役っちゅう感じの役人でしてな。

  ドニ将軍とは反目しとるっちゅう訳や。王家の“交渉に及ばず”っちゅう態度を表明する為に、ドニ将軍が留守にされとる間に蛮族の使者を処刑しようっちゅー訳や」


 ちゅーちゅー五月蠅かったが状況は分かった。太陽は蟀谷に青筋を立てる。


 断頭台に乗せられたウルフ・マナスの若者は目を見開き、口を引き結んでいる。

 彼は怯まず、恐れても居ない。ただ広場に集まった群衆を睨み下ろしている。


 処刑人の傍に立つ役人が朗々と何かを述べる。神とベリセス王を称える言葉にウルフ・マナスを嘲弄する言葉がトッピングされた所で、断頭台に首を乗せられた若者は言った。


 「臆病者め! 無駄口利かずにさっさと殺せ!」

 「き、貴様」

 「俺は貴様らのような恥知らずでは無い! 死に際の振舞いと言う物を心得ている!

  アルハ・ジード麾下、高原起軍の狼は、決して死を恐れぬ!」

 「宜しい! 執行せよ!」


 太陽は腰に下げた長剣を抜き、思い切りブン投げた。


 「ふぅぅざけやがってぇッ! ハラウル・ベリセスッ!」



――



 その後はもう、そりゃもう、とんでもない大騒ぎである。



 身一つで移動し、何もない所で忽然と大軍を展開出来る太陽の強みは反則とでも言うべき強力さだ。

 だがここは名将ドニの薫陶が行き届いた最前線。太陽を殺す為に直ちに大部隊が出動し、



 そしてそれをガウーナが、嬉しそうに食い散らかした。



 「なんじゃ! ドニの奴は居らんのか! 残念じゃのう!」


 シドに跨りシャムシールを掲げ、朗々と歌うように胸を開くガウーナ。

 断頭台の上で処刑人にアッパーカットを決めた太陽が自らよりも大きい筈のその身体を下に投げ落とす。


 「普段、気は長く、心は丸くって思ってるけどよォ。

  今回のこりゃぁ、幾ら何でも腹に据えかねるってぇモンよッ!」


 ソルが火の粉を纏って躍り出る。双剣が太陽に迫る新手をバサリ、バサリと切り裂いた。


 「ハラウル人がァッ、この方に触れるなァ!!」

 「何者だ貴様ら!」


 駆け付けたベリセス軍の新手が太陽達と、その場に展開した亡霊軍団を見て顔色を変える。

 しかしそれも数瞬の事。兵士達は即座に隊伍を組んだ。


 「……ベリセェース!」

 『ベリセス!』

 「ベリセス・アッダァーテェッ!」

 『ベリセス・アダーテッ!』


 そこにガウーナが切り込んで行く。彼女の背を追うように無数の火の粉が煌めき、次々に白い野花の同胞達が走り出す。


 「高原の白い悪魔かッ!」

 「ボンの怒りを鎮める贄となれぃ!」


 広場は混沌と言うのも生ぬるい状況と化した。あちらこちらに火の粉を纏った死者が現れ、歓喜に震えながら太陽の命令を遂行する。


 即ち、奴らをぶちのめせ。


 太陽麾下、目録に収められた亡霊の戦士達は、どのような手合いであれ少なくとも戦神が目録に存在を許す程度には熟達した戦士だ。

 或いは他に無い何かを持っているか。

 彼等の大部分は戦って戦って戦いの果てに生を終えた者達で、その強さと闘争心は筋金入りである。


 そんな奴らに奇襲を受けたベリセス軍団は堪ったものではない。


 「悪いな、流石にこりゃ予想外だった」

 「ウーラハン、俺を救ってくださるのですか」

 「まぁそりゃ、いつでもどこでもって訳にゃいかねぇけど。

  目の前でこんな事なってたら助けるだろ」


 ウルフ・マナスの拘束を解いた太陽は持っていた長剣を彼に手渡す。

 太陽の剣技は未だ棒振り遊びの域を出ない。この若者に与えた方が良いだろう。


 愛用のシャムシールとは大分感覚が違うらしく、何度か握りを確かめたウルフ・マナスの若者はハウッ、と一咆え。


 「ウーラハンの、御為にッ!」


 乱戦の中に飛び込んでいく。ベリセスの指揮官らしき男が血塗れになりながら叫んだ。


 「蛮族どもの首魁か! 貴様がシン・アルハ・ウーラハン!」


 太陽は処刑台の上でどん、と四股を踏む。


 「あぁぁ~! おひけぇなすって! 名乗る程の名じゃねぇが、問われたとあらばお応えしやす!

  性は霧島、名は太陽! 生まれは日の本、山城国! ベリセス、パササにゃ御無礼承知の旅行脚!

  我ら、互いに相争う時事なれど、可愛い舎弟に此度この仕打ち、お天道様が許そうと、この太陽・霧島!


  あっ、許しちゃぁおけねぇぇぇッ!」


 処刑台から跳躍。防塵マントを翻しながら教科書に載っているような綺麗なドロップキック。


 ベリセス指揮官の顔面に炸裂した蹴り足。吹っ飛ぶ男。雄叫ぶ太陽。周囲を取り囲むベリセス兵。


 太陽の危機に亡霊兵達が顔色変えて走り出す。遮二無二太陽の後ろを追い、敵を突き崩していく。


 「アァァーッハッハッハァァァー! アオォォォッ!

  行けぃ! ボンの背を追え! あの猛き遠吠えに!」

 『シン・アルハ・ウーラハンッ!』


 ガウーナがシャムシールで指し示す。ハサウ・インディケネが集合し、混沌とした戦場の突破を図る。

 僅かに周囲を見渡せばどいつもこいつも猛り狂って敵と斬り合っている。


 「ハハッ、ボンの怒りが乗り移ったようじゃ。これも目録の力か」


 そしてそれはガウーナも例外ではなく、またそれが全く不快でない。心地よかった。


 ガウーナは乱戦の一角に飛び込み、そこで斬り合っていたウルフ・マナスの若者を拾う。

 太陽がこの無秩序な戦いを決意した原因の男だ。彼を引きずる様にしながらガウーナは乱戦の中を突破した。


 「お、狼公!」

 「じゃれあいはここまでじゃ。そろそろお開きよ」


 ボン!

 ガウーナの呼び声に太陽は首だけで振り向く。

 目が堪らなくギラギラしている。


 「逃げるぞぃ!」

 「ガウーナ!」

 「いつもと逆じゃのう! ボンをお止めする時が来ようとは思わなんだ!」


 ソルが双剣を振り翳す。亡霊兵達が後に続く。


 「ウーラハンの道を開け!」

 『シン・アルハ・ウーラハン!』



――



 「ガウーナの置き土産じゃ! 末代まで語り継げ!」



 シドを駆り、ガウーナはパササ城壁にシャムシールを叩きつけた。

 刃毀れしない狼の一族伝説の刃はパササの威容に深い傷を刻み込む。


 何度も飛び上がり、何度も叩きつける。

 幾つも数え無い内に文字が出来上がった。


 『ウーラハン見参』


 「ドニの奴、さぞ悔しがるに違いないわい!」


 ひゃっひゃっひゃ、と笑いながらガウーナは駆け抜ける。亡霊達は火の粉となって消え去り、砂塵ばかりが残った。


 「……お、おのれぇ!」


 ベリセス軍はそれを追走し切れなかった。ウーラハン親衛古狼軍の強力さばかりが証明された。




 「……今度は何をやらかしたのです?」


 パササの外で待っていたハルミナは諦めたような顔で言った。

 中を見に行く、と太陽が言った時からひと悶着あるのは目に見えていた。

焚き火の番をしながら待っていたハルミナを戻って来た太陽が有無を言わせず担ぎ上げて遁走を始めた事で、その考えの正しさが証明された。


 「そんなに怒るなよ、ハルミナ」

 「怒ってなどいません。えぇ、いませんとも」


 シドの背の上、小脇に抱えられたままハルミナは呻く。

 太陽は簡単に説明する。


 「成程、使者の首を撥ねるようになってはベリセスもお終いですな」

 「やっぱそう思うよな? ジギルも文句言わなかったし、そんな感じだと思ってたんだよ」


 ジギルギウスの苦渋の滲んだ声。


 『示威行為としてやる事はあるだろう。……だが何と取り繕おうと、使者の首を撥ねるなど下賤の行いだ』


 ウルフ・マナスはベリセスの決定的敵対者だが、ジギルの思考はドニ・スチェカータ寄りらしかった。


 配下のインディケネと相乗りしたガウーナが現れる。彼女は走り続けるシドに並走するとパッと飛び乗り、太陽の背を抱くようにしながら手綱を取った。


 「あの小僧にインディケネを一騎付けて来た。無事にウィッサに辿り着くじゃろう」

 「オーケーだ。……初っ端からとんでもない事になったな。こりゃ大喧嘩だぜ」

 「よくも他人事のように言うわい。ワシが何か言うより早く衛兵どもに殴り掛かっとったじゃないか」

 「迷っている暇は無かった。選択肢も」

 「カカカッ、いや、責めてはおらん。実に心地よいと思っただけじゃ!」


 シドは走り続ける。後を追う狼騎兵達が一騎、また一騎と火の粉になって消えていく。

 砂煙ばかりが立ち昇る。恐るべき異様の軍団が、今は影も形も無い。


 「これよ。神出鬼没、縦横無尽。ワシらがその気になればベリセスは影を踏む事すら出来ぬ。

  今の彼奴等にこれを対応する手段は無い。

  叩いてくれようぞ。叩ける内に、叩けるだけのぅ」




 その後、太陽達はベリセスの敷いた無数の検問と無数の哨戒部隊をズタズタに引き裂きながら東進した。

 お忍び旅行などと言う当初の予定などどこに投げ捨てて来たのか、敵を千切っては投げ千切っては投げ。


 しかし如何に亡霊軍団が強力であろうとここはベリセスのホームグラウンドだ。

 王都まであと数日と言った頃には完全な包囲網が完成していた。いや、寧ろ遅いぐらいか。


 ベリセスとて思うまい。

 まさか敵首魁が単身(単身と言って良いのかちょっとアレだが)国土に踏み込んで来て、大暴れしながら王都に迫るなど。



 「ナハハ、ちょっと暴れ過ぎたのぅ」

 「やっぱ城壁に落書きしたのが気に入らなかったんじゃないか?」


 ガウーナはパササの城壁に文字を刻んだのが病み付きになったらしく、事ある毎に同じような事をする。

 一つ前の監視砦には『ベリセス恐るに足らず』と刻み、その一つ前には『ヨアキム王、戦いを忘れたり』と刻んだ。


 ベリセス軍団がブチ切れても仕方ない。彼等は火を噴く様な気迫で駆けずり回り、太陽を捜索している。


 「ベリセスの騎兵は流石に優秀です。この伝令網の裏を掻くのは難しいでしょう」


 ソルが遠方を見遣りながら言う。彼方の砂塵。騎兵が乾いた土を蹴っている証だ。


 「うーん、流石に斬った張ったしながらハルミナの実家にお邪魔できねぇよなぁ」

 「止めて下さいよホント。ホント止めて下さいよ。良いですか? 私は言いましたからね。二回、言いましたからね」


 ハルミナがげっそりしている。ガウーナがげらげら笑いながらハルミナの髪を梳っている。


 つい先ほどまでベリセスの密偵らしき怪しげな部隊相手に大暴れしていたのだ。

 戦えないハルミナはあちらに逃げこちらに逃げ装いは散々に乱れそりゃ溜息の一つも吐きたくなろう。


 「よし、作戦変更だ」

 「……今度は誰を殺すんです?」

 「止してくれよ。そんなつもりは更々ないぜ」



――



 ハルミナは麾下軍中からベリセス国内に居ても別に珍しくなさそうな顔立ちの物を選び、服を買いに行かせた。


 この世界、貨幣は嵩張るので不必要な路銀は持ってきていなかったが、太陽が戦神から与えられていた適当な宝石を下取りに出せば、商人は取引に応じた。


 「霧島プロデュースによって装いも新たに白馬に跨る君は今からお姫様だ。

  プリンセスになーれー」


 品のある刺繍が施された青いフード。上質の皮で仕立てたショルダーコート。

 レースをあしらったスカートに、ひらひらと垂れ下がる用途不明のアクセント。トイレットペーパーみたいな奴。


 「見やすい場所に紋章を示す為の飾りじゃ。名家はこうして所属を謳うモンなのよ」

 「へぇ、イケてるじゃん」

 「このドレス、サイズが合っていませんが」


 そりゃ仕方ない。適当に買ってこさせた物だから。


 「兄貴の“楔の槍”があれば俺の地元で揃えてこれたんだがな」


 あちらとこちらを行き来する為に使っている古びた槍は、戦神の支配が及んでいない場所には設置できない。

 逆に領域内ならば大分好き勝手出来る。太陽の神出鬼没のタネはこれだ。


 「我が君、こちらを」

 「おっ、サンキュ」


 服を買って来た亡霊兵が体格の良い白馬を曳いて来た。先の戦いの跡地から鹵獲してきたらしい。


 「自分の足で歩いてたらお姫様って感じしねーもんな」

 「はぁ……然様で」


 もうどうでもよくなったらしくハルミナは如何にも適当な返事をした。


 「よし、ハルミナ君。君は今からプリンセス。俺はプリンセス・ハルミナの従者だ。

  俺達はお忍びの旅をしていて、この度王都に戻って来た。オーケー?」

 「……あー、クラッセ家はとてもプリンセスを輩出するような家格ではありませんが」

 「こまけぇこたぁ良いんだよ。よし行くぞ」


 ハルミナは無理矢理引っぺがされたウシャンカを弄びながら溜息を吐く。


 ――んな上手く行く訳ないでしょ。



 が



 「ベリセスの今後を左右する内密の旅をしています。

  我が主は婚礼も間近。どうか、深く尋ねられませんよう」

 「……しかし我々にも職務と言う物がある」

 「姫様は貴殿らの心身の充足を案じておられます。心ばかりではありますが、心付けを、と」


 太陽は背負った袋を門兵達の目の前で指揮官に差し出した。

 中身は上等な酒と金銀。太陽が引いている予備の馬にもそれなりの量の酒が準備してある。


 露骨すぎる賄賂は逆に後ろ暗さが無くなる物で、門兵達は逆に安堵した様子を見せる。


 僅かな金銀を後ろ手に受け取れば収賄でも、こうまで堂々と大々的に酒を振舞われては、それは労いのように見える。

 相手は詳細は知れずともやんごとなき身分(のように見える)。馬上の貴人は些かドレスの丈が合っていないようだが、礼儀作法は洗練されている。


 「(まぁ、間違っても蛮族ではあるまい)」


 何を勘違いしたか、今この王都近くまでシン・アルハ・ウーラハンが攻め込んできているらしいが、それの関係だろうか。

 問題のウーラハンも追い詰めつつあると聞くし、我々の想像する事すら出来ない国家上層では様々な政治的駆け引きが行われているのであろう。


 「(無理に関わるべきではないな)」


 あれやこれやと考えた後、門兵の指揮官は太陽達を通した。職務上必要とされる教養を備えていたのが仇となった。



 「……上手く行っちゃったな」

 「どうなってんですかこの国は」


 ハルミナは蟀谷を揉み解している。

 ウィッサで死ぬ覚悟を決めた身ではあるが、かつての祖国、その王都がこうも不用心に不審者を入れてしまう事に頭痛を禁じ得ない。


 「……中々の名演でしたね」


 軽い皮肉だった。門兵達への振舞いの事を言っていた。


 「そりゃウィッサで嫌になるくらい見てるからな。いい加減覚えもするぜ」

 「なんのかんの、とうとうここまで来てしまいましたか」

 「……故郷の風はどうだ? ハルミナ」


 二人は街並みを眺めた。王都ではあったが、優雅さは無かった。

 効率を求めた区画割。派手な色を禁じているのか、落ち着いた感じのある諸々の色合い。


 彼方に見える王城は灰色一色だった。無骨なばかりの戦う為の城だ。


 「…………ベリセス先王は戦費調達の為に歴史ある美術品等を売り払いました。

  私の生まれる前の話ですけどね。様々な文化、貴重な書物が国外に流れました。

  もしあの時代に私が居たら、悲鳴を上げてベリセス王か狼公のどちらかの所に乗り込んだと思います」

 『ひっひっひ、恐い娘じゃ。愛い物よ』


 太陽はからっと笑った。


 「俺にしたように、か?」

 「悲鳴は上げてないでしょ」

 「腹を括ってって事」

 「……そうですね」


 ハルミナは切なそうな顔をして、ぽつりと言った。


 「やはり私は、ここが好きではありません」





あぁ~キャピキャピしてきたんじゃぁ~

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