ガウーナちゃんは裏表の無い素敵ななおねえちゃんです
「前々から言っておったかも知れんが、お主ら勉強をせよ」
スーセを始めとし、その時に集められるウルフ・マナスの主要な指導者達を跪かせながらガウーナは言った。
ウーラハン・タイヨーが狼の一族だとかハラウル人だとか、余りにも無頓着に人を使う物だから自然とガウーナも人種に拘らず公平な態度を取らざるを得ない。
だがガウーナは元々が身内贔屓の性質で一族への思い入れも強い人物だ。
当然だった。民族の結束無くしてハラウルと戦う事は出来なかったのだから。
「教養が要るわ。ハラウルの文化に学べ。高原を捨てろと言っておるのではない。
支配した者どもを取り込み、同化せよと言っておる」
「……是非も無い。狼公の言う事ならば」
影ながらウルフ・マナスに都合が良いように差配したり、口利きを行ったりしている。
だから厳密に言えばウルフ・マナスで無くなったガウーナの事を、未だにジード達は『狼公』と呼んで慕うのだ。我の強い、欲張りな筈の彼等が、だ。
「今勝てば良いのではない。今も、この先も勝たねばならん。
お主らは一度狼を駆れば大ハラウルを相手に互角以上に戦えよう。
しかしそれに驕っておっては負ける。再び全ての部族は西へと追い遣られる。
敵から見ればワシらは所詮少数民族。時を無為にしてしまえば、最後に勝つのはハラウルじゃ」
反論は無かった。ジード達はガウーナの言った事を骨身に染みて分からされていた。
「学べば、勝てると」
「戦は任せとけぃ。向こう十年は奴らが立ち直れぬようにぶっ叩いてやるわ。
しかしその先は分からん。目先の戦に勝っても、文明として負けておればいずれ滅びるのじゃ。
じゃから学べ。一も二も無く勉強せい。並大抵じゃないぞい。高原でのほほんとしておった我ら狼の一族が、古から諸王、諸族を滅ぼしてその全てを吸収して来たハラウルに勝ろうと言うのじゃからな」
ガウーナはスーセににっこり笑いかける。好々爺とした笑み。
「勉強しておるか、スーセ」
「識者を招いて様々に」
スーセは堂々と答えた。この娘には元々ガウーナの薫陶があった。
ハラウル人に学ぶのは別に恥ではない。
「戦の事や、詩の事。古事や果ては料理まで」
「よいぞ!」
ガウーナは手を打った。
「おう、ジード達。お主らも自分の一族に対し範を示せ。お主らが最も学ばねばならん。
思い知った筈じゃ。民族の大移動など碌なもんじゃぁないわい。大きな犠牲を払い、得られる物など何もない。
子らに二度と同じような思いをさせたくあるまい。勝つしかねぇぞ」
ジード達が深く頷く。ガウーナにぎょろりと睨み付けられて何か一言でも言える筈が無かった。
そうじゃ。とガウーナも頷いた。
ガウーナはかつて狼の一族に西へ逃げろと遺した。
言うのは簡単だが、実際はそんなに簡単じゃない。多くの苦痛が伴う選択だ。
大半の者が二度と御免だと思っているだろう。
「……今ぞ好機じゃからな」
ハルミナに対する大抜擢をガウーナは契機と見ていた。
ウーラハンが新たに支配するこの出鱈目な国では滅茶苦茶な人事が乱発されている。
前例や利害などに対しウーラハンは大抵の場合無頓着だ。自分が発する一言一言の重みを未だに理解し切っていない節も見受けられる。
ここで怠ければ置き去りにされる。ウーラハンはガウーナの事もあって狼の一族に親近感を抱いているが、それだけだ。その気質自体は、別に好いている訳では無い。
逆に一族の排他的な意識を変える事が出来れば飛躍出来よう。ウルフ・マナスは、彼の寵愛を受ける。
進歩しなければ。最近のガウーナは常に考えていた。
「む、我が主君が呼んでおられる。そろそろ行かねば」
「狼公?」
「スーセ、ハルミナは暫しウィッサを空ける。そなたが様々に差配出来るようウーラハンにお願いしとくからのぅ、この機に存在感っちゅうモンを示せ」
アーメイの奴を上手く使えよ。ひひひ、と笑うガウーナ。スーセは真剣な顔になった。
ウルフ・マナスのマルフェー一強体制を盤石な物にしろ、と言われているのは明白だ。
いや、それ以上の事も、か。ウーラハンの統治に深く食い込まねば。
「ウーラハンに怒られぬようにの」
しかしハルミナの遣り口をウーラハンが好んでいたのも確かだ。
余り狼の遣り方に固執しては不興を買う。
成程、ハラウルの文化との同化か。
スーセは脳髄を回転させ始める。
――
ウィッサの練兵場で太陽は狼騎兵達の勇ましい姿を眺める。
「そんじゃ、パササの所のハラウル軍に手紙を頼むぜ。
まぁ別にパササに拘らなくてもハラウルの兵士を見つけたらソイツに頼めば良い。
普通に挨拶に行ったら大事になりそうだからな」
一騎の狼騎兵が太陽の差し出す書簡を恭しく受け取る。
神からの恩寵を賜るように、世に二つとない至宝を預かる様に。
年若いその狼騎兵は与えられた使命に身体を震わせていた。
「俺の身命に変えましても」
「そんな大袈裟に考えなくても良いっての。出来たらで」
「力を尽くします、シン・アルハ・ウーラハン。必ずや、貴方の望むままに」
「いや、だからな……」
「……何か、御無礼をしてしまいましたか」
「そういうんじゃねーけど」
太陽は隣に控えるソルを見る。小麦色の彼は何も不思議な事など無いと言わんばかりにその狼騎兵を見ている。
「ソルと言いお前と言い、なんで皆クソ真面目過ぎるんだ?
適当で良いって適当で。あちらさんとは今戦争状態なんだ。上手くいかなくて元々だって」
その狼騎兵は困ったような顔をした。見れば額には汗が浮いている。
「お前様、そんなに虐めては可哀想ですぞ」
かっかと笑いながらシドに跨るガウーナが現れた。
公の場で使う猫を被っている。狼公の登場に周辺のウルフ・マナスがどよめいた。
「虐めちゃいないだろ」
「まだ分かっておられませぬな。狼のガキどもにとってお前様は正に神に等しき方。
直々に使命を与えられ、『適当にやれ』等と言われた所で、その者も困ろうて」
「俺がいつ神様になったんだよ」
「等しき方、と言ったじゃろ?」
シドがガウーナを乗せたまま太陽に擦り寄りすんすんと臭いを嗅いだ。
そのまま頬を擦り付けてくる。太陽はシドの湿った鼻をガシガシと撫でる。
「号令されよ。もしそのガキの身を案じて下さるなら、一言『生きて戻れ』と命じられれば良いのじゃ」
「そういうモンかなぁ」
太陽は肩を竦めて“やれやれ”のポーズ。
跪いたままの狼騎兵に命令する。
「仕事に取り掛かれ。無理はすんなよ? 生きて戻るのが最優先だ」
「お言葉、確かに賜りました」
「よし、頼んだぜ」
その狼騎兵は指笛を一つ、自らの騎獣を呼ぶとその背に跨り、風の様に駆け出していく。
「うむ、速い。先が楽しみな小僧じゃのぅ」
「誰も彼もあんな感じなんだよな。……ソル、必要以上に敬われても肩がこるよなぁ?」
「仕方なき事かと」
「あ、そう。…………信仰心って奴は難しいな」
同意を求められたソルはあっさりそれを拒否した。頭を掻く太陽。
「ぬはは……お前様、不思議ですかのぅ。狼の一族の若者がこうまでお前様を尊崇するのが」
「そりゃそうだろ」
もっと歳経た長老格などなら良いのだ。彼等は太陽に敬意を払いつつもどこか油断ならない目をしている。
必要以上に阿ったりはしない。ただ自己主張が激しく、闘争心が強いだけだ。
だがウルフ・マナスの若者達と来たら、その純粋な輝きを湛えた目と言ったら。
彼等は心の底から太陽に心酔しているように見える。そして命令一つあれば命を捧げて見せると言って憚らない。
ガウーナは太陽の些か……辟易した様子にふむんと頷き、シドから飛び降りた。
太陽の耳元で、遠く思いを馳せる様に囁く。
「高原の西は険しき地でしてな。
危険な魔獣や毒泉、風土病。作物もまともに育たず、また水も見つからぬ大地が広がっておる。
そこを越えたとしても、聳え立つ大山脈は古き神々の領域。不用意に踏み入れば神の怒りを受ける。
――ウルフ・マナスはそのような地への移動を余儀なくされておったのじゃ」
「あぁ、兄貴から聞いてる」
「聞いただけで実感はされておりますまい。
こちらの世界には捻れば無限に水が得られる魔法のような蛇口も、朝から晩まで休まず食い物を売っておる店も無い。
くるまも無ければでんわも無い。民族の移動など命懸けじゃ。
……いや、命懸けと言うか、正に部族の存亡が懸かっておった」
言いながらガウーナは従者に合図し、太陽の為の椅子を持って来させた。
奉仕される事に太陽も大分慣れて来た。どっこらしょ、と腰掛け、ガウーナに先を促す。
「水も食い物も無く、部族はやせ衰えていく。母は子に食わせる為に木の根を掘り、他家の母がそれを襲って奪う。木の根をじゃぞ?
命懸けで魔獣を狩っても体が受け付けぬ事の方が多い。毒を持っておったりして食えんのじゃ。それでも必死に探す。
そうまでしても限界はある。弱き者からどんどん死んでいく。傷を負ったり病に罹ったりしたら特に拙い。
ワシらが普段用いる薬草の類は西には生えておらんからな。向こうの方の植生も分からんし、辛いぞぃ」
ガウーナは一旦言葉を切って腕組みした。
太陽はそういうもんだろうな、と納得する。太陽が普段享受する優れた医療技術などこの世界には無い。
「無力じゃ。ここに居る者達のように若く頑健ならばまだ生き残る目もある。
じゃがそうでなくば、……只管に苦しみ悶えながら、ゲロやらなんやらの汚物塗れになって死んでいく。
残される者達は、死に行く者の手を握り締めながらそれを見ている事しか出来んのじゃ」
がち、がちがち、と歯を鳴らす者が居た。何人かの若者が肩を震わせている。
「……詳しいんだな」
「ずぅっと昔に似た様な思いをした事があるんじゃ。
……ワシが殺されるより結構前からウルフ・マナスは移動を始めておった。
戦神の加護を授かり、彼の神が狼の一族に水や狩猟の獲物をお恵み下さるまでに、どれほど死んだかのぅ」
ガウーナが一人のウルフ・マナスに声を掛ける。
「おいそこの娘っ子、イナーナの所の孫娘じゃな?」
「お、狼公、私を知って……?」
「ケランのイナーナとは古い付き合いじゃ。西から戻れず……奴は残念じゃったな。
ほれ、鼻水垂らして泣いておるんじゃないぞ。こちらへ来い」
どうやら知人の血族らしいその狼騎兵は震えながらガウーナの前に出る。
ガウーナは彼女の頭と喉首をわしゃわしゃと撫で、猫可愛がりしながら言った。
「お前様、この娘の祖母は正に今話した苦しみを味わって死んだ。惨い事じゃ」
「だが、だが」
唇を噛み締める狼騎兵の目尻から涙が一筋、落ちる。
「それでも私達は婆を一族の墓に埋葬する事が出来た」
「それは良かったのぅ。イナーナの奴も喜んでおるじゃろう。
……こうまで言えば分かって下さいますかな、お前様。
この純朴で、他に生きる道を知らぬ若者達が、お前様に跪く理由を」
高原への帰還は、お前様が思っておられるよりずぅっと、身を切る程に切ない願いだったんじゃ。
困ったな、と太陽は首を鳴らした。
熱烈歓迎されて悪い気はしないが、自分が取り計らった覚えのない内容で感謝されてもなぁ。
「分かった、降参だ」
しかしこう言った手合いを無碍に出来ないのが霧島 太陽の美学だ。
「ケランの若き狼騎兵よ、ウーラハンの為に死ねるか」
「彼がそう命ずるならば」
「え、命じねーけど」
「ならば、熱き心臓の命ずるままに」
きらきらした目を真ん丸に見開いて真っ直ぐ見詰めてくるウルフ・マナス。
彼女だけでなく、誰も彼もがそうで、そしてその内の誰一人として自分達の言葉に疑問を抱いていない。
「人は自分の美学の為に死ぬよ。俺もそれは分かる」
太陽は椅子から立ち上がった。
「でも俺がその美学の対象にされるのは、ちょっと違和感あるな」
「ウーラハン」
「分かったって。もう言わなくて良い。言いたくもねぇ事をさ」
辛い思いをしたってんなら、いつか時間がそれを忘れさせてくれるまで、のんびりしてれば良いのにさ。
こんなとこまで出張ってきて、更に辛い思いをしようってのか。俺は戦争をするって言ってんだぜ。
大した思想も意義も無く。ただ俺の都合で。
「望むまま生きろ。でもせめて死ぬ時は俺の為じゃ無くて、自分の満足の為に死んでほしいね」
唐突にソルがくっくと笑った。公の場では仏頂面を崩す事の少ない彼の笑みは、酷く珍しかった。
「ならばウーラハン、我々は正に貴方の御言葉通りにしております」
「あーあー、なんだかんだ俺も結構真面目にウーラハンやってるよな」
「貴方の為に戦い、死ぬ事。それが今の俺の美学と“ろまん”です」
「おっ、ソル、ロマンと来たか」
恩寵に相応しき忠誠。太陽は戦神の目録、ソルのページに刻まれた言葉を思い出す。
――死んでも構わない。
俺の為にか。まさかこいつ等全員そんな風に思ってんのか。
思ってそうだよなぁ。
「話は分かった。もう良いよな。以上、解散だ」
「冷たいのぅ。何か一言ぐらい掛けてやって下され」
太陽はガウーナの意味深な笑みを睨んだ後、目を閉じた。
「ウチは一応ホワイト企業のつもりらしいし……社員は守ってやらなきゃいけねーんだけどな」
コンプライアンス的にも。うん? 厳密には傘下企業で別に社員じゃねーのかな。
まぁ良い。
「お前達の言葉を忘れない。満足して死ね、ウルフ・マナス。
美学の為だけに死ねとは言わねぇ。戦神の兄貴はお前達の献身に必ず報いてくれる。俺だってそうさ。
俺が居る限り、ウルフ・マナスは滅びない。高原はお前達の物だ。
……故郷の為に戦うって方が、座りが良いだろ?」
若者達は歯を食い縛り、息を殺した。嗚咽を漏らしそうだったからだ。
一方ガウーナは太陽の背後、彼の視界に入らないのを良い事にガッツポーズしていた。
やった、ボンの口からハッキリと狼の一族を庇護する言葉が出たぞ。
これは後で書簡にして残して貰おう。シン・アルハ・ウーラハンの公文書じゃ公文書。
これまでの一線引いた関係とは明らかに違うぞい。こっからウルフ・マナスと親衛古狼軍は一蓮托生、一心同体じゃ。ぬはは。
――
政庁広間に戻る。
「やっぱり変な感じするな」
太陽は狼騎兵達を解散させた後も難しい顔をしていた。
「ボン、まだ言っておるのか」
「だってまだ一月とかそこらの関係だぜ?
人間には一目ぼれって奴があるけどさ、信頼関係を築くには時間が必要なのが普通だろ。
でもあいつらはもう『ウーラハン、ウーラハン』って」
「神と言う存在の偉大さじゃと思えばえぇて。ボンの世界とは違い、こちらは神秘の存在が常に身近に息づく世界」
「信仰心って奴は難しいなぁホント」
ソルはガウーナの推測を黙って聞いていたが、内心では「いけしゃぁしゃぁ良く言う」と毒づいていた。
ガウーナが事ある毎にウルフ・マナスの若者を集め、戦神やウーラハンに関して何事か吹き込んでいるのに気付かないソルでは無かった。
でも止めたりはしない。当たり前だ。
太陽がウルフ・マナスの信奉を集めるのはソルにとっても心地よい事だった。それも非常に。
「ボン、あ奴らは無垢じゃ。無知と言い換えても良い」
「あん?」
「ハラウルに抑圧され、屈辱と怒りばかりを糧に成長した。
誇れる物は狼とシャムシールのみ。ボンの好む優れた教養など望むべくも無い」
「……俺は民族特有の文化ってのも好きだぜ」
「足りぬ」
「足りないか」
太陽は身を乗り出した。何となく、ガウーナがおねだりしようとしているのを察したのだった。
「俺に何をさせたいんだ?」
「奴らに学びの機会を与えたまえ。この地の統治について深く、じゃ。
ハルミナの里帰りについて行く……と言うか無理やりにでも連れて行くつもりなんじゃろ?
留守をスーセに任せてやってくれんか」
玉座にどっかりと凭れ掛かり思案顔。
最近の太陽に増えて来た仕草だ。
「狼の一族の今後に関わる事じゃ。スーセならば乱暴狼藉はさせぬ」
「スーセちゃんの事は疑ってないさ」
「いつまでも余所者気分で居させてはいつまた問題が噴き出すとも知れぬ。
な、な、えぇじゃろ?」
ぐりぐりとガウーナは太陽に頬擦りした。高原狼流親愛の表現。
「分かったよ。アーメイはハルミナの仕事をよく知ってるよな。スーセちゃんとアーメイなら上手くバランス取るだろ、多分」
「やったわい! ……ぐむおっ」
からっと笑うガウーナの頬を、太陽が唐突に突っついた。
がらりと雰囲気が変わる。
「恐らく俺とガウーナの考えてる事は同じだからな。……半分くらい」
「ぼ、ボン」
「でも、身内を大事にし過ぎて他の誰かを踏み付けにしたりってのは無しだぜ?」
底冷えするような目つきだ。思わずガウーナが見惚れる程の。
ソルは可笑しくなってニヤニヤ笑った。狼公がウーラハンにやり込められているのを見ると何だか愉快だ。
「狼公、余りウーラハンの御手を煩わせるなよ」
「……ソル、お前はいつも美味しい所でえぇかっこしおるのぅ」
三人は顔を見合わせて笑った。
出張等猛烈に多忙な為まるで更新できませぬ。ご容赦下さい。
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