その末路
事情聴取にあたった人員は、その未成年者に対し異様な感覚を覚えた。
元から色々と不審な部分の多い事件だ。
地元で有名なオカルトスポットでの行方不明者と、それをめぐる騒動。
自殺者が出ており、被害届は出ていない物の暴行騒ぎが起きている。
極道の娘が当事者の一人で警察としても迂闊につつけない厄ネタだ。
何よりこの少年。霧島 太陽。彼の不気味さ。
「トサカに来ちまいましてね」
パイプ椅子にどっかり背を預けながら平然としている。
取調室で警察官に囲まれた状況で平静を保てる人間は余り多くない。
だが彼はまるで自室で寛いでいるかのような自然さだ。
「三井さんにどうしても言ってやりたくなったんでさ。『クソッタレ』って」
「……その結果がアレだと?」
「不幸な事故でやんしたね」
「三井さんは一命を取り止めたらしいよ」
「ふぅん、可哀想に」
可哀想? どういう事だ?
「苦しむ時間が増えるだけだ」
「…………君、何を知ってるんだい?」
「一通りお話したと思いやすが」
「孝心館大学の監視カメラ映像を確認したけど、三井さんは明らかに怯えてたよね」
君に対して。
その言葉に霧島 太陽はあー、と唸った。
「音声は入ってなかったんで?」
「監視カメラが古い奴でね。でも君達がどんな話をしてたのか、大体の事は他の学生さん達から聞けたよ」
「じゃぁお分かりの筈でさ。俺は少しも、ほんの少しも三井さんを脅迫したりなんてしてやせん。
ただ大城さんがどんな風だったか教えただけだ」
「……その前に、少し乱暴な事してるよね」
「ちょっと引っ張っただけ。どうぞご勘弁を。
三井さんは罪の意識に耐え切れず逃げ出しちまった。同情しまさぁ――トラックのドライバーさんに」
記録を取っていた若手が霧島 太陽を睨み付ける。
「ちょっと冗談が過ぎるんじゃないか。三井君は重症だぞ」
「本心で御座いやす。冗談なんてとてもとても」
何せ……と、霧島 太陽は痛烈な皮肉を放った。
「大城さんは死んじまったんですから」
「……それに関しても……、どんな事情があったとしても、勝手にご遺体を動かすのはダメだよ」
「大城さんのご家族の前で言えやすか? アンタ方がさっさと見捨てた娘さんの遺体を、そのアンタ方が来るまでのんびり待ってろなんて、そりゃあんまりにも酷いでしょうぜ」
当然の反論だった。警察官たちは甘んじて受けた。
誰だってそう感じるだろう。自分達だって。
大城 瑞樹の捜索打ち切りに関してだって上から奇妙な圧力があった。現場の人間達は憤慨した物だ。
「……まぁ、今回はそれに関しては追及しない」
「ハハ、なんだそれ。感謝しろとでも?」
またこの目だ。背中がぞわぞわするような視線。
何時の間にか額に汗が滲んでくる。
ここは取調室。自分たちのホームで三人がかりで事情を聴いているんだ。有利不利、と言う言い方は見当違いだが、敢えて言うならば自分たちの圧倒的有利の状況。
それが……こんな子供に威圧されている。
「……霧島くん」
「へい」
ごくり、と唾を飲んだ。
「君の言う、三井、澤、黒崎の三名が大城 瑞樹さんを暴行したって話。
……随分と詳しいらしいじゃないか。まるで見て来たように、詳細まで」
何故だ?
果たして霧島 太陽はあっけらかんと答えた。
「遺体を見つけた時、大城さんご本人にお聞きしやした」
普段ならふざけた事抜かすな、と叱り飛ばす所だ。
だが出来なかった。元々一床山に関しては警察内でも異様な話が多い。
その上この霧島 太陽と言う少年、推移を追う程訳が分からなくなる。
正直手に負えない、と感じていた。
その時、ドアがノックされる。
「どうも、ご連絡差し上げました宮崎です」
「……どうぞ」
入ってきたひょろりとした男。
警視庁00課なんて言う、何をやっているのか今一分からない胡散臭い所の人間だが、それでも地方警察官とは比べ物にならないエリートだ。
こんな男まで出張って来るところが、尚の事異様だ。
「宮崎さん、貴方達がどういうご関係なのかは詮索しませんが、我々はまだ納得していませんよ」
「えぇ、えぇ、そこら辺は本当に申し訳なく思います。
ですがウチの方でも彼の事を非常に、非常に重要視しておりまして……。
どうか今回は、警視庁の顔を立てて頂くわけにはいきませんか?」
「……ウチに拒否権は無いでしょう」
「感謝します。……では霧島くん、行きましょうか」
霧島 太陽は静かに立ち上がって小さく頭を下げた。
「御邪魔しやした。これにて失礼」
去って行く二人を見送りながら、三人は何とも言えない不気味さを共有していた。
「先輩、マジなんですかね」
「……何がだ」
「霊能力者って奴なんでしょうか」
「知るか」
眉を顰めた。
霧島 太陽が三井に悪意を持って何かしたのは間違いない。
だが自分達ではそれを立件できない。太刀打ちできないのだ。
――
「宮崎さん、御足労頂きまして」
「いえいえ」
薄暗い廊下を歩きながら二人は素気なく言葉を交わした。
「霧島くん、やっぱり思いとどまるつもりはありませんか?」
「残念ですがご期待には沿えやせん」
「そうですか。……せめて、余計な被害が出ないように配慮して頂けますね?」
「へい。いや、あー、そうでやんすね」
こういう時、自分の意思をストレートに伝えてはいけないんだ。
ガウーナに教わった面倒事を避ける為の会話のテクニックである。
「何となく、今日の日没辺りに嫌な予感がしますね。何となく」
「何となく、ですか。成程、参考にしますよ」
今も一床山では現場検証が続いている。だが宮崎はそれらが大した成果を上げていない事を知っていた。
今日の日没までに現場の人員を撤収させる。間違っても山火事で死者など出したくない。
「まぁ……万が一にも人死になんて出やせんでしょうが」
「心強いですねぇ」
「何となく、でさぁ」
「因みに霧島くんはその頃何を?」
「家でのんびりしようかな」
それは良いですねぇ。
宮崎は冷や汗を隠しながらにっこり笑った。
この少年は自ら手を下さず様々な事柄を操れると言う事か。もっと言うなら、その場に居る必要すら無く。
「恐いですねぇ」
「で、やんすかねぇ」
大量の、強力な、亡霊の集団を、コントロールして見せている。
宮崎は理不尽だな、と思った。これまで様々な理不尽と相対して来たが、今回のは別格である。
その理不尽の塊の持ち主が太陽だと言うのがせめてもの救いだ。
宮崎は……あったばかりの若者に対しこう思うのは些か以上に不自然だが、この霧島 太陽と言う男の人柄をある程度信頼している。
高校生と言うのは何かと難しい年頃だが彼には余りそう言った部分が無い。
理由なく暴れる可能性は低いだろう。……一床山に関しては除外だ。
「霧島くん、もしかしたら我々は長い付き合いになるかも知れませんねぇ」
「へぇ、そりゃ悪くないです」
「おや、そうですか?」
「宮崎さんは大人の男って感じですからね。
昨日の……宮之森さんみたいなのとってなるとちょっと辟易しやすが」
太陽は少し言葉を選びながら続けた。
「もし、でやんすけど」
「はい?」
「昨日の宮之森さんみたいな人達と揉める事があったとしても、宮崎さんの顔を思い出して穏便に済ます様にしてみまさぁ」
「お気遣い、痛み入ります」
バレていますねぇ、と宮崎は苦笑。
昨日あれだけ内輪揉めの醜態を晒したのだ。一枚岩でない事など知られていて当然。
「でも家族やダチとかに手出しするのは勘弁してくだせぇ。
そうなったら行き着く所まで行っちまう」
「……最大限の力を尽くしますとも」
「よござんす」
入り口の受付待合室に太陽の迎えと思しき人々が待っていた。
太陽はそれらを眺めた後、あっ、と声を上げる。
「もしかすると言ってどうなる事でも無いかも知れやせんが、宮崎さん」
「なんでしょう、霧島くん」
「今回の一床山の神様、“他所の同業者”にちょっかいを掛けられてやした」
「はいぃ?」
宮崎は太陽の言葉に首を傾げ、顎を撫で擦り、もう一度言った。
「…………はいぃぃ?」
「ウチの社長の話じゃ、その同業者はえげつねぇ事ばっかりやってる見てぇで。
……一床山の事件ってのは昔からあったんで?」
「えぇ、えぇ、それは……もうずっと昔から行方不明者の多い山ではありました。
……しかしそうですね、ここ最近頻度が高くなっていたようではあります」
「それ、同業者のちょっかいが関係あるんだと思いやす」
「少し待ってもらえませんかね、霧島くん」
宮崎は努めて静かな声を出す。
「勘違いの無いよう確認させて頂きたいのですが、霧島くんの言う“他所の同業者”の方と言うのは、君の雇用者の同業、と言う認識で間違いありませんね?」
「その通りでさ」
「では……その同業者は、他にもそう言ったちょっかいを?」
「それは解りやせん。でも絶対ないとは言い切れない」
「はっはっは、それは困りましたねぇ」
特大級の爆弾が、他の爆弾の存在を仄めかしてくれた。
宮崎は笑うしかない。彼の思い過ごしや、意味のないジョークであってくれたら良いのに。
「それに関して詳しい話を聞いても?」
「俺も具体的に知ってる訳じゃありやせん。今の段階では何とも」
「残念です。申し訳ありませんが霧島くん、私は仕事に取り掛かる必要が出てきました」
「見送りは結構でやんす。どうぞお気遣いなく」
宮崎は名刺を差し出す。
「こちらからお時間を頂く事もあるでしょう。霧島くんも、何か分かった事が有れば是非」
へいへい。太陽は軽い調子で答えた。
――
待合室では高野 守と大城夫妻が米つきバッタのように頭を下げ合っている。
仕事中に直行してきたらしい守はパンツスーツ姿のままだ。彼女は太陽の姿を見付けるとホッと安堵の域を吐いた。
「姐さん、すいません。ご迷惑を」
「太陽、こういうのは……。あぁもう今更かも知れないけど、警察から電話が掛かって来た時は頭が痛かったぞ」
「俺としても黙ってる訳にゃ行かなくて」
「学校サボって、私にも何も言わず。……少しは思う所は無いのか?」
「返す言葉もねぇや」
大城夫妻がそこで口を挟んできた。
太陽は彼等を放ってさっさと山を降りたから、まともに自己紹介もしていない。
目の下の隈が濃い、白髪の夫婦だった。
「高野さん、宜しいですか」
「なんでしょう」
大城夫妻はまた頭を下げる。
「貴女の仰ることは御尤もです。しかし……彼は……」
声が震えている。
「彼等は……わ、私達の……娘を連れ帰ってくれました。
覚悟はしていました。でも……死に目に会う事も出来ないのは……本当に、本当に辛い事で……」
ぽた、ぽた、と床に水滴が落ちる。
「分かっています。私もこう、言いはしますが。
太陽の事を誇らしく思っています」
太陽は自分の頬が猛烈に熱くなるのを感じた。
誤魔化す様に頭を掻くがきっと耳まで真赤になっているに違いない。
高野 守に「誇らしく思う」とまで言われりゃこうもなるぜ。へへへ。
吉田 涼の因縁を断ち切り、三笠 譲司の本懐を遂げ、大城 瑞樹の無念を晴らし、
そして大城夫妻の心は慰められ、戦神の兄貴は不死公の勢力をぶん殴れてご機嫌で、俺は守の姐さんから褒められてハッピー。
今後宮崎が懸念するように何がどう転ぶかは分からないが、少なくとも今の所は上々の結果だ。
太陽はちょっと浮つきながら夫妻に言った。
「三笠の旦那が言ってやした。瑞樹さんを家族の所に帰してやらなきゃって」
「えぇ、君にも彼にも感謝しています」
「良い人だなぁって思います。だからこそ、三井達の事なんですが」
「……一緒に肝試しに行ったって言う子達ですか?」
大城夫妻は怪訝な顔をした。おや、と思った太陽は少し考える。
「(この雰囲気、どうやらまだ詳しい所まで聞いてないらしい)」
自分の娘が乱暴されたと聞いたらこんな冷静では居られない筈だ。
太陽はここで言うべきではないと判断した。
「……あー、そうだなぁ……。
大城さん、もしかたらこれからお二人は今後聞きたくも無い事を聞かせられるかも知れやせん。
でも何て言うかな……」
太陽は大城夫妻の背後、待合室のソファーを見遣った。
そこには大城 瑞樹が居た。ぽっかりとした虚ろな目でじっと太陽を見ている。
その口元は弧を描いていた。にたにた、にたにた、嬉しくてたまらないと言うように笑っている。
「“直ぐにケリが着く”と思いやす。それまで三笠の旦那を見張っといてくだせぇ」
「それは……一体どういう?」
「詳しい事は言えやせん。恩着せがましい言い方だけど、今回の件の手間賃と思って深く聞かないで」
夫妻は顔を強張らせた。太陽の只ならぬ気配に感じる物があったか、或いは娘の身に何があったか薄々察したか。
守は険しい顔をしている。
「じゃ、俺達はこれで。……娘さんのご冥福をお祈りしやす」
何も言えないで居る大城夫妻。太陽は会話を打ち切った。
ソファーの上でにたにた笑っていた大城 瑞樹の幽霊はぴょんと跳ね起き、やっぱり太陽に向けてにたにたと笑いかけ、姿を消した。
帰りの車内で守は問う。
「太陽、さっきの言葉、どう言う意味だ?」
「えぇっと」
太陽は頬杖を突きながら横目で守を見る。
「大城 瑞樹って人は酷い目にあったんです」
「それは分かる」
いや、と守は片方の眉を跳ね上げた。
「太陽の言い方だと、今回の話はただの遭難って訳じゃないんだね?」
「えぇ、まぁ。惨い話でした。世の中酷い奴等が居るモンだなって思いやす」
守は押し黙った。勘のいい女性である。
「そして大城 瑞樹さんはそんな奴等を絶対に許さねぇでしょう」
「亡くなった娘さんが……?」
「死人に口なしって訳じゃねぇんだなって、最近知りやした」
「あの文化堂とか言う所の店主の影響か」
守はオカルトに関して懐疑的な性質だ。まぁそうだよな、と太陽は笑う。
暫く雑談しながら流れる景色を眺める。
一時間程経った時、スマホに着信があった。
相手は先程登録したばかりの宮崎。
思った以上に早かったな。と、太陽は零した。
「もしもし」
『さっきぶりです、霧島くん。もしかしたら予想していらっしゃったかも知れませんが、お伝えしたい事が』
「三井達の事で?」
『三井が意識を取り戻しました。
――そして看護師が担当医を呼びに行った僅かな間に、窓から身を投げて自殺したそうで』
「へぇ、折れた足でねぇ」
『澤は自室で首を吊っているのが発見されました。
残る一人、黒崎は本当につい先ほど、警察に自首してきましたよ。酷い錯乱状態です』
「ふぅん」
『私達も一応は、こうならないよう対策していたつもりなんですがねぇ。
…………大城 瑞樹さんの怒りは、それほどまでに深かったようです』
太陽はほっと一息。
「いやぁ、良かった」
『…………そうですかね』
「そりゃそうでさ。――これで三笠の旦那が人殺しにならずに済んだ」
『ははは……。霧島くんのユーモアはブラックが過ぎます』
聞き耳を立てていた守がぎょっとした様子で眉を顰めた。
そしてまた一時間後、宮崎から連絡が入る。
黒崎が心臓発作で死亡した、と言う連絡だった。




