表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/72

怪物狩り



 どうもいけねぇ。

 自覚はあった。苛々してる。頭の芯が茹だって逆上せている。


 自分のミスだからか? 情けなさを感じているから?


 何にせよ……やる事は決まった。


 「ガウ婆、涼さんと三笠の旦那は」

 『心配要らぬ。異邦の地の暗き山とて、ワシらは駆け抜けて見せよう。直ぐに追い付いてくれる』

 「あー、ほんっとにもー」

 『ボン?』


 一騎のインディケネに相乗りし、太陽は山道を駆け上がった。

 前後を走る狼騎兵達は時に跳躍し、時に茂みを吹き飛ばしながら目に見えない何かを討ち滅ぼしていく。


 「薙ぎ払え! もっと早く!」

 『ハウッ!』


 太陽は目を真ん丸に見開いたまま彼等を駆り立てる。


 「走れ! もっと早くだ!」

 『ハウッ! ハウッ! ハウッ!』


 速度が増す。明かりも無い闇夜の山中を何でもない事のように上り詰める。


 『ヒヒヒ、ますます堂に入って来たのぅ』


 ほれ、そこを右じゃ。


 ガウーナの言葉に従って太陽は山道を外れ、右手の森の中へと突入した。


 体がべたつく。肌に塩が浮いていた。だが今はその不快感も気にならない。

 目がギラギラとしてくる。


 「んっ?!」

 『見えたぞぃ!』


 木々の隙間に除く異様な姿。真っ暗闇の筈なのに、ぼんやりと浮かび上がって見える。

 ここまで化け物の類を目にする事の無かった太陽にすら認識する事が出来た。


 馬のような、蜘蛛のような奇怪な化け物だ。のたうちながら移動していて細部までは分からないが、全体的なイメージはそんな感じだ。


 乳白色の身体に幾つもの瘤を持っている。それらは人の頭ほどの大きさで、節くれ立ち、表皮には汚らしい黒ずみが亀裂のように走り、酷くグロテスクだった。


 「……待てよテメェ!」


 人知を超えた化け物と言うに相応しい姿だったが太陽は激しい苛立ち以外の何も感じない。


 「ボン、ワシに手綱を任せよ」


 太陽と相乗りしていたインディケネが火の粉となって霧散し、代わりにガウーナが現れた。

 ガウーナは太陽の背を抱くようにしながら手綱を引き絞り、気勢と共にシャムシールを引き抜く。


 「異界の神、何する物かよ!

  ウーラハンの名の許に、あの汚らわしい化け物を殺せぃ!」

 『シン・アルハ・ウーラハン!』

 「見とけよボン、ワシらは強いぜぇッ!」


 インディケネが木々の合間を縫って猛追する。

 乳白色の怪物は幾本もの足で滑る様に山の斜面を登っていたが、鍛え抜かれた狼騎兵の方が尚早い。


 和風ホラーと……いや、あの姿は和風っていうかアメリカンな感じのモンスターだけど。

 兎に角和風ホラーと異世界軍団の異種格闘技戦だ。


 呪いだなんだ知るか。ガウーナは殺すと言ったら殺すし、ガウーナが殺せと言ったらインディケネは殺すのだ。


 「一床山の神様よぅ、お前の事が大嫌いなんだよ!」


 太陽が罵声を叩きつけた時、ガウーナのシャムシールが閃いた。



――



 涼は恐怖の余り失神していた。

 何か激しい衝撃を受けて泥の斜面を転がり落ちた時、意識を取り戻した。


 「げほっ」


 背中を打ったようで激しく痛む。息が上手く吸えない。

 服は泥と……そして得体の知れない何かの粘液で濡れていて、涼は半狂乱になってそれを拭う。


 「やだ……! やだ、なにこれ……!」


 ひ、ひ、ひ、と喘ぐ涼。その背後でずるずると何かが蠢いた。


 「うわ、あ……」


 涼は携帯のライト機能を使ってそれを照らした。


 巨体だ。黒い亀裂の入った何が何だか分からない得体の知れない物体。

 頭部と思しき物は馬に似ている。灰色の身体からは無数の、節くれ立った異様に関節の多い足が伸びている。


 気持ち悪い、とか、恐い、とか、感じる余裕も無かった。涼は弾かれた様に走り出した。



 やだ、やだ、やだ、やだ。


 何度も躓いてこけそうになりながら森の中を走っていく。

 携帯のライト機能は夜の森の中では余りにも心もとない。


 この空気、何だか覚えがある。私はここに来た事が有る。

 あの夜と同じだ。一床山の、本当は存在しない筈の、ボロボロの社を見つけたあの夜の雰囲気だ。


 涼は泣きながら走った。胃液が競り上がって来る。吐きそうだった。


 ぼとぼと、と湿った何かが地面を打つ音が聞こえた。涼は走りながら首だけで振り返る。

 足の一本からどす黒い液体をばら撒きながらさっきの化け物が追ってきている。


 「もうやだ、もうやだ。太陽ぉぉ~」


 やだ。


 木の根に躓いて、とうとうこけた。

 そこはまたもや斜面になっていて涼は地面に顔を打ち付けながら落ちていく。


 砂利の上を這いずって逃げようとした時、握り締めていた携帯が震えた。

 表示された名前は霧島 太陽。


 「太陽、太陽!」

 『あー? 涼さん、ご無事でしたかい』

 「だ、だずけて! ころざれる!」

 『心配要りやせん。そこ動かないで』


 そこで通話は切れた。


 「やだ、切らないでよ! 太陽ぉ!」


 涼は見栄も外聞も無く泣き喚きながら言ったが後の祭りだ。

 どうしようもなくなってうずくまる。全身が震える。


 その時になって涼は漸く気付いた。


 カメラのライトが消えている。裏返して画面を確認すると亀裂が入っていた。


 「壊れて……」


 じゃぁあたしは今、何と。


 「おーい、こっちでさぁ」


 涼は振り返った。斜面沿い、暗闇の中でぼんやりと浮かび上がる青白い人影が手を振っている。


 ちくしょう、馬鹿野郎、何がこっち、だよ。


 涼は逃げ出した。自分がまだ走れたのが驚きだった。壊れている筈の携帯がまた震える。


 『ちょっと涼さん。何で逃げるんです』

 「うっさい! うっさぁぁぁぁぁい!」


 わぁぁぁ。森の中を鳴き声が木霊する。


 『涼さん、待ってってば』

 『俺ですって』

 『待てよ。逃げないでくれ』


 涼がどんなに走ってもぼんやりとした人影は引き離せない。

 心臓が破裂しそうなくらい走って息も絶え絶えなのに、携帯から聞こえる声は少しも息を荒げていない。


 『待てって』

 『待て』

 『待て、待てぇ、待てぇ』


 話しかけてくんな!

 涼は携帯を茂みの中へ投げ込んだ。足を縺れさせて木に寄り掛かる。


 息が続かない。もう走れない。


 「待てぇ」


 その涼の手を猛烈に冷たい何かが掴んだ。


 人型だが、人間には見えなかった。

 拉げた顔。目の部分はぽっかりと空いた暗い穴。

 どろどろに滑った身体はミイラのようで猛烈な腐臭が漂う。


 「そりゃ俺のセリフだっつーの」


 その場にそぐわないあっけらかんとした声が響いた。

 横合いからトレッキングシューズに包まれた足が飛んできて、得体の知れないミイラの側頭部を蹴り飛ばす。


 「手間ァ掛けさせてくれたな。似てねぇ物真似してくれやがって」


 太陽だ。

 本物か?


 涼がぽかんとしていると、霧島 太陽(暫定)は吹っ飛んだミイラに向かって走った。

 問答無用、容赦なしのサッカーボールキックが拉げた頭に命中する。

 ぐしゃぐしゃに崩れ、ミイラの頭が胴体と別れを告げた。太陽(暫定)はやれやれと言った具合に肩を竦めた。


 「涼さん、ご無事で何より」


 そう言って手を差し出してくる太陽。小さなハンドライトで照らしてくる。

 涼は頭を真っ白にさせたままその手を取って立ち上がり……


 そして、盛大にゲロをぶちまけた。


 「……おヴぇぇぇぇ」

 「あっ、ちょっ…………」


 酸っぱい臭いのそれを真正面から浴びた太陽は流石に何も言えなくなった。



――



 無理もない事だ。あんな目に合わされたら誰だってそうなる。

 女子供に優しくするのは太陽の信条の一つだ。だから責めたりはしない。

 寧ろ年頃の女性のゲロはご褒美だと思う事にした。…………やっぱちょっと無理。


 「ウーラハン」


 布冠を被り直しながらソルが現れた。突然の見知らぬ人物の登場に涼がギョッとする。

 太陽が見繕った服を脱ぎ、戦いのクルテに身を包んだソルは水の入った皮袋を差し出して来た。


 「どうぞこちらを」

 「サンキュー」


 頭から水を被って涼のゲロを洗い流す。十分ではないが気休めにはなる。


 「えっ、えっ? だれ?」

 「奴を追い詰めました。ウーラハン、後は思うままに」

 「OK。直ぐに行くぜ」


 ソルは涼に視線を遣る事すらせず、報告を済ませて火の粉へと変じた。


 「……う、うわ、うえぇぇぇ」

 「大丈夫。今のは俺のダチでさぁ」

 「つまり……幽霊?」

 「ハハハ、もう慣れっこでございやしょう」


 そんな訳無いだろ。疲れ果てた顔の涼。

 その前で太陽は背を向け、跪いた。


 「お疲れの御様子、俺が背負いやす」


 涼は少し戸惑った様子だ。それはそうだ。

 他人に背負われる事なんて普通は無いし、男と女だし、そもそもつい先ほどゲロをぶっ掛けた相手だ。

 でもそんな躊躇は長続きしない。


 足ががくがくしているのは事実だし、何より、もう何もかもが怖くて堪らなかった。

 涼は言われるまま背中にしがみ付く。


 太陽はハンドライトで足元を照らしながら森の中を迷いなく進んだ。


 「……道、分かるの?」

 「仲間が調べてくれやした」

 「…………」


 太陽が言うと涼は黙り込んだ。幽霊だ何だはもう懲り懲りだ。


 「涼さんには酷な話かも知れやせんが、ケリを付けやす。

  こんな山クソ食らえだ。全部終わったら、何もかも綺麗に燃やしてやる」

 「……もう何でもいいや」


 この悪夢が終わるなら何だって良い。構いやしない。


 ……太陽の背中、ホッとするなぁ。涼は大きな溜息を吐いた。

 目を固く瞑って、何も聞こえない振りして、自分の全てをこの年下の男に任せてしまうのは、酷く楽だった


 「まやかしを破ってやった。奴らは最早逃げも隠れも出来ん」


 茂みを破ってオロクが現れる。戦斧を一振り。太陽が頷くと火の粉となって姿を消す。

 オロクだけでなく、周囲に散って一床山の怪物達を狩猟していたインディケネが続々と集結する。


 彼等にとってこれは戦いでは無かった。狩猟に過ぎなかったのだ。


 やがて太陽は辿り着いた。森の闇の中、ぽっかりと木々の生えない空間に。


 ぼろぼろの古びた社があった。“そういった事”に関してこれまでほとほと鈍感であった太陽ですら、「ここは危なそうだな」と感じた。


 「インディケーネ!」


 太陽の声に応え、二騎現れる。


 「この人を守ってくれ。そんなに長くは掛からないから」


 太陽は疲れ果てた様子の涼を社の近くに降ろす。

 涼はぐずる赤子のように太陽から離れたがらなかったが、やがて諦めて地面に座り込んだ。

 何も見たくない、とでも言うように目を閉じて俯いている。


 二人の戦士と二匹の狼が涼を庇うように周囲の森を睨む。


 『手応え無かったわい』

 「そりゃな」


 周囲を大方荒らし尽くしたらしいガウーナが戻る。そりゃ、彼女に掛かればそんな感じだろう。

 “狼公”と互角に戦える程の存在だったとしたら無様に逃げ隠れする必要は無い筈だ。


 「…………」


 腐りかけた階段を昇り扉に手を掛ける。

 閂と錠が取り付けられていた痕跡があるが、それらはずっと前に破壊されたようだ。


 軽く押す。開かない。

 何かにつっかえているような感覚は無い。だが、開かない。


 「往生際が悪いぞコラァ!」


 太陽は社の扉に飛び蹴りをかました。神をも畏れぬとはこの事である。



――



 「どうもーお話伺いに参りやしたー」


 建前である。もう話をする気なんてゼロだからだ。

 元々話が通じる相手ではないと聞いていたし、太陽もここ数時間でよーく分かった。


 真っ暗な社の中に踏み入りライトで無遠慮に照らす。背後をガウーナ達が固めている。


 「くせぇし、きたねぇし、インテリアも最悪だ。碌でもないとこだぜ。本当に、反吐が出るくらいに」


 腐りかけた木の机にはいつの物かも分からない木の枝と小箱。

 何かの祭祀に使う物なのか。太陽は興味ない。


 問題はインテリアだ。社の天井から幾つもの袋がぶら下がっている。

 赤茶色に変色したそれらは人の背丈ほどもある。

 と、言うか、どう見ても中に人間が入っている。どんな有様なのか想像に難くない。


 「ガウ婆みたいな事してんな」

 「一緒にせんでくれぃ、ボン」


 ハンティングトロフィーをウィッサ城壁から吊るして大喜びしていたガウーナだが、太陽の発言には流石に眉を顰めた。


 「こいつの殺しは何のためのモンなのか。

  快楽か、憎悪か、それとも何か他に理由があるのか」

 「魔物の類を相手に常識を量るなど無駄な事だ。太陽、命令するが良い」


 オロクは社の奥、木の机の向こうを睨み付けている。

 太陽が一歩進んでそこを照らせば肉塊が蠢いていた。


 「このひ弱な神が泣き叫ぶ所を見たがると思うてのぅ、とどめは差さずに置いたのじゃ」


 にやにやしているガウーナ。太陽は木の机を蹴っ飛ばしてどかすと肉塊に近付く。


 「オッス、オラ太陽。アンタの名前を聞いても良いかい」


 肉塊は逃げる様にずりずりと社の奥へと這った。

 虫の羽音のような悲鳴を上げている。ひぃぃぃん、ひぃぃぃん、と。


 太陽が更に一歩近づけば薄暗がりの中で何かが立ち上がる。

 ミイラだ。さっき涼さんを襲ってたやつの同類だな。太陽は鼻を鳴らす。


 それに対して何か言う前に、オロクの戦斧がミイラを叩き潰していた。彼は酷く詰まらなそうにしている。


 「俺の言葉が分からねぇ訳じゃねぇんだろ。変な小細工沢山してたじゃねぇか」


 なぁ。


 太陽は肉塊の前に立ち、威圧的に見下ろした。

 スマホで記念写真でも撮っとこうかなと思ったが直ぐに考えを改める。見ていて気持ち良い絵面にはならないだろう。


 少し待つが、返答はない。


 太陽は大きな、それはもう大きな溜息を吐いた。


 最初からこうしてりゃ良かった。反省である。


 「オロク」


 戦斧が叩き付けられる。肉塊が激しくのたうち人間の物で無い悲鳴が上がる。


 「もっとだ」


 オロクはリクエストに快く応じてくれた。戦斧が縦横無尽に翻り、執拗に肉塊を叩き潰す。


 太陽はその光景を見て溜飲を下げた。


 「あぁぁぁー…………、スッキリしたぜ」


 微笑んでいたが、目には感情が無かった。



――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ