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乱暴な公務員



 こりゃもう駄目だなぁと太陽は思った。

 決定的な対立は避けられそうにない。何より宮之森がそれを望んでいるように感じられる。


 「自分が何をしたか分かりますか」


 太陽も腹を括った。


 「身を守りやした」

 「まだ分かりませんか。貴方は人を傷つけました」

 「それ、本気で言ってやす?」


 個人の財産を、いかに公務員と言えど強制的に接収して良い筈がない。

 四人がかりで暴力を振るわれそうになって太陽は自衛しただけだ。



 いや、この際おためごかしと言うか……建前は無しにしよう。



 得体の知れない危険な物を一市民が手にしていたら、そりゃ回収しようと考えるだろう。太陽自身は危険なんて微塵も感じてはいないが。

 宮崎も宮之森も、目録の事を銃や爆発物なんかよりもずっと危険な物だと考えている。

 理屈は分かる。彼等は仕事をしているだけだ。


 しかしこうも強引だと頷けない。ハッキリ言ってしまえば気に入らなかった。


 「俺が傷付けた? 責任転嫁だ。

  可笑しな話でさぁ。四人がかりで、スタンガンまで持ち出されたんですぜ」

 「今の現象を貴方は制御出来ていますか?

  ……いえ、無意味な質問でした。出来ているつもりなのでしょう、貴方の中では」

 「俺に分かるのはアンタがこんな強引で、乱暴でなきゃ誰も傷つかなかったって事だけです。

  あいや、分かった事はもう一つある」


 一歩、太陽は宮之森に踏み出した。


 「口先一つでお前が悪いだの何も分かってないだの丸め込もうとして。

  アンタはきっと昔からそうやって、周りの人間を馬鹿にしながら生きて来たんだろうなって」

 「……本当にこれが最後です。たとえ子供だったとしても、許されない過ちと言うのは存在します」

 「何かやりたきゃどうぞ。それでアンタの気が済むんなら。

  仲間にはあんまり酷い事しないように言ってありますからご安心を」


 宮之森は能面のような顔になって目を見開き、スーツの内ポケットに手を突っ込んだ。


 取り出したのは皺の寄った小さな紙袋。それを強く握り締めている。


 「(ほぅ、髪じゃ)」

 「(髪?)」


 ガウーナは一目でそれを看破した。


 「(人間の物ではないのぅ。ワシでも分かる程の強い力を秘めておる)」


 ひひひ、っとガウーナは笑う。

 宮之森の強気の理由はそれらしかった。


 「だから子供は嫌いなんです。自分は無敵で、何をやっても平気だと思っている。

  貴方などは特にそうでしょう。降って湧いたように得た不思議な力で勘違いしてしまった。

  貴方は特別でも何でもないのに。もっと世の中と言う物を知る事です」


 太陽は軽く頭を下げた。


 「自己紹介どうもって奴です、宮之森さん」


 その時初めて超然としていた宮之森の頬に朱が差した。明らかに表情が変わった。


 声を張り上げ太陽に理解できない呪文のような物を唱える。ガウーナは鼻で笑った。


 「(なんじゃこんなもの)」


 ばちっ、と弾けるような音がする。何が起こっているのか太陽には理解できない。


 「えっ」


 宮之森の戸惑うような声。


 ばちっ、ばちっ、と何度も音がする。ガウーナは意地悪く笑っている。


 「(ひひひ! この娘っ子てんでダメじゃなぁ!

  狼の一族のシャーマンならばもっと上手くやるぞい!)」


 ばぢぢ、嫌な臭いがした。宮之森の握り締める紙袋から小さく煙が上がっている。

 髪が焦げる臭いか。太陽は更に宮之森に近付いた。


 「宮之森さん、アンタ下手糞なんだってさ」

 「こんなバカな事」

 「あるみたいでやすねぇ」

 「わぁぁ!」


 とうとう紙袋に火が付いた。宮之森は堪らずそれを取り落とす。

 中から零れ落ちた髪があっという間に燃え上がる。


 宮之森が両手を組んだ。ガウーナはまだ笑っている。


 「(ほれ、駄目じゃ)」


 何かやろうとした宮之森の身体が硬直した。

 組んだ両手が少しずつ、強制的に開かされていく。宮之森は呻いた。


 「手が。こんな強い力」

 「こういうの慣れてるんじゃ?」


 太陽の軽口など耳にも入らないようだ。そのまま仰向けに引き摺り倒される。


 「あぁぁ、目が、目がぁぁ!」

 「ガウ婆、あんまりやり過ぎないでくれよ」

 「やめ、止めて! いやぁ!」


 嗜虐的な笑い声。ガウーナは完全に虐めっこモードだ。


 「(可愛がってやっておるだけじゃ。躾けてやっておるのよ。

   さぁ娘っ子……こういうのは不得手じゃが、ワシの目の奥を覗き込めぃ。

  お主には何が見える? ひひひ、ハハハーァー!)」


 宮之森の身体が痙攣した。一纏めにされていた髪が乱れて床に広がる。

 そしてそのままぐったりと力尽きる。目はうつろで口はぽかんと開かれたまま。

 涎を垂らし、何事かぶつぶつと呟いていた。どう見ても正気には見えなかった。


 「(心配せんでえぇ。一日寝ときゃぁ元に戻るじゃろ。

   …………この娘の心が弱けりゃ知らんがな)」

 「あー、宮崎さん、多分大丈夫……らしいぜ」

 「は、え、はぁ……」


 宮崎は何と言ったらよいのやら、と零す。

 彼の携帯にまたもや着信。


 「あぁ、彼女の上役殿ですねぇ。彼等も状況の監視は行っていたでしょうし」

 「どうぞ出て下せぇ」


 それでは失礼して、と通話を始める宮崎。


 「とんでもない事をしてくれましたねぇ」

 『宮崎捜査官! ~~!!!』


 怒声だった。周囲にまで届く程の。


 「この件に関しては正式に抗議させて頂きます。あぁそうそう、一床山の付近で特異状況を展開しようとした事もですよ。

  宮之森くんを送り込んでくるなんて、貴方状況が見えてないのではありませんか?」


 電話越しの猛烈な詰問を適当に回避している宮崎。


 太陽は踵を返して涼に向き直った。

 目の前で唐突に起きた意味不明な状況に涼は怯えている。


 「その……太陽」

 「あぁ……やっぱり引いちまいましたか?」

 「いや……だって……」

 「だいじょーぶだいじょーぶ」


 こわくなーいこわくなーい。べろべろばー。


 おどけて変な顔をして見せる太陽に、涼は訳も分からず笑ってしまった。


 その様子を横目で見ていた宮崎は疲れ果てた。


 「……分かりますか? 彼は我々の事など何とも思っていません。宮之森くんへの対応も、彼にとっては羽虫を払った程度の物でしょう。

  今ならまだ仕切り直せます。これ以上0課の邪魔をしないでもらえませんか」



――



 三笠は苛々しながら新しいタバコに火を付ける。


 「良く分からねぇ事に時間を使っちまった。もう夜になる」


 一床山に関わる心霊現象と今目の前で起きた超常現象。心底うんざりだと三笠は言った。

 あんな物を見せられておきながら強気な台詞である。顔色は悪いが。


 涼も漸く落ち着いた……と言うか、極力気にしない事にしたのか調子を持ち直している。


 「これ以上は危ないんじゃない?」

 「こっからは強引に行きやす」

 「強引だぁ? ……まぁ良い、お前に頼るしかねーんだからな」


 三人は山登りの再開を決定した。


 「霧島くん」

 「宮崎さん、お疲れ様でさ」


 宮崎は太陽達がズタボロにした宮之森達を溜息と共に車に放り込んでいた。救急車を呼ぶのはちょっと都合が悪いらしい。

 見た目はひょろりとしているが随分と鍛えているようで汗を掻いた様子も無い。


 「いやいやこの度は誠に御無礼を。後日、改めてお詫びに伺わせて頂きます」

 「いや別に……あー、いや、それで宮崎さんらの気が済むんでしたらどうぞ」

 「ははは、気を遣わせてしまいましたか」


 どうもお役所仕事と言うのはいけませんねぇ。宮崎は独り言のように言う。


 「説教臭い物言いをして霧島くんや……その“ご友人方”の機嫌を損ねたくはないのですが……。

  ここは君の人柄を見込んで言わせて貰います」

 「へい、どうぞ」

 「我々は余りに力不足です。一床山に対し有効な対策を打ち出せないで居た。当然、霧島くんの行動を抑制する事も不可能でしょう。

  ですがそれでも我々は……あぁいえ、少なくとも私は一般市民の方々の安全を保障する為にこの仕事をしています」


 貧乏くじが好きなんだなぁ。太陽の軽口に宮崎は頭を掻く。


 「霧島くん、君の行動がどう言った影響を及ぼすのか、常に考えて下さい。

  私や君の見えない所で、顔も名前も知らない人々が日々生活しています。

  私が妻を愛するように人々も誰かを愛していて、誰かから愛されていると思います。

  そう言った生活を壊してしまう可能性がある事を、どうか」


 この通り。宮崎は深く、深く頭を下げた。苦渋の滲み出た声だった。


 「覚えておきやす。ですが、今回のコイツに関しちゃもう引き下がれやせん」


 結構。宮崎は踵を返し、しかし立ち止まった。


 「……でもまぁ私も、もし妻がこの山の中に取り残されているとしたら…………、そんな状況に陥ったとしたら、こんな事言えないでしょうけどねぇ」

 「へへへ、宮崎さんって話し易くて好きだなぁ」

 「おや、私のトークもまだまだ捨てた物ではないようで」


 このまま和やかな空気で終れそうだな、と思った時、宮崎の眉が跳ねあがった。


 「……ん?」


 何かを感じたらしい。途端に険しい顔で休憩所内を見渡す宮崎。

 ガウーナの方でも何かを感じ取ったようだ。


 「(なんじゃぁ? 羽虫どもが何やらざわめいておる)」

 「(羽虫?)」

 「(木々の隙間からワシらを恨めし気に睨んでおった虫けらどもよ)」


 太陽は何となくスマホを取り出した。

 圏外になっている。山中とは違い、霊園の方は別段電波の通りが悪いと言う事も無い筈なのに。


 「……霧島くんと宮之森くんの揉め事に一床山が反応したかも知れません」

 「反応?」

 「誰だって自宅の玄関先で騒がれたら良い気分にはならないでしょう?」

 「御尤もで」


 昼間オロクを盛大に暴れさせた気もするけど。まぁそれは置いといて。


 外からずん、ずん、と重たい音が聞こえてくる。

 陽は既に沈み、暗闇が降りてこようとしていた。周囲には異様な気配が満ちる。


 太陽はずかずかと歩いて休憩所の外に出た。三笠たちが後を追ってくる。

 涼が息を呑んだ。車が独りでに揺れている。


 「なにこれ……」


 どすん、どすん。

 宮之森達が乗って来た普通車だろう。それが勢いよく揺れている。後輪が浮き上がる程に。


 ボンネットの上で目に見えない何かが跳ねているようだ。


 「(くるまの中の娘っ子に興味があるらしいのぅ)」

 「狙いは宮之森さんか」

 「えぇ?」

 「仲間がそう言ってやす」


 言う内に、フロントガラスに無数の手形の跡が現れた。


 バタバタバタバタ、車体を叩く見えない手。


 「こりゃ凄い。車を動かすような霊障は久し振りに見ました」

 「ん……?」


 ばたばたばた、激しい音は続く。揺れは激しくなり、タイヤがずるずると滑り始める。

 太陽はうなじにちり、とした物を感じて振り返った。


 「き、き、君達ねぇ、や、止めとけって、ねぇ」


 休憩所の陰から声が掛けられた。ごぼごぼと口の中に何か溜まったような発音だ。

 昼に出会った霊園の管理人である。しかし目はうつろで頭を前後に大きく揺らしながら歩いてくる姿はどう見ても正気ではない。

 手には小振りな金槌を握り締めている。


 「いいい、言ったよねぇ、えぇ、えぇ」


 涼が引き攣った呻き声を漏らしながら後退りする。三笠も硬直していた。


 「(ウーラハン、悪意が近付いています)」

 「悪意?」

 「(無数です。この者だけではありません。一先ず我らにお任せを)」

 「この人、ケガさせないでくれ」

 「(心得ております)」


 巻き込まれただけだもんな、管理人さんは。

 そう呟く太陽の前で霊園の管理人は金槌を振り上げた。


 「こ、こぉっちに、来い! こぉいぃぃッ!」

 「ひやぁぁ!」


 涼が盛大に尻餅を突く。今にも金槌が振り下ろされると言ったタイミングで管理人の身体が宙を舞った。


 「がぁぁ! あがぁぁ!」


 背中から地面に叩き付けられ、身体をくの字に曲げたかと思うと動かなくなる。


 「げひー、げひー」


 様々な体液を漏らしながら胸を上下させている。少し心配になる姿だ。


 「あぁ全くこれは、良くないですねぇ。

  そちらはお任せしますよ」


 そう言いながら宮崎がぱぁんと柏手を打った。

 一度、二度と続けて快音が鳴る。真剣な表情で今も激しく揺れる車を睨み付けている。


 「らんらんらん、らんらんらん、はい!」


 場にそぐわない宮崎の軽快な歌。何の意味があるのかは分からないがふざけている様子ではない。

 ぱぁん、ぱぁん、手が打ち鳴らされるたびに車の揺れが小さくなり、とうとう車体を叩く音までもが収まった。


 へぇ、すげぇ。やっぱ宮崎さんも霊能者……? って感じの奴だったんだな。


 「すげぇな、手を叩くだけで追っ払えるモンなんだ」

 「古典的手法ですよ。弓の弦、力士の四股踏みなど、人の鳴らす特定の音には魔を払う物があるんですねぇ。

  こっぱずかしい歌もそうです。ジッと息を潜めてやり過ごそうとしても良い様にやられるだけですので。

  それより霧島くん、どうやら今の一床山は本当に危なそうです。……あぁもう来た」


 がさがさがさ、と山の木々が揺れた。何かが走り回っている。

 地を蹴る音がした。


 『ほぉ、速い』


 呑気なガウーナ。


 「あ、や、何?!」

 「吉田?! なんだ?!」


 尻餅を突いたままだった涼が何かに引き摺られて茂みの奥へと連れ去られた。

 涼は地面を引っ掻きながら悲鳴を上げる。助けを求めている。


 「太陽! やだぁぁぁ!」

 「涼さん!」

 「(慌てんでもえぇわい。ボンが一言命ずれば、連中を八つ裂きにして取り返してきてやろう)」

 「あぁったく」

 「クソ、行くぞ霧島!」


 三笠は反吐が出そうな顔で茂みに飛び込んでいく。ここにきてそう言った勇敢さを発揮するとは、意外といえば意外だった。


 「宮崎さん、今日の所はここいらで別れやしょう。宮之森さんらを送ってあげなせぇ」

 「君は?」

 「もう我慢ならねぇ、って感じでさぁ」


 太陽はワンショルダーバックに手を突っ込んで目録を握り締める。


 涼さんが攫われた。もっと注意しておくべきだった。

 出来る限り平和的な方向で、みたいな事を言ってた自分が馬鹿みたいだ。


 幽霊にゃ幽霊だ。同じ物扱いするのは彼等にちょっと失礼かも知れないが。


 「ハサウ・インディケネ!」

 『アオォォォ!』


 無数の狼の遠吠えが山々をこだまする。

 荒々しい獣の息遣い。鋼の擦れる音。


 「あー……なんだコレ、イライラする。……山狩りだ! クソッタレを追い立てろ!」

 『シン・アルハ・ウーラハン!』


 淡い光を放つ霊体の狼騎兵達が散じた。

 無から飛び出した屈強な戦士達は四方に駆け出し雄叫びと共に何もかもを薙ぎ払っていく。


 「これは」


 宮崎は狼騎兵達の巻き起こす疾風に身を屈めながら慄いた。

 額に浮かぶ冷や汗を取り繕えない。今宮崎の目の前で発生した現象は、彼の想像を遥かに超えていた。


 「あれほど巨大な魂の群れを内側に取り込んでいるとは」


 これまで、己の中に怪物を住まわせながら無事だった者を宮崎は知らなかった。

 どうして彼は正気を保っていられる? 彼の持つ“目録”とやらの力なのか?


 何にせよ、この群れが明確な意思を持って暴れ始めたら抑えようがない。


 「……暫く残業ですねぇ」


 胃薬が欲しくなるな、と宮崎は思った。


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