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揉め事



 「えぇ、えぇ、こういう事言うと良い顔されないのは承知の上で言うのですが」


 夕陽の差し込む霊園休憩所。宮崎 茂と名乗った警察……らしき男は人当たりの良い笑みを浮かべ、太陽の対面に座った。


 「霧島 太陽さん。このままお帰り頂く事は出来ませんかねぇ」

 「……そりゃまたどう言った了見で」

 「細かい話は省きますが……刺激して欲しくないのですよ、一床山を」


 言ってから宮崎は三笠や涼の方を向いた。


 「お二方は事情を理解していらっしゃいますか?

  あぁ、いえ、私どもの事情ではなく、まぁこの事件が世間様の言う所の……“胡散臭いオカルト”関係だと言う事をです」

 「たっぷりとな」

 「結構」


 皮肉気な三笠の返答。

 宮崎はきっと三笠や涼の事情も事前に調べていた筈だ。何でもない様に話を続ける。


 『この男、ワシらに気付いておるな』

 「(ガウ婆に?)」

 『時折視線が合う。それに見よ、うなじに汗を掻いておるわ。

  眉一つ動かさんが、肩のこわばりは隠せておらん』


 ぎししし、と笑うガウーナ。宮崎が作り笑いを深める。


 「……いやはや困りましたねぇ。霧島さんは」

 「困りやすか、宮崎さん。……俺に敬称は不要だぜ」

 「そうですか……、しかし性分な物で。……ではこれからは霧島くんと呼ばせて頂きましょう。

  霧島くん、貴方は非常に……それはもうとんでもない物を引き連れている」

 「はぁ……。まぁ、そうでやんすね」


 ガウーナやソル達がとんでもないってのには同意見だ。


 「実はね、私としてもまだ半信半疑なのですが……霧島くんの“雇用主”に関して」

 「あぁ、そういや兄貴が言ってたなぁ。公務員の人になんだか警告されたって」

 「警告などと……」


 宮崎は否定した。


 「警告と言う物は拘束力を持つ者が使って初めて意味があります。

  彼等がしたのはお願いですよ。『どうか事を荒立てないでくださいませんか』と」

 「彼等? その言い方だと、宮崎さんは兄貴とは会ってないんですかい?」


 話について行けず沈黙している三笠と涼に向かって、太陽は一言断った。


 「あぁすいやせん、ちょっと込み入った話になるんで、置き去りにしちまって」

 「あたしは別に良いけど」

 「……直ぐ夜になる。あんまり時間は無いぞ」


 三笠は宮崎をじろりと睨み付けている。


 「そうですね、無駄話に付き合っていただくのも申し訳ない。本題に入りましょう」

 「へい」

 「霧島くん、貴方の雇用主は……えぇ、オブラートに包んだ言い方をしますが……、

  我々の既存の法則とは全くかけ離れた存在です」

 「で、しょうねぇ」

 「それが一床山に興味を示している。我々は慌てました。不用意な事をされては、ここいら一帯のバランスが崩れてしまうかもしれませんから」

 「バランス?」

 「えぇ、えぇ、色々な物の、です。

  ほら、こういう言い方は失礼に当たるかも知れませんが、どの世界……業界にも縄張りと言う物がありますので」


 太陽は暫く黙考した。


 宮崎は太陽のリアクションを待っているようで、沈黙が満ちる。風の音ばかりがする。


 「宮崎さんは、昔からそのバランスを守って来たんでやんすか」

 「……そうですねぇ、こんな胡散臭い課に配属されてからもう十五年くらいですか」

 「成程なぁ。一床山で何人も行方不明になってるってのに、バランスを保つ為にアンタらは見て見ぬ振りを?」


 宮崎は目を細めた。


 「私がこの案件に関わるようになったのは最近ですが、それを言われると辛い物がありますねぇ」

 「茶化さねぇでくだせぇ」

 「霧島くん、我々の力には限界があります。

  現状維持が最良だった……と言っても納得してはくれないでしょうね」


 十五年、この男は同じような事をずっと考えて来たんだな、と太陽は気付いた。

 苦悩しながらこの仕事を続けてきたに違いない。顔色は少しも変わらないのに、何故だか分かる。


 初対面なのに心の内がちょっと分かるなんて、珍しい事もあるんだな。太陽はふぅん、と唸った。


 「警察官って俺達一般市民を守ってくれる筈じゃ?」

 「その通りです」

 「一床山に対して、何か公から手を打ってくれてるんですかい?

  バランスを保つだの何だの言ってもやりようはあるでしょう」

 「一昔前は一床山を全面立ち入り禁止にしようとしたんですがね……。

  『アレは立派な観光資源だ』と地方自治体の方に言われてしまいましてねぇ」


 こう言った事件全般が一般の方々の理解を得難い以上、私共としても如何ともしがたく。

 何とも役人っぽい言い方を、宮崎はした。


 太陽は数秒見詰めあって、決めた。


 決めたと言ったら決めた。


 「あんな観光地要らねぇな」

 「……ですねぇ」

 「だから、やっぱり燃やしやす」


 笑みを崩さない宮崎。虚勢か、それとも素でそうなのか。


 「霧島くん、短慮はよくありません」

 「他に方法があるんでしたら、どうぞ。

  直近の行方不明者、大城 瑞樹さんの発見と、今後の被害防止。

  取り敢えずこの二つは絶対でやんす」

 「しかしその為により大きな被害が出るとしたら? より大きな混乱が起こるとしたら?」

 「アンタらが何とかしてくだせぇ」


 それはちょっと卑怯じゃありませんかねぇ。

 宮崎は身を乗り出してくる。


 「霧島くん、事態は貴方が思っているよりもずっと深刻なんですよ。

  我々00課だけじゃありません、宮内庁はおろか」

 「ストップ」


 太陽は宮崎の手を見た。薬指に指輪が光る。


 「結婚してらっしゃるんでやすね」


 唐突な話題の転換に宮崎は虚を突かれた様子だ。


 「……えぇ、こんな胡散臭い仕事をしている冷や飯ぐらいを、よく支えてくれています」

 「仲は良いんですかい?」

 「ははは、それはもう」


 太陽は立ち上がって宮崎を見下ろした。ガラス玉みたいな目をしていた。


 「もしアンタの女房が一床山で腐り果てて行くとしたら、どうだ。

  あんな山で、一人ぼっちで、アンタの愛した女が。

  よくもまぁ三笠の旦那の目の前で言えたモンだな」


 宮崎はやはり、顔色一つ変えなかった。


 「……そういう言い方をされると弱いですねぇ」

 「アンタらが守ってくれないんだとしたら、市民は自衛するしかありやせん。

  ご容赦を」


 睨み合った時、宮崎のスーツで携帯が震えた。


 「……失礼」


 即座に応答する宮崎。携帯の向こうから甲高い女の声がする。


 「……あぁー、そんな大声を出さなくても聞こえていますよ。

  ……それなんですがね、やっぱり上手く行きませんでした。説得する材料に欠けていますから」


 言いながら宮崎は太陽に向けて苦笑。

 電話の向こうでまた女の怒鳴り声。


 「君の所の上役には上手く言っておいてくれませんかね。これから忙しくなりそうですし。

  ……え? いやいや、困ります。何のために私が一人で来たと……。

  …………はいぃ?」


 車が走ってきたようだ。霊園駐車場ではなく直接この休憩所近くに。


 乱暴に扉を閉める音。宮崎は立ち上がり外を見て、そして太陽を振り返った。


 「あぁー全く。困りましたねぇ」

 「問題でやんすか」

 「問題と言いますか何と言いますか。

  霧島くん、私がこんなお願いをするのは筋違いも甚だしいのですが……」


 足音高く休憩所に踏み入って来た者が居る。パンツスーツを着こなした女だ。

 黒髪を素気なく後ろで一纏めにしている。敵意の籠った視線。


 「どうか穏便に済ませてくれません?」


 宮崎はどうやら作り物ではない、本当の困り顔をしている。



――



 「霧島 太陽。鳳学園第44期生二年A組。両親は十二年前に死亡。現在は母方の叔母である高野 守を後見人とする。間違いありませんね」


 ……お、おう。


 突然現れて頼んでも居ない事を説明してくれるスーツの女性。


 「なんだかヤな感じ……」

 「面倒事がまた増えやがったか」


 涼は疲れ果て、三笠は鬱陶しそうな表情を隠そうともしない。

 太陽は一応の礼儀として自己紹介した。


 「……ご存知のようでやんすが、俺は霧島 太陽。名前をお聞かせ願いたく」

 「宮之森 寒山と言います」

 「かんざん、さん? 珍しい名前ですが、凛とした美しさがありやすね。どうぞ宜しく」

 「宜しくするつもりはありません」


 ぴしゃりと言う宮之森。取り付く島もないと言った感じだ。


 「本を持っていますね」

 「本?」


 太陽が今持っている本らしき物は目録だけだ。


 「それの回収に来ました」

 「回収、と来やしたか」

 「素直に渡していただけると無駄な手間が省けるのですが」

 「宮之森くん、貴女のそういう所、非常によくないと思うのですがねぇ」


 宮崎が作り笑いを張り付けながら口を挟んだ。宮之森はそれを一睨みで一蹴する。


 「はぁ……。霧島くん、余分な物を抜きにした命令系統では、私よりも彼女の方が上位に当るんですよ」

 「へぇ……」


 そうなんですかい。と聞いても居ない事情を聞かされた太陽は生返事。


 宮之森は整えられた眉を吊り上げながら太陽を睨み付けている。


 「宮崎捜査官、無駄口は止して仕事をしてください」

 「してるじゃありませんか。貴女がぶち壊しにしそうな折衝をどうしようか考えている所です」

 「折衝などと……。甘やかしては彼の為にもなりません」

 「宮之森祭祀役、そう言った発言は不適切ですよ」


 飄々とした宮崎の態度も宮之森を怒らせる一因のようだ。

 太陽には、双方ともに大人げなく見える。


 「ちょっとちょっとお二方、もう少し落ち着いて話が出来ないモンですかい」

 「私は無駄話をする気はありません。本を回収したいだけです。

  これは宮内庁、警視庁、双方からの公的な要請です」

 「困りますねぇ、警視庁の名前まで勝手に使われては。私は同意していませんよ」

 「公の仕事ってんなら尚の事、事前にアポイントメント取ってもらえやせん?」

 「いい加減にしてください。軽口はうんざりです」


 うんざりって。太陽は宮崎と顔を見合わせる。背後では涼がはらはらしながら成り行きを見守っていた。


 「貴方は非常に、非常に危険な物を無邪気に振り回しているんです。

  何か一つ間違えば大きな犠牲が出るような物を。そしてそれに気付きもしていない。

  物事を完全に軽視している。愚かな事です。貴方は非常に……子供染みている」

 「はぁ……。まぁそう興奮せず、ちょっと落ち着いて」


 どう、どう、とまるで馬を相手にするように太陽は言った。宮之森はここに現れた瞬間から明らかな敵愾心を太陽に向けていて、ほんの少し言葉を交わしただけでヒートアップしているように見えた。


 「(なんじゃ。ワシは気の強い娘は好きじゃが……コイツは気に入らんのぅ)」

 「(ガウ婆、暫く手出し無用だぜ)」

 「(……ほーん)」


 ガウーナは明らかに不機嫌そうだ。


 「回収っつったって大切な預かりモンだ。持ってってもらっちゃ困りまさぁ。

  どうしてもと言うんなら俺でなく、兄貴の方と話してくだせぇ」


 ウーベ人材開発プロジェクトって会社なんすけど、電話番号知ってやす?


 「話にならない相手と話をするつもりはありません」

 「えぇ……」

 「宮之森祭祀役、まず我々だけで話をしませんか。今の君はとても責任ある立場に居る者の態度ではありませんよ」

 「宮崎捜査官、事態を軽視しているのは貴方もです。

  それにご存知の通り、貴方に指図される謂れはありません」


 びり、と空気が張り詰めた。


 「これ以上は力尽くと言う事になりますが」


 困ったな、と太陽。女子供に優しくするのが太陽の信条の一つだ。

 しかし力尽くと言われて黙って良い様にされるつもりも無い。


 「ちょっとで良いからクールダウン出来やせんか」


 宮之森はスーツの襟元を引っ張りながら小声で言った。通信機か何か仕込んでいるらしかった。


 「宮之森です。対象は勧告を拒否。説得に失敗しました」

 「えぇ……」


 今のって説得なのか? 太陽はげっそり。

 休憩所の外から車のドアを開閉する音がする。車内に待機していた男達が乗り込んできた。


 黒スーツにサングラス。映画じゃないんだからそんな如何にも悪そうな格好しなくても……。

 太陽はぽりぽり頭を掻く。


 「祭祀役、事態を軽視しているのはどうやら……貴女の方ですね」


 宮崎の呆れ果てたような言葉。


 「……どのような意味でしょうか」

 「以前から思っていましたが……貴女はご自身やお仲間の力を過信している。

  傲慢なのです。我々が逆立ちしたってどうにもならない事は幾らでもあるのに、何だって解決出来ると勘違いしている。

  ……引き金を引いたのは貴女ですよ」

 「話しても無駄だと言う事が再確認出来ました」


 宮之森は背後の男達を促した。


 「回収してください」


 宮崎はこれ以上ない程の困り顔で太陽に頭を下げた。


 「霧島くん、どうか、どうか手心と言いますか……加減をお願いします」

 「えぇ……」

 「彼女、少々世間知らずな所がありましてねぇ」

 「別に揉めたい訳じゃ無いんでやすが」

 「霧島くんが穏やかな人柄で本当に有難いですよ」


 呑気に会話を続ける太陽と宮崎。


 男達が太陽を取り囲み、その肩を押え付けようとした。


 瞬間、その男の腕の関節が逆方向に曲がった。


 「(あっ、申し訳ありませんウーラハン。つい手が出ました)」


 ソルだ。以前ヤクザの腕を圧し折った時も同じ事言ってなかったっけ?


 男の悲鳴が上がる。背後で涼が飛び上がる。


 「えっ、えっ、何、何?」


 次の男は懐からスタンガンを取り出した。流石にこれは勘弁して欲しい。

 突き出されるスタンガン。太陽に触れる前にぴたりと停止。


 「(これ以上は我慢出来んぞ、ボン)」


 男の手首がへこんでいく。手形のアザが濃く刻まれる。

 ガウーナがジワジワと握り締めているらしい。その気になればいつだって圧し折れるのだろう。


 「が、あぁぁ!」


 あ、折った。折ったと言うか握り潰した。


 太陽は大きく溜息を吐く。悪いのはソルやガウーナ達ではない。

 あちらさんが強引過ぎるのが原因だ。


 「あー……止めといた方が」


 残った二人の男達はファイティングポーズを取った。額に汗が浮かんでいる。

 やる気らしい。


 「ガウ婆、ソル、ちょっと加減してやってくれよ」


 太陽が言い終わると同時に男の一人が吹っ飛んでいった。天井に激突したかと思うと床に引き摺り下ろされ、最後は休憩所の外に放り出される。死んではいないようだ。


 最後の一人は見えない何かに宙吊りにされていた。首を絞められているようで口の端から泡を吹きながら身を捩っている。

 終いには失禁。全身を弛緩させた所で解放された。やはり死んではいないようだ。


 「(殺してはおらぬ。これでよいじゃろう?)」

 「宮崎さん」

 「はいぃ?」


 宮崎を見ればこちらも汗を掻いていた。超常現象には慣れているような口振りだったが、流石に目の前で起きた暴力の嵐に危機感を禁じ得なかったようだ。


 「殺してないってさ」

 「それは……何と言うか……有り難う御座います」


 さてと、太陽が視線を遣れば、宮之森は虫けらでも見るような視線を太陽に向けていた。


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