一床山
戦神が太陽のベッドを占領している。太陽には充分大きなベッドだが、戦神が寝そべるとなんとも小さく感じる。
太陽は椅子に座りながら戦神の言葉を待つ。
「……ふむ、太陽お前、褒美はたっぷりとやってるだろう。もう少し大きい屋敷を持て」
「屋敷って」
突拍子もなくスケールのデカい事言い出すから神様って奴は困る。
「守の姐さんが立派に働いて維持してる賃貸でさ。俺はここが好きだ」
「あの女か。お前が囲ってやればよい。お前の話によれば苦労しているんだろ。
これからゆっくりとやりたい事をやる時間を与えてやれ」
「それが姐さんにとって幸せかどうかは分からねぇでしょ。……いや、俺が姐さんの重荷になってるってのは分かってやすがね」
守は与えられるより勝ち取るのが好きな女だ。長く一緒に暮らしてきたから分かる。
太陽が賢しらな顔で「苦労したでしょ、養ってあげる」なんて言ったらキレそうだ。
「それに、俺の年齢だと色々面倒が多いんだ」
「その辺りの様々な事柄を上手く執成す為に銀行家を手配してやったろう」
「あぁ~、大山さん。なんかスゲーびくびくしてやしたが、何したんで?」
「特に何も」
大山と言う銀行マン、ビシッとスーツを着こなす七三分けの“デキる男”と言った感じなのだが、太陽と連絡を取る時はいつもびくびくしている。
電話越しにも怯えが伝わってくる程だ。
戦神は『特に何も』なんて言ってるが絶対何かやったに違いない。
或いは無自覚なのだろうか。
「……まぁ、これから目録に人が増えて来たらそいつらの為に色々しなきゃならなくなるし。
兎に角家だのなんだのは後回しでさぁ」
「ま、良いがな。ガウーナ辺りはその内ごちゃごちゃ言い出すだろうぜ」
実は既に言われていた。
大君主たるは生活から振舞いまで豪奢、優美でなければならん。とか何とか。
無茶言うなって感じだった。こちとら一般の小市民である。
「取り敢えず仕事の話をしやしょう。一床山、どんな感じでしたかい?」
「あぁ、あれなぁ」
戦神は途端に詰まらなそうな顔をする。
「同業者だったのだが」
「同業者って事は、神様?」
「この国は何でもかんでも奉ってしまうからな、祟り神とか、禍つ神とか言う奴だな、アレは」
「へぇ?」
「それが不死公の力に冒されておる」
それってヤバいんじゃないの?
見渡せば神社仏閣などそこら中にあるこの世の中、それに不死公が手を伸ばしているってのは。
「ただ不死公の走狗と言うだけなら消し飛ばしてやるだけだが、曲がりなりにも神は神。
以前言ったように、俺自身が手を下せば同業者どもが黙っておらん。
現に態々警告しに来る者まで居た」
「警告?」
「そうだ。何と言ったかな……確か宮内ちょ」
「ストップストップストップ。話は分かりやした」
太陽は戦神の言葉を遮った。またスケールのデカい話になってしまう。
「で、俺はどうすれば?」
「お前の目で一床山の祟り神を見極めろ。不死公の影響力を排除できるなら方法は問わん。
邪魔になるなら滅ぼしてやれ」
「簡単に言いやすねぇ」
「どうせお前が気にしてる人間どもの問題を片付けるには避けて通れんだろ。
因みに対話は不可能だと思え。あれを御そうと思ったら猿回しの才能が要る。
必要なのは威圧し、服従を迫る事だ」
えぇ……
太陽は何が何だか良く分からなくなった。
――
翌日、昼放課。太陽は鳳学園の屋上で吉田 涼からのメッセージを受け取った。
『三井が学校に来た。あたしの事見て凄くビビってる。
三笠先輩に連絡した』
寝そべっていた太陽は跳ね起きた。隣で文太がイヤホンを外しながら聞いてくる。
「どうした?」
「フケる」
「……急だな。揉め事か?」
「まぁ、揉めるかも」
文太は聞こえよがしに舌打ちすると荷物を纏める。
「俺も行く」
「ん?」
「ん? じゃねーよ。手伝ってやる。いつもそうだったろ」
「喧嘩じゃないぜ」
「また守秘義務か? 隠し事かよ」
「もしかしたら、だけど、女の子の名誉に関わるかも知れねぇ」
あからさまにテンションダウンする文太。外したイヤホンを付け直す。
「何だ痴話喧嘩か。心配して損した」
「……その反応は、それはそれでちょっとなぁ」
「うるせー、さっさと行け。コナ掛けた女の面倒くらい見ろ」
そういうんじゃねーのにな。
兎に角太陽は孝心館に向かう。
事務受付前のロビーに人だかりが出来ていた。その中心に三笠 譲司を見付けて、太陽は出遅れた事を悟った。
三笠は一人の学生の胸倉を掴んで締め上げている。大柄な三笠に比べて幾分小柄なその男は必死に振り解こうとしているがパワーで圧倒的に負けている。ビクともしない。
三笠と言う男は黙って立っていればクール&スマートなのだが、やる事がかなり荒っぽい。
「太陽!」
涼が駆け寄って来た。太陽はおっすと軽い挨拶。
「揉めてやすねぇ。三笠さんが今にも殺しちまいそうなのが三井って奴ですかい」
「ヤバいよアレ! 三笠先輩目がマジだもん!」
太陽達は野次馬を押し退けて騒ぎの中心に出た。
「こそこそ逃げ回りやがって三井この馬鹿野郎。そんなに俺が怖かったのか? あぁ?」
「はな……離せよ……!」
「お前が質問に答えてからだ。瑞樹をどうした。お前、俺に嘘ついてるだろう」
「知らねぇよ! 離せ! 知らねぇって!」
「知らねぇじゃすまねぇんだよ。言え、三井」
「知るかあんなブスの事!」
三笠はとうとう三井の首を絞めて吊り上げた。そのままロビーの壁に叩き付ける。
野次馬から悲鳴が上がる。
「すげーパワー」
しかしこれ以上呑気に見ている訳にも行かない。
三笠が三井を絞殺する前に、太陽は走り出した。
「とぅッ」
助走をつけてドロップキック。三笠は堪らず大きくよろめいて三井を離す。
「テメェこの前の」
「クールダウンしようぜ。焦らなくても大丈夫だからよ」
「なんだと? テメェに何が分かる」
「まーまー」
いきり立つ三笠にどうどう、と馬を宥めるような感じで太陽。
崩れ落ちて咳き込んでいた三井が二人を睨み付けた。
「お前これ、しょ、傷害罪だからな! 通報してやる!」
「おもしれぇ、マッポが来る前にお前の面を粘土細工みてぇにしてやる」
「まーまーまーまー」
三笠は本気だ。太陽は間に割り込んだ。
へたり込む三井の前で腰を落とし、じっくりと顔を覗き込む。
軽く脱色したショートヘア。ちょっとお高そうなネックレス、指輪、イヤーカフ。
カラフルなVネックとダメージジーンズ姿。確かに遊んでそうな格好だ。
太陽は上から下まで三井をじっくり嘗め回す様に見て、それから言った。
「俺だったらさ」
野次馬達に聞こえる声量だ。
彼等は孝心館の学生なのだから、当然ある程度の事情は知っている筈だ。
「どんな理由があったとしても、山の中に置き去りにしちまった女の子の事、“ブス”なんて言えねぇけどな」
三井は明らかに怯んだ。野次馬の中で女子学徒が追従するような事を言う。
『だよね。アイツ最低』
『三笠さんが怒るの当然でしょ。三井の奴が瑞樹ちゃんを無理矢理誘ったって話しじゃん』
太陽は三井の手を取って立たせる。
「行きなよ。話はまた次の機会で良い」
「何でお前が決めてんだ」
納得しないのは当然三笠である。太陽は慌てない。
「大丈夫大丈夫。ゴーサイン出たんで」
「ゴーサイン……? 何の話してんだ」
「一床山に行きやしょう。大城さんを捜しに。
……ほらアンタ、いつまで震えてんだ。さっさと行かねぇと三笠の旦那に今度こそ殺されちゃうぞ」
三井は周囲の野次馬を見回して、自分の味方が居ない事を悟ると、太陽を突き飛ばして歩いて行く。
『あのガキィ……首の骨を圧し折ってやろうぞ!』
「(ガウ婆ストップ。奴の事よりこっちが優先だ)」
慈悲深さも行き過ぎれば侮られるぞい!
ぎゃんぎゃん言うガウーナを宥めすかして三笠に向き直る。
「……見つけられるのか?」
「クールダウンしやした?」
「茶化すな。答えろ」
「まぁ、見つかるでしょう」
あくまでのほほんとしている太陽に、三笠は舌打ちを返すだけだった。
涼が青い顔をしながら近付いてくる。
「太陽、行くの? 大丈夫なの?」
「俺は多分。三笠の旦那は無事で済むかどうか分かんねぇ。
でもま、ビビっちゃいねぇよな?」
「……瑞樹を見付けてやらなきゃ」
とにもかくにも。
「話は後に。ちょっと騒ぎ過ぎたんで」
三人は野次馬に見送られながら孝心館を後にする。
――
一床山までは三笠の車で移動する事になった。
深いブルーの普通車。どこもピカピカに磨かれていて艶がある。
太陽は後部座席でへぇ、ほぉ、と車内を見回している。涼はその横で借りて来た猫の様になっていた。
「大学生の身分で良い車乗ってやすね。さては悪い事してんなー?」
「馴れ馴れしいんだよ」
三笠はグッとアクセルを踏み込んで高速に入る。
一床山までは下道を使って一時間。高速を走れば半分だ。
「馴れ馴れしいついでに大城 瑞樹さんの事教えて貰えます?」
三笠はバックミラー越しに太陽を睨む。
「これから探す相手の事少しくらい知っておきたいでしょ」
「…………そうかよ」
運転席の日除けを開いて中から一枚の写真を取り出し、それを後部座席に差し出してきた。
白いカーディガンを着たカワイコちゃんが写っている。
腰まで届きそうなロングヘア。くりっと愛らしい目が印象的。恥じらったような笑顔がベリーグー。
物静かな印象を受けるが左耳にピアスを付けている。三笠の右耳の物と同じピアスだ。
ペアのピアスか。
「成程、Beautiful。
大事なんだな、この人の事」
太陽は写真を返した。
「本当に、見つけるアテはあるんだろうな」
「他人事みたいに言わねぇでくだせぇ、旦那も一緒に探すんだ」
「口の減らねぇ奴だ」
三笠は何もしなくても女子の方から寄ってきそうなクールガイだ。少なくとも見てくれは。
それがこうも大城 瑞樹に入れ込んでいる。
警察すら捜査を打ち切っているのだ。日々の生活を犠牲にしてまで恋人を探そうとするような男は結構少ない。
薄情な話だと太陽も思うが、そんな感じだ。一個人の努力でどうにかなる問題では無いと、誰だって思ってしまうから。
「……中学の頃から一緒だった」
「長い付き合いですね」
三笠は大きな溜息を吐く。ずかずかと他人の事情に踏み入って来る太陽にとうとう観念したらしい。
「瑞樹は…………結構やかましい奴でな。俺のやる事成す事なんでも口を出してくる。
昔は鬱陶しかったが……何時の間にか受け入れてた。それが当然になってた」
「へぇ」
「分からねぇ、自分でも。あークソ、馬鹿々々しいよな」
「何が?」
三笠は口をへの字に曲げる。悪ぶって笑って見せるが、強がりにしか見えない。
「…………何でこんなに入れ込んでんだ俺は。クソ、だせぇ」
「だ、ダサく無い……っすよ」
涼がおっかなびっくり口を挟んだ。ぎろりと鋭い眼光がバックミラー越しに返される。
だが、直ぐに三笠は視線を外した。更に速度を上げて他車を追い越していく。
「一床山はヤバい所だ。お前らも知ってる通り。
多分瑞樹はもう……ダメなんだろうな。
だがアイツが」
言葉を選んでいるようだった。
「……このまま行方知れずになって終わりじゃ、納得出来ねぇ。
アイツを探してやらなきゃ。家族の所に帰してやらなきゃ」
涼は目に涙を溜めて変な顔をしている。三笠の言葉に感じ入ったらしい。
太陽はむん、と唸った。俄然三笠を助けてやりたくなったのである。
――
邪気が渦を巻いている。なーんて言ってみても、首筋にちりちり来るだけで具体的な事は分からないのだが。
藤崎城霊園の駐車場に車を止めた瞬間、涼が口元を押えた。吐き気を堪えているらしい。
『ボン、この涼とか言う娘も連れて行け。ボンの傍に居った方が安全じゃ』
「(連れて来たのは失敗だったかな)」
『この娘にとっても他人事ではない。死ぬとも生きるとも、己の軽挙のツケを払わせるべきじゃろう』
どうかな、と太陽は否定的に返す。
それを望まないのなら、無駄に危ない事しなくても良いだろう。
「涼さん、恐いなら来なくていい。でも多分俺の傍に居た方が安全……らしいぜ」
「大丈夫、行く。あたしも探すよ」
強い人だな。殺される寸前まで行ったのに。
二人を他所に三笠は一床山を睨み付けていた。苦み走った顔だ。
「見られてる」
「……うん、見られてる」
三笠と涼は言った。太陽には分からない。
『おうおう居るわ居るわ、木端どもが』
「(そんなに居るのか?)」
『気にするこたぁないぞい。ボンは僅かの内に急激に力を増しておる。
奴ら如きではボンに指一本触れられまい。いや、触れられたとして、ワシらがそんな事許さん』
頼もしいねぇ。
「(オロク)」
『準備は出来ている。何が来ても、討ち滅ぼすのみ』
「(あ、そう)」




