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目録確認



 「ひーひひひ! ワンコちゃん、約束通りテスト持って来たかー?!」


 暫く振りに見る飯島 亜里沙は軽く脱色した茶髪をアップに纏め大人ぶっていた。


 どうやら亜里沙は一学期中間テストの結果が思いのほか良かったらしく、太陽に勝負を挑んできたのである。

 自信満々な様子からかなりの高得点であった事が窺える。


 太陽のテスト結果は企業実習中の(と言う名目で欠席の多い)太陽の為に家に郵送されてきていた。

 どの程度の点数だったか、と言うと、少なくともこう言った試験などに煩い高野 守が表情を綻ばせて太陽を褒める程度には良好だった。


 「そんなに見たいのかぁ?」

 「早くしろっての! 負けた方が一週間ドレーだからね!」


 太陽の隣で三村 文太が首を横に振る。あーあ、馬鹿な奴め。


 「あれっ、なにこれ」


 点数の部分を折り畳んでテスト用紙を差し出した。しかし解答欄の○の数は誤魔化せない。


 「ん、あ、いや。あっ、こいつ記述問題でカレーの作り方書いてやがる!」

 「霧島流特製カレーだぜ」

 「しかもそれなのに×じゃない! △扱いで二点も貰ってる!」


 これって贔屓じゃないの?! うがーと咆える亜里沙。


 「下にちっちゃく解答書いてあるんだよ。それにそこが×でも大して変わんないだろう」

 「うぐぐ、まだ勝負は決まってない!」


 亜里沙は折り畳まれていた点数の部分を開き、現実を受け入れた。


 「敗けた……のか」

 「そうだよ」

 「…………まだまだ! たかが一教科!」

 「ほーれほれ、好きなだけ見ろ」


 ぽいぽーいと次々に解答用紙をばら撒き、太陽はハッハッハ、と高笑い。


 「ぜ、全部敗けてる……そんな……」

 「俺の事、普段遊び回ってばかりのド低脳だと思ってたんだろう。違うんだなぁーコレが」


 亜里沙は真剣にショックを受けているようだった。一々リアクションの面白い奴である。


 近くの女子達が亜里沙を囃し立てる。その内一人が悪戯っぽい笑みを浮かべながら耳打ち。


 「あーあ、亜里沙ってばあんな約束しちゃってさぁ」

 「な、なに」

 「ワンちゃんってさぁ…………ゴニョゴニョ……して……トイレで……ゴニョゴニョ……突然耳をさ……ゴニョゴニョ……」

 「え、うわ……、えっ、マジ……?」


 亜里沙は顔を赤くしたり青くしたり。後退りで太陽から距離を取る。


 「何吹き込んだんだよ」

 「アタシ達嘘つかないもんねー!」

 『ねー!』


 きゃーきゃー煩い女子達。亜里沙は涙目だ。凶悪犯を見る目で太陽を見ている。


 「ゆゆゆ許して……アタシ……そんな事ででで出来ない……」

 「おい亜里沙ァ!」

 「ひゃ、ひゃい!」

 「購買行ってドロ甘のココア買って来い! 文太にはブラックコーヒーだ!」


 五百円玉を投げ付ける太陽。亜里沙は逃げるようにぴゅーっと駆け出した。


 クラスメイト達は大笑いしながらそれを見送った。口々にやっぱり亜里沙は可愛い、なんて事を言い合いながら解散する。


 「……なんだと? 俺も合計で4点敗けてる」


 文太が太陽のテスト用紙を拾い上げて舌打ち。

 言動からファッションまでヤンキーっぽい文太だが勉強はできる。


 「お、じゃぁ俺の勝ち越しだな」

 「この野郎、次は勝つからな」

 「期末で負けた方がステーキ奢りだぜ」

 「いつも通りだ。上等だっつーの」


 バチバチと飛び散る火花。唐突なハイタッチ。


 「で、どんな調子なんだ企業実習」

 「面白い事だらけだぜ。イケてる兄貴は居るし、カワイコちゃんはいるし」

 「時給も良いってか?」

 「そりゃもうべらぼうよ」

 「はぁ……ったく」


 文太は大きな溜息を吐いた。太陽が“危ない仕事”に携わっている事を、相変わらずよく思っていないようだ。


 「中坊の頃は、よくやったな」


 唐突に文太は言った。太陽は椅子に座り直しながら昔を思い出す。


 「……やったよなぁ、色々と。あの頃は兎に角早く金を稼げるようになりたくて」

 「さっさと家を出てやる、ってな」

 「守の姐さんともよく喧嘩したし」

 「俺は今でも好きじゃねぇけどな、あの人」


 いわゆる二人の黒歴史である。


 諸兄にもご理解いただけよう!

 年頃の男子と言う物はセンチメンタルでナイーブで、自分は特別だと思い込んでしまうのだ!

 ちょっとした事が我慢出来ない程に潔癖で、目先の事ばかりにとらわれ、思い込んだら一直線!


 「太陽と俺とで町工場に押し掛けて無理矢理頼み込んでよ、溶接とか、フォークリフトとか」

 「そうそう、本当はダメなんだけどこっそり教えてくれたんだよな」

 「お前ぶっさいくな加工した癖にちゃっかり給料貰ってたろ」

 「文太だってフォークで壁に穴開けた癖に給料出てたじゃねーか」

 「……俺は後で返しに行ったぞ」

 「半泣きになってたよな」

 「うるせーな! そこは忘れとけよ」


 三村 文太 の チョークスリーパー!

 霧島 太陽 は もがいている!


 「ぐえぇぇ」


 太陽の呻き声に満足したのか、文太は技を解いて離れた。

 互いにニヤリと笑ってもう一度ハイタッチ。意味? そんな物は無い。


 「けどなんでいきなりそんな話を? 急にノスタルジックな気分にでもなったか?」

 「いや……」


 文太はどこか不安そうに表情になって言った。


 「お前さ、何か…………ちょっと変わったよ」


 またそれか。太陽は無意識の内に頬っぺたを揉み解した。


 「別にお前が何してようと、そりゃお前の自由なのかも知れねぇけどよ。

  ……ちょっと水臭いんじゃねぇの」


 そういう文太は何となく切なそうだった。



――



 孝心館大学で吉田 涼の話を聞いた後、太陽はそれを戦神に報告した。

 そのまま一床山に乗り込もうと思っていたのだが……、意外な事に戦神アガは自身で一床山に向かうと言い出した。


 「暴れるつもりはねぇさ。ただ……興が乗っただけよ」


 要は暇を持て余したらしい。


 そんなこんなで太陽は待機状態。普通に登校し、戦神からの命令を待っている。

 吉田 涼から連絡があれば直ぐ動けるようにもしている。今の彼女を取り巻く状況は余り良くない。



 で、太陽は家でじっくり目録を眺める事にした。戦神が言っていた目録のアップデート内容が気になった。



 「…………ふむん」


 ベッドに腰掛けて目録を手に取る。小泉 真紀曰く、人間の皮と良く分からない何かで出来た本。

 他人には見せるのも触らせるのも超ヤバい代物らしいが。


 ガウーナがぼわんと火の粉と共に現れて、太陽と一緒に目録を覗き込んだ。


 「あっぷでーとっちゅーのは、詰まり何なんじゃ?」

 「あー、早い話が……改良しましたよって感じ」


 必ずしも良い変化、とは限らないが、状況に適した物に変える事を言う。……筈だ。


 「見た方が早そうじゃの」


 言いながらガウーナは、いそいそと太陽の前に移動し、ばっと両手を上げた。


 「さぁ、とくと見られぃ!」

 「おう」


 太陽はこの際ガウーナの奇行にどうこう言わない事にした。




 「うわ、顔写真が付いてる。いや、写真って言うかイラスト?」


 ゲームのUIを参考にしたと言ってもこれはやり過ぎでは……。

 目録のページにはガウーナのバストアップが表示されていた。


 「下のは……ステータスかよ」


 複数の項目が数字で表示されている。


 情報と言うのは数値化されている方が理解しやすい。と言う理屈はまぁ分かる。

 しかし様々な要素を一緒くたに数字にしてしまうと、これはもう漠然とし過ぎていて……。


 取り敢えずガウーナの「武力」の項目は数値が400を超えていた。

 平均値や基準が全く分からないがガウーナのステータスなのだ。低いって事は無いだろう。


「(…………三国志だこれ)」


 戦争系シミュレーションだこの感じ。本当にゲーム感覚だな、と太陽は思った。

 戦神の人材コレクションって訳だ。


 「なんか面白いモンでも増えとるんか?」

 「あぁ……スゲェ面白い事になってるぜ」

 「ほほほ、ワシはスゲェか?」

 「ガウ婆が凄くスゲェのは前から知ってるよ」


 太陽の頭の悪い言い回しにガウーナはちょっぴり照れた様子。


 「バストアップ写真と……ステータスと……なんじゃこりゃ、特性か?」


 特記事項欄とか言うのが増えている。

 素気ないアイコンのような物の横に詳細な説明が……。


 『“キハエの化身”

  アミアッタの神の血統。その先祖返り。人知を超えた身体能力と魔力への抵抗を齎す。

  この勇者は、激しい獣性を秘めている』


 なんじゃこりゃ。


 「キハエってのは狩猟の神様だっけ」

 「そうじゃよ。ワシらの土着信仰の一柱じゃの」

 「ガウ婆ってそのキハエの血筋で、先祖返りなんだと。

  ……そういや戦神の兄貴もガウ婆の事そんな風に言ってたし、目録の経歴にもあったな」

 「ほー」


 ガウーナは笑って見せた。


 「どーせそんな事じゃろうと思っておったわい。

  ワシも、己の力が人を越えた物である事くらい重々承知しておる」

 「驚かないんだな」

 「八十まで生きてとうとうシャムシールを手放せなんだ。

  キハエの化身だのなんだの、言われ慣れた。寧ろ腑に落ちると言う物よ」


 その力を以て狼の一族を合力させたんじゃ。今更じゃな。

 まるで気にした様子の無いガウーナ。太陽は目録に視線を落とし、更に一言。


 「“激しい獣性を秘めている”とか書かれてるけど」

 「獣の如き気性と言う事か? ワシはガウーナ! 狼の性根を秘めるなど考えた事も無い! いつでも全力全開よ!」

 「だよなぁ」


 意見の合致である。太陽は更に読み進める。



 『“熱き心臓”

  ――ウルフ・マナス・アルアーシャ・サイ

  狼の戦士の貴ぶ三つの根源の一つ。或いは炎のような心臓とも呼ばれる。

  高原に住む者特有の強心臓。この勇者は俊敏であり、どれ程の遠駆け、早駆けであろうと苦にしない』


 カードゲームのフレーバーテキスト染みて来た。

 太陽は逆に面白くなってきていた。


 「アルアーシャ・サイってのは?」

 「ほぅ……それはのぅ、ボン。ワシの心臓の事じゃ。

  夜の如き黒髪、稲妻の如き目、炎の如き心臓。狼の一族が手にすべき三つの要素じゃ。

  その内の一つ、炎の心臓を、我らの古語でアルアーシャ・サイと呼ぶのよ。

  まぁワシくらいになれば持っておって当然じゃろうな」

 「うーん? ガウ婆は……黒髪と目に関しては特に書いてないな」

 「なんと! ワシもまだまだ修行が足らんか!」


 『“狼公の対騎兵戦術”

  満天下に知らしめられた狼騎兵の力。馬は元来臆病な物。高原の巨大な狼と互角に戦える騎馬は稀である。

  この勇者は麾下兵力を用い、騎兵に対して有利に戦える。

  同時にこの勇者は、通常の馬を用いた兵科を運用出来ない』


 「騎兵に強いけど騎兵を使えないって書いてあるぜ」

 「それはウルフ・マナス全体に言える事じゃ。

  ワシらには狼の臭いが染み付いておる。馬は我らに怯えて近寄りもせん」


 『キアランの鉤爪

  東の遠国アルハニに生息する魔鳥キアランの鉤爪。アザムの形見。

  ――死者は多くを語らないが、覚えているのだ――

  魔力への抵抗を得る』


 「……キアランの鉤爪。アザムの形見?」


 ガウーナは意表を突かれた様子だった。

 これまで見せた事のない、何とも言えない切なげな表情でぽつりと言う。


 「……ワシの夫が昔な、死の間際くれた物じゃ。

  婚儀も政略ゆえ窮屈な思いをさせたじゃろうに」

 「それがガウ婆を守ってくれている。……俺はそれを尊い物だと思う」

 「そう……じゃな」


 ガウーナはニカっと笑った。太陽もそれにつられて笑う


 その後もつらつらとフレーバーテキストを読み上げる。いや、実際にガウーナが持ち得る能力なのでフレーバーではないのだが……。


 その他経歴等に変わった様子は無かったのだが、その後ろに更に付け加えられている物があった。



 『この勇者は貴方に執着心を抱いている。

  この勇者は貴方に敬意を抱いている。

  この勇者は貴方に親愛の情を抱いている。

  この勇者は貴方に野心を抱いている』


 「…………なんだこりゃ」


 なんと言って良いか分からない内容である。

 執着心、敬意、親愛、野心。

 それらは共存できる物なのか? まぁ出来るんだろうな。人間の心って複雑な物だから。


 「なぁ、ガウ婆」

 「なんじゃ、更に面白い事でもあったか?」


 野心

 野心、か

 太陽は戦神の言葉を思い出した。


 「俺はガウ婆の事好きだよ」

 「ほっ?!」

 「大好きだ。俺は……普段ふざけた奴だとか良く言われるけど、実は冗談でやってる事ってあんまりない。

  これも本音だ。ガウ婆の事、ずっと昔から一緒に居たように感じてる。親友だ。

  ……でもさ、もし俺に対して思う所があるんなら……」


 はてなマークを飛ばしているガウーナ。


 「いつだっていい。何でも話してくれ。もしそれで互いに妥協できない時は…………

  ――俺を殺しに来い」


 口をパクパクさせるガウーナ。


 「以上、終わり!」

 「待てーい! なんじゃ?! 目録に何が書いてあるんじゃ?!」

 「ぶっぶー! ウーラハン権限で閲覧を禁止しまーす!」

 「そんな無体な! この通りじゃ! み、見せてくれ、ボン!」


 太陽は目録を抱きかかえてベッドに潜り込んだ。完全シャットアウトである。


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