幽霊とか別に怖くないッス
「なんか、自分でも言うのもアレだけどさ、ホラー小説にでもありそうな感じだった、あたし達の場合」
「あたし、達?」
「そう。サークル仲間とヤバいヤバいって言われてる心霊スポットに行って……。
そしたら“アレ”が付いて来た」
「アレ、ですかい」
へぇ、本当にそんな事あるモンなんだな、と太陽。
「藤崎城霊園って聞いた事ない?」
「あー、ある。怖い話好きな子と盛り上がった時に聞きやした」
「あそこは“出る”って話なんだけどさ、本当にヤバいのは裏の山なの。
一床山って名前で、廃坑とか、よくわかんないボロボロの社とかあるんだ」
「ひととこやまぁ……。初耳だな」
藤崎城霊園なら地元ではそれなりに有名な心霊スポットだった。
だが一床山については聞いた事が無かった。
「ほら、あたしんちの商売柄、警察の人とかにも知り合い居るけど」
「知り合い?」
「……知り合いだって。別に悪い事はしてないよ。……多分。
兎に角、その人が言うには一床山で何人も行方不明になってるんだって。
遺体も出てこないの。失踪で片付けるにはおかしいって言ってた」
「そりゃヤバそうだ。ダチにはそこで肝試ししないように言っときます」
「それが良いよ。あたしみたいになりたくなかったら。……太陽がいれば大丈夫かも、だけど」
太陽はふと気になった。
一床山に入った涼が酷い目に遭ったって言うなら、他の奴は?
「……他の奴は無事だったんですかい?」
涼は目を伏せた。
「あたし含めて六人で行ったんだけど……。
一人は一床山で行方不明に。一人は自殺しちゃった」
涼の、太陽の手を握る力が強くなる。
「あたしって……本当に運が良かったんだな。小泉さんや太陽が助けてくれた」
「後の三人は?」
「今の所何も無いみたいだけど……『もしかしたら次は』って言って怯えてる。
小泉さんも今の所はどうとも言えないって言ってた。大丈夫かも知れないし、そうでないかも知れない。
……実は今日が大学復帰初日なんだ。ホント言うとまだ怖いけど……太陽に会えたから大分マシ」
太陽はうーんと唸った。
どうやら涼に聞ける事はあまり多くないようだ。
無理も無い。ちょっと肝試しに行ってみたら、全く理解不能な存在に命を脅かされたのだ。そこから何か読み取れと言うのは無理だ。
「こりゃ、実地調査しかねぇかなぁ」
「ダメだって!」
涼は鬼気迫る様子で怒鳴った。店内の学生達が振り向く。
「……御免、でも」
「心配してくれて嬉しいぜ、涼さん」
危ない橋云々なら今更だ。異世界までのこのこ出掛けて行って戦争に首を突っ込んでる。
涼は何と言おうか迷っているようだった。そこに男が一人、突然声を掛けてくる。
「俺も話に混ぜてくれよ」
張り詰めた空気のある男だった。
背は180と言った所。ブラウンのポロシャツ。右耳のピアスが印象的だ。
強い癖毛の隙間から除く目が氷のように冷たい。隈があり、ろくに睡眠を取っていない様に見える。
涼へ向ける視線が普通ではなかった。殺気すら感じる。
「三笠先輩」
その男の登場に涼は明らかに怯んだ。
涼と太陽が良いとも悪いとも言わない内に、三笠は椅子を引いて腰掛ける。
「嫌とは言わねぇよな」
剥き出しの敵意。何か因縁があるのか?
太陽は涼に尋ねる。
「どういったご関係で?」
「関係って言うか……」
涼は言い辛そうだった。
「一床山で行方不明になったの、大城 瑞樹って子なんだけど……。
その子の……彼氏」
三笠は心底不機嫌そうに鼻を鳴らした。
なるほどな、と太陽。
そりゃ特大級の爆弾みてぇな因縁だぜ。
――
三笠 譲司と、男は名乗った。
この幽霊騒ぎから、つまり大城 瑞樹が行方不明になってから独自にその行方を捜しているらしい。
警察の捜索は早々に打ち切られた。この眼光鋭い男はそれで満足しなかった。
「吉田、死んだと思ってたがラッキーだったな」
「……それは」
鼻を鳴らす三笠。
「お前ら、瑞樹の事で何か口裏合わせてるだろ」
「え? は?」
「は? じゃねぇよ」
彼の言葉は唐突だった。
涼は狼狽した。全く意味が分からない、と言う表情だ。
「三井、澤、黒崎に聞いた話と、岩木に聞いた話とで食い違ってる部分がある。
警察の聴取の為に口裏合わせたんだろ? 正直に言えよ」
「何、ちょ、あたしそんなの知らない! 口裏合わせるなんて」
そこまで言ってから涼はあっと声を上げた。
「…………三井が、確か」
その呟きを聞いた三笠は涼の腕を掴んだ。
「いたっ……!」
「内容は……? 言え……!」
「待ちなせぇ」
太陽が制止に入るが三笠はちらりと視線をやるだけで無視した。
あっ、シカト? この人マジ切れ掛かってんな。
「何を知ってる、あの晩何があった」
「やめ、離して!」
「だから、待ちなせぇって」
しょーがねーな。太陽は持っていたグラスの水を三笠にぶっ掛けた。
「くあっ、……なんだテメェ」
「落ち着こうぜ」
三笠はぐっしょり濡れた上半身を気にする事も無く太陽を睨み付けている。
「俺は詳しい話知らねぇけどさ、まぁ心中お察ししやす」
「お察しだぁ……?」
「でも、アンタがどんなに辛くたってよ、涼さんを傷つける理由にはなんねーぜ」
冷たい瞳と向かい合う。そのまま暫し沈黙。
やがて三笠は涼の腕を離した。
「……どうかな。もしコイツらが瑞樹に何かしたってんなら」
涼は歯をかちかち鳴らして震えている。
「殺してやる」
「まだ頭冷えてねーみてぇだな。もう一杯要りやすか?」
涼が割って入る。彼女は罪悪感と同時に、義務感を覚えていた。
「ま、待って太陽。……あたし、話すから」
――
事の流れを一から聞く事が出来た。
肝試しに参加した不幸な学生達。三井、澤、黒崎、岩木、大城、そして吉田 涼。
この中で唯一大城 瑞樹だけが学部もサークルも違う関係の薄い人物だった。黒崎と言う女子と親交があったらしく、その繋がりで肝試しに参加したようだ。
「瑞樹と黒崎は幼馴染だったらしいが……普段そこまで親しい訳じゃ無かった。
だが黒崎はかなり強引に瑞樹を誘っていた。何故だ?」
言いながら三笠はタバコを一本銜え、止めた。
カフェは全面禁煙。灰皿が無かった。舌打ち。
「あたしは良く知らない……。ただ、大城さんを誘おうって言い出したのは三井だって聞いてる」
「三井に関して少し調べた。少しで十分だった。相当女癖が悪いみたいだな。あぁ?」
「……それはあたしも聞いた事がある。だから正直言うと、三井の事警戒してた」
太陽にこの事件を取り巻く人物達の人間関係なんて知りようも無いが、何故三笠がここまで攻撃的なのかは分かった。
三笠 譲司は三井と言う学生を疑っている。
三井が大城 瑞樹に乱暴し、そして……命を奪ったと。
「……何があったか話せ。知ってる事全部」
三笠の口振りはまるで尋問だった。
いや、まるで、ではなく尋問なのか。涼は歯を食い縛りながら過去を振り返る。
「あたし達は二グループに分かれたんだ。
三井と、黒崎と、大城さんはあたし達より前に一床山を登った。
十五分くらいしてあたし達も昇り始めたんだけど……道に迷って」
「澤とはぐれて?」
確認するように言う三笠。頷く涼。
「自殺する前に岩木からも話を聞いた。奴もそう言っていた。澤とはぐれて道に迷ったと。
俺も一床山に登ってみた。あそこの山道は迷う程複雑じゃない。
道を外れたのか?」
「外れてない。……本当に何時の間にか、あたしと岩木は森の中に居たの」
「何を見た」
「ボロボロの社」
三笠はハッキリと眉を顰めた。反吐でも出そうな顔だ。
「……一床山の社は、少し前に市役所の主導で補修された。“ボロボロの社”なんて物は無い」
「あ、あたし嘘なんて」
「分かってる。……それに関しては疑ってない。
お前達二人はボロボロの社を見付けて、くだらねぇ化け物に目を付けられて戻って来た」
涼が三笠を睨む。
「……何か知ってるの?」
「今はお前の質問タイムじゃねぇぞ」
「あたし達の事は確かに噂になってるけど、三笠先輩の言い方だと、まるで何が居るのか知ってるみたいじゃん」
「知ってたらなんだってんだ」
凄んで見せる三笠に太陽は氷水の入ったグラスを構えた。
次弾装填完了である。いつでもウォータースプラッシュ可能だ。
「必要だってんなら頭冷やして差し上げやしょう」
「……ふん」
三笠は一床山の事を何か知っているようだった。
行方不明者、自殺者まで出ている事件だ。何かあると考えるのが普通だろう。
しかし三笠の態度はそう言った物とは違うように感じる。
三笠は顎に手を遣って暫く考えた後、躊躇いがちに言う。
「一床山の森には……何か居る」
「えっ?」
「何かは良く分からない。人間みたいな見た目をしてるが明らかに小さ過ぎる
ガリガリに痩せていて、手足は猿みたいだ。目を見開いて俺を睨んでいた。木の影から、何匹も何匹も」
涼の震えが強くなった。歯がカチカチと鳴り始める。
「(ガウ婆、この人憑りつかれてんの?)」
『この涼とか言う娘にちょっかい出しとった木端どもの事か。……いんや、そのような様子は無い。
多分ワシと似た様な体質なんじゃろう。神秘の類と交わり難いんじゃ』
じゃが、何度も魔の領域に踏み込めばその限りでは無かろうのぅ。
ガウーナはどうでも良さそうに言った。事実どうでも良いのだろう。
「あたしが見たのと同じ奴だ。アイツらあたしを殺そうとしてた。
岩木もアイツらに殺された」
「……岩木は、頭がおかしくなってた。お前はどうやって助かったんだ?」
「太陽が」
いぇい、と太陽は軽い調子で右手を上げて見せる。
場の緊張を解そうとしたのだが三笠には通用しなかった。
「この子が助けてくれたの」
「コイツが?」
「まぁ、一晩座ってただけでやすが」
三笠は訝しんでいたが、話を続ける事を優先した。
「……コイツの事は今は置いとく。社を見つけた後の話が問題だ。
お前と岩木はどうした?」
「えっと……何とか元の山道を見付けて、澤とか、先に登った三人と合流する為にまた昇り始めた」
「合流した時」
急かす三笠。涼は唾を呑みこむ。
「……大城さんが大声上げて走って行く所だった」
三笠の手が強く握り締められる。
「『助けて』って言ってた。岩木が止めようとしたんだけど、そしたら『来ないで』って。
あたしは、大城さんも何か見たんだと思って」
「その場に三井達も居た」
「うん。大城さんを追い掛けて……あ、え?」
涼は思い出した内容に違和感を覚えたようだった。
「なんだよ」
「……いや、なんでも」
「なんでもって面じゃねぇだろ」
「涼さん?」
涼は躊躇しながらも言った。彼女の中にも疑念が芽生えたらしい。
「大城さん、あたし達から逃げて……た……?」
「涼さん、何でそう思ったんで?」
「何度も何度も振り返って、三井達の事確認してた。
……あたしだったらさ、あんな“変な物”見たら一人で居るなんて無理だよ。
でも大城さんはあたし達を振り払って逃げていった」
三笠は椅子に深く座り直し、歯軋りでもしそうな顔をする。
「それからお前達は」
「…………ごめんなさい」
「言えよ。それからどうした」
「や、山を降りた」
「瑞樹を置き去りにして?」
「恐かった」
「瑞樹も、恐かったろうな」
罪悪感。涼は唇を噛んでいる。
「探しても見付けられなかった。降りて警察を呼ぼうって三井が。
あたしも賛成した」
「瑞樹はまだ見つかってない。警察は家出って事にして捜索を打ち切った。そんな訳無ぇのに。
……お前と岩木の話は合致した。だが、三井達の話とは食い違った」
涼はジッと言葉を待っている。
「三井、黒崎、澤の三人は、瑞樹を追い掛けてなんていないと言った。気付いたら居なくなっていたと」
「……そんな筈ない。あんなに大声で叫んでたのに」
「お前達か三井達かどちらかが嘘を吐いている。そして俺は嘘を見分けるのが得意だ」
あのクソ野郎、締め上げてやる。三笠は暗い目をしながら言った。
締め上げるついでに殺してしまいそうな迫力があった。
話を簡単にしよう。
涼さんの参加した肝試し。六人居て、岩木とか言うのが自殺、大城とか言うのが行方不明。
三笠 譲司は行方不明になった恋人、大城 瑞樹を探している。生死を問わず、見つけ出す気で居る。
そして肝試しに参加していた三井、黒崎、澤の三人がなんだか怪しい。嘘を吐いているかも知れない。
何故そんな事をする必要がある? ……大城 瑞樹に対して何か疚しい事があったからだ。
そして……それとは別に、『一床山には何かが居る』。
「(なんだか初っ端から大きく進展したな。オロク、もし一床山に居るのが不死公とか、その関係者だったら)」
その時は出番だぜ。
『任せるが良い』
おっ、頼もしいね。
太陽君大暴れの予感




