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不死公を探せ! 孝心館大学編!




 太陽は今まで入った事もないようなハイソな感じのクラシックバーでオレンジジュースを呑んでいた。

 薄暗さ、調度品、ピアノの音色が合わさって大人な雰囲気。物珍しいばかりである。


 太陽の隣では隆々とした体躯を黒いスーツに押し込んだ戦神ががぽがぽと酒を呷っていた。

 別れる前に来ていた物とは違う。


 「その新しいスーツどうしたんで?」

 「少しばかり動いたら破れちまってな。買い直した」


 成程、ただのスーツじゃ無理だったか。


 「元々スーツって体型に合わせて作るモンみたいですし、仕方ねーか」

 「服の事なぞどうでも良い。太陽、悪くない店だ。俺の所蔵する酒には見劣りするだろうが、好きに呑め」


 カウンター内で仕事をこなすバーのオーナーは素知らぬ顔をしている。

 見劣りするだのなんだのと、あんまり言わないであげて欲しいぜ、兄貴。


 「俺は未成年ですんで」

 「ふぅむ」


 戦神はふとした拍子に酒を勧めてくる。こう言った遣り取りは何度もあって、太陽はその度に断っている。


 「何でガウ婆達を下に?」


 このクラシックバーは駅前ビルの最上階にあるのだが、戦神はガウーナ達戦士団にビルの入り口で待つよう命じた。


 「奴らは俺と居ると萎縮するだろ。ゆっくり話も出来ん」

 「兄貴は俺らの社長なんですから、もっと部下とコミュニケーション取って」

 「ハハハッ、困った奴だ」


 戦神はからから笑う。そしてまた酒を呷る。

 バーのオーナーがボトルを持って来た。一々グラスで出すのも馬鹿らしい呑み方をしていた。


 太陽はちらりと黒皮のカバーに包まれたメニューを見た。

 そのボトル14万円するらしいけど、ほんと半端ねぇ呑み方だな。


 「兄貴の人柄が分かってくりゃ、無駄に怖がられたりしないと思うけど」

 「俺は奴らに愛されたい訳じゃねぇ。奴らに求めるのは俺への畏れと敬意。

  そこに克己心、或いは反骨心なんかを併せ持っていれば言う事なしだな」

 「反骨心?」


 克己心は分かるが反骨心って何でだよ。


 「お前にも言った筈だ。『俺に野心あらば、俺を殺しに来い』と」

 「あぁ、そういやそんな事……。いやちょっと兄貴、こんな所で声がデケェよ」

 「奴等にも同じ事を許してやる。俺を超える者が現れるなら、さぞや楽しいだろうぜ」


 そうは言うが、戦神はどこか遠い目をしている。

 何に思いを馳せているのか太陽には分からない。


 「社長がそういう事ばっかり言ってるの、会社としてどうなんで?」

 「どう、とは?」

 「そんなんじゃ社員の気が休まらねぇでやしょ。業務命令出すのも一苦労だ」

 「その為にお前が居る」


 戦神の目がキラリとした。


 「太陽よ、俺がお前を使い、お前が奴らを使う。俺に従わぬ者達でもお前に従う事は出来る。

  ウルフ・マナスに従う事など決して有り得ないだろうベリセス人が、お前に屈服したように、な。

  こちら側で俺が学んだ“人事”と言う奴だ。人を使う妙と言うのはどうして中々、奥が深い」

 「へぇ…………そういうモンでやんすか」

 「多くの“同業者”は、人間が己の意のままに動いて当然と思い込んでいる。

  持って生まれた物が強過ぎ、大き過ぎた為に勘違いしちまうんだな。

  俺の縄張りにも居たぜ。自身が見定めたチャンピオンにそっぽ向かれちまって、機嫌を取るのに一年掛けた女神が」


 戦神は同業者、早い話が他の神様を見下している節がある。


 太陽はグラスを空にして尋ねる。


 「チャンピオンってのは?」

 「……ん、以前の名残だな。

  俺達のような存在から後押しを受けた連中は、普通大きな力を得る」


 それは分かる。太陽の持つ目録が正にそれだ。


 「それは権威の象徴となり得る。まだ人が確固たる文明を築いていなかった時代は、それが権力の根拠だった」

 「王権神授説って奴ですかい。こっちとあっちじゃちょっと話が違うかもですが」

 「まぁそうだな。大多数は建国し王者となった。だから俺達メンデに連なる者は、それらをチャンピオンと呼んでいる」


 ってことは


 「今は俺が兄貴の“チャンピオン”って訳ですかい?」

 「そうなる。お前は俺の勇者であり、チャンピオンだ」


 戦神はくっくと笑ってまたグラスを呷る。

 太陽は何だかうずうずした。


 「兄貴に持ち上げられるのって悪い気しやせんね」

 「可愛い奴め」


 かちんとグラスを打ち合わせた。

 太陽はやった後で気付いた。

 やべっ、空盃で乾杯しちまった。


 「店主、オレンジジュース」


 戦神が太陽の代わりに注文する。

 かしこまりました、と短い返答。


 「太陽よ、レジャー施設の視察はまた今度に回せ」

 「うん?」

 「新しい業務命令だ」


 戦神はスーツの内ポケットからスマートフォンを取り出した。

 太陽はちょっとした衝撃を受けた。カルチャーショックとでも言えば良いのか?


 ウーベの戦神、メンデに連なる一柱(太陽には今一凄さが分からない)が、スマホを軽快に操作しているではないか。


 「見ろ」


 戦神が見せた画面には地図アプリが表示されている。

 ピックアップされているのはここからそう遠くも無い大学だ。


 「孝心館大学?」


 戦神のスマホに表示された画像には真新しい白亜の建造物が表示されている。


 「ここに何が?」

 「不死公の気配を感じた。弱々しかったが間違いない」

 「……そりゃ、気に入らねぇな」


 太陽は思わず顔を顰めた。


 オロクの一件以来、太陽は不死公が大嫌いである。

 大、大、大嫌いである。


 「奴がどのようにしてこちら側に干渉する術を得たかは定かじゃねぇが……そんな事はどうでも良い。

  探せ。探し出して奴の影響力を排除しろ。

  俺がこちらで暴れれば流石にこちらの“同業者”も黙って居まい。お前がやるんだ、太陽」


 戦神が拳を差し出してくる。

 太陽はそれに己の拳を当てた。


 「分かったぜ、兄貴」





 「それはそうと、目録をアップデートしておいたぞ」

 「アップデート……?」


 アップデートって。

 兄貴って古めかしい言葉と同時に横文字を使うから、違和感が凄い。


 「どうもこちらの……ほら、これだ」

 「……げ、ゲーム」

 「こういう娯楽のユーザーインターフェースを取り入れてみようかってな」

 「ゆ、ユーザーインターフェース」


 戦神が差し出したスマホの画面にはCMを打つ程度には人気のソーシャルゲームの画面が。


 神様がゲームやってる。スゲェ。

 何がって言うか、もう絵面だけでスゲェ。


 「やはりお前も分かりやすい情報の方が良いだろう。

  戦士達の戦いと勲の物語は俺達のような存在には愉快だが、言葉だけで伝えるにはどうも難解な部分もあるからよ」

 「……俺は別に気にしやせんが、まぁ折角兄貴が気を遣ってくれたってんなら」

 「亡霊の戦士達も、最初から己の全てをさらけ出している訳では無い。

  お前が奴等からの忠誠を得る程に目録は更なる物をお前に見せてくれるだろう」

 「忠誠ねぇ?」


 今いる亡霊の戦士達……、普段から余り目立つ事の無いカロルは未だ治安維持に腐心していてここには居ないが。

 兎に角、彼等は皆気の良い連中だ。尊敬出来る部分も多い。互いを尊重して今の所は上手くやっている。


 しかし忠誠、なんて言われてもな。自分にそれが出来るかどうか。


 「ま、程々にやりまさぁ」

 「それでよい。お前に任せる。時々は、目録を再確認してみろ。面白い物が見られるかも知れんからな」


 そっか。と言いつつ太陽は自分のスマホを取り出した。


 「所で兄貴、俺もそのゲームやってるんでさ」

 「ほぉ」


 男二人はいそいそと自分のスマホを近付けてフレンド登録した。


 「あ! 早速課金してる!」

 「配下は愛でてやらねば」



 馴染み過ぎだろ、兄貴。



――



 不死公に関しての調査を行う、と言った時、静かに闘志を漲らせたのは当然オロクである。


 彼は普段余り多くを語らない。命令には従うし、太陽の遊びに付き合いもする。


 しかし決して忘れはしない。誇りの為に死んだ息子と、仇敵の事を。



 『不死公め、このような異世界にまで魔手を伸ばしていたか』


 孝心館大学。2,3年前に改修工事したとかで真新しくなった大学だ。

 今日は日曜日の筈だが、大学の門を行き来する学生達は多い。


 太陽はその門の真正面に立ち、白い建物を見上げていた。


 「(オロク、じっくり行こうぜ)」

 『慌てはしない。俺は肉の身体を捨てた。全ての財産や故郷をも。

  アストリドには悪いが、娘とすら別れた。

  時間はたっぷりとある。例えどれ程の時を掛けようと、必ずや不死公を追い詰め、報いを与えてやる』


 冷たい怒りが燃えているのは太陽にも分かる。しかしオロクは冷静だ。


 心配いらねーみてぇだな、と太陽が一歩踏み出した時、一人の学生が声を掛けて来た。


 「あ、き、霧島! ……くん」

 「あれ」


 栗色のショートカット。くりっとした大きな目。

 どこか怯えたような態度。しかし以前はやつれていた顔つきが、大分マシになっている。


 吉田……吉田……何て名前だったっけ。

 可愛いお姉さんの名前を忘れるとは霧島 太陽、不覚の一言である。


 「吉田さんのとこの」

 「うん……久しぶり。あの時はありがとう。

  ちゃんと礼も言えてなかったからさ、気にしてたんだ」

 「礼なんぞ。ちゃーんとバイト代も頂戴しやしたし」


 太陽がへら、と笑って見せると吉田も肩の力が抜けたようだ。

 太陽との距離をちょっと詰めてくる。


 『太陽、この女は?』

 「(以前ちょっと。この人の問題の解決に力を貸したんだ)」


 黙って座ってただけだけど。

 それだけ伝えるとオロクは興味を失ったようだった。


 「ねぇ霧島……くん」

 「呼び捨てでどうぞ」


 そっちの方が素らしい。


 「分かった。……じゃ、霧島。ちょっと早いけどご飯でも食べようよ。

  大学のカフェ、割引効くんだ」


 あたしの奢り。吉田は遠慮がちに笑って見せる。

 スマホを見れば時間は十一時半。確かに少し早い。


 が、吉田の案内で大学に入れるとなれば悪くは無い。このまま侵入したってバレやしないだろうが、不法侵入なのは間違いない。


 あれ、不法侵入になるよな?


 可愛いお姉さんからの御誘いを断るのは個人的にも憚られる。


 「……ご一緒しやす」

 「やった! じゃこっち!」


 そういうと吉田は強引に太陽の手を取って歩き始めた。

 毛布にしがみ付いてガタガタ震えていた時からは想像も出来ない快活さだった。



――



 「霧島はなんでここに?」

 「バイトです」

 「バイトって言うと」

 「詳しくは勘弁してれ」


 吉田はそれで勝手に納得したようだった。真紀さんのオカルト関係だと勘違いしたらしい。

 それで良かった。不死公だなんだと言って理解出来る筈がない。


 ……あれ? オカルトじゃね?


 「あたしは……あの後は何とか上手くやってる。小泉さんが色々としてくれて」

 「真紀さんは一見冷たい感じだけど、結構面倒見良いんだ」

 「あはは、実感してるよ」


 そんな事を話していると太陽が注文した唐揚げ定食がやって来た。


 太陽は早速攻略に取り掛かる。がふがふ、もっしゃもっしゃ。あっという間に消えていく唐揚げに吉田は目を丸くした。


 「さっすが男の子、沢山食べるね」

 「人間、腹が膨れてりゃ取り敢えず何とでも戦えます」

 「……お化けとも?」

 「必要となりゃ」

 「霧島、アンタ超カッコいいよ」


 照れたように言う吉田。太陽は冗談っぽくウィンク。


 「俺はイケてる男ですからね」


 大きな目を細めて吉田は笑った。


 「あの時、霧島があたしを抱きかかえてくれて、やっと眠れたんだ」


 手が震えている。太陽はそれを見ない振りして唐揚げをもっしゃもっしゃ。


 「あ、あんな風になってから、ず、ずっとアイツらがあたしを、み、見張ってて。

  油断すると、首を絞めようと、あたしを……こ、殺そうとして。

  殺してやる、殺してやるって、ずっと、あたしを睨んで」


 水を一口含んで落ち着こうと言うのか吉田はグラスに手を伸ばした。

 震えが酷い。太陽はその手を握って吉田の目を真っ直ぐ見た。


 「アンタはもう大丈夫だ」


 吉田の震えが嘘のように納まった。パッと手を放す。

 吉田は自分の手を見詰めて、大きく息を吐いた。


 「……太陽って呼んでいい? あたしの事も涼で良いよ」

 「あ、そうか、涼さんだ。思い出せなかったんだ」

 「うわ、ひど! ……ま、仕方ないけどさ。あの時は碌に話も出来なかったし」

 「……俺の事は好きに呼んでくだせぇ。クラスじゃ俺の事『ワンちゃん』なんて呼ぶ奴までいやすから」

 「なにそれ、太陽って犬扱いかよー」


 そいつら、見る目ないなー。吉田はけらけら笑っている。


 ふと、真剣な目になった。


 「太陽のアルバイトって、あたし関係?」

 「…………いや、分からねぇ。もしかしたらそうかも」


 何と言ってもこの孝心館大学に不死公の気配あり、と言う情報だけで他は全くの未知だ。

 しかし涼が孝心館の学生だったと言うのは出来過ぎている。奇妙な縁を感じた。


 「あたしに出来る事なら協力したげる。言ってみてよ」

 「とは言ってもな」


 何を探せば良いのかすらも分からないのだ。

 不死公の気配をもう一度感じ取る事が出来れば即座に戦神が口を出してくるだろうが……。


 「……何かありやすか? 普通じゃない何かが」

 「それだと、正にあたしがその普通じゃない体験してたけど」

 「ま、そうだよな」


 太陽は最後の唐揚げを胃袋に収めると、手を合わせた。


 「ゴチになりやした」

 「良いの良いの。……恩返しだよ。太陽が居なかったら多分、あたし死んでたし」

 「じゃ、涼さん。アンタの事、教えてくだせぇ。……思い出したくも無い話でしょうがね」


 涼が不安な表情で、太陽の手を強く握った。


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