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恐るべき異文化交流の始まり



 朝起きて、懐かしくすら感じる自室を出て、リビングへ。

 そこで久しぶりに会った保護者は何だかとっても怒っている。


 高野 守はコーヒーを飲みながら太陽を待っていたらしかった。リビングテーブルに空のカップがある。

 パンツスーツ姿だ。仕事に行くのを遅らせてでも太陽と話したかったらしい。


 今日は土曜日。学校は休み。太陽は大欠伸をしながら守の対面に座った。


 「ふあー、お早う御座います、姐さん」

 「お早う、太陽。早速だが私は少し怒っている」

 「(少し?)」

 「幾ら企業実習とは言え……まさかこんな長期間一度も家に戻らず、連絡も寄越さないなんて。

  流石に私も心配したよ。ウーベ人材開発プロジェクトに電話を掛けても『非常に頑張ってくれています』としか言わないんだから」

 「そういや会うの久しぶりですね」

 「久しぶりですね、じゃぁない!」


 語気を強める守。あぁこりゃ相当怒ってるな、と太陽は唸る。

 美人が怒ると迫力がある。太陽は守に頭が上がらないから尚更だ。


 「携帯は繋がらないし……もう少しで警察に通報する所だった」

 「まぁまぁ、そんな風に言わねぇでくだせぇ。

  今までだってこのくらい顔を会わせない事、幾らでもあったでしょう」


 何の気なしに太陽が言った言葉は守を酷く傷付けたようだった。

 守は普段の彼女が決して見せない、怯んだような顔をした。


 「……自覚はあるよ」

 「はい?」

 「まともな保護者じゃないと、……そう言われても確かに仕方ない」

 「いや、ちょっと」


 太陽が幼い頃、守の姉夫婦が死に、守は彼の境遇に居ても立ってもいられず引き取る事を決めた。

 若い未婚の女が子供を育てようと言うのだ。並大抵ではない。

 守は駆けずり回って金を稼いだ。金さえあれば何とかなると思った。

 そしてこれが結果だ。仕事、仕事、仕事にかまけて家で顔を会わせる事さえ珍しい。太陽の行動なんて少しも把握していない。

 彼が早熟である事に甘え過ぎて、保護者らしさの欠片も無い女が一人出来上がった。


 「俺は守の姐さんをそんな風に思った事ありやせんぜ」


 守は誤魔化す様にコーヒーカップを口に運んだ。空なのに。


 暫く沈黙する。守は結局、言葉を見つけられずに席を立った。


 「……また話そう」

 「……えぇ、話しやしょう」


 守はバッグを引っ掴んで出て行った。太陽はそれを見送ってから頭を掻いた。


 「姐さんは気にし過ぎなんだよなぁ」

 『ボン、子を思わぬ母など居らぬ』


 ガウーナに言われて太陽は更にうーむと唸った。



――



 突然だが、戦神は麾下の軍団を慰労する為のレジャー施設の建設を考えている。

 その為に必要なのはズバリ、既存の技術や文化に学ぶ事だ。


 何が言いたいかってーと、実地調査だ!



 「バッチリ決めねーとなぁ! 金はあっからよォー!」



 駅前の大型モールにその集団は居た。日本人に比べて明らかに大柄。顔の造形も大分違う。

 誰も彼も背筋をピンと伸ばし、胸を張っている。目を引く集団だった。


 「兄貴、兄貴、もっと気配抑えて」

 「……まぁ仕方ない」

 「そうそう、そんな感じ。店員さんが失神しちゃうから」


 嘘だろ、と思うような大男がメンズファッション店で着せ替え人形になっている。

 顔つきは穏やかなのに酷く威圧感のある男だった。彼の応対をする女性店員は意識を飛ばしかけている。


 「あぁ~良いじゃねーかコレ。ソル、さっきのサマーコートもう一回持ってきてくれ」

 「さまーこーと……はい、これですね」


 我らが霧島 太陽と炎の戦神だ。そして太陽をかいがいしく手伝うソル。


 「ねーねーこっち来てよ。良いじゃんプリクラくらい」

 「ぷり……くら……?」

 「ミカー、やっぱり外国とかってさ、プリクラ無いんだよ。

  ありそうな物が無いんだよね意外と」

 「へぇー、異文化交流ー! なんかお兄さんかーわーいー!」


 店の入り口付近で姦しい女子集団に誘拐されかかっているのは、落ち着きのあるドレスシャツとスーツベストで決めたジギルギウスだ。

 彼は初めて訪れる、時代も文化的根本も隔絶した異郷に目を奪われるばかり。


 「ひぐっ……う、うぇ……」

 「…………どうした小僧」

 「ひ、ひっ! ぐすっ」

 「泣くな。臆病者は決して敬意を受けられない」

 「う、う、うぇぇぇぇん!」

 「えぇい、クソ」


 そこから更に少し離れた所では薄手のシャツにデニムパンツの大男が迷子の子供相手に苦しい戦いを強いられている。

 シャツがはち切れそうなマッシヴボディの上、左目が潰れている。無精髭も相まって威圧感たっぷりだ。子供は大泣き。


 目録の力によって若返り、全盛期の肉体を取り戻したオロクだ。

 しかしどれほど偉大な戦士であろうとこの場では泣く子に勝てないのである。


 「このボケー! 攫うにしても相手を選ぶ事じゃなぁ!」


 モールのメインストリート。野次馬の中心で今時の若者二人の首根っこを捕まえているのはガウーナ。

 スキニーパンツとノースリーブシャツでクールに決めた彼女に目を付ける男は多い。

 が、この戦闘民族の女傑を無理に連れ出そうとしてもそれは無理な話と言う物だ。


 ごちーん。捕まえた若者二人のデコとデコを打ち合わせるガウーナ。

 野性的な格闘だった。周囲の野次馬から拍手が上がる。


 「ぬっはっは! あいあむなんばーわんじゃ!」


 所戻って先程のファッション店。

 太陽は今度はソルの改造に取り掛かっていた。


 「いやぁソルは何着せても似合うなぁ」

 「そうでしょうか?」

 「はい、お客様、非常にお似合いです」

 「着慣れぬせいか、落ち着きません」


 太陽の前では万事控えめなソル。太陽と店員二人がかりの“可愛がり”に対して気恥ずかしそうにするばかりだ。


 「太陽、俺が居ては兵どもが寛げんだろう。先に行くからよ、存分に英気を養え」

 「あれ、兄貴ー?」

 「お客様、こちらの帽子は如何でしょうか。足の方が大変スラッとしていらっしゃいますので……、こちらのパンツと併せて見ても非常に良いかと」

 「お、俺には解りかねる。ウーラハン?」


 のっしのっしと歩いて行く黒いサマースーツの戦神。どう頑張っても堅気に見えない。

 太陽のチョイスが気に入らなかったのか最終的に戦神自身が選んだ服だ。ネクタイが毒々しい赤と黒色でこれまた普通じゃなかった。

 昨日の夜、一緒にマフィア物の映画を見たからそれの影響を受けているに違いない。


 「兄貴、スーツ買うんだったら専門店の高い奴の方が良いと思うけどな。

  ……っていうか目立つな。変な事に巻き込まれなきゃ良いけど」


 この店の周辺では既に亡霊が大暴れ(?)しているのだ。今更である。


 「おっ、ソル、その帽子良いじゃん。シルバー系のアクセサリと併せようぜ」

 「いえお客様、是非ここはタイトパンツと!」

 「う、ウーラハン、この女を倒す許可!」


 結局ソルはタイトシャツとタイトパンツを押し着せられて店を出た。

 身体の線がはっきり浮き出るのが店員の趣味らしい。怪しい視線でソルを凝視していた。



――



 「で、ジギルとオロクの小僧どもは何処に行ったんじゃ?」


 ファミリーレストランで薄いステーキを齧りながら喚くガウーナ。


 「ぬわ、何じゃこの肉。薄っぺらくてシカのなめし革みたいに硬い癖に、香辛料ばっかり効いておる」


 ガウーナは1099円の牛ステーキに文句を言った後テーブルの隅に遠ざける。こんなん食えるか、と対決姿勢を露わにした。

 ボンの焼いてくれた肉の方が千倍は美味いぞぃ。


 「ここは肉はダメだな。オムライス食えよオムライス」

 「これは卵か? ふわふわのトロトロじゃ。この……血の様に赤い奴は?」

 「ケチャップだよ」

 「ウーラハン、こっちのけちゃっぷは土のような色をしております」

 「そりゃ……何だ? 多分デミグラスソースだ」


 ソルとガウーナはスプーンでオムライスをつんつんしている。ほぉぉ、と初めて見る料理に興味津々だ。

 素晴らしきかな異文化交流。太陽は目の前の光景に面白みを感じていた。


 「給仕! そこのお前!」


 ウェイターは耳慣れない言葉で呼びつけられ困惑している。


 「オムライスを持て。ケチャップを掛けた奴じゃ。

  この肉は下げよ。とても食えぬ」

 「あ、……はい、当店の料理に何か問題が御座いましたでしょうか」

 「食うに値せぬ」


 とんでもない横柄な言い方であるがガウーナは高原の大君主。

 文句の付け方まで堂に入っている。店員はガウーナの威風に粛々と従う事にしたらしい。


 まぁ時刻はまだ早い。飲食店が込み始める前だ。

 ピークタイムでないなら、あんまり煩く言うのも止めとくかな。太陽はガウーナの好きにさせる。


 「で、ジギルとオロクじゃよ。ボン、寛大なのは良いが、あんまり奴らに好き勝手させる物ではない」

 「一番好き勝手してるガウ婆が言ってもなぁ」

 「ワシとあ奴らを比べてはならぬ。序列と言う物をハッキリせねば。

  今後の統治にはそう言った機微も必要になってこようて」


 つまり、自分を一番贔屓しろと言っている。これは単純にガウーナが図々しいだけではなく、“ウーラハン”としてそれが必要だと考えて進言しているようだ。


 「さっき目録を通して戻って来るよう伝えた」

 「ふむぅ……どこで油を売っておるのか。主君に呼ばれてのろのろしておるようではのぅ」

 「おっ、ジギルだ」


 噂をすれば影。ジギルギウスがファミレスに現れる。


 問題なのはカルガモの子のように少女達がくっついている事だ。

 彼女たちはジギルのスラックスを捕まえて離そうとしない。


 「まだご飯には早いよー! もうちょっとあそぼー!」

 「いや、レディ。これ以上君達に付き合う訳にはいかない」

 「何か怒らせる事したー?!」

 「ミカー、もう止めなよー」


 暫く問答が行われていたようだが、ジギルの断固とした姿勢と説得により、少女達は残念がりながらも去って行った。

 別れ間際、少女の一人がメモ用紙を一枚ジギルに押し付ける。

 電話番号だろう。


 「こっちだぜジギル」

 「太陽殿」

 「ここで殿はなし。呼び捨てだ」

 「……承知した、太陽」


 立ち振る舞いもスマートにジギルは太陽達の隣のブロックの席に座る。


 「何処で油を売っておったんじゃ」

 「それは一々口を挟まれるような事ではないな。

  太陽からは“呼ばれるまで自由にしていろ”と言われていた」

 「それで小娘どもと乳繰り合っておった訳か」

 「……男子たる者、レディに恥を掻かせるべきではない」


 少々ばつが悪そうにジギルは言った。複雑な経緯でウーラハンの軍門に下ったとは言え、臣下として正しい振舞いで無いのは承知していた。


 「まぁ良いじゃねぇの。それにしてもジギルってばモテるねぇ。何かコツでもあるのか?」


 少女達の歓心を得る方法。太陽としては押さえておきたいポイントだ。


 「いや……特には」

 「うーんこれだよ」


 ジギルは雰囲気のある男だ。姿勢もよく、自身に満ちている。

 そういう男はきらきらして見える物だ。特に何も意識せずとも好意を集めるのである。


 「まぁえーわい。ワシはもう一度サイダーとか言う奴を汲んでくる。ボンは何か呑むか?」

 「俺は良い。ジギルの為に何か一杯」


 ガウーナは早くもこちらの文化に順応していて、フリードリンクシステムを使いこなしている。

 こればっかりは給仕を呼びつけるのではなく、自分で入れてくるのがマナーと太陽が教えたので、ガウーナも自身でお代わりする。


 ガウーナがコップを掴んで立ち上がるとジギルも自然な様子で席を立った。

 そのままガウーナが歩いて行くのを視線で追う。太陽は尋ねた。


 「ジギル、どうした?」

 「何がだ」

 「いや、何で立ってんのかなって」


 ジギルは顔を歪めながらもハッキリ答える。


 「……狼公とは確かに宿敵とも呼べる間柄だが……、いや、間柄“だった”が

  それでも一応は女だ。同席した貴婦人が立つのならば、紳士たる我々も立つべきだ。

  ……こちらでの儀礼や優先順位が分かりかねるため、判断に迷うが」


 …………

 な、成程。

 これがジギルのモテる理由か。


 「はぁ~敬服だぜ。流石はジギル」

 「……太陽、貴方を非難するつもりは無いが、少しばかり振舞いを見直すのは如何だろうか。

  鷹揚さの中にも作法と言う物は必要だ」


 真剣な表情でオムライスに取り組んでいたソルが豹変し、ジギルを睨んだ。

 頬っぺたにデミグラスソースが付いている。


 「ジギルギウス、この方に知ったような事を」

 「……忠誠と盲信を履き違えているようだな、坊や」

 「まーまーまーまー、そこら辺にしといてくれ」


 唐突に始まった睨み合いに傍を通った女性アルバイトが涙目になる。

 太陽は二人を宥めた。


 「ジギル、ここではそういうのあんまり一般的じゃねぇんだ。

  それにガウ婆が飲み物を取り行ったのはそういうマナーがある店ってだけ」

 「そうなのか」


 どうやら席を立つ女性とその場に残る主君とで、ジギルギウスは勝手に板挟みになっていたらしい。


 「でも止めなくて良いぜ。ベリセスの紳士の作法、凄く良いと思う。きっとここでも尊敬を集めるぜ」

 「うん……?」


 普通ではないのに、それが良いのか。ジギルは少し考えるような仕草。


 太陽はもう一度成程な、と唸った。

 幼少から受けた教育の賜物だろう。彼のような真似をスマート且つわざとらしくないように実践するのは、そう言った教育を受けていない太陽には難しそうだ。


 「イケてる男への道、一筋縄じゃねぇな」


 太陽はうんと頷きながらオムライスを頬張る。ガウーナが戻って来る。


 「なんじゃ小僧、ぼーっとつったって」

 「どうもしない。座るが良い」

 「おかしな奴じゃのぅ」


 ガウーナが座るのを見届けてジギルも座った。

 ソルは少し物言いたげだったが結局オムライスの攻略に戻る。


 「あ、オロク」


 続いて太陽は店の外にオロクを発見する。


 何故か妙齢の女性と並んで歩き、小さな男の子と手を繋いでいた。


 「……なにやっとんじゃアイツ。最近のベリセスの男は、女の尻ばっかり追い掛けとるのか」

 「おほん!」


 ジギルギウスのわざとらしい咳払い。


 「あ、こけた」


 男の子がこけた。オロクは握っていた手を放し、その様子をジッと見ている。


 膝を打った男の子がじわりと目に涙を浮かべる。泣きそうだった。

 オロクがそこに一言か、二言か掛ける。男の子は涙を堪えて立ち上がり、膝を払った。


 女性は儚げな様子でそれを見ている。


 「お、気付いた」


 オロクがガラス越しに太陽達に気付いた。

 太陽は「あっちあっち」と店の入り口を指差すが、オロクは訝しげな顔をするばかり。


 女子達に引きずり回されて彼方此方回っていたジギルギウスと違い、オロクは自動ドア、それもスライド式と言う物に気付けないようだった。


 「ちょっと迎えに行ってくる」

 「ウーラハン、何も御身が。俺が行きます」

 「ソルはオムライス食ってて」


 止める間もなく太陽は立ち上がって店の外に出た。


 「ほぉ、そういうドアもあるのか」


 感心したようにオロクは言う。

 太陽はケラケラ笑った。


 「そちらの方々は?」

 「知らん。坊主が道に迷って途方に暮れていたから、少し手助けしてやった」

 「本当に有り難うございました」


 女性がぺこりと頭を下げる。

 長い黒髪、ベージュのロングスカート。品の良さが滲み出ていた。


 「おじさん、ありがとうございました!」


 母に倣ってぺこり。男の子はにっこり笑顔だ。


 「もう付いて来なくて良い。自分の用事に戻れ」

 「はい。オロクさん、……またお会いしたいです」

 「その気は無い」


 別れの挨拶を交わしたオロクは次に男の子を見下ろす。


 「坊主、もう軽々しく泣くな。お前は男なのだ」

 「うん! じゃない、ハイ!」

 「行け、母を安心させてやれ」


 その遣り取りを聞きながら女性はうっとりしている。


 っかー。太陽は目元を覆いながら天を仰いだ。


 「(何と言うマッチョイズム)」


 これは一般的に決してスマートではない。

 無い、が、確実にイケてる部類。ハイ決定、もう決定。オロクはイケてる。申請受理しました、認定です!

 手を振りながら去って行く親子の笑顔を見れば一目瞭然だ。


 太陽は深く頷いた。イケてる男の道、一筋縄でないだけでなく、一本でもない。

 先は長い。


 「……オロク、飯にしようぜ」

 「酒も頼む」


 こんな朝っぱらからかよ。太陽はちょっと悩んだ。


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