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目的は、名誉



 ベリセスに闇の者が蔓延っている。

 詳細は知らない。いずこから来て、いずこへ去るのか。何が目的なのか。


 オロクは知らない。こんな事にならなければ興味を持つ事も無かっただろう。


 しかしこの首のない馬を駆る怪しき影どもが息子の死に関わっているのは分かる。


 オロクは咆えた。目を見開き、胸を開いて。


 「魔物め!」

 「シャァァァッ!」


 怪物が答えるように咆えた。喉の奥を絞め、威嚇の声を上げる。


 「俺に挑め! 俺はオロク! 隻眼のオロク!」


 戦斧を掲げた。擦り抜けざまに一撃。

 イルシギナの不死騎兵と呼ばれていたその騎手は銀の槍で受ける。


 ぐん、と例えようのない音が鳴る。武器と武器の奏でる戦いの音曲。オロクが久しく忘れていたそれ。


 「来い! 掛かって来い!」


 周囲から攻めかかる慮外の魔物達。十近くは居るか。

 肩が痛む。肘が痛む。長い間酷使されたオロクの身体は悲鳴を上げている。


 しかし負ける訳には行かなかった。オロクは四方八方から突き出される銀の槍をいなし、弾き、果敢に戦い続ける。


 頬を割かれ、肩に傷を負った。嘔吐しそうなほどに内臓は悲鳴を上げ、オロクは限界に近付いている。


 「(神よ、俺は)」


 オロクは歯軋りした。


 「(義務を果たさねばならない。息子の為に、戦わねば。どのような敵が相手でも)」


 息子は、クラースは

 何のために死んだのか

 それを知るまでは、死ねん。


 『父よ、アンタは臆病者だ!』


 そうだ、決して良い父では無かった。

 故郷が商人どもに良い様に奪われるのを黙って見ているしかなかった。クラースはそんな自分に失望していた。


 仕方のない事だ。


 『俺はこのまま終わるつもりは無い! ベリセス王にもう一度認めさせてやる!

  ベイロンの土地を取り戻すんだ! 母の墓を立て直すんだ!』


 出立の前夜、クラースはオロクと対決した。


 長い間の農耕とオロクの鍛錬で身体は出来上がっていた。それでも技術は未熟だった。

 それは両者承知していた。でもそんな事は問題ではない。


 二人は武器を持って打ち合い、結果的にオロクは勝利した。しかしクラースはそれでも


 『戦う力があるのに! 隠居を決め込んだアンタとは違う! 俺は戦う!

  見ていろ! 見ていろよ!』


 オロクに敗れ、倒れ伏していて尚、クラースには決意と力があった。若さが齎す力が。

 彼はもしかしたらオロクよりもベイロンの血族の事を案じていたのかもしれない。


 『俺はアンタとは違う!』


 神よ、いや、最早何者でも構わない。

 息子の無念を晴らす力を与えたまえ。

 正義を示す力を与えたまえ。


 その為ならば俺は、何だって差し出そう。


 『その言葉に嘘は無いか』


 オロクは落馬した。イルシギナの不死騎兵の槍を防ぎそこね、致命傷は避けた物の馬を潰された。

 激しく地面に叩き付けられ咳き込む。肩を傷つけられた際に鎖骨を折られており、左手が上がらない。


 絶体絶命である。


 「……クッ、何者だ、まやかしか?」

 『まやかしなどではない。お前に力を授けようと言うのだ』


 頭蓋を直接震わせるような声が響く。周囲にオロクに語り掛けるような者は居ない。

 目に見えぬ何かがオロクに語り掛けている。


 何とか身を起こし、戦斧を構える。


 イルシギナの不死騎兵達が周囲を取り囲み、銀の槍を高らかに掲げる。


 「この魔物どもの首魁か!」

 『違う』

 「では何者だ!」

 『あぁ、答えるとも。

  俺はウーベの戦神、メンデの座に連なる一柱。

  お前達の信ずる神々の決定的な敵対者である』

 「貴様、邪教の戦神か」

 『邪教、とは誰が決めるのだ。神か? 神官か? それともお前か?』

 「言葉遊びに興味は無い」

 『良いだろう、俺が邪悪だとして、今お前が相対する者はなんだ?』


 首のない馬。黒いローブで身を包み、鉛で編んだ鎖を曳く悪夢の如き騎兵。

 恐らくは、戦死者を邪悪な存在として蘇らせている何者かの手先。オロクの許しておけない相手だ。


 『お前達の神はこの期に及んでお前を救おうとはしない。

  お前達の神は、お前になど興味が無い。人の世がどうなろうと気にしないのだ。

  俺は違う。俺はお前の敵が嫌いだ。稀に見る気高き戦士の魂を不名誉の沼に突き落とす』

 「……虚言を!」

 『虚言ではない』


 不死騎兵達が一気呵成に攻め寄せて来る。首のない馬を駆りオロクに突撃する。


 唐突に赤い火の粉が散り、その突撃を跳ね除けた。イルシギナの不死騎兵の身体が焼け爛れる。


 「これは……貴様がやったのか?」

 『さぁどうだ戦士よ。殺されて終わるか、俺と契って戦い続けるか』


 オロクはこれまでエクリマの善き神々に仕えてきた。祭日には供物を捧げ、戦に赴くたび神々に祈った。

 それを裏切れと言うのか?


 『ハハハ! お前の葛藤が伝わってくる!

  己が今まで培った物に嘘が吐けんのだろう! 頑固な奴だ!

  あぁ気に入った! 気に入ったとも!』


 ――お前を助けよう。類稀な戦士よ。我が槍を貸し与える。


 夜天の闇を引き裂いて赤い炎が奔った。


 それは槍だった。オロクの目の前に炎を纏う槍が突き立つ。激しい風が起こり、地面が爆ぜる。


 オロクは戦斧を取り落とし、魅入られた様にそれを手に取った。

 槍の纏う炎がオロクの身体をも這う。しかし熱は感じない。痛みも無い。


 『見せよ、力を』


 それきり声は聞こえなくなる。

 オロクは槍を一振りし、イルシギナの不死騎兵達に向き直った。


 「ahaaaaaa!」


 一合打ち合い、それで趨勢は決まった。

 槍は不浄の闇を悉く薙ぎ払った。その炎はイルシギナの悪しき息吹を断ち切り、銀の槍を溶かし尽くした。


 上がらなくなった左腕など何の問題にもならない。オロクの鍛え上げられた戦技は炎の槍に宿り、闇の眷属を焼き滅ぼす。


 一騎討ち、二騎討ち、三騎討ち、その次と相対してオロクは気付いた。目の前の新手に妙な既視感を感じる。


 「(この背格好、この槍の構え方、これはケイルスに似ている。似過ぎている)」


 思いつつもオロクの身体は勝手に動いていた。

 ケイルスのように槍を振るう敵に対し右手を突き出す。

 異邦の戦神から貸し与えられた槍は敵の銀の槍を打ち砕く。これまでと同様に


 槍が敵を貫く。絶叫が響く。

 それはオロクの物だった。彼は見てしまったのだ。


 落馬した敵のフードが剥がれ、顔が露わになる。

 ケイルスだった。

 オロクがクラースの死の真相を知るために旅立ったあの日、互いの武運を祈りつつ別れた友の顔だった。


 「………ケイルス!」


 オロクは更に襲い掛かるイルシギナを打ち払い、ケイルスの身体を揺する。


 「ケイルス! 馬鹿な、こんな事が!」


 三十年来の友までもが、邪悪な力によって操られた。

 いつだ? どのようにして操られた?

 彼を殺したのは俺か? それとも邪悪な何かなのか?


 敵はオロクの嘆きに斟酌などしない。耳ざわりな気勢を上げ、馬を回答させて再びオロクに迫る。


 「…………!」


 ばり、ばり、と歯軋りしながらオロクは立ち上がった。



――



 全てのイルシギナを打ち倒し、オロクはケイルスの遺体の傍らに跪いた。


 「友よ」


 死者は答えない。それが正しい姿だ。

 オロクは嘆いていたが、同時に安堵してもいた。


 今日ここでケイルスと遭遇していなければ、彼はこのまま邪悪な何者かの走狗として戦わされていたに違いない。

 彼に安らぎを与える事が出来た。オロクは彼の為に祈った。


 「黄金の麦穂よ、豊けき大地のカローナ、彼の魂を慰めたまえ」

 『カローナはこの男に興味を持たないだろう』

 「また貴様か」


 草原に跪くオロクの頭蓋に、先程の戦いの最中語り掛けて来た声が、再び響いた。


 周囲を見渡しても何も居ない。

 黒い泥を撒き散らした首のない馬の死体と、そしてケイルスのように操られていたイルシギナ不死騎兵達の残骸だけだ。


 『骨を戻してやる』


 折れた鎖骨の辺りがジワリと熱くなる。

 オロクは肩を上げてみた。軽快に動く。


 信じ難い力だった。


 「……感謝する。この槍を貸してくれた事にも」


 オロクの傍には炎を纏う槍が突き立っている。

 よく見れば、繊細な装飾の施された美麗な槍だった。長さはオロクの背丈ほどある。

 その見事さから観賞用にも思えたが力の程は先程味わった。この槍の炎は邪悪な敵を焼き払ったのだから。


 「松明代わりにはなった」

 『くくっ、減らず口を』

 「……ウーベの戦神と言ったな。遥か遠く、別大陸から現れた侵略者だ」

 『否定はせん。俺の邪魔をする者は悉く倒す。結果的にこの大陸を侵略する事にもなろう』

 「傲慢な」

 『そうだ。しかし俺の傲慢さがお前を救った。お前の信ずる神々が、お前を救ってくれたか?

  お前の友に安らぎを与えてくれたのか?』


 オロクは頭を振った。


 「何が目的で俺を助けた」

 『俺はこのイルシギナの不死騎兵どもを操る下劣な存在と戦っている。不死公を自称し、驕り高ぶる愚者と。

  その薄汚い力の発現を感じ、此処に訪れてみれば、お前が戦っていた。つまり偶然だ』

 「不死公……何者なんだ」

 『元は人間であったようだ。長い時を経て己が何だったのかすら忘れている。

  “何者か”、等と言う問いは全く無意味だろうよ』


 ごう、と槍の纏う炎が激しく燃え盛った。

 かと思えば地面からひとりでに抜け、天に駆け上っていく。


 『槍は返してもらう』


 戦神は声を一段低く、重々しくし、続ける。


 『俺は答えた。次はお前だ。お前の名と戦いの目的は?』

 「……名はオロク」


 名乗った後、暫し黙考する。

 戦いの目的。それは息子や、友の……



 「目的は、名誉」



 それの回復だ。



――



 ケイルスの遺体は暗号文を持っていた。

 過去の物ならいざ知らず、現在のベリセス軍で使われている暗号はオロクには解読できない。


 しかしこの忌まわしき事件について記されているに違いなかった。オロクはその暗号文を懐に入れ、ケイルスの死体を背負ってパササへの帰路につく。

乗って来た伝令用の馬は何処かへ逃げ去っていた。


 朝日が、昇り始めている。


 「……貴殿、オロク殿かぁー!」


 帰路の途中、パササから出撃したらしき騎兵隊と遭遇する。

 門を破ったイルシギナを追跡する為の部隊だ。彼は傷を負ったオロクを見て予備の馬を貸してくれた。


 「あの首のない馬を駆る騎兵は」

 「全て討ち取った。……ここから真っ直ぐ東へ進んだ先に遺体を並べてある」

 「隊の一部を向かわせよう。……貴殿の運んでいた遺体は誰だ?」

 「百人長ケイルス。……俺の友だ」


 騎兵隊長はヘクサ・スチェカータの直臣らしく、オロクが何をしているか大よそ把握していた。

 そしてパササに戻ればそのヘクサが待ち構えていた。オロクは彼にケイルスの暗号文を渡す。


 「これは」

 「ケイルスの遺品だ。彼は任務に忠実だった。……そして死んだ」

 「どういう事だ?」

 「あの首なし馬を駆る騎兵は、操られた死者だ。ケイルスもまた、操られていた。

  俺は彼を…………、彼を開放した」

 「……この暗号文は決して無駄にしない」


 ヘクサは約束してくれた。


 「ヘクサ殿、世話になった。感謝している」

 「その口ぶり、パササを発つのか」

 「行くべき所がある」

 「何か掴んだのか? それならば教えて欲しい」

 「ヘクサ殿が関わるべきでは無い事だ」


 オロクは休む事もせず、傷の治療を終えると即座に荷物を纏める。


 ヘクサが城門まで見送りに来ていた。


 「彼の遺体を、彼の妻の元へと」

 「必ず届ける。絶対に」

 「さらばだ、ヘクサ殿」


 オロクはパササを発ち、西へと向かった。



 異邦の戦神は朝日が昇る前に言ったのだ。


 『西へ来い。ウィッサに程近き街、アスロンだ。

  お前の息子がどのように戦い、どのように死んだか、教えてやる』


 オロクに選択肢などなかった。


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