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ウーラハン台頭編 完!

――



 「ふぃー」


 諸将を退出させた後、太陽は大きな溜息を吐きながら顔面のマッサージをした。


 難しい話をしていたら疲れた。本当に疲れた。


 最近は戦神やガウーナに「顔付きが怖くなった」と言われる有様だ。表情筋を解しておかないと。


 「ガウ婆、何か俺変じゃない?」

 「何がじゃ、ボン」


 ガウーナが腕組みしながら首を傾げる。


 「いや……なんか、言わなくて良い事まで勝手に口から出て来ちまったような気がして」

 「あん? ダリオとか言う使者との話か? 畏れを呼ぶ良き威じゃったと思うがのぅ」

 「うーん……なんか変な感じするな。ケツが落ち着いてないっつーか」


 ガウーナは訳知り顔で頷く。


 「ボン、人は良きにしろ悪しきにしろ立場に相応しく振舞おうとするモンじゃ。

  ウルフ・マナスにとって今のボンは中々心地よい」

 「そうかなぁ? ……腑に落ちねぇなぁ」

 「存分に悩んだらええわい。どうせ暫くは交渉事が続くんじゃ。時間はある」


 太陽はそれでもまだうんうん唸っていた。





 その後


親衛古狼軍は北西のベリセス残党を屈服させ、周辺土豪勢力と不戦の密約を結ぶ。

 一方で高原起軍の中でもウーラハンへの接し方を決めあぐねていたジード達を懐柔し、同盟関係をより強固な物にした。


 マージナとは消極的な協力関係を。商人の行き来も回復させ、物資の流通を再開させる。

しかし裏側ではその主戦力である傭兵軍団の主要人物達と繋がりを持ち、影響力を高めた。


 また彼の支配地では火の粉を纏った亡霊達が巡回し、悪事を働く者を召し捕る。

 治安はあっという間に回復した。昼夜問わず走り、しかも人件費の掛からない治安維持組織なんてどの時代のどんな国だって欲しがるお宝だろう。


 太陽はどんちゃん騒ぎを催した。祭りや浮かれた空気は人々の目を諸問題から逸らすのに有効だ。本人は頑なに酒を口にしなかったが、連日連夜お祭り騒ぎ。

 何度か暗殺者が紛れ込み、毒や飛刀が飛び交ったりもしたようだが、それに狙われた張本人の太陽は寧ろその有様を肴にして一曲歌い始める始末。


 「さぁ~けぇ~はぁ~……」

 「ボンも好きじゃなぁそれ」

 「殺せ! 悪魔を仕留めろ!」

 「う、ウーラハン、ご自重ください!」


 太陽は陽気で、分かりやすく、公正だった。彼の現代日本人的感性は様々な状況で親衛古狼軍に不適切な……少なくとも不利益を被るような行動を取らせたが、それらは市民の目には“寛大さ”として映った。


 名君かどうかは知らないが、人々に好かれる要素はあった訳だ。

 “異邦の戦神”の石像をあちらこちらに建立しながらも既存の信仰を弾圧しなかったのが決め手になり、識者層を含んだ民衆達は太陽に恭順した。一応は。


 「……あ~? ドニの奴が生きておると?」

 「手紙の名前はそうなってるな」


 両勢力間の交渉はつまりウーラハン・タイヨーとドニ・スチェカータの交渉だった。

 多くの者達はこの交渉に不安を感じていたようだったが、二人は理性的だ。

 特にベリセス、ドニ将軍の手腕は確かで、少し間違えば簡単にダメになってしまう両勢力間の交渉を上手く取り纏めた。


 「こりゃ……良い男だなぁ」

 「……貴殿のような若者を見ると、俺も年老いたと感じるよ」

 「御謙遜を。俺なんぞ右も左も分からねぇ。ガウ婆が居なけりゃ首も回らないし」

 「狼公はどんな様子で居られる?」

 「『あの小僧、今度こそ間違いなく首を取ってやるわい!』って鼻息荒くしてる。

  ……スゲェ嬉しそうだったぜ。多分、アンタの事好きなんだな」

 「俺と狼公の間柄をそんな風に言われるのは初めてだ」

 「ジギルからアンタの事、よく聞いてる。出来れば別の形で会いたかったなって思うよ」

 「…………同感だ、ウーラハン殿」


 二人は固い握手をして別れた。捕虜等の返還は成ったが、太陽の望むグリムラントの王冠は手に入らなかった。


 戦争の続行が決定された。ウルフ・マナスの主要なジード達はこれを喜々として受け入れた。


 狼が高原を支配し続けるにはベリセスを叩くしかない。その認識は変わらないのだ。


 「アルハ・ジード。我らにとっては好ましい流れになった」

 「我らだけでなく、多くの者にとってそうだろうよ、アーメイ」

 「太陽殿とはどんな調子かな?」

 「……お前に話す事ではない」

 「放火魔に後れを取るなよ」

 「黙れ」


 戦いの最中にも、アルハ・ジード、スーセとその腹心アーメイはウルフ・マナスの掌握を続けた。

 スーセのやり方は時に苛烈で、ガウーナの血筋を感じさせた。日に日に統率は強固な物になり、新高原起軍は強くなってゆく。


 狼の民はアルハ・ジードとシン・アルハ・ウーラハンを称えた。

 この両名の威光はウルフ・マナスの再びの隆盛を感じさせるに十分だった。


 「…………いや、まさか」

 「何か?」

 「このような事になるとはね」

 「敗者は従うのみ」

 「私は別に戦って負けた訳じゃ無いですよ」

 「支配を保てなかったと言う意味では変わらん」


 元ベリセス側の人材は、太陽の許で厚遇された。これに関して太陽は誰にも文句を言わせなかった。

 何よりジギルギウス、ハルミナ、マーガレット等の人物が親衛古狼軍にとって有用なのは間違いない。


 「つっても人間しがらみって奴からは中々逃げられない。ジギルやマーガレットの姉御に、同郷の兵と戦えとは言えねぇよ」

 「…………気遣いに感謝する」

 「まーまー気にしないで。それよりこれ、この本のこの部分なんだけどさ」


 上で挙げた三人は皆教養人であった。(驚くべきことにマーガレットも!)

 政戦両略以外でも、太陽は彼等を寵愛した。寧ろそっちの方がメインだったかも。


 他国人に対しても能力を正当に評価する姿勢は、何よりもマージナの歓心を得た。

 商人の寄り合い所帯はつまり人種の坩堝だ。肌や目の色など何とも思わない太陽は彼等にとってもやり易い相手だった。


 マージナとの関係を消極的協力、と上述したが、個人的な付き合いレベルでは多くの技術が流入した。


 そしてそれは大体の場合ジャン・ドルテスを通して太陽の手に渡る。

 ジャンに繋ぎを作っておきたい太陽と、影響力を持っておきたいジャン。二人は今日も仲良しこよし。


 「フルマー商会から複合弓を貰って来たぜ」

 「おぅ、来た来たァ、待っておったわ!」

 「ジャンの兄貴、この弓ってそんなにスゲェの?」

 「まぁ値が張るのは確かだな。性能も良い。……でも狼騎兵が弓を使う所はあんまり見ないな」

 「ガウ婆、どうなんだ?」

 「ワシらの弓はあんまり飛ばん」

 「飛ばないのか」

 「シャムシールの鍛造なら自信はあるが、良い弓を作る為の木材も、加工技術もワシらには無かった。

  そんなへなちょこ弓を射るよりも突撃した方が速かったし、被害も抑えられたのよ。

  しかしこの弓があれば話は変わるわ」

 「へぇ~、じゃぁもっと買い付けようかな。なぁジャンの兄貴」

 「そりゃちょっと難しいかも。どこも戦の準備で武器を欲しがってる」


 二人は蜜月関係と言える。これを歓迎する者は少なかったが、当人たちは何処吹く風であった。


 「狼公ー! 本日もお手合わせ願いますー!」

 「おぉー! アルマキアの娘っこー! 掛かってこんかーい!」

 「……巻き込まれねぇ内に戻るか」

 「今ウィッサに有名なシンガーが来てるらしいですぜ。一緒に聞きに行きやしょう」

 「お前のその腰の軽すぎる所、問題だと思うけどなぁ……」



 時間はあっという間に過ぎて行った。太陽は様々な事をやったが、その全ては最後には“戦の備え”に行き着いた。


 以前戦神ともそんな話をした気がする。人間は戦争をする為に日常生活を送る、とかそんな内容だった筈だ。


 桜の花弁舞い散る戦神の領域は今日も晴れ。フルーツジュース片手に二人は語り合う。


 「兄貴って結構人を見る目が厳しいでやんすね」

 「木端を目録に加えても役に立たねぇだろ」

 「この前の連中は結構イケて無かった? シャーキルとか言う東から流れて来た傭兵隊」

 「デコピン一発で消し飛ぶわ」

 「そりゃ兄貴にデコピンされたら人間は消し飛ぶでしょ」

 「いや、そうでもない」

 「え、マジで?」

 「俺の元々の縄張りではな、多かったぞ。

  目をこう……真ん丸に見開いてな。半ば正気を失ったような顔付きで、全身の筋骨を撓らせ、俺の槍を潜り抜けて剣を突き立ててくる人間が」

 「…………へぇ、スゲェ」

 「雄叫びと共に跳躍する戦士の美しさは何とも言えん。いずれお前にも見せてやろう」

 「でも仲間にする幽霊のハードル上がっちまうよ」

 「励めよ、太陽」


 目録のページが増えるのはまだ先になりそうだった。



 まぁ、そんな感じである。ベリセスとの戦いまでにはまだ猶予があると思われた。

 だから太陽は思った。


 「あー、学校行くか」


くぅ疲

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