たいよう の こわいかお!
放火魔マーガレットは良くも悪くも有名人だ。
由緒正しい……と言うか、志の高い、体系付けられた軍事教育を受けた上級将校には評判悪いが……。
そうでない兵卒叩き上げの人物なんかには割と受けがいい。適度にいい加減で融通を効かせてくれるからだ。
締めるべき所と緩めるべき所をよく分かっている。そしてちゃーんと武功を上げている。
文句なしと言う訳である。
…………と言うのがマーガレットの自己申告だ。
マーガレットは己の持つ利点を太陽に売り込んできた。
「太陽様、我らを容れて下さるのであれば、対マージナの戦線にて孤立したベリセス軍団を説き伏せてみせましょう」
自信満々に言ってのけるマーガレット。内容は北西方面にて孤立したベリセス先遣軍残党の事だ。
補給も増援も見込めない彼等は放っておけば自壊する風前の灯火に過ぎない。
が、そうなればよく訓練された精兵達は強盗団にでも転職して飯を食う為に何でもするだろう。マージナにとっては悪夢だし、太陽にとっても手間が増える。
スチェカータ家よりの使者ダリオは非常に物言いたげだ。まさかベリセスから来た使者の前でベリセス軍兵の降伏条件の調整が行われるとは。
マーガレットはそんな彼の視線など何処吹く風。
世の中上手く行かない事だらけ。
状況故仕方なく、先遣軍上層部はマーガレット達を置き去りにし、
状況故仕方なく、マーガレット達は生き残る為に祖国を裏切る。
裏切り。いや、とんだ言いがかりだと太陽は考え直した。
「…………そうだ、違うよな。
姉御がベリセスを裏切ったんじゃない。ベリセスが姉御を裏切ったんだ」
マーガレットは一瞬呼吸を止めた。太陽が何を言ったのか、咄嗟に把握し損ねたのだ。
「世の中上手く行かない事だらけ、だろ?」
「……有り難きお言葉。では」
「姉御と姉御の百人隊は一先ず俺の所でゆっくりしてくれ。
北西のベリセス軍を説得するってのは凄く有難いからさ、姉御にはそれに取り掛かって貰って、それが終わったら故郷に戻るなり、他に仕事を見つけるなり自由にしてくれて良い」
よしっ。マーガレットは内心ガッツポーズ。
最上級の結果を得られた。悪たれの部下どもを生かして帰してやれる。
「ウーラハン」
アーメイが顎を撫ぜて思案顔。
「“放火魔マーガレット”と言えばその意味合いは別として名の知れた人物。
北西の残党のみならず、周辺の土豪達を恫喝するのに有用ですな」
「恫喝かぁ」
「聞けばウーラハンとマーガレット殿は浅からぬ仲の御様子。腹に一物無い事を証明する為、更にもう一働きして貰うのはどうか?
……我等としても、多くの同胞を倒した強敵をそう易々と受け入れる気にはなれぬ」
そうなの? となる太陽。新高原起軍の決起から数えきれない程の小競り合いが起きているが、マーガレットも当然ウルフ・マナスと交戦している。
そしてかなり殺していた。アーメイの耳に入る程度には。
ケランの長老シグーは即座に反対した。
「それはいかん。その女云々ではない。土豪どもは従えるより、打ち滅ぼした方がよい」
「おっと、どうしてそう思うんだ?」
「ワシら、そしてウーラハンも、彼奴等を従えたとして統治する術は無い。手が足りぬ。
ベリセスとの戦が再開されれば途端に蠢動しワシらの後背を脅かすじゃろう」
「ふむ」
「ウーラハンが戦神の御業を用い、土豪どもを滅ぼしその目録に封じれば宜しかろう」
皆殺しにして使役しろと言っている。
シグーは、老いて尚盛んなこの名物老人は、ガウーナやスーセさえ絡まなければ意外と冷静な事を言う。
いつも徹底的に行き着く所まで行ってしまうからちょっとアレだが、別に見当違いの事は言っていない。
太陽が彼の言う事をそのまま受け入れた試しはないが。
「そいつぁ駄目」
「じゃと思ったわい」
「話を戻すぜ。姉御の降伏は受け入れる。文句はねぇだろ?」
周囲を見渡し、最後にちょっとだけアーメイを見詰める。
彼は飄々と太陽の視線を受け流した。
「で、姉御、仕事増やしちまって悪いんだけどさ。
別にあっちこっちの奴らに協力させたい訳じゃないんだ。邪魔さえしなきゃそれで。
説得してきてくれる?」
マーガレットは堂々と立ち上がり、わざとらしく周囲を見渡してから自信満々に言ってのけた。
「人間には向き不向きがあります、太陽様」
「そうだな」
「彼等に出来ない事を、私がやりましょう。貴方の為にね」
被っていた猫をちょっとだけ脱いでニヤリと笑って見せるマーガレット。
しなを作って優雅に一礼。横目でちらりとウルフ・マナスの盟主、スーセを見遣る。意味ありげに。
スーセからの視線が厳しい事に気付かぬマーガレットではない。
腕組みし、仁王立ちの体勢のまま黙っていたスーセは、マーガレットの視線を受けて殺気を噴出させた。
「……小癪な雌犬め」
「…………アルハ・ジード?」
「なんだアーメイ、無用に口を開く物ではないぞ」
「や、殺気が」
「これからの戦いに思いを馳せているのだ。」
嘘付け、怒ってるじゃないか。
周囲の者達の心が一つになった。
――
マーガレットの降伏条件を(この世界的には)驚異的スピードで纏めた太陽は更なる案件に取り掛かった。
スチェカータからの使者、ダリオ・エシェンコ一行である。
恰幅の良い彼は窮屈そうに身体を屈めながら述べた。
「捕虜と遺体の返還についてでありますれば」
待ってましたとばかりに太陽。
「ハルミナー!」
…………
「? ハルミナー?」
…………
沈黙。太陽は玉座から立ち上がると背後の青いカーテンを潜って姿を消す。
「居るじゃん」
「いえ、太陽殿、私はですね」
「書類まとめてある?」
「ありますけど」
「じゃぁ、頼む」
「……私の立場もお考えいただきたい! ベリセスの文官の私が、貴方の側に立って渉外してはおかしいでしょう?!」
「おかしくは無いし、これをこなしてベリセスに帰ったら一躍英雄だろ?」
「世の人々全てが貴方の様に理性的では無いのです」
「そうかな。……まぁそれなら、話すのは俺がやるからさ。顔だけでも見せとこうぜ。
市民とか、捕虜とか、文化財とかさ、ベリセスにとって大事な物を保護したのはハルミナだ」
「貴方ですよ、全部貴方。私は貴方に懐柔されたと見られるでしょう」
ガウーナがはーやれやれと首を鳴らした。
何をやっとるんじゃ。太陽の後を追って青いカーテンの向こうへと消える。
数秒後には右手にハルミナをぶら下げて帰って来た。猫の子を運ぶような感じだった。
「お、狼公! 降ろしてください!」
「手遅れじゃわ。腹ァ括らんかい、娘っ子」
ガウーナはハルミナを玉座の脇に放り出し、元の位置に戻る。
太陽も戻って来た。大量の羊皮紙を抱えていた。
「お待たせ」
ダリオは神妙な顔で困惑を覆い隠している。
「一番上のスクロールは全体の纏めだ。これはほんの一部に過ぎないけど、大体の事が把握できると思う。
ウィッサ行政官ハルミナの功績だ。シン・アルハ・ウーラハン、太陽 霧島は彼女に深く感謝する。
公的な発言と取ってくれて良いぜ」
太陽が持っていた羊皮紙をガウーナが受け取り、ダリオの元まで運んだ。
ダリオはそれを部下に持たせ、一番上の一枚を広げる。
「戦死者の遺体は可能な限り回収した。奴隷となって売られた奴は商人達に働きかけて買い戻した。
ベリセス貴族の紋章や旗も選別は終わってる。……特にアンタらの軍に貸し出されてた王様の旗は大事って聞いたから、丁重に保管してある。
そーそー、悪いが物資に関しては諦めてくれ。俺は市民からの略奪は禁じたが、敵から奪うなとは言ってない。
……どうかな、アンタらに対し、俺は誠実で居たい。アンタらが誠実で居てくれる限りは、だが」
ダリオはぐるんぐるんと目を回しながら羊皮紙の情報を確認した。
成程、良い仕事だ。ハルミナと言う女は優れた人材だな、と視線を遣る。
ハルミナはこれ以上ない程に顔を顰めている。ダリオは視線が合いそうになったので、不自然で無いように目を逸らした。
「(これ程の人物を懐柔されてしまったか。国家の損失である)」
ダリオは酷く残念に思った。
「(あ、これは太陽殿に寝返ったと思われているな)」
ハルミナもそれに気付かぬ訳がない。
「ウーラハン殿」
「おう」
「名君の寛大ななさり様は大陸に広まるでしょう。感謝いたします。
「あー、そういうの良いから。俺からの要求を伝えたい」
「どうぞ、私も尽力致します」
これはおべっかでは無かった。ダリオはこの渉外に関して、ウーラハンに対し誠実で居る事を決めた。
この若者はそう思わせる程度の事はしてくれている。
「ベリセスの宝物庫に眠る、古くに滅んだ国の王冠が欲しい」
「亡国の王冠……ですか」
「アガーデシュ大森林に彷徨い続ける亡霊を慰める為、それが必要だ。
過去、カルケイの魔女達と戦ったイケてる連中さ」
亡霊を慰める……? ダリオはほんの少し黙考する。
「グリムラントの事ですな。文献に触れた事が御座います。
正確には北部グリムラント統一王国。アルマキア人達の祖と言う話もあります」
「そう、それ、そんな感じの名前」
そしてダリオは一つ、とても恐ろしい想像をした。
思わず背筋に怖気が走るようなこわーい想像だ。
「ウーラハン殿は…………ウィッサ攻略初期からベリセスに対し交渉の使者を送られていたと聞きますが……」
「うん。何度送っても突っぱねられちまったけど」
「まさか……いや、はは……もしやその王冠を求むるが為だけに、このウィッサを?」
太陽はあっけらかんと答えた。
「そうだぜ」
冗談だろ。ダリオは叫びそうになる。
背が震え出した。
戦いの為に費やされる戦費、時間、人命。
そういった浪費だけでなく、取り交わされた密約、謀略、人の盛衰。
「冗談で御座いましょう?」
「ウーラハン、ウソツカナーイ」
「お戯れを」
「悪い。……コホン、至って本気だ」
「…………御無礼を承知で申しますが。
正気で言っておられるのか……!」
これ程の事をしでかしながら、その根本が古ぼけた王冠だと言うのか?
「何人くらい居たかなぁ」
太陽は頬杖を突いた。ダリオはその発言の意味を読み取れない。
「そう、三十か、いや、五十弱は居たかな。アガーデシュ大森林で彷徨い続ける亡霊の騎兵達は」
「……それが何か?」
「ベリセスともっと建設的な話が出来たらこんな大事にはならなかったのにな。
でももう知らねぇ。ハラウルに良い印象無いし」
「つまり」
「もう止まらねぇぜって事。
俺の望む物が手に入るまで、アガーデシュで彷徨うたった五十人の為に、百倍のハラウル人を殺っちまうかも知れないぜって事」
ぎししし、とガウーナが笑った。
「御主君、遠慮なさるな。もっともっと多くを欲しなされ。もっともっと命令されよ。
御望みのままに、殺して御覧に入れましょうぞ」
美貌の凶相。ダリオはガウーナの笑みに寒い物を感じた。
「……あー、ダリオ、ガウ婆は気にしないでくれ。
あんまり滅茶苦茶しないように頼んどくからさ」
この方は、寛大な君主なのか、血に飢えた狼なのか。
ダリオは目を伏せた。
これ以上太陽の目を直視していたら何処か得体のしれない場所に引きずり込まれそうだと思った。
「そんなに怒るなよ
ハラウル・ベリセスだって昔からそうだった筈だろ?
欲しい物の為に戦ってきた。殺してきた筈だ。理不尽を押し付けて来た。
今回は殺される側だってだけさ。……いや、勿論不必要な殺しはしないけどな」
「…………詳細を詰めさせて頂きます。返還交渉の条件について、細部まで明らかにしておきたいので」
最後の最後で漸くダリオは外交官の顔に戻った。




