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まぁそう硬くなんないで



 スーセは大急ぎで隊を編成している。

 と言うか、編成の手間をかなぐり捨てようとすらしている。ウィッサ城門は鎧や装具をてんやわんやで整えながら集まった狼騎兵達で騒然としていた。


 「最早集結を待っていられない! 今いる四十騎で出る!」

 「もう少しあれば二百用意出来る」


 アーメイが必死に食い下がる。彼はスーセのこれを蛮行だとすら思っている。

 ウルフ・マナスは今、アルハ・ジード・スーセの名の許に戦力を選りすぐり、シン・アルハ・ウーラハンと共闘しているのだ。

 スーセは大身、そしてその職責は重大だ。それがたったの四十騎で出撃し、もし敵の罠にでも嵌ったら何とする。


 「太陽様が単独で出られたのだ! 私の命でなく、あの方の命を理由に考えろ!」


 スーセはアーメイを一喝して集結した狼騎兵達に騎乗を命じた。

 自らも騎獣グルカに命令しその背に飛び乗る。


 「開門! 進発! 遅れる者は置いてゆく!」

 「せめて斥候が戻るまでは」

 「罠だとしたら食い破るまで! 私は死なぬ! 死ぬとしてもただでは死なぬ!」


 ……えぇいなるようになれ!

 アーメイはままならぬ、と一言吐き捨てて自らも狼に跨った。スーセのみで出撃させる訳には行かない。



 シン・アルハ・ウーラハン、タイヨー・キリシマが、どこの馬の骨とも分からないベリセスの百人長から遣わされた使者の話を聞き、ウィッサを飛び出した。


 「(なんと馬鹿々々しい話なのだ。敵の、しかもたかが百人長の。

  太陽様、軽率に過ぎる……!)」


 ウルフ・マナスに関わる様々な雑事を片付けていたスーセはそれを知るのが遅れた。今泡を食って後を追う為に出撃しようとしている。


 ウーラハンはウルフ・マナスの希望。

 いや、それ以上の物だ。ウーラハン無くして戦争の継続はあり得ず、それが失われると言う事はウルフ・マナスの完全敗北を意味する。今後浮き上がる目も無く、ハラウルにじわじわと滅ぼされるのをただ待つだけになる。


 ――例え私が死んだとしても、あの方に生きていて貰わなければならない。


 スーセの目は決意に燃えていた。


 「アーメイ、共に行くのだな?」

 「……仕方なかろう。アルハ・ジードが行くと言うのなら」


 全くこの男は恩の売り時と言う物を知っている。スーセはアーメイへの評価を高めた。


 「よし、では!」

 「……なんか、大変そうだな。俺も行こうか?」


 スーセは突然掛けられた声にこれは良い、と振り向いた。

 流石に今いる手勢四十騎では心もとない。味方は多いほど良いのだ。


 「よくぞ言った! 今この場で何名動かせる?! 直ちにウーラハンを」


 そして、スーセは硬直した。振り向いた先に居たのはスーセの懸念事項、シン・アルハ・ウーラハンだったのだから。


 「俺がどうかした?」

 「…………」

 「…………」


 スーセはアーメイと一度顔を見合わせて、怒った。


 「太陽様!!!!」

 「ウーラハン!」

 「うん?」



――



 「ハハハッ、心配かけちまったんだな」

 「困ったもんじゃ。ワシが付いておると言うのに」


 カラカラ笑うよーく似た主従二人。アーメイは蟀谷を揉み解しながら大きな溜息を吐いた。


 「狼公、俺が言うのも筋違いだが、貴女こそがウーラハンを御諫めすべきではないのか?」

 「そうかも知れぬ。だが我が主の痛快な振舞いをどうして諫められようか。

  アーメイ、お前ももう少し開き直ってみよ。この方の居られる場所は、例え針山でもごみ溜めでも楽しくってワクワクしてくるぞい」


 何を言っているんだコイツ。流石のアーメイも頬をひくつかせた。

 彼を諭すのはスーセだ。彼女は早くもウーラハンを受け入れつつ……いや、達観しつつある。


 「止せ、アーメイ。…………我らの心労など些細な話だ」

 「アルハ・ジード……」


 先程まで一番大騒ぎしていた癖に、妙に悟った事を言っているスーセ。


 「それより、そのハラウル兵と傭兵どもは?」


 太陽はシドからパッと飛び降りてジャンとマーガレットを引っ張った。


 「こちらジャン・マロワ・ドルテス氏。見ての通り良い男だ」


 噛み付かんばかりのスーセの視線にたじろぐジャン。お、おう、と生返事。


 「そしてこちらがマーガレット氏。見ての通り良い女だ」


 マーガレットは品の良い笑みを浮かべて会釈する。背後では彼女の部下達がゲロでも吐きそうな様子で顔を顰めている。

 あの放火魔が猫被ってやがる。口に出して言わないのは教育がマーガレットの教育が行き届いている証だ。


 「で、こちらがアルマキア……あー? サターナの山のベルリ氏。見ての通りスゲェ身体だ」

 「……その紹介の仕方、止めてくれませんでしょうか……」

 「いやいや、この恵まれた体格とそれに甘えず磨き抜かれた筋骨。滅多にお目に掛かれない代物だ。

  服の上からでも分かる」


 しかもしなやかさを失っていない。


 説明不要のデカさ。屈強大柄のアルマキア人。

 心底から感心しながら頷く太陽。ベルリはつんとそっぽを向いて視線を彷徨わせている。

 耳まで赤い。手放しの賛辞に照れているのか。


 「で、だが、ハルミナは今どこにいる?」


 太陽が毛皮帽の文官の所在を訪ねた時、一騎のインディケネが彼女を引っ張って来た。

 猫の子にするように襟首を掴まれての御登場である。ハルミナははぁーやれやれと言った表情だった。


 「はいはいウーラハン殿、今度は如何様な厄介事で…………んっ?」


 太陽の前にぺいっと放り出されたハルミナは大きな溜息を吐き……

 そしてマーガレットの顔を見ると悲鳴を上げる。


 「げぇっ、マーガレット百人長!」

 「おや、ハルミナ殿、久しぶりだね」

 「“殿”? “久し振りだね”? 酒の呑み過ぎでとうとう脳漿が腐れましたか」

 「ハハハ、確かに酒は嗜むが、そんなに呑んではいないよ」


 マーガレットは朗らかな笑みを浮かべながらハルミナに近寄り、親し気に肩を抱いた。

 途端にマーガレットの手が万力の如く引き絞られハルミナは激痛に声すら出せない。


 「私は以前からこんなだろう? ね?」

 「……! ……っ!」

 「何にせよ、お互い生きて再会できたことは幸運だ」

 「どうやら知り合いのようで」


 太陽がぼんやり言うとマーガレットはぱっと手を放す。

 ハルミナは脂汗を浮かべていた。


 ――ウーラハン、ま、またこの人か。この女の品性下劣さを承知で連れて来たのか?


 「太陽殿、この女は猫を被っていますよ。猫は猫でも化け猫、怪物です」

 「んん……急になんだ?

  人間大なり小なりそんなモンだろ。本音だけで生きていくのって難しいぜ」

 「程度の問題があります」

 「俺はそういうのも味があって良いと思う」

 「…………ふふふ、だ、そうだよ、ハルミナ殿」


 マーガレットはにっこにっこ笑っている。ハルミナは怖気の走る思いだ。

 度胸ならウィッサでも有数のハルミナがこれである。彼女とマーガレットの部下達の心境はどうやら同じらしく、揃って反吐が出そうな顔をしている。


 何とも微妙な空気で顔を見合わせる一同。太陽が流れをぶった切った。


 「取り敢えず旅の埃を落としてくれよ。ハルミナ、問題が起きない様に俺がすべき事を教えてくれ」

 「……下女に支度させます。彼等が公的な使者なのだとしたら、諸将方や有力者には前もってご自身から伝え置かれませ。段取りを整えます」

 「ワオ、サンキュー。助かるよ」


 太陽はハルミナに笑いかけるとジャンに向き直った。


 「そいじゃジャンの兄貴、まずはゆっくりしてくだせぇ。また後でお会いしやしょう」

 「あぁ、うん、いや、承知した。

  だがウーラハン殿、少し……その、こっちの方を」


 ジャンは己の口元を指でつつく。そんな砕けた態度で良いのか、と言うハンドサインだ。

 しかも太陽の口調にはジャンに対する謙譲が感じられる。一君主としては問題のある遣り取りだろう。


 ジャンの懸念通り、この場においてはスーセとその配下達がそうだ。

 妙に遜った感のある太陽の態度に目を剥き、やっぱりジャンに射殺さんばかりの視線を向けてくる。

 ジャンは苦笑いも出てこない。頬が引き攣るばかりだ。


 太陽は自然体で言った。


 「まぁまぁ、俺と兄貴の仲でしょ」


 そんな深い仲じゃねーだろ。

 ジャンが口に出そうかどうか猛烈に葛藤した時、太陽はくるりと後ろを向いてスーセの頬を引っ張った。


 「って訳でスーセちゃん怖い顔禁止な」

 「う、うーあはん! おあえを」

 「ほれニッコリ笑って」


 言われるままにスーセは引き攣った笑顔を作る。美貌が台無しであった。


 「ひひひ、面白いのが集まって来たわい」


 ガウーナは凶悪な表情を作りながらシドを歩かせた。



――



 親衛古狼軍、新高原起軍、これらの要人のみが集められ、非公式の会談の場が持たれた。


 ジャンとマーガレットは埃塗れの一張羅を取り上げられ正装を与えられる。ここいらの気配りはとてもウルフ・マナスには出来ない。ハルミナの指図だ。


 「ってな訳で、俺達としてはアンタらと喧嘩したくない訳だ」


 公的な交渉の前準備の為ジャンは非常に気楽に構えている。余裕たっぷりに演説を打つ様が如何にも大物っぽい貫禄を醸し出す。


 「俺も同じ気持ちでさ。別にマージナと揉める理由は御座いやせん」

 「太陽殿、アンタらはこちらの礼儀作法って奴に疎い部分があると思う。本格的な交渉前に、そこいらを含めてある程度協力したいと思うんだが、どうだ?」

 「ジャン・ドルテス個人として御教授して下さるって話でしたね」

 「そんなに大層なモンじゃない。もっと気楽に行こうぜ」


 困惑気味の周囲を他所に顔見知りである二人はどんどん話を進めていく。友好的な雰囲気で。


 アーメイが目を細めながら口を挟んだ。


 「恐れながらウーラハン」

 「はいどーぞアーメイ先生」

 「先生……? まぁ、兎に角……。

  マージナ上層部と傭兵の仲は上手く行っていないと聞いております。

  次にすり寄る先を探しているのでしょう」


 アーメイの言う事には身も蓋も無い。彼の発言にしては珍しい程に率直だった。


 「俺もちょっと知ってる」

 「然様で」

 「でも、その中でジャンの兄貴が何か不義理を働いたって話はあったか?

  あんまりいい扱いされてないって噂ばっかり聞くんだけど」

 「……私の方も同様です」

 「だとしたら、今のこの状況、何か問題があるか?」


 ジャンは苦笑いしている。


 「(おいおいおい、本人の前でそういう話するかぁ?)」


 ガウーナが太陽の傍で首を鳴らしながら訪ねた。


 「おう傭兵、素直に言え」

 「……何がだ? 狼公」

 「何でマージナの外交官じゃのうて傭兵が来るんじゃ。腹の内を語ってみよ。

  我が主はお前の事を気に入っておる。悪いようにはなるまいて」


 太陽はそうだったとしても、アンタを含めウルフ・マナスはどうだよ。

 ジャンは苦笑いを深めたが、かといってガウーナに生半の詐術が通用するとは思えない。


 「御存じの通り、マージナ上層部と傭兵達の間には溝がある。

  奴らはどうやら俺達を持て余してるらしい」

 「飼い犬すら使いこなせんか、商人は」


 ふ、と鼻で笑うように言ったのはスーセ。傭兵嫌いのガウーナの背を追い掛けながら成長したスーセも、当然のように傭兵嫌いである。


 太陽が唸る。


 「犬って、そりゃ良くねぇよ」


 場が凍った。太陽がスーセをガラス玉のような目で見た。


 「なんつーか、良く知りもしないのに侮辱するのは」


 感情を感じさせない声だ。

 太陽の視線に射竦められながらスーセは唾を飲みこむ。ゆっくりと息を吸い込んで、声が震えない様に謝罪した。


 「……御無礼を。このような場で、言葉が過ぎました。

  ジャン・ドルテス殿、許されよ」

 「構わねぇさ。“戦争の犬”と年がら年中呼ばれてる。

  太陽殿も俺の事はあんまり気にしないでくれ。こういうのは、後々になってからが楽しいんだ」


 悪戯っぽく笑いながらウィンクするジャン。太陽は身を乗り出した。


 「と、言いやすと」

 「ただの犬じゃないって所を見せるんだよ。

  戦場か、ベッドの上でな」

 「ハハハ、面白ぇや」


 二人の笑い声で場の緊張が解れた。

 ジャンは内心で安堵の溜息を吐いていた。


 「で、話を戻すが……。

  俺が此処に来たのは個人的な顔繋ぎをしたかったからだ。会談の前準備ってのは建前だな」


 ガウーナはニヤニヤしている。


 「ほぉ、それをして何になると?」

 「なんのかんの言って、マージナ最大の実働戦力は俺達だ。

  俺達と仲良くしとけばこの先の対ベリセス戦、多少は楽になるんじゃないか?

  俺としても、今を時めくウーラハン殿と顔見知りとなりゃ、マージナ上層部相手に切れる手札が増える」


 太陽はふーん、と頷いた。ジャンの兄貴、大分明け透けに腹の内を教えてくれたな。


 ガウーナは更に尋ねた。


 「お前にそれ程の影響力があると言うのか?」

 「それがなぁ、何をどう間違っちまったか、世の中分からんモンでね」


 ジャンが懐から丸めた羊皮紙の書簡を取り出し、ガウーナに放って見せる。


 「ほう……、ご覧くだされ、御主君」

 「なになに……? おっ、ジャンの兄貴大出世じゃねぇか」


 傭兵軍団総司令官ジャン・マロワ・ドルテス。こいつは良いな、と太陽は声を上げる。


 「どうやら本物じゃな」

 「出世祝いに何か美味いモンでも御馳走しやしょう」

 「おいおい止せよ、ハハハ」


 お前が何か言う度に、ウルフ・マナスの連中の視線が痛いんだよ。

 ジャンは今すぐ帰りたい気持ちでいっぱいである。


 「ま、そういう事なら前向きに話を進めたいな。

  ……よし、ガウ婆!」

 「文句は無い。今のワシらは物資の何一つとしてマージナに依存しておらん。如何様にも交渉出来る。

  この男がどのような腹積もりでものぅ」

 「ソル!」

 「俺の判断できる域を超えておりますが、……悪くないように思います」

 「ハルミナ!」

 「……ベリセスに敵対する勢力間の外交問題です。今度ばかりは私からはご助言出来ません」

 「スーセ!」

 「は、はい? ……真に受け過ぎるのも考え物です。話半分にあしらうべきかと」


 概ね消極的賛成と言った感じだ。太陽はうんと頷いた。


 「よーしジャンの兄貴、この後一席設けるんで、一杯呑ってってくだせぇ」

 「感謝するぜ、太陽殿」


 太陽の言葉に異論は上がらなかった。

 しかし誰かの咳払い。


 「こほん、ジャン・ドルテス殿のお話は終わったかな」

 「あぁ、マーガレットの姉御、お次は姉御の話を伺いやしょう」


 マーガレットは余裕たっぷり微笑みながら背筋を伸ばして立っていた。


 「でもちょっとその前に……一息入れやすか。休憩!」


 太陽がマーガレットと軽く話した内容では、降伏の申し出だそうで。

 そうなるとマージナの傭兵であるジャンのいる場では話し辛かろう。いや、誰が居れば話し易いと言う物でもないが。


 兎に角、太陽なりの気遣いである。



――



 中庭で仰向けにごろりとなるシド。太陽はその腹をわしわしと撫でる。


 「クゥ~ン」

 「ほらほらここかー? ここが良いんだなー?」


 くーんくーんと鳴くシドはまるで溶けたソフトクリームみたいな有様だ。


 太陽の背後でぎしし、と笑っていたガウーナが声を掛ける。


 「ボン、気付いておるか」

 「何が」


 勿体ぶるガウーナ。


 「ワシらの主として振舞う内に、狼の一族の荒くれどもを従えていく内に、

  どんどん、そうじゃて、どんどん顔が怖くなっておる」

 「えぇ? 拙いよそりゃ」


 怖い顔してると女の子が寄ってこないんだ。

 以前戦神にからかわれた時のようだ。太陽は顔をマッサージする。


 「ひひひ。あのマーガレットと言うおなごの降伏、受け容れるつもりじゃな?」

 「……まぁ、そりゃ」

 「ワシも賛成じゃ。あの女には使い道があろうし、気性もボンにようく合っておる」


 そうかな? まぁ、そうかも。


 太陽はまぁ良いかと言った感じに再びシドの腹を撫で繰り回した。


 「クゥ~……」

 「ハハハ、可愛いなぁシドー」


 ガウーナはその光景を満足げに眺めるばかりだった。


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