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負けるなジャン・ドルテス



 「なんてーかよ、最近ツイてるかも……と思ったらやっぱりツイてねーなぁ」


 連日飛び込んでくる報せにジャン・ドルテスは度肝を抜かれっ放しである。

 彼の執務卓には書類やペンが散乱していた。


 「へぇ、成程なー」


 ベルリが羊皮紙を見比べながらうんうん頷く。特に重大な案件は四つ。


 ベリセスの敗退。

 ウルフ・マナスのウィッサ周辺領域支配。

 ウーラハンとの会談に臨む為のあれやこれやの命令書。

 そして…………ジャン・マロワ・ドルテスの対ベリセス戦における傭兵軍団総司令官任命書類だ。


 ベリセスの敗退、ウルフ・マナスの支配は言うまでもない。

 こうもあっさりと片が付くとは誰も思っていなかったが理解できる。


 ウーラハンがマージナと交渉したがるのも分かる。会談の場を設ける為、最前線に居るジャンに様々な命令が飛んでくる事だろう。


 でも傭兵軍団総司令官ってなんだコレ。


 「傭兵だけで軍団を組む? 冗談だろ」


 確かにジャンや他の傭兵隊長達は横の繋がりを使って独自の防衛線を築いた。

 しかしその場凌ぎで編成された傭兵達を今後も使い続けるのはマズい。帰属意識や規律なんて頭にない連中だ。その内ボロが出る。今はジャンが踏ん張っているから馬脚を現さないだけだ。


 問題はそれだけではない。


 「この任命書、日付が大分前ですね」

 「四ヶ月もな」

 「誤記入ですか? 凄く大事な文書っぽいですけど」

 「……俺は蜥蜴の尻尾って訳よ」

 「?」


 首を傾げるベルリ。


 任命書の日付はベリセスとの開戦よりも更に前だ。当然ジャンがそんな御大層な地位に居る筈がない。

 たかが木端傭兵である。マージナ上層部はジャンの名前すらも知らなかった筈だ。


 「商人どもは怖いんだよ。ベリセスも、ウルフ・マナスも」

 「それはそうでしょうね。でもこの日付と蜥蜴の尻尾に何の関係が?」

 「敗けちまった時、……いや、敗けなくてもこの先問題が起こった時、俺がずっと前から傭兵達を掌握してた事にすれば、責任を押し付ける事が出来ると思ってるのさ」

 「え? ……またまたー」


 ベルリはクスクス笑う。どうやらジャンが冗談を言っていると思ったらしい。

 ジャンは深い溜息を吐く。ベルリは笑みを引っ込めた。


 「……まさか本当に? そんな子供だましみたいな……」

 「口の上手い奴が何人も集まって大声で屁理屈こね回すとするだろ?

  すると大体の人間は、「こいつ等を相手にするのは時間の無駄だ」と考える訳だ。

  俺の首を撥ねる方がよっぽど手早く済むだろうし」


 ベルリはむすっとした。彼女はジャンの事を大層気に入っているから、マージナ商人の不義理な……少なくとも誠実で無いやり方に憤りを感じた。


 「辞めたくなりますね、傭兵」


 腕組みしながら鼻を鳴らす。


 「マージナ・アンケルから来る監督官だかなんだか言う連中だって、王様みたいに威張り散らしてネチネチ嫌味を言うんですよ。戦力は出さない癖に。

  ジャンさんへの仕打ちとか、私達傭兵への侮った態度とか、嫌にもなります」

 「止せよ嬢ちゃん。……外でそんな事言って回ったりしてないだろうな?」

 「ジャンさんが言うなって言うから。

  でも大体の人は私と同じ意見っぽいです。フーディさんなんかは当たり前のように噛みついて行きますし」


 あの馬鹿が監督官に喧嘩を売るのが大好きなのは知っていた。止めろと言っても聞きやしない。


 前線の傭兵達とマージナ上層部の間には溝があり、それは日増しに深くなっている。

 この上影響力のあるベルリまでもが公然と上層部批判を行うようになれば傭兵達は離散するだろう。


 マージナの傭兵は給料分の仕事をする事に誇りを持っているが、不当な扱いを受けてまで戦い続ける義理は無い。


 「住み易い縄張りを守る為さ。我慢我慢」


 今は良い。宿敵ベリセスをウルフ・マナスが追い払ってくれた。

 しかしそのウルフ・マナスがお友達で居てくれるかどうかはまだ分からないのだ。


 商業都市同盟は商人達の寄り合い所帯。良くも悪くも自由な気風で、それが傭兵達には心地良い。

 大ハラウル、その中でもベリセスなんかは傭兵の事を『治安を悪化させる害虫』と思ってる。傭兵を使いはするが、待遇が悪い。

 ウルフ・マナスはそもそも異文化だし、その上ベリセス同様傭兵嫌いだ。窮屈。


 出来ればマージナには存続してもらいたい訳だ、俺達。お分かり?


 「良く分かりました」

 「まぁ……アルマキア人の嬢ちゃんにはあんまり関係ない話か」

 「え? ありますよ」


 ジャンは意外そうに眉を上げた。

 確かに義理堅く、高潔な女だ、ベルリは。

 しかし傭兵達に深く肩入れする理由は無い筈だが。


 「私はジャンさんに賭けてるんですから、勝って配当金を受け取らないと」

 「ふはっ、しっかりしてやがる」


 二人は一頻り笑った後、話を戻した。


 「で、どうします?」

 「……アンケルから交渉の為の使節団が向かってる。そいつらを支援しろって話だが……」


 良い様に使われっぱなしってのも面白くないよなァ、とジャンは座っていた椅子の背凭れに寄り掛かった。


 「と、言うと?」

 「俺だけで先に行く。ウーラハンと御対面だ。

  なーに、結果的に交渉の助けになる訳だから命令無視じゃない」

 「門前払いされるんじゃ? ……あ、そっか」


 ジャンはウーラハン・タイヨーと知己である。以前その話をしていた事をベルリは思い出した。


 「外交の場にちょっと食い込んで、影響力を持っときたい。

  ……本当はこんな面倒臭い事したかねーが」

 「私、狼公に会うの楽しみだな。手練揃いのウルフ・マナスの中でも、狼公ガウーナは狩猟の神キハエの化身と呼ばれる人ですから」

 「付いてくる気満々かよ」

 「良いでしょう?」

 「そりゃ良いけど」


 俺はあんまり会いたくないなァ、とジャンは呻いた。

 何せ首を撥ねられそうになった事がある。



――



 で、やるとなったら大急ぎ。ジャン・ドルテスは奇襲戦法の巧者である。

 防衛線は未だに取り残されたベリセス軍と睨み合っていたが、以前と比べて脅威度は低い。突如梯子を外された格好の彼等は動きたくても動けないからだ。いずれ降伏するだろう。


 そんな訳で斥候を出す事もせず、只管馬を飛ばしたのだが……。


 なんとウルフ・マナス勢力下の村にて敵の百人隊と遭遇してしまった。


 「んんー? あぁー? 女神とグリペンの紋章?

  アイツ傭兵将軍とか吹いてる奴じゃねーか?」


 「げっ、アレは」


 青を基調とした軍装の突撃歩兵。

 ベリセスの擲弾兵部隊。精鋭中の精鋭だ。


 なんか前にもこういう事あった気がするぜ。あんときは騎兵に轢き殺される所だった。


 長い金髪の女が進み出てきて大喝。


 「やぁやぁ我こそはー!」

 「おいおい」

 「ベッケス歩兵連隊百人長、マーガレットなりー!」

 「ジャンさん、名乗られてますよ! ほら行かなきゃ!」


 ベルリは慌ててジャンを急かす。アルマキア人は戦いの作法に煩い。


 「ありゃ放火魔マーガレットだ。戦の前に名乗り合い、なんてお行儀の良い奴じゃねーだろ」

 「そうなんですか? 凄く強そうですけど」

 「そりゃ恐ろしく強いらしいが……戦いに誇りや矜持を求める人物じゃないと思うぜ」

 「…………うーん、じゃぁ私が行きます。ジャンさんが不意打ちされたら困りますし!」


 あ、ちょ、ジャンが制止する前にベルリが馬を走らせる。


 「我はベルリ!

  神々の山サターナのスィータ!

  スィータのベルリ!」


 短槍と戦斧をぶんと一振り。その重量と遠心力に負けて馬がぐらりと傾ぐほど。


 一方マーガレットは部下を呼んだ。


 「サターナってどこだ?」

 「さぁ? アルマキア大山脈は結構複雑な連山っすから」

 「まぁ良いか。ベルリって奴の事自体は聞いてるしな」


 マーガレットは胸を張って応答する。


 「アルマキア人の戦士ベルリ! その名はかねがね!」

 「放火魔マーガレット! “強い”と聞いている!」

 「あぁ……? まぁ……相応の自信はある!」


 ベルリが馬から飛び降りる。マーガレット百人隊まで最早そう遠くない。

 大体二百歩の距離だ。当然弓の射程内だが、逆にベルリならば容易に突撃出来る距離でもある。


 マーガレットは眉を顰めた。


 「何かアイツ、ヤる気満々じゃねぇ?」

 「親分が柄にもない事するからでしょ。敵を前に名乗るなんて、お偉い騎士様じゃねーんだから」


 マーガレット達がごしょごしょ言い合う内にベルリが胸を開いた。陽光を全身に浴びて息を吸い込む。

 肌蹴た肩に大鷲テルモが舞い降り、ベルリの頬を擽って再び空へ舞い上がって行った。


 「いざ勝負! 力を尽くさん!」

 「あーこれ勘違いしてる奴だ」

 「勝負ー! しょうぶしょうぶー!」


 ベルリは短槍と戦斧を振り回す。風圧を生み出す程の力強い振りである。

 部下は横目でマーガレットを見遣る。彼等の恐ろしい指揮官はニヤニヤ笑っている。


 「……親分?」

 「わぁーってるよ」


 マーガレットは顔をクシャっとさせて溜息を吐いた。


 「スィータのベルリ!」

 「応! さぁ斧を取れ!」

 「我ら相争う時事なれど、この場においては刃を収められたし!」

 「いざ勝負! しょうぶー! …………あれっ?」

 「このマーガレット、今を時めくウーラハン殿に謁見を待つ身であるゆえ!」


 ベルリは動きを止めてちょっと考えた。

 そして自分が早とちりした事に気付く。じわじわ頬が熱くなる。


 「…………」

 「…………」

 「すいませーん! 間違えましたー!」


 ベルリはすごすごと帰って行った。


 「おもしれぇ奴だなー」



――



 なんやかんや、取り敢えずジャンはマーガレットとの対話に赴く。

 ベリセスは敵だし戦争継続中だがこんな状況で好き好んで戦いたくない。相手にその気が無いなら好都合だ。


 名も無き村の傍で、両軍は向かい合った。ジャンとベルリが先頭に立つ。後ろではフーディがはらはらしながら見守っている。



 ベルリは隣のジャンに耳打ちした。


 「ジャンさん」

 「……何だよ嬢ちゃん」

 「あのマーガレットって言う人から、エルダードリュアス・マシーディーンの加護を感じます」

 「あん? それって」


 マシーディーンはアルマキア人達を守護する精霊神だ。

 アルマキアの戦士達はマシーディーンの加護により人知を超えた回復力を持ち、周辺諸国を恐れさせている。


 「多分アルマキアの血が流れているんじゃないかなぁ。半分くらい」


 そう言いながらベルリはずんずんと歩いて行ってしまう。

 ジャンはおいおいと肩を竦めながら追い掛ける。


 「慌てなさんな。まずは俺が話す」

 「えっと……分かりました」


 かくして二人はマーガレットの前に立った。

 細められた目、小癪に歪んだ唇。風に揺れる美しい金の髪。


 雰囲気が怖い。野獣みたいな気配だ。


 「会えて光栄だ、放火魔殿」

 「こちらこそ、傭兵将軍。思ってたより……」


 マーガレットはジャンをじろじろ眺めた。


 「弱そうだな」


 まずはジャブを一発。


 「あー、そうだな。暫く前、そちらのお歴々に開戦の挨拶をしに行った時も似た様な事言われたぜ」

 「だろうなぁ」


 マーガレットは部下達と目配せする。途端に百人隊は笑い始めた。

 いきり立って前に出ようとするベルリをジャンが抑える。


 「でも悲しい事に」

 「……ん?」

 「彼等は今立派な墓の中に居る。これでも反省してるんだ、『もう少し手加減してやれば良かった』ってな」


 痛烈なカウンター。笑い声は一瞬で収まった。

 今度は逆にベルリが笑いだす。言ってやった言ってやった、それ見た事か、と言う気持ちだ。


 たった今マーガレットがしたようにジャン・ドルテスを嘲弄した者達は、他ならぬジャン・ドルテスが主導した奇襲作戦によって撃破された。

 傭兵将軍と呼ばれるようになった作戦である。その奇跡的戦果は誰もが認める所だ。

 マーガレットですらも。


 けらけら笑ったマーガレットは事の他朗らかな顔で言った。


 「お前らの嫌がらせの数々にはうんざりさせられたぜ。言っとくが褒め言葉だ」

 「ま、こっちもこれで飯を食ってる」

 「ふーん? 風の噂で聞いたが……」


 勿体ぶった態度。いじめっ子のような笑み。


 「給料と仕事が釣り合ってないらしいじゃねぇか?」


 連携の危うさを知られている。

 まぁ当然か。ベリセスの手は長い。


 「他所と比べたら金持ちだぜ」

 「……ま、良いか。こっちはもう戦う気はねーんだからな」

 「ベリセス軍のアンタが何故ウーラハンに謁見を?」


 ジャンは大体分かっていたが敢えて質問した。


 「降伏する為だ。嫌なヤローだなお前」

 「アンタにゃ負ける。……で、もう使者は出してあるらしいな」

 「恐らく明日中には返答を貰って戻って来る筈だ。……首を撥ねられて無きゃな」


 何とも言えない微妙な空気が漂った。


 ジャンは聞きたい事は聞いた。戦う意思が無い事だけを確認したかったのだ。


 マーガレット隊はこの村で足止めを食っている訳だ。当然だった。

 ウルフ・マナスが敵の百人隊を自由に移動させる筈はない。どうせ近くに監視の為の部隊が配置されているのだろう。


 「それで、お前らマージナはウルフ・マナスと仲良しごっこしようって?」

 「……そんな所だ」

 「ケッ、まぁ良いか。一武官にどうこう出来る話じゃない」


 マーガレットは部下に向かって手を振る。百人隊はばらけて野営地に戻っていく。


 「行きゃ良いさ。幸運を、傭兵将軍殿」


 ジャンはベルリと顔を見合わせる。一つ頷くとベルリはマーガレットに向き直る。


 「マーガレットさん」

 「ん?」

 「どうも、スィータのベルリです」

 「さっき聞いた」

 「はい」


 はいってなんだよ。なんかこの女と話すと調子狂うなー。

 マーガレットは頭を掻く。


 「えーっとですね」

 「さっさと話せよ。戻って寝たい」

 「うーん……やっぱり良いです」

 「殺すぞてめぇ」


 マーガレットは思わずこけそうになった。放火魔マーガレットに対してこんな舐めた事を言う奴は早々居ない。


 「……あー、すまん。普段は聡明な娘なんだが、時々こうなるんだ」


 マーガレットはやれやれと頭を振って踵を返した。

 そして遠くに砂塵を見つけた。


 「ん?」


 なんか来てる。膨大な量の砂煙。

 軍馬の馬蹄が立てる物よりもかなり大きい。あれは、狼騎兵の物だ。


 ジャンはぼんやり言った。


 「返事を貰えるのは明日って話じゃ無かったか?」


 っていうか返事をする為に一軍を派遣するとは思えない。


 マーガレットは眉を顰める。こりゃひょっとして、百人隊を皆殺しにする為の部隊が派遣されたか。


 恐るべしウルフ・マナス。その冷酷さと素早さよ。


 「百人隊! 整列!」


 野営地に戻り掛けていた部下達が大慌てで戻って来る。

 武装解除してなくて良かった。殺されるとしても最後の抵抗が出来る。


 しかしそれは杞憂だった。


 「いやぁ、お待たせしやした」

 「た、太陽?」


 なんと現れたのは今や大陸の時の人、ウーラハン・タイヨーだった。

 ウルフ・マナスの伝説、ハサウ・インディケネを引き連れて、彼は狼公と相乗りに、マーガレット達の前へと現れた。


 「あ、やっぱりジャンの兄貴! こいつぁ奇遇でさぁ」


 ジャン・ドルテスは絶句である。

 親衛古狼軍首魁が態々敗軍の将を迎える為に現れたのだ。どういう腰の軽さだよ。


あぁ~キャピキャピする~

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