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金! 飯! 酒! レジャー!



 この日初めて太陽は戦神に褒美をねだった。


 「金と飯と酒が欲しいンすけど」


 桜吹雪の下で胡坐を掻きながら戦神は眉を開く。

 一番新しい使徒からの、漸くそれらしいおねだりだ。


 「ほほぉ、金は解るが……飯と酒か」

 「商人達がガウ婆を怖がって寄ってこないんでさ。今も態々人を遣って必要な物を買い付けてる有様で」

 「ククク、兵を養うと言うのは大変だろう?」

 「難民とかの問題もありやす。それに人が集まれば揉めやすから。

  喧嘩になるたびに顔出さなきゃいけねぇから大変で」


 戦神は満足げに頷いた。太陽は憮然とする。


 何でそんなに嬉しそうなんだ、兄貴は。


 スーセが言っていた通り、ウルフ・マナス緒氏族の長達は我が強い。常日頃から互いの力や手に入れた財貨を競い合っており、それが喧嘩に発展する事も珍しくない。

 と言うか、もしかしたら彼等にしてみればじゃれ合いのような物なのかも知れない。彼等自身、揉め事を楽しんでいる節があるからだ。


 しかしヒートアップすればそんな事言っていられない。彼らは獰猛だ。流血は彼等を冷静にさせるどころか猛り狂わせる。

 その行き過ぎたじゃれ合いを止めるには太陽が出張るしかなかった。


 「今日の朝もどこそことあれそれの長老同士が刃傷沙汰の手前まで行きやして。

  仲裁するの大変だったなぁ」

 「言い換えれば、あの反骨心の強い狼達を従わせる威風がお前に備わったと言う事だ。

  お前が仲裁に入れば誰も無視できねぇ」

 「威風ねぇ?」


 戦神は隆々とした肉体をごろりと横たわらせて太陽を手招きした。

 太陽は素直に戦神のすぐ目の前に座った。


 「おう、面付きが鋭くなっていやがる」

 「えぇ? そうかな」


 太陽は意図して顔をへにゃりとさせて見た。恐い顔をしていると女の子は近寄ってこないのである。


 「偉業を達成したお前は余人に評価される。お前の内心や考えなど無視して、有象無象の者どもは脳漿の中に勝手に作り出した『霧島 太陽』と言う怪物と戦う事になる」

 「怪物、でやんすか。ハッキリ言って独り相撲だな」

 「お前はこの俺の名代であり、大英雄ガウーナを初めとする亡霊達を率いる長であり、

  要塞都市を一夜にして失陥せしめた戦巧者であり、それどころか一地方からベリセスの影響力を完全に排除した君主である。分かるだろ?」

 「ははー、成程、聞いてるだけなら大層な奴に聞こえまさぁ」

 「そしてそれは全て事実だ。人間達はお前をそう見る。狼達は強く偉大な霧島 太陽にこそ従う」


 ――勝手にすりゃ良いさ。

 太陽はさして興味も無さそうに肩を竦めた。


 怖いなら怖がれ。憎いなら憎め。

 利用したけりゃ利用しろ。従いたければ従えば良い。


 俺は俺のままだ。


 「うむ、そうだ。己の望むまま居りゃぁ良い」

 「兄貴にそう言って貰えると嬉しいぜ。戦巧者だ大君主だ、なんて言われてもそれらしい事出来やせんから」

 「だが、大君主らしい仕事はしなきゃならんだろ? 飯と酒だったな」


 戦神は面白そうに目を細めながら言った。


 「給料天引きで良いんで」

 「よし、今日中に準備し、明日中に届けさせよう。燃える蹄と尾をもった雄牛を遣わす」

 「はい? 牛?」

 「牛だ。俺の眷属だ。まぁ気にする事は無い。そんな奴も居ると思ってろ」


 で、やんすか。


 「あっそうだ」

 「なんだ?」

 「兄貴、戦いも一段落したし、これからバンバン幽霊を仲間にしようと思うんでやすが」

 「おぉー、良い事だぜ。バンバンやってくれ」

 「レジャー施設作ってくだせぇ」

 「レジャー施設?」


 戦神はぽかんとした。


 「レジャー施設ってお前な」

 「プールとかキャンプ場とか。人を増やすのは良いが、ずっと本の中に閉じ込めとくって訳にゃ行きやせん」

 「慰労の為の場ならある」

 「酒と肉と蜜があって綺麗なねーちゃんがお酌をしてくれるって感じの奴でしょ? ファンタジー映画で見やした」

 「いかんのか」

 「いかんこたぁねーっすけど、グッドじゃない」

 「むぅ」

 「海! ないしプール! バーベキューコンロ付きのキャンプ場! カラオケ!

  図書館とかも良いなぁ。おっ、陶芸とか彫刻とかの体験コーナーもどうでやしょう」


 おいおいおいおい、戦神は困った顔をした。

 まさかウーベの戦神、メンデに連なる一柱に、レジャー施設を要求する奴が居るとは。


 と言うかそれお前がやりたいだけだろ。


 「へへ、バレた? でも兄貴はウーベ人材開発なんちゃらの社長なんですぜ。

  社員の福利厚生に気を遣ってくれるんでしょ? 今の時代はそういうトコ気を付けないと、優秀な奴はどんどん待遇の良い所に行っちまいますよ」

 「それはいかん」

 「でしょー」


 実際には戦神の束縛から逃れて他所に寝返るなど至難の業だが、それだけの問題ではない。


 頬杖を突きながら考え込む戦神。

 死者達は、一度目録に取り込まれてしまえば太陽や戦神に従わざるを得ない。

 だが腑に落ちぬままで居ては、戦士は力を発揮しないだろう。戦神は何だかんだで彼らを納得させねばならなかった。


 日々の慰労も大事である。ここは新たな軍団指揮官の意見を採用してみるか。

 戦神は身を起こす。


 「まぁ取り計らってみるか。俺も一つレジャー施設と言う物を実際に見て、計画を練るとしよう」

 「やったぜ。さっすが兄貴ったら太っ腹」

 「ふふん、褒めるで無い。人こそは我ら神々の財産だからなぁ」


 二人は揃ってかっかと笑った。能天気な笑顔がよく似ている二人だった。



――



 サルマはベリセス・ウィッサ政庁に招待されていた。招待とは言う物の、連行と言うに相応しい有様である。


 周囲をウルフ・マナスの戦士達に囲まれたまま、サルマ達救いの手戦士団の面々は太陽の前へと引き出される。


 「……これは太陽殿、戦勝喜ばしく」

 「おう、ありがとな」


 サルマは微塵も動揺していないように見えたが内心は少し違う。

 軍を発した太陽は、サルマの予想を遥かに超えた速度でベリセス軍を駆逐した。

 今やパササ以西にてベリセス軍が残存するのはマージナとの領域境ぐらいな物だ。あそこばかりは未だにマージナとベリセス軍とで睨み合いが続いている。


 しかしそれも直ぐに収まるだろう。後方との連携を寸断されて戦い続けられる軍団など存在しない。


 ウルフ・マナスとベリセスとの戦いはパササを挟んで小康状態になると思われた。

 サルマの読み違いだった。戦いはもっと激しく、混沌とすると思っていたのに。


 ウィッサ周辺を太陽が支配するのはサルマの望み通りだが、両軍の被害が少なすぎる。


 「本日は、何用で」

 「あぁ、えーっと、ウィッサの周りのさ……なんつったっけ。

  テルドア、シパー……あー、ハルミナ!」


 太陽はうろ覚えの自分では話がスムーズに進まないと見て、玉座の近くに控えていたハルミナを呼ぶ。


 「……太陽殿、テルドア、シパー、アスロン、マルヴァイの四都市です」

 「そう、それそれ。……サルマ、そこにお前の手下が潜り込んでるんだろ?」


 読まれていたか。まぁ、あり得るな。

 サルマは表情を変えない。その程度は予測されていて当然だ。読まれて尚その警戒の網を掻い潜るのが我らアーリヤの仕手と言う物。


 「……ご明察で。太陽殿の御力になれればと、我が手の者が入り込んでおります」

 「そうか、気を遣って貰って悪いなぁ」

 「太陽殿がお気になさる事では御座いませぬ。結局お役には立てませんでした」


 太陽自身はにこやかだが、その周囲の者達までそうではない。

 ウルフ・マナスは救いの手戦士団と同じでハラウルに迫害された歴史を持つが、その彼等ですらサルマ達に対し胡散臭さを感じている。


 「もう大丈夫だからさ、引き上げさせてくれよ」

 「……は」

 「俺達の間に正式な協定がある訳じゃないからさ、やっぱ色々気にする奴が多いんだ」


 否、とは言えなかった。

 サルマは戦いを煽る為に、ベリセスの仕業に見せかけて件の四都市を引っ掻き回すくらいの策を練っていたが、この分では万に一つも成功すまい。



 仕方ない、この方とは気長に、緩やかに付き合って行こう。出来れば友好的に。



 「で……、あれこれ矢継ぎ早に催促して申し訳ないんだけど、もう一個頼みがあるんだよな」

 「……ははは、太陽殿が勢力を増せば我らも戦いやすくなります。我らは互いに敵の敵。手を取り合うには十分な理由かと」


 方針を決めればサルマは途端に饒舌になった。

 太陽はにっこり笑顔。


 「マージナに伝手があるって言ってたよな。顔を繋いでくれよ」


 まぁ、そうだろうな、とサルマは思った。


 占領の後は統治だ。しかしウルフ・マナスとハラウルでは文化が違い過ぎる。

 その問題を解消するにはマージナの手を借りるしかないだろう。



――



 その後、ウーラハン親衛古狼軍と東方アーリヤ救いの手戦士団はある程度の協力関係を結んだ。

 情報の融通や来るベリセスとの再戦においてのあれやこれや。

 協定の前段階、口約束と呼ぶのも烏滸がましい子供だましのそれだが、大きな進展ではある。


 「そういえばそろそろ時間だった」


 話の途中、太陽は唐突にそういった。

 疑問符を浮かべるサルマを外へと誘う。


 「折角だからサルマも来ると良い」


 そう言って連れ出されたのはウィッサ城門前。


 サルマは眉を顰めた。そこには人馬の群れ、周辺から掻き集められた金銀財宝と、奴隷と思しき者達。

 青い直垂を纏った恰幅の良い男達は、正にサルマが部下を忍ばせた周辺都市の領主達だ

 彼らがこの騒ぎの首謀者らしい。財宝、奴隷、美姫、差し出せる物は何でも差し出して、この新しい支配者の機嫌を取ろうと言うのだろう。


 「おー来てる来てる。そんな場合かっつーんだよなぁ、サルマ」

 「……どういった意味でしょう」

 「戦神の兄貴がさ」


 太陽がぽつりと言う。


 「以前言ってたんだ。

  戦って勝つ度に金銀財宝が、無数の女達が、俺の物になると」

 「太陽殿は瞬く間にウィッサ含めこの地方を征服した王者。当然の帰結かと」

 「そうかな、そういうモンか。確かにちょっと嬉しい気持ちはあるんだよ。

  でも今はマズいんだ。俺らが散々暴れ回ったからここいら一帯は流民だらけだ。

  これ以上何か奪うととんでもない勢いで死人が増える」


 何を今更、とサルマは思った。口には出さなかったが。

 戦いを始めた瞬間、ウィッサを奪い取った瞬間、そうなるのは分かり切っていた筈だ。

 君主はその屍の上に君臨せねばならぬ。


 サルマが無表情を貫いていると、太陽が唐突に大声を出す。


 「オイお前ら! そんな場合じゃねーって言ってんのに性懲りも無く!」


 青い直垂を着た領主達が大慌てで跪く。

 彼らの立場は風前の灯火よりも儚い物だ。太陽の気分一つで首が飛ぶ。死体は狼の餌にされるだろう。


 「と言っても、言う事聞きそうにないので、今回はウチのボスにおねだりしてきましたー!」


 ドンドンパフパフー!

 兄貴ー! お願いしやーす!


 太陽が天に向かって叫ぶと、天の彼方から雄牛の嘶きが響いた。


 「……なん……だと……」


 サルマが。

 冷徹無比のカウ・バハイが。

 思わず目を剥いてそう漏らす程の衝撃がそこにあった。


 赤い体毛、燃え盛る蹄と角。

 通常の二倍も三倍もある体格。炎の雄牛が、天の彼方から駆け下りてくる。

 それだけでも驚くべき事だが、それが無数に、数えきれない程居るのだ。


 炎の雄牛達はそれぞれが金銀で装飾を施された荷車を曳いていた。


 「た、太陽、殿。あれは一体」

 「金と飯と酒……の筈なんだが」

 「金、飯、酒、で御座るか」


 数千の雄牛、数千の巨大な荷車。あれら積まれた全て金、飯、酒か。


 その場に居た全ての者は戦神の威光に平伏した。

 空を覆う炎の波。ウルフ・マナスですら唖然としている訳には行かず、跪いてその到着を迎える。


 雄牛の燃え盛る蹄が地面を蹴る。火の粉が舞い、風に乗る。


 ウィッサ城門、太陽の目の前に、数えるのも馬鹿らしい程の荷車が連なった。


 「人間満腹ならある程度の事は我慢出来るんだよな。

  取り敢えず問題の先送りには使えるだろ。な、ガウ婆」


 太陽が後ろを振り返ってガウーナを呼ぶも、彼女ですら目の前の光景に呆気に取られている。


 「……ガウ婆? ガーウー婆ー!」

 「は、ははっ、御主君!」

 「市長達を引っ張ってきてくれ」

 「ぎ、御意に!」


 ガウーナは大慌てでシドに飛び乗り、四人の領主達を引きずり回して太陽の前まで連れて来た。

 砂埃に塗れた領主達はしかし衝撃が抜けきらないようで唖然としている。


 「よう、元気してる?」

 「ははぁーっ! 遅参の議、申し訳なく!」


 太陽に一声かけられて彼らは慌てて臣下の礼を取る。

 跪いた領主達に太陽は険しい表情を見せる。


 「そーいうの要らねぇ。ただ今度こそ俺の言う事を聞いて貰う」

 「なんなりと!」

 「後ろを見ろ。炎の雄牛達を」


 一斉に立ち上がり、背後を振り返った。

 信じがたい光景は彼らの背後から消えていなかった。そりゃそうだ。幻でも何でもないのだから。


 太陽達は領主達の間に割って入り、馴れ馴れしく肩を抱いて見せた。


 「食い物がある。お前らの所に逃げ込んだ難民に食わせるには十分あるんじゃないか?」

 「仰る通りかと!」

 「酒もある。辛い事を忘れるのに使えるだろ」

 「正に!」


 領主達がヤケクソ気味に叫んだ。


 「お前らの持ってきた金銀と奴隷で飯と酒を売る事にする。

  物はあるんだ。お前らはこれを持って帰って、腹空かした奴らに食わせてやれ。

  親衛古狼軍は俊敏で目聡い。俺達に誤魔化しは通用しない。

  俺の言う事聞かねぇで、無理な徴発をしてまでご機嫌取りしようとした事は水に流す。

  だがこれ以降、無駄な死者を出したら」


 太陽は何も映さないガラス玉のような目をして言った。


 「分かるよな」

 「我ら太陽様と、戦神の御威光に、従いますれば……」


 へなへなと腰砕けになりながら彼らは答えた。


 「よーし! ジギル!」


 太陽が目録を手に叫ぶ。火の粉が舞い、それは騎士を象った。

 赤いマントに赤い装飾。豪奢な騎士。ジギルギウス・マウセである。


 領主達はもう勘弁してくれ、と言った。ジギルギウスが太陽に降ったと言う話は当然聞いていたが、理解を超えた出来事が多過ぎる。


 「マウセ殿、太陽様に降ったと言うのは本当だったのか」


 これはとても敵わん。

 抵抗の意思など元より無かったが、今度こそ心を折られた。


 「仔細を任せる。雑用で悪いけど頼んだぜ」

 「……従おう、太陽殿」

 「おっと、全部は勘弁な。スーセちゃんとことも分けるからさ」


 下馬し、領主達と向き合うジギル。

 太陽は踵を返し、サルマに肩を竦めて見せた。


 「……ハラウル人までも救おうとなさるのか?」

 「無駄な人死には好きじゃない。

  ま、ハラウル人なんてくたばっちまえって時々思うけど」


 でも根本的な解決にはならない。太陽は言った。


 「マージナとの顔繋ぎ、宜しくな」

 「…………承った、太陽殿」


 サルマは深く一礼した。


 神の奇跡と言う物を、こうもまざまざと見せつけられては、ウィッサ地方は太陽に靡く。


 我らはとんでもない相手を見込んだのだな。サルマは頬が引き攣るのを必死に隠した。


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