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アンタに惚れた



 狼達はウーラハンの後を追った。只管に奔り続けた。


 それは三つの敵陣地を瞬く間に呑みこんで、ウィッサ東北にある、周辺では最も大きな都市に雪崩れ込む。


 戦いの為の備えは木端微塵になった。ガウーナを乗せ、シドが城壁を駆けあがり、城門を内側から打ち破る。


 戦士達は大いに沸いた。問答無用、説明不要の強さと速さ。


 連日、走って、走って、走った。行く手を遮る者は何もかも打ち破った。


 ウーラハンがこうすると言えば戦況はその通りに動いた。

 ガウーナが殺すと言えばどんな強敵も屍を晒した。


 狼達はあっという間にベリセス軍を追い詰めた。


 勝利がある。戦えば勝つ。高原だけではない。今正にウルフ・マナスは過去の栄光を取り戻そうとしている。


 「悔しいが……成程、時が巻き戻ったように感じるわい」


 ケランの長老シグーが血塗れの曲刀を一振りしながら草原を見遣る。

 遠方には壊乱し、統制なく逃げ散っていくベリセス兵。


 「異邦の戦神に供物の一つも捧げたくなると言うもんじゃ」


 若き日、ガウーナに率いられ数々の強敵と戦った人生の絶頂期。


 ウルフ・マナスは最強だった。そして今再び、強さを知らしめている。


 「シグー爺様!」

 「おぉスーセ! どうしたのじゃ、こちらの方は殺し尽くしたぞ」


 騎獣グルカを走らせて、朗らかな笑顔でシグーを呼ぶスーセ。

 白い金の装具で飾られたスーセ麾下マルフェー親衛隊がそれに続く。


 「あのババアからウーラハンの傍を離れるなと言われとるんじゃぁないのか?」

 「そのウーラハンが、シグー爺様が無事かどうか見てこいと」


 狼の背で会話する二人。シグーはシャムシールを懐紙で拭い鞘に納める。


 この老人、ガウーナに負けず劣らず無茶をする。

 しかし逃げ腰の弱兵相手にどんな無茶をしたところで、何を恐れよと言うのか。


 「このケランのシグーを殺せる奴が居るなら見て見たいわい」

 「ふふ、婆様みたいな事を言うんだから」

 「あぁ~……いや、流石にあのババアと一緒にされるのはのぅ。奴は本物の怪物じゃから」


 冗談っぽく言い合う二人。

 シグーは自分の息子や孫よりもスーセを可愛がっていた。それはもう目に入れても痛くないぐらいに。


 容姿に優れ、強く、気高い。狼と心を通わす力もある。この子をどうして嫌えようか。


 しかしそれ故その先行きが心配になる。


 「……のぅ、ここ数日ウーラハンに侍り、どのような人物と見た?」


 スーセはシグーの質問に答えあぐねた。


 「何とも言えません」

 「何とも、か。数日では測れん男と言うのも、まぁ分かる」

 「戦に関して大よその差配は婆様に任せておられるようです。

  ですが時々ぽつりと漏らす一言に重みがあります」

 「ふーん。あのババアの好むやり方じゃ。

  大将は普段、後ろでどっしりしとくんがえぇ」


 もっと難しい戦いにならねばあの小僧の本質は見えぬな。シグーは髭をしごく。


 ま、よいわ。


 「さぁスーセ、マルフェーの棟梁よ。次なる戦地を教えてくれぃ。ベリセスを追い詰め、東に追い遣ってくれようぞ」

 「あははっ」


 一応親衛古狼軍と新高原起軍は同盟関係だ。明確な上下関係はあるが。

 千の狼騎兵はスーセの命で動く。



――



 ガウーナはシドを走らせながら慌てていた。


 「いかん、いかんぞボン」

 「何がだ?」

 「敵が少なすぎる。じゃというのに頑なに抵抗しおる。奴等捨て石になって本隊を逃がすつもりじゃ」

 「へぇ」

 「ジギルギウスとか言う若造はどうやら一廉の男じゃ。

  取引でマージナを黙らせ、周辺の土豪どもを巧みに動かし、兵をその気にさせる。大した男じゃわ」


 連日の戦い、ガウーナは薄紙を引き裂くようにベリセス軍を引き裂いていたが、内心では違和感があったようだ。


 捕虜から敵指揮官の情報は得ていた。ジギルギウス・マウセ。

 ハラウル人の彼をガウーナが褒めると言う事は、余程の人物なのだろう。


 「殿軍はそのジギルギウスなのか?」

 「捕虜はそう言っておった。ワシもそんな気がしておる」

 「……成程な、男としちゃ燃えるシチュエーションだろ」

 「なんじゃ?」


 草原を疾走するシド。太陽は眩しい日差しに目を細めながら遠方の谷を見遣る。


 砂塵が見える。ベリセス軍が居る。どうやら敵は隘路で待ち構え、狼騎兵の速さを殺す作戦のようだ。


 あの隘路を超えれば確かパササとか言う都市があるのだ。彼らは決死の覚悟で守るだろう。


 「仲間を逃がす為に命を捧げる覚悟であそこにいる。そういうの、俺の故郷では美徳なのさ」

 「そりゃ聞こえは良いじゃろうがのぅ」

 「嫌な言い方するなよ、ガウ婆。人間いつかは死ぬ。

  本物の男は、死に方に拘るモンなんだ。ジギルギウスって奴は正に最高の死に方を選んだんだ。

  …………本の受け売りだけど」


 騎兵が出て来た。今までとは風体が違う。輝く鎧の男達。

 赤い羽根飾り、赤いマント。華美に飾り立てた騎兵隊。


 軍笛、軍鼓の音がする。勇壮な音楽と共に騎兵隊は突撃を開始した。


 「ガウ婆!」

 「ははっ、歯応えがありそうじゃなぁ!」


 ハウッ、ハウッ、ハウッ、ガウーナが吠える。

 抜き放たれたシャムシールがギラリと輝いた。


 「噂は聞いとる! マウセ赤光騎兵団! 貴様らの武名も、ボンの物語の添え物にしてくれるわ!」


 赤光騎兵団が槍を扱いて頭上に掲げた。明らかな射程外からの投擲。

 槍は一度天空に駆け上り、そして雨が降る様にガウーナ目掛けて殺到する。


 シドがジグザグに飛ぶ。稲妻のような軌跡だ。

 大地に突き立つ赤光騎兵団の投槍。彼らは慌てず騒がず、二本目の槍を扱いた。


 まだ来るか。


 「婆様―ッ!」


 後方でスーセが叫ぶ。ガウーナに追い付こうと必死だ。


 赤光騎兵団二度目の投擲。やはり通常で考えれば明らかな射程外からのそれ。

 しかし槍は超常の力で空を飛び、ガウーナに襲い掛かる。先程との違いはほぼ水平に飛んでくる所だ。


 「ボン、頭を下げておくれ」


 太陽はガウーナの言う通り、上半身を下げてべったりシドに張り付かせる。

 飛翔する数十本の投槍。ガウーナはそれを真っ向から叩き落した。


 スゲェ動体視力してんな。今更だが太陽はガウーナに感嘆する。


 「ガウ婆ってばスゲェ」

 「そう! ワシってばスゲェ!」


 言いながらも疾走は続く。赤光騎兵団も突撃の構えを崩していない。


 槍が効かぬなら刃を交えるのみ。彼らは騎兵刀を抜き、肩の高さで水平に構えた。


 「ガウーナァッ!」

 「軽々しく……ワシの名を呼ぶんじゃぁねェーッ!」


 一合打ち合う。そしてその一合で、ガウーナは敵騎兵のサーベルを叩き折った。


 折れ飛ぶ刃、目を剥く騎兵。ガウーナはサーベルのみでなく、その騎兵の脇腹を深く切り裂いていた。


 「団長……お許しを」


 落馬し、絶命する。ガウーナは目もくれない。赤光騎兵団の後続が次々とガウーナに襲い掛かる。


 「死に晒せーッ!」

 『ベリセス・アッダーテッ!』


 やはり、やはり

 ガウーナの突撃を止められる戦士などこの世に存在しなかった。


 ガウーナは襲い来る強敵達をいとも容易く叩き、いなし、そして殺した。それが当然であるかのように首を撥ねた。


 「……中々やるモンじゃい」


 ガウーナは頬を撫ぜた。小さな切り傷が一つ。

 傷自体は全く小さな物だが、一つ間違えば喉首を抉られていて可笑しくない一撃だった。


 ――さらば強敵よ。我が名を抱いて死ねぃ。


 「ボン、敵は隘路、狼騎兵の速度を生かせぬ」

 「作戦は?」

 「作戦など無い。重装歩兵の密集陣形が閉所に陣取ったらもう手段は無い。

  火責めをするには油も無いし時間も足りぬ」

 「そうか、じゃぁ、力押しだな」

 「ハッハッハッ!」


 ガウーナは大笑いしながら隘路に陣取る敵に突撃した。


 ――ウーラハンの道を開けよ!


 盾を揃え、槍を突き出す歩兵の戦列。シドはその頭上を軽々飛び越える。


 恐ろしい物を見るような目でガウーナを見送るベリセス兵達。

 死の覚悟をしていても、狼公の武名に慄かぬハラウル人が居ようか。


 「ジギルギウスとか言う小僧! ちぃとばかし面を貸せぃ!」


 掛かる端から敵を斬り殺した。シドは跳び、ガウーナは咆えた。

 太陽は激しく揺れるシドの背にあっけらかんとした顔でしがみついている。


 兵も将校も等しく死んだ。血に濡れて怪しく輝くシャムシール。

 刃毀れする事も無ければ、脂で切れ味が落ちる事も無い。只管に血が流れていく。


 「円陣!」

 「盾ぇぇぇッ!」


 恐慌に陥った兵達が何者かの号令で統制を取り戻す。

 大喝には兵士達を落ち着かせる力があった。太陽はぐるりと視線を巡らせて声の主を探す。


 「……あぁ、アンタがそうなのか」


 太陽は眩しい物を見るようにその男を見た。


 憔悴していても力を失わない瞳。きり、とした眉。真一文字に引き結ばれた口。

 背は高く、体は太い。鎧は汚れていたが威儀を失う事は無い。背筋はピンと伸び、偉丈夫と呼ぶに相応しい姿だ。


 外交、謀略、指揮。この短い時間の中で全霊を尽くしてウルフ・マナスに抗い……

 そして今、仲間の為に命を捧げようとする。


 こいつがジギルギウスか。


 「ボン? どうしたんじゃ」

 「はぁー……何ていうか、こりゃ」


 訝し気な顔をするジギル。太陽はにっこり笑った。


 「アンタに会えて嬉しいよ」



――



 「お初にお目に掛かる。私はジギルギウス・マウセ。シン・アルハ・ウーラハン殿とお見受けする」

 「如何にも。太陽・霧島、ウーラハンを名乗らせて貰ってる。アンタと出会えた事は光栄だ」


 静かで誠実な名乗り合いだった。今正に血煙を上げていた戦場だとは思えない程の。


 「我が兵どもは敗れたか。マウセ赤光騎兵団は」

 「誇ってえぇぞ。中々の手強さじゃった」


 鎧袖一触であったように太陽は思うが、ガウーナは真面目な顔でそう答えた。


 ジギルギウスはジッと太陽を見ている。食い入るように。


 実際に目にすると、半ば信じられないのだ。あっという間にウルフ・マナスを糾合してベリセスの領土を大きく削り取った怪物が、このような若者だとは。


 「……陣を乱すなぁッ! 矛、揃えぃッ!」


 唐突にジギルが叫んだ。ガウーナの登場で動揺した兵達が勝手に隊列を動かしたのを見咎めたらしい。


 この期に及んで兵の統制を失わない。成程、ジギルは優れた指揮官である。


 「ジギルって呼んでも良いか?」

 「……些か馴れ馴れしいようだが、拒否する理由も無いな」

 「やったぜ。じゃぁジギル、少し話そう」


 射手達が弓を引き絞り、無数の矢に狙われた状態でありながら、太陽はのほほんと言った。

 ジギルは困惑。この期に及んで何を話そうと言うのか。


 この隘路に陣を敷き、徹底抗戦の構えを取った。降伏勧告だとしたらそんな物は無意味だ。


 太陽達の後方ではベリセス軍の方陣と狼騎兵達が戦いを始めたようだ。

 地の利を取った防御に流石の狼騎兵も苦戦するだろう。時間はある。


 「ジギル、アンタ随分と格好つけたな。

  仲間を逃がす為に敵の前に仁王立ちか」

 「仁王……?」

 「あぁっと……まぁつまり、“スゲェイケてる”って事」

 「スゲェ……イケてる……?」


 ジギルは堪えきれず笑った。


 「太陽殿、随分と砕けた言葉を使うのだな」

 「嫌いか?」

 「親しみ易く、良いと思う。指揮官としては失格だが、太陽殿は諸将を取り纏める立場。

  余り畏れられ過ぎても不和を招くだろう。

  ……ふ、当然我らベリセス人としてはその方が好都合だがな」


 なんじゃコイツ、偉そうに。ガウーナが口を開き掛けたが、太陽がそれを閉じさせた。


 「むごご」

 「ガウ婆、俺に話させてくれよ」

 「むぐー……」


 にひひ、と笑う太陽。


 「なぁジギル、あんまり無駄話してもアレだから本題に移るよ。

  俺の所に来ないか」


 笑止!


 ジギルの大喝。


 「ベリセスの蒼き血に生まれた俺が、ウルフ・マナスが如き蛮族に降るなど有り得ん事!」

 「上等じゃこんガキャぁ! 首を出せ――むごご!」

 「がーうー婆ー、静かにしててくれ」


 太陽は訂正した。ウルフ・マナスに降れと言っている訳では無い。


 「まぁ言っても信じられないかも知れないけど、実を言うと俺は狼の一族じゃない」

 「……出自は最早関係あるまい。シン・アルハ・ウーラハンを名乗り、ウルフ・マナスを糾合した以上、太陽殿は狼だ」

 「数年前にこの大陸を荒らし回った戦神の事は覚えているよな?」


 ジギルギウスは眉を顰めた。

 異邦の戦神の加護を得た、ウルフ・マナスの守護神。眉唾だと思っていたが……。


 太陽は懐疑的なジギルの様子に戦神の目録を取り出して見せる。

 ページを開けば火の粉が散った。小さな火が、蛇の様に太陽の身体を這う。


 「む……」

 「俺は戦神の兄貴と契約して、この大陸で戦士の魂を集めてる」


 どういう奴の魂を集めてるのかって言うと……。

 太陽は勿体ぶって言った。


 「アンタみたいな、本物の男の魂を、だよ」

 「見込まれた物だ」

 「名誉ある男に敬意を払う。……俺みたいなのが言っても説得力無いかも知れねぇけどさ。

  アンタ良い男だよ。……俺が何故、わざわざアンタとこうして長々話すと思う?」


 見当も付かない。ジギルギウスの挑みかかるような視線も、太陽の次の言葉を聞くまでだ。


 「アンタに俺の事を好きになって欲しいからだ、ジギルギウス」


 人懐っこく笑うシン・アルハ・ウーラハンの姿に、ジギルギウスは呆気にとられた。


 「お、俺は」


 言葉を詰まらせたことをジギルは恥じた。

 ハラウルの国教はエクリマ教だ。ウーラハン・タイヨーの言う炎の戦神とは決定的な敵対関係にある。


 それにどうして従えようか。政治的、教義的に考えても彼に従う事は出来ない。


 だが、どうしてこうも、目の前の若者の笑顔に絆されそうになるのか。


 「悪魔の甘言だ」

 「……じゃぁ悪魔らしく取引するぜ」


 太陽は取って置きの一言を放った。


 「アンタが俺と一緒に来るなら、ベリセス軍を追撃しない。

  少なくとも二週間、この隘路より先に侵攻しない事を誓う」


 声を上げたのはガウーナだ。


 ベリセス軍の追撃はただの戦果拡張と言う訳では無い。

 ここでベリセス先遣軍の戦力をこそぎ落としておけば奴らはマージナとの戦争を続ける事が出来なくなる。


 後はやりたい放題だ。マージナと連携してもよし、独力で戦ってウルフ・マナスの力を見せつけるもよし。

 これは戦略的に大きな意味を持つ。


 それをたった一人の男の命と引き換えに、放り捨てようと言うのか?


 「ボン、ボン、それはダメじゃ。

  今や我らはパササ以西の地よりハラウル・ベリセスの軍団を一掃しようとしておるのじゃぞ。

  ここで奴らを追撃出来ればそれは盤石となる。パササの奪取も可能じゃろう。この戦の流れを決定づける事が出来るのじゃ」

 「ガウ婆、パササってのはそんな重要な所なのか?」

 「そりゃそうじゃ」

 「パササが無けりゃガウ婆は負けるのか?」


 うわー、なんていやな事を言うんじゃ、ボン。

 ガウーナはうむむ、と唸った。それほどまでにこのジギルギウスとか言う小僧を気に入ったのか。


 「決まりだな。ジギル、アンタはウィッサや、パササよりも価値がある。

  俺は約束は守る。狼の一族が何と言おうと、追撃はさせない。

  返答を聞きたい」


 ジギルギウスは己の手を見た。小さく震えていた。


 副官が彼の肩を掴む。


 「ジギル殿、蛮族の言葉に耳を貸されるな!」


 ジギルは答えなかった。ただ、震える己の手を見詰めていた。


 「我ら死を覚悟してこの場に残ったのだ! 例えジギル殿を犠牲に生き延びたとして、胸を張れようか!」

 「命を捧げる事ばかりが忠誠ではない」

 「ふ、ふざけるな! ふざ……けるな……!」


 副官はジギルの肩を掴んだまま悔し泣きしていた。

 思っていたよりも長い付き合いになったこの副官はジギルがどういう判断を下すか熟知しており、そしてその決定が覆らないだろう事も知っていた。


 「太陽殿、誓って貰う」

 「あぁ」

 「撤退中のベリセス軍を追撃しない事。これだけでは足りん」


 ガウーナが犬歯を剥き出しにする。


 「条件を出せる立場だとおもっておるのか?」

 「……頼む、ガウ婆。俺の我儘に付き合ってくれよ」


 ガウーナは眉をへにゃりと落とした。目に入れても痛くない太陽にこうも言われては、仕方なかった。


 「太陽殿がウィッサでどのように振舞っているかは知っている。それに関しては、敵ながら天晴れと言う他無い。

  それを続けて貰いたい。みだりに殺さぬ事、破壊せぬ事、文化を重んずる事」

 「俺は……無駄に殺したり、壊したりって、好きじゃない」


 ジギルギウスは胸を詰まらせた。この若者は甘すぎる。情が強すぎよう。

 ハラウルがこれまで征服して来た数多の民族、数多の国家、それらの歴史や文化に対してどういう振舞いをしてきたか、ジギルギウスも知っている。


 ジギルギウスのそれはムシの良すぎる願いなのだ。それを受け入れると言う。


 「ならば……条件は……以上だ」

 「ジギル殿! 乱心なされたか! 俺は認めんぞ!」

 「貴公、最後までよくついてきてくれた。最後の命令だ。

  残存する隊を率いて撤退せよ」


 ジギルギウスの副官は絶叫と共に握り締めていた剣を地面に叩き付けた。


 「恨みますぞ、ジギル殿!」


 すまぬ。


 その言葉は掠れて消えた。




 太陽はジギルギウスに自刃を命じた。この高潔なハラウル人はそれに応じた。


 倒れる身体、流れ出る血。太陽はそれを受け止めて愛し気に撫ぜた。


 そして全てのウルフ・マナスに対して戦闘の中止を命じる。

 当然彼らは反発した。今正に憎き怨敵を叩き潰せると言う時に、止まれと言われて止まる狼はいない。


 しかし太陽の怒りに抗える者はいなかった。結局狼騎兵達は撤退するベリセス軍を見送る事になる。


 太陽は上機嫌だった。



 金銀、領土、要塞、そんな物がなんだってんだ。


 名誉ある男。それを前にすればゴミ同然の価値しかないぜ。





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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ主人公からしたらよく知らない奴らがどんな恨みがあろうとどれだけ有利になろうと知った事じゃないし、どうでも良いだろうからなぁと思いつつ、ちょっとモヤったりしました。 自分は女に手出されたら…
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