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俺に従え



 自己紹介は極めて和やかだった。太陽は人懐っこい笑顔を浮かべながら相対したためスーセは必要以上に緊張する事も無かった。


 しかし話が進み、ウーラハン親衛古狼軍と新高原起軍、これらの立ち位置をハッキリさせようと言う所で、太陽は唐突に述べた。



 「非戦闘員からの略奪を禁ず。

  指示無き故意の放火、建造物や芸術品の無用の破壊を禁ず。

  捕虜の虐待を禁ず。信仰の強要等はこれに当たる。

  その他様々手の及ばない事はあるが、問題に対しては太陽・霧島が判断し、一つずつ先例を作りつつ対応する物とする」

 「……は……え……?」


 太陽はスマホのメモ帳機能を起動させて、記録していた文章を読み上げた。

 それっぽい文章を参考にしてそれっぽい内容を考えた。太陽がウルフ・マナスを受け入れるに当たって絶対必要とする前提条件である。


 唐突に宣言されたスーセは目を白黒させている。太陽の読み上げた内容は敵に対し慈悲深過ぎ、寛容過ぎた。


 特に略奪を禁ずると言うのは大変な問題だ。これは単純に快楽の為に行われているのではない。

 ウルフ・マナスにとってそれは兵站行為だ。


 狼は馬よりも俊敏で戦闘力も高いが、体力や搬送能力等は劣る。敵を圧倒出来る極めて優秀な戦力であり、どうしても物資の運搬には使い難い。

 その上馬は狼を恐れる。狼の臭いが染み付いたウルフ・マナスも。通常の馬は運用できない。

 ウルフ・マナスは輸送能力に決定的に欠けているのだ。


 と、言うか、長く戦い続ける戦士達を支え得る生産力がそもそも無い。


 戦地での略奪以外にこれを解消する方法は無い。それに戦って何も得られぬとなれば兵士達の士気を保てないだろう。


 「それは……いえ、火付け等ならば兎も角……。

  戦い、奪う。……我らのみならず、軍とはそうやって戦地で糧を得る物です」


 スーセは跪き、上目遣いに太陽を見上げながら言った。


 「知ってる」


 平然と言う太陽にスーセは黙るしかない。


 「そこを敢えて言ってる。火付け、破壊、略奪を禁ずるって。

  世の中色んな状況がある、それらが有効な時もあるんだろうな、そりゃ。


  ――でも俺の好みじゃない」


 こ、好み。

 今好みと申されたか、この方は。スーセは度肝を抜かれた。


 幾ら狼公とその麾下最精鋭を擁しているとは言え、ベリセスは強大。数の不利は覆しようがない。

 略奪を禁じられれば新高原起軍は弱体必至。好みで不利を背負い込もうと言うのか?


 「私は群れの長として、戦士達に腹を空かせたまま戦いに行けとは言えません」


 スーセは語気を強めた。

 太陽はあっけらかんとしている。じゃぁ仕方ないよね、と言った感じだ。


 「そっか、まぁそうだよな。俺も多分そんな感じの台所事情なんじゃねーかなとは思ってた」


 それはスーセ達にとっては衝撃的な申し出だった。



 「じゃぁここまで来てくれたのは嬉しいんだが、もう高原に帰りな、スーセちゃん。

  今まで苦しい目に会わされて来たんだろ? 暫くのんびりしろよ」



 スーセ、シグー、アーメイ、護衛の戦士達。

 全員、唖然とした。

 太陽の言葉の意味を漸く飲み込んだシグーが鬼のような形相になる。


 「なーんじゃとぉ……!」


 シグーには分かっている。ウルフ・マナスの今の立場が。

 所詮は生存競争に敗れ西へと追い遣られた斜陽の一族。弱き者ども。それが我ら。

 今も、目の前の小僧が起こした戦いの混乱に乗じて失地を取り戻したに過ぎない。こそ泥のような物かも知れぬ。


 しかしこれまで身体を張って土地を守り、一族を食わせてきた男として。

 この侮り、軽んじた言葉、見過ごせようか。


 「侮りおって。ワシらの力など宛てにしとらんと言う事か」

 「別にそうは言わないけどな」

 「ワシらベリセスと戦う為に来たんじゃぞ。ここで帰れと言われて、ワシらの怨讐が晴れるかよ!」

 「ご老体、アンタの怒りと、俺の都合を混同するなよ」

 「何ィ?! ならば小僧、お主何を以てウーラハンと名乗るかァッ!」


 お前は我らの守護神ではないのか。


 言われて太陽は頬杖を突いた。スーセはその無感動な瞳に釘付けになる。

 この方は、シグー爺様の大喝に微塵も怯まないのだな。


 「ガウ婆、“獰猛なる狼達の太陽”ってのは、狼の一族に取って只管都合の良い神様なのか?」


 ガウーナは神妙に答える。


 「そのような事は。寧ろ苦難と試練を課し、克己を促す厳格なる一柱なれば」

 「彼等と怒りを共有する神様か?」

 「それを決めるは正に御主君の心一つかと」

 「うん、よーし」


 太陽は本当に心の底からスーセを思いやるように、もう一度微笑んだ。


 「やっぱり帰りなよ、スーセちゃん。元々こっちの戦いは俺の都合で始めたモンだし、スーセちゃん達が気にする必要はねぇんだな、コレが。

  故郷に戻って、畑を耕して、狩りとかやって。

  ソルから聞いたんだけど、それで食ってく事も出来ない訳じゃないんだろ?

  いずれまたハラウルと戦わなきゃいけない時が来るかも知れない。その時に備えて、今は」

 「こんのガキャぁ~! 今がそうじゃろうが今がッ!」

 「ハッキリ言っちまうとさ……、初めてこのベリセス・ウィッサに来た時」


 太陽は立ち上がった。


 「ハラウルのとある男が、とある夫婦を笑いながら殺した。その子供達までも手に掛けようとした」


 アーメイが反応する。誰の事を言っているかは明白だ。


 「笑いながら女子供を踏み躙る奴が、俺は嫌いだ。痛め付けられて抵抗できないような奴、そもそも戦う力を持っていない奴を。

  ガウ婆は俺の言う事聞いてくれるけど、狼の一族は放っとくと復讐の為に同じような事しちまうだろ?

  俺と一緒に来るなら俺に従え。そうでないなら故郷に帰れ」


 遠回しにお前達なんて嫌いだと言われてしまった。

 スーセは動揺を顔に出さない様に奥歯を噛み締めた。


 「シグー爺様、私に話をさせてください」

 「むぅ……分かったわい。出しゃばってすまぬ」


 敵はベリセス。ウルフ・マナス独力ではこれに勝てない。スーセはガウーナとウーラハンの武威を恃んで軍を発したのだ。

 決裂する事は出来ない。いや、そもそもウーラハンはどの程度までハラウル・ベリセスと戦うつもりなのだ?


 ウルフ・マナスが高原を維持できる程にまでベリセスを弱体化させてくれるのならば文句は無い。

 だがウーラハンは大目標をベリセスとの交渉と公言し、それが達成されれば軍を引いてもよいと言う態度だ。


 「(甘えは捨てなければならない。『何かあってもウーラハンが守ってくれる』なんて、そんな都合の良い事は無いんだ)」


 この戦い、我らも何とかして一枚噛まねば。

 戦中戦後に発言力を持たねば、只管状況に流されるだけだ。


 「我らに何を求めておられるのか」

 「言った通りだ。一緒に来るなら、略奪は無しって事。……ひょっとして俺って説明すんの下手かな」

 「いえ、その……、婆様」


 助けを求めるようにガウーナを見るスーセ。

 ガウーナは太陽に礼を払い、発言の許可を求めた。


 「御主君、ワシの願いを容れてくださいませぬか」

 「ん? どんな内容?」

 「ベリセス軍から奪った金銀でウルフ・マナスを支援されませい。

  この者らが略奪の禁止を受け入れるのであれば、飯の世話をする責任が、御主君にはありましょう。

  大ハラウル連盟は有事に置いて相互に軍を出す協定を結んでおります。ならばワシらも更なる戦力が欲しい所。大陸中央でウルフ・マナス以上に強き兵はおりませぬ」

 「……ふーん」


 スーセはすかさずガウーナに続く。


 「ウーラハン、我らにとってベリセスは宿敵。必ずや戦わねばならぬ相手。

  食い物の心配をしなくてよいのならば、縦横無尽の戦いをご覧に入れます」


 太陽は玉座に座り直して足を組んだ。


 「よーしハルミナ!」

 「……はぁー、何でしょうか」


 柱の影から現れる銀髪の女。毛皮帽を弄りながら疲れた表情をしている。


 「今ウィッサにある金でどんだけ飯が買える?」

 「……ウーラハン殿、私はベリセスの文官でして……」

 「何故ハラウル人がここにおる?」


 心底から訝しそうにしているのはシグーだ。

 太陽は無視して話を進める。


 「固い事言うなよ。俺とハルミナの中じゃねぇか」

 「そのように親密になった覚えはありませんが」

 「頼む」


 ハルミナは眉を顰めたが、この大型犬のような青年に“頼み事”をされると何故だか凄く断り辛い。


 仕方なくハルミナは己の脳漿の中の情報を引っ張り出す。必要な事は全て覚えているのだ。ハルミナは才女である。


 「彼らの騎獣である狼にどれ程の費用が掛かるか分かりませぬが、通常の騎兵が3000名、一月食べられる程度には」

 「そんなモンか」

 「ウーラハン殿は略奪をしておられません。それは良い事だと思いますが、今この都市は様々な、えぇ非常に様々な問題を抱えておりますので」


 行政機能が崩壊しているんだぞ。問題がある、と言うレベルじゃない。問題しかない。税金の徴収だってしていないのだ。

 亡霊兵達が変わらず(寧ろ生前より強力に)治安維持を行っているから無法地帯とまでは行っていない。でもインフラの保全なんかは放ったらかしだし、流通を担っていた商人達もガウーナを恐れて近付かなくなった。


 この状態が続けばいずれ更に深刻化する。電撃的に失陥したウィッサには多くの物資や財貨が残されているが、諸問題の事を思えば余り多くの兵力を抱え込めないだろう。


 「(民衆の事を無視すれば、やれる事は増える)」


 ハルミナはぼうっと太陽を見詰めた。


 「(だがこの人はそうしないだろう)」


 甘さとすら呼べる太陽の情け深さを、こういう言い方をするのも変だが、ハルミナは信頼している。


 「じゃ、結論行くぜ。

  ガウーナ!」

 「この者らから最精鋭の千名のみを受け入れ、後は高原に帰しましょう。

  狼騎兵の強さは数ではない。戦いに関しては、ワシにお任せを」

 「よし、ソル!」

 「ウルフ・マナスに取ってウーラハンと狼公の名は重き物。

  敵がハラウル・ベリセスともなれば裏切りはあり得ません」

 「オッケー、ハルミナ!」

 「だから私は…………あぁもう。……狼公の言った千と言う数字は中々よい物かと。

  そのぐらいであれば、不測の問題が起こってもすぐさま困窮すると言う事はないでしょう」


 うん、じゃぁ良いかな、と太陽は頷いた。


 「ウーラハン親衛古狼軍と新高原起軍はベリセスと戦う為に共闘する。

  悪いが主導権は取らせてもらう。起軍首魁スーセは千名の兵士を選抜してウィッサに入れ。

  ……何か不満とかある?」

 「はっ、いえ、ウーラハンや狼公と共に戦える事を名誉に思います」

 「詳細はガウ婆やハルミナと詰めてくれ。……おっとその前に」


 概要はいそいそと何かの本を開く。題名は『イケてる男のビジネス講座~営業編~』


 「一緒に飯でも食うか。俺の手料理を御馳走するぜ」


 スーセはぽかんとした。



――



 ガウーナはシグーに腕ひしぎ十字固めを極めた。


 「ぐわぁぁぁ何じゃこの技ぁぁぁー!」

 「ほっほっほ、我が主君にご教授頂いた“ぷろれす”とか言う戦技じゃ! 痛かろう、苦しかろう!」

 「おのれババア! あんな小僧に肩入れしよってぇぇ!」

 「小僧とは何じゃ! 首を撥ねるぞ!」

 「スーセを虐めやがって、許さんぞ! ぐがが、痛ぇ!」

 「誰が虐めるかいボケ! スーセはワシの孫の孫じゃ! 保護者面するでないわ!」


 スーセはじゃれあう二人の傍でわたわたしている。


 「あの、婆様、爺様、その辺で」


 ガウーナがシグーの腕を離す。シグーは呻きだか唸りだか分からない声を上げながら身を捩った。


 「ババア、相変わらず容赦が無いわ」

 「ジジイ、事前に御主君から言い含められて居ったから謁見の間では許したが、次あの方に舐めた口をきいたら許さんぞ」

 「ふん、同胞を手に掛けると?」

 「同胞じゃから尚許せんわ。ウルフ・マナスの守護神を侮辱する者を生かしておくと思うのか」

 「ワシらの守護神にしては、ワシらの事に興味無さそうではないか」

 「独立独歩よ。赤子のようにおむつの世話までして欲しいのか?」


 ぐぐぐ、と二人してまた睨み合う。スーセはダメだこりゃ、と呆れたように見ている。


 「アーメイ、何だか奇妙な事になってきたな」

 「うむ……ウーラハンの手料理か、一体どんな物が出てくるのやら」

 「いや、そういう事ではなく……」

 「分かっている、冗談だ。…………直ぐに戦士達の選抜に取り掛からねばならんな」


 スーセはホッとした。ウィッサに入ってから度肝を抜かれる事ばかりだ。

 この上アーメイまでおかしくなってしまったらスーセにはもうどうしようもない。


 「アーメイ、目ぼしい者を見繕え」

 「承知した。ウーラハンの饗応を頂戴したら直ぐに取り掛かる。……しかしその前に、済ませねばならん事があるな」

 「なんだ?」


 一行は中庭で陽の光を浴びながら話し合っていたのだが、そこに訪れる者があった。


 褐色の肌に刃のような鋭い眼光。

 ソルだった。





ボロが出そう。

(´;ω;`)

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