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東方アーリヤ・救いの手戦士団



 「マン・ハントで悪名高い最低の暗殺者達です。私としては関わり合いにならないのをお勧めします」


 ハルミナの銀髪をこしょこしょ弄りながら太陽は話を聞いている。


 「その成立は……うんむ、五十年ほど前、東の遠国……あうっ、アルハニ帝国の……」


 お、うなじに黒子がある。

 ハルミナの髪の手触りがあまりにも良い物だから、引っ張ったり梳いたり掻き上げたり。

 挙句の果てに毛皮帽を取り上げて三つ編みを作り始めたり。最早おもちゃだ。


 「うっく、アミア教によって、は、迫害された土着神の使徒からぶ、ぶん、分派し……」

 「えぇい話が進まんわ!」


 ガウーナがハルミナを取り上げてぴゅーっと逃げて行く。

 人形か猫の子のような扱いに怜悧冷徹が売りのハルミナも思わずむくれ顔。


 最高の手慰みを没収された太陽はうむむ、と唸って仕方なく玉座に座り直した。



 赤い絨毯の敷かれた冷たい広間。玉座から一段も二段も低くなった所では、問題のフィーン暗殺教団の者達が跪いている。

 ウィッサ政庁謁見の間には何とも言えない微妙な空気が漂っていた。主に太陽のせいで。



 「アハハ……もう一度名前が聞きたい」

 「東方アーリヤ、『救いの手』戦士団。名はサルマ。

  団内ではカウ・バハイを務めております」


 潰れた右目にただならぬ気配のある男、サルマ。太陽はその姿をじっくり見た。


 歳は二十……後半? 三十は行ってない。多分着やせするタイプだな。細身に見えるが、ゆったりとしたローブに身を包んでいても分かる程度には首が太い。

 暗殺教団とか言われるくらいなんだから暗殺者なんだろ。フィジカルステータスは高そうだ。


 「カウ・バハイってのはどの程度の地位なんだ?」

 「そうですな。今はハラウル・ベリセスに対する活動の纏め役といった具合ですゆえ……。

  支部長、その辺りが妥当でしょう」


 へぇ、そりゃ結構なお偉いさんだな。太陽は顎を撫でる。


 「まぁ長々雑談を続けても悪いし、用件を聞かせてくれ。

  ……あーっと悪いな。そのまんまじゃキツイだろ」


 椅子を持ってきてくれ、と太陽。サルマは即座に固辞した。


 「ウーラハン殿を前に椅子に座る事は出来ませぬ」

 「あ、そう。まぁここら辺は礼儀に五月蠅そうだしな。サルマ達がそれで良いなら」

 「……は」


 表情は少しも変わっていなかったが、応答に少し間があった。

 太陽が見た感じ、きびきびとした所作でハッキリと話す男だ。もしかしたら太陽のフランクな態度に困惑しているのかも知れない。


 「じゃ、改めてどうぞ、サルマ」

 「ご存知の通り、我等救いの手戦士団と大ハラウル連盟王国は敵対関係にあります」

 「悪い、御存知ないんだ。ここいらには来たばっかりでな」


 早速話の腰を折る太陽。サルマは「然様で」とだけ答える。


 「ハラウルが嫌いなのか?」

 「我等の神を踏み躙り、我等の同胞を迫害した者達です」


 信仰と実生活両方に起因する怨恨か、成程なー。

 太陽はうん、と頷いて先を促した。


 「太陽殿はウィッサにて籠城戦を始められる御様子」

 「いや、別にそう言う訳じゃないけど」

 「は?」


 思わず、と言った感じで聞き返すサルマ。太陽はそんなに変な事言ったか? と首を捻った。


 「……失礼ながら」

 「なんだ」

 「では、何故ウィッサの占拠を。略奪を終えてまだ此処に居られる理由をお聞きしたく」


 あー、と太陽は唸った。ガウーナが先日ごちゃごちゃ言っていたのを思い出したのだ。


 ガウーナの予想としては、ここでベリセス軍を蹴散らして戦果を喧伝していれば、あちらこちらから勝手に戦力が集まって来るのだそうだ。

 ハラウルは強大だ。それと戦っていれば、ハラウルと戦いたい奴が集まってくるのだとか。


 そりゃ狼公の名前はインパクト抜群だ。人を集めるのにうってつけだろう。太陽もそれには納得していた。

 だが最終的な目的は交渉である。ハラウルによって滅んだ三百年前の国の王冠が欲しいのだ。

 ……最早そのような段階は通り越しているような気もするが。


 「俺がしたいのは戦争じゃなくて交渉だ」

 「何を目的とされるので」

 「ボン、別に答えんでよいぞ」


 ガウーナがハルミナを抱えたまま口を挟む。

 聞かれたら何でも答えると思うのは間違いだ。特に外交上のあれやこれやでは。そこら辺我らが主君は御人好しが過ぎる。とガウーナは思っている。


 それにガウーナとしては戦いはもっと長く続けたい。

 今をときめく“シン・アルハ・ウーラハン”の戦意が低いと周辺に知られたら、ちょっと不都合だった。


 「……何にせよ、ベリセスは激怒している様子。交渉の場に着くこともままならぬのでは?」

 「その時は戦うしかないな。……本当はあんまり戦いたくないんだ。ガウ婆がいつもやり過ぎちまうから。

  無駄な殺しは好きじゃねぇ」


 サルマは太陽の瞳に一片の嘘も、気負いも無い事に気付く。

 虚勢を張っているのではない。真剣に、ベリセス兵の被害を心配してすらいる。


 この男は、自身が敗北するなどまるで思っていないのだ。


 「(面白い。これが大陸を相手取って戦った異邦の戦神の使徒。

  50にも届かぬ手勢で、ベリセス・ウィッサを奪い取った恐るべき戦上手の胆力か)」


 根拠のない自信で戦いをする輩には見えない。何か冷徹な計算がある。

 想像する事しかできなかった。サルマには太陽の手札を知る術は無いのだから。


 実際に太陽が指揮を執った訳ではないし、手札なんてそもそも持っていないが……。

 サルマのような内情を知る由も無い者達には、それが真実なのだ。


 「……我々アーリヤの徒はウーラハン殿への支援の準備があります」

 「支援?」

 「貴方が戦いの決意を固めておられるならば、進軍中のベリセス軍の後方攪乱を。

  マージナの有力者と繋ぎを付ける事も出来ますれば」

 「へぇ」

 「……更に直接的に、六日程持ち堪えて頂ければ南東の都市パササにて我が方の戦士達を蜂起させましょう。

  準備は大よそ済んでおります。パササを奪取すれば政戦両面においてベリセスは混乱必至」

 「ガウーナ」


 太陽は堰を切ったように述べるサルマを身振りで黙らせ、ガウーナを呼ぶ。

 ガウーナはハルミナを降ろしてサルマをねめつけた。


 「ボン、話半分に聞いとけ。あいや、話半分の、更に半分くらいで丁度よい」

 「おや、そんな感じ?」

 「こ奴等は手練じゃがベリセスに警戒されておる。攪乱や顔繋ぎくらいは出来ようがパササの奪取など容易では無かろう。

  そも、蜂起が真かどうかも分からぬ。ワシらを煽っておいて囮にしようとしとるんじゃないか?」


 ガウーナはフィーン暗殺教団に何か別の目的があると感じているようだ。

 ウーラハン親衛古狼軍をその隠れ蓑にしようとしているのだと。そう思っている。


 「行動が速過ぎるし、ワシらに都合が良すぎるわ」

 「ふーん」


 太陽は玉座にどっかりと背を預けた。


 でも別にサルマ達が何をしていようと、俺達がする事は変わらないんだよな。


 「サルマ、俺達を助けてくれるんだとして、そっちの要求は?」

 「ウーラハン殿が可能な限り長くウィッサを占拠してくださるのが、我らの望みです」


 うん、と太陽は頷いた。ガウーナの勘は正しいらしいな。


 ガウーナはサルマ達を警戒しているし、サルマ達もその実太陽達を利用しようとしているのは間違いない。

 それは仕方ない事だ。組織ってそういうモンだろう。寧ろ健全だ。

 でもサルマ……フィーン暗殺教団の要求がコレって事は、やっぱり太陽達のやる事は変わらないのだ。


 「別に俺達に期待してるって訳じゃないっぽいな」

 「……正直申せば、アーリヤとしての意見は、まだまだ様子見と言ったところ」


 ですが、とサルマは続ける。先程まで感情を感じさせなかった彼の眼は、今は何故か熱っぽい。


 「しかし私としては……ウーラハン殿に面白みを感じております」

 「暗殺者っぽくない言い方だなー」


 太陽は悪戯小僧のように笑った。


 「聞きたい事はもう無い。結論を出そう。

  ガウーナ」

 「好きにやらせときゃえぇ。アサシン如きの蠢動に乗じよう等と考えずとも、ベリセス如き叩いて見せるわ」

 「ソル」

 「論ずるに値しません。血を流す覚悟を持つ者だけが友邦で、実際に血を流した者だけが同胞です。

  このような者達はウーラハンには不要」

 「ハルミナ」

 「私に聞くのですか……ベリセスの不利になる事は言えませんよ。

  ……ですがまぁ、暗殺集団と関係を持てば、当然今後の渉外に関して差し障りがあるでしょう」

 「サルマ」

 「はっ? …………ははっ。

  信頼関係を築くに時間が掛かるは仕方なき事。一先ずは、我等の働きをご覧あれ」

 「おっけー」


 太陽は話を纏めた。


 「俺達は少しの間ウィッサで適当にやってるからさ、そっちも好きにやってくれ。

  でも……サルマの事はしっかり覚えとくぜ」


 何とも玉虫色の返答だったがサルマは承知した。

 ガウーナに視線をやれば満足げな顔をしている。彼女の採点では及第点の返答らしい。


 で、話は変わるが。

 太陽は身を乗り出す。


 「一杯やってく?」

 「……は、ぁ……?」


 流石のサルマも全く訳が分からない、と言う顔をした。



――



 「さぁ~けぇ~はぁ~……呑ぉめぇ~呑ぉめぇ~」

 「おどれおどれぇー!」

 「酒持ってこーい!」


 踊るは黒田節。ハルミナは喧騒の外側で羊皮紙に更に書き加えていく。


 「ウーラハン・タイヨーはフィーン暗殺教団と交渉した。

  しかし彼やその配下達の気性はとても教団と相容れるとは……」


 そこまで書いてハルミナは太陽の顔を思い出す。あっけらかんとした呑気な顔だ。

 太陽は全く……不可解な事だが……来歴、人種等を全く気にしていない。ともすれば、ウルフ・マナスとハラウルの確執までも知った事じゃないと言った雰囲気がある。


 振舞いを見ていればその底抜けの馬鹿みたいな大らかさが分かる。暗殺者だろうが何だろうが平然と懐に入れてしまいそうだ。


 ハルミナは前述の文章を羽ペンでくしゃくしゃに塗りつぶして、書き直した。


 「ウーラハン・タイヨーの器量は私には量りかねる」


 でも彼のような人間は、ハルミナには眩しい。



――



 ベリセス騎兵が、己が半身と言っても差し支えない騎馬を使い潰してまで、伝令として走った。

 数日かかる距離を大幅に縮め、彼は情報を届けた。


 ジギルギウス・マウセの元に。


 ジギルは怒りのあまり声も出なかった。


 「こちらの動きを天から見下ろすが如き用兵」


 俺を誘き出し、しかし奴らは去った。手薄となったウィッサを襲撃し失陥せしめた。

 マージナと連携している可能性もある。神速の行軍。神速の策動だ。ぶわ、とジギルの額から汗が噴き出る。


 いや、焦るな。震えるな。動揺をおくびにも出すな。兵が見ている。


 「…………強行する。脱落する者は置いていく。捕虜となるのを良しとしないのであれば自害せよ」


 硬い表情をしたマウセ赤光騎兵団。彼らに選択肢など無かった。


 「こちらを捕捉している敵を振り切る。輜重は捨て、今後の物資は略奪で賄う」

 「だ、団長、私は」


 ここまで僅かな休息も取らず駆け続けた伝令は懇願するようにジギルを見た。

 体力的にこれ以上の強行は不可能だ。ジギルは目を伏せた。


 「すまんな」

 「…………」


 騎兵は歯を食い縛った。




 それからジギルは自身の記憶の中でも最速の行軍を行った。危険も度外視して南へと突き進んだ。

 遭遇戦が起こるのは必至で、それすらもジギルは構わなかった。


 出会ってしまった側、しかも対騎兵装備が全く充実していないジャン・ドルテスにとっては全くの不運だったが。


 「ん? …………げっ」

 「噂の傭兵将軍か! 洒落臭い!」


 互いに全く準備不十分のまま、戦いは始まった。


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