放火魔マーガレット
「中間試験は突破した! 手応え十分!
夏を前にイケてる俺は更にイケてる男になった!」
主にインテリジェンス的な意味で。
その上異世界、戦神との出会い、戦争(小競り合い)を経験し、より一層人間に深みが出る事間違いなし。
「で、ボン、そうとなりゃぁ」
ベッドに座って腕組みする太陽にしな垂れかかる様にガウーナ。
「やるか、バイト!」
「よーしやったるぞい!」
ガウーナは小躍りする。ベリセスを叩いて、叩いて、叩きまくってやるのじゃと息巻いている。
かつての仇敵と戦えるのは彼女にとって喜び以外の何物でもない。
悲鳴を、断末魔を上げて血を流せ、ハラウル人!
ガウーナはその屍を踏み躙りながら歩く進軍する太陽の姿を思って尚一層燃え上がった。
戦神の領域では今日も桜が舞っている。
「ベリセスは本気になったようだぞ」
太い指で恐る恐る積み木を摘みながら戦神は言った。
何をしているかと言ったらジェンガだった。何故ジェンガなんだ? 太陽の疑問に答える者は居ない。
戦神は驚異の筋肉量を誇る。太い骨格、太い肉。それでいて見事な逆三角形のボディバランスだからその巨大さの割にスマートに見えるのだ。
そう言った体躯だからこう言った細かい遊びは苦手そうに見えるが、それはただの侮りだった。
手先が器用と言ったレベルではない。戦神の手捌きはまるで精密機械だ。
先程から戦神と太陽、交互に手番をこなしていくのだがこれは何とも難しい勝負になっている。
「うむむ、兄貴手強い」
「コツを掴んだ」
「ってぇ言うと?」
「何も知らぬ無垢な乙女に触れるようにやってみろ」
「ほぅ!」
太陽は愛し気に愛撫するようにジェンガに触れた。
ガウーナは「正直その手付きどうかと思う」と言った表情を隠しもしない。
だがしかし、太陽の一手は難航した。上手い事ジェンガを引き抜けず全体のバランスを崩してしまった。
「ぬはは、優し過ぎるんだよ! 摩擦を振りきれず、要らぬ所まで動かしてしまっとる」
「無垢な乙女……」
「女は女よ。お前も知っておろう、弱いだけの女などそうは居ねぇ。時には大胆さも必要だ」
「じゃぁ乙女とか関係ねーんじゃ?」
「気の持ちようだ!」
呵々っと笑う戦神は自分の手番を危なげなくやり過ごした。
バランスは完全に崩れてしまっており、どこか一突きすればジェンガタワーは簡単に崩れてしまう。
それをいとも容易くこなしてしまうのだから正に精密機械。
「で、ベリセスが本気ってのは?」
「残忍で勇猛な戦士達がマージナとの戦線を押し上げてる。
中々見所のある軍団だ。よく訓練されている見てぇだな」
ぐらぐら揺れるタワー。太陽はぎりぎりの所でクリアした。ほっと一息。
既にタワーは穴ぼこだらけ。決着は近い。
「火を使う兵団だ」
「火?」
「お前の方で言う火炎瓶や手榴弾何かがイメージとしては近い」
「えぇ、そんなのが」
まるっきりファンタジーの世界だと思っていたのに、そんなのがあるのか。
「……ほぅ……、太陽お前、運が強いな」
更に交互に手番をこなす。太陽の一手でまたもやバランスを崩したが、ぎりぎり、本当にぎりぎりの所でタワーは持ち堪えた。
戦神は顎を撫でる。
「相手に崩させりゃ良いゲームだ、これは。お前の不器用さが生んだ意図せぬアンバランスが、この俺を追い詰めてやがる」
「怪我の功名でござーいー」
「くはっ、抜かしよる!」
えぇいままよ、と戦神は手を出した。タワーは耐えきれず崩壊する。
「ぬおーっ!」
「いよーっしゃ!」
太陽は立ち上がってアドミナブルサイ。筋肉ムキムキマッチョマンの戦神の前でボディアピールなど身の程知らずも良い所だが、今だけは高らかな勝利宣言が必要だった。
……本当にポーズが必要なのかは気にしてはいけない。
「こういう戦いも良い。己が最善手を尽くしても、それは勝利を保証する物ではない。スリルがあるぜ」
「今回は勝たせて貰いやした」
「誇れ太陽。お前はウーベが戦神に勝ったのだ」
「ただのジェンガでさ」
戦神はくくっと笑った。ただのジェンガか。分かってねぇな。
まぁそういう鈍感さも愛おしいモンよ。戦神の呟きの意味は、太陽には分からなかった。
「さっきの火の話だがな、手榴弾……と言うか爆弾ってのは結構歴史が古い。お前の世界でもかなり古くから似た様な物はある筈だ」
「へぇ、そうなんですかい」
「暇を見つけて調べてみろ。歴史に学ぶも悪くないぞ。多くの神々はそれを軽視しがちだがな。
……人間の歴史は戦いの歴史だ。その全ての行いは、最後には戦争に辿り着く」
「……不穏な言い方でやんすね」
どこかで聞いたようなセリフではある。
人間の歴史は戦いの歴史。人は同じ過ちを繰り返す。したり顔でそう言っている媒体は幾らでもある。
「不穏な物かよ。俺は敬意すら感じてるぜ。……ま、それよりも、だ」
戦神は背筋を伸ばした。真面目モードだ。
太陽もジェンガをどかし、背筋を伸ばしてそれに応える。
「太陽、名を奪われ俺の権能は衰えた。
しかしとて俺は、猛き炎の槍持ちてまみえた敵全てを焼き尽くす者。
お前は俺の軍勢を預かる者として、か細き残り火が如きに後れを取る事、罷りならんぞ」
「はぁ……まぁ、どんな相手でも絶対勝つ、なんて事は言えやせんが……。
兄貴に恥を掻かせないように頑張るぜ」
どうやら戦神はハラウルの火の軍団とやらに興味を持っているようだ。太陽に発破をかけて来た。
「お前には俺の加護を授けてある。取るに足らぬ火勢ならば、お前は難なく潜り抜ける事が出来るだろうよ」
「おぉ、そりゃすげぇ」
「が、無理はせんように」
うむ、と頷いて戦神は締め括った。
――
勝ち戦にケチがついたと、直ぐに噂になった。緻密に張り巡らされたベリセスの騎兵通信網が齎すのは良い報せだけではない。
「ざまー見ろ騎兵ども。ガウーナの名前に踊らされやがって」
ベッケス歩兵連隊擲弾兵、”放火魔”マーガレットは朝から非常に上機嫌だ。
常日頃からお高くとまった騎兵隊の連中が大恥を掻いたと言うのだから。
大ハラウルの擲弾兵とは、彼らの祖国の秘奥が一つ、爆ぜる油を装備した歩兵である。
早い話が爆弾で、特殊な油の入った円形の容器に導火線が付いた物を投げるのだ。
腕力と体格に優れた者が選抜され、ベリセスが誇る騎兵と並び戦いを決める決戦兵科として用いられる。彼らはいつも対抗心丸出しで競い合っている。
マーガレットはその中で”放火魔”、”魔獣の斧”等々複数の異名で呼ばれる女傑だ。
戦いに身を置く者でありながら腰まで届く金髪。常に細められている目は人を馬鹿にしたようで、口元は小癪に歪んでいる。
性格は苛烈その物。戦意に欠ける同僚の陣に放火し、無理矢理戦線に突撃させたと言う疑惑(特定層相手には逸話)を持つ。放火魔と言う蔑み半分の異名はそこからだ。
味方すら焼き殺す彼女がそれでも精鋭中の精鋭として高待遇を受けているのは、その優秀さの裏返しに他ならない。
総じて扱い辛い女、と言うのが周囲の評価である。
「燃え盛れ爆ぜる油~♪ 粉々に砕ける鉄の口づけよ~♪」
「親分! 何処に行かれるんで?!」
「うるっせ! ついてくんな! しょんべんだしょんべん!」
草原まで出て行ってか? 呆れたようにぼやく部下。
ふらりと駐留している街の外に出ようとするのはいつもの事だ。上役の弱みを握っていて、外出申請をあっさり通してしまう不良である。
「ウルフ・マナスはクソ食らえ~♪ おバカのベリセス恥を知れ~♪」
ベリセスの歩兵でありながら祖国を悪し様に歌う反骨の女。
ワインボトルを片手に川で釣り糸を垂らす。ついでにササッと火を熾し、釣り糸がぴくぴく震えたら川魚を丸焼きだ。
「俺達ゃベッケス擲弾兵~♪ どいつもこいつも丸焼きだー!!」
鎧もブーツも脱ぎ捨てて、胸元もはだけさせたまま焼き魚を齧る。
ワインボトルをぐいぐい傾けて、ちょっと熱くなってきたなと思ったら川に飛び込んで一泳ぎ。彼女は「半魚人」と言われるほどの水練の達者でもある。
――今日は気分が良いぜ。下流まで流れてやるか。
激しい川の流れに身を任せ、息継ぎもしないまま流れていく。酔っぱらいは唐突に訳の分からない事をする物なのだ。
ぶくぶくぶく、水中の岩に何度もぶつかりながら流れた先。マーガレットは川から這い上がる。
「ぶはぁ!」
「おわ」
「ふぅ……ふぅ……、お?」
「……こりゃ、なんと言うか。どうも」
マーガレットが這い上がった所に一人の男が座り込んで居た。
周囲にはその男一人だけ。更に川が流れた先は滝で、霧に満ちている。
「……」
川べりにしがみついたマーガレットは男の顔を見詰めた。黒目黒髪の若者だ。
きり、とした眉。マーガレットを見詰め返す凛々しい瞳。
体躯は大柄だが暑苦しい余分な肉はついていない。
「御仁、どうかしやしたか」
崩れた口調だが初対面の相手に対する礼の払い方は知っているようだ。静かな口調の中に知性を感じる。
多少日に焼けた肌。手はごつごつとしていたが、苦労を知らぬようで爪の先まで綺麗に整えられている。
そして、その綺麗な手が差し出された。
「……兎に角、上がりなせぇ。そのままでは冷えやす」
――この坊主、良いとこのボンボンか。
――…………可愛いじゃねーか!
放火魔マーガレット。彼女の嗜好はちょっとばかり特殊であった。
「お、あ、あぁ、ありがとう」
部下が聞いたら噴飯物のか細い声でマーガレットは返した。とてもワインをラッパ飲みしながら魚を丸かじりにする女とは思えないたおやかな声だ。
手を取り川から上がる。男は間を置かず近くに放られていた鮮烈な紅の衣を手に取る。
派手な仕立てで前線の高級将校等が好みそうな外套だ。……しかし縫製技術はそんじょそこいらの物とは段違いである。文化芸術の都、ハラウル・アマウーディスの首都でもお目に掛かれるかどうか。
それを言ってしまうと男の着ている白いシャツや青いズボンなどは外套と似た様な縫製の上、全く未知の材質なのだが。
兎に角、男はそれを差し出してくる。
「お寒いでしょう。……それに、目の毒です」
マーガレットのはだけた胸を一瞥。男は頬っぺたを掻いた。
マーガレットはキュンキュンした。彼女を淑女扱いする男なんて今では皆無である。自業自得だが。
「借りと、て、と、……借りておくよ」
男はかなり若く見える。ならば私がリードしなければ……。年上の威厳を見せるようにクールな返事をして見せる。(マーガレット基準)
「こんな面白い出会い方は初めてでやす。何で流されて来たんで?」
「あー、えー、恥ずかしい話なんだけど、足を滑らせて落ちてしまったんだ」
大ウソである。酒を呑んで魚を食って酔い覚ましと腹ごなしを兼ねて川に飛び込んだのだ。
しかも装備を放り出したまま。
「そいつぁ災難で。火を熾しやしょう」
気遣い出来る男はポイント高い。マーガレットはにやけ面になる。
男は手の平大の四角い鉄板を取り出すとその物体の口を開いた。頭が外れて内部機構が露出する。
マーガレットの見た事のない装置だ。早い話がライターなのだが、彼女は不思議な顔をした。
太陽が親指を動かせば小さな火がついて、マーガレットは感嘆の声を上げる。
「(成程、このちっせぇ車輪みてぇなのが鉄やすりなんだな)」
目を凝らせば火口の中に紐のような物が見える。だとしたらその下は燃料だ。
火は小さくとも安定しているように見える。煤もそれ程出ない。使われている油は高い技術で生成された高級品のようだ。
マーガレットは乱暴者だが頭の回転は遅くない。それが戦いに応用できる物であれば尚の事。
男の隣には焚火の跡があって、そこには燃え残った木片と予備の燃料らしい枯木が積んである。
手早く火をつけた男はマーガレットを招いた。
「……ちょっと見せてもらっても?」
「こいつですかい? どうぞ。ライターって言いやす」
マーガレットはライターを受け取る時、不思議な香りを嗅ぎ取った。
油や汗臭さではない。これまで嗅いだ事のない不思議な香りだが、花や果実に近い甘さがある。
この坊主の香りか? マーガレットはどぎまぎした。
「へぇ、ふぅん。凄い」
ライターとか言う道具は職人の高い技術を感じさせた。
鉄製……マーガレットの知っている鉄とは全く違うが、兎に角鉄なのだろう。問題はどうやって加工されたかである。
「(人間の手で加工されたとは思えねぇ美品だ)」
かぱかぱと口を開いたり閉じたりして見る。片手で取り出してそのまま操作出来るように、大きさや使い勝手など工夫されている。
表面には狼のエンブレム。こちらも技術を感じさせた。
ただ狼、と言う所に嫌な物を覚える。ここいらで狼と言えばそれはウルフ・マナスしかない。
狼の一族。獣の心を持つ者達。
「はは、壊さないでくだせぇ。大事な物ですんでね」
「だろうね」
これ程の物。これ一つだけでちょっとした財産だ。
ライターを返す時にまた甘い香りがして、マーガレットはもじもじした。
「ここで会ったのも何かの縁。ちょいとお話ししやせんか」
男の申し出に、マーガレットはにやけ面になるのを抑えられなかった。
――
「成程、太陽は戦見物をしにハラウルに」
「そう言う訳じゃありやせんが、まぁそれも目的の一つです」
と、言う事はゆくゆくは軍人になるつもりなのか。
良いとこのお坊ちゃん。誠実で勤勉だ。ある程度の所まで行くだろう。軍人の資質を備えているかは分からないが。
かわいい。
「マーガレットの姐さんはハラウルの」
「一応部下を持つ身だ。百人くらいは私単独の裁量で動かせるよ」
「百人! スゲェ話だ。それに姐さんは随分と鍛えていらっしゃるようで」
「……ま、部下達に恥ずかしくない程度には」
太陽はマーガレットの話に素直に驚いたり、微笑んで見せる。
姐さん姐さんと質問を投げかけてくる姿はよく懐いた大型犬のようだ。
かわいい。
「太陽は世間知らずだなぁ、ふふふ」
「こりゃ面目ねぇ。こちらに来るようになって日が浅く……」
世間知らずな所があって、ついつい色々お節介を焼きたくなる。
物を知らない大人になりかけの男をマーガレット色に染めたくなるのだ。
かわいい。
「(く、食っちゃおうかな)」
良いとこのお坊ちゃんなのは明白だ。下手な事をしたら大問題になるだろう。
「(あ、あ、味見だけなら……)」
マーガレットはニタニタ笑った。自分では上品な大人のお姉さん的な微笑みを演出しているつもりだ。
はだけた胸元のボタンを更にちょっとずつ外して、わざとらしく腕組みしてみせる。
太陽は気付いている。だが、目を逸らしたり慌てて誤魔化したりはしない。挑みかかるような視線を向けてくる。
「(この目付きゾクゾクするぜ。うぶなネンネじゃねぇな)」
ほれほれ、もっと見て良いぞ。
太陽はどうやら女の肌を前に怯むようなフニャチンでは無いらしい。少し距離を詰めて見る。
「マーガレットの姐さんは」
「……何だ?」
「お美しい。髪は眩しくて、目も唇も色っぽい。それに身体は……」
太陽から飛び出す口説き文句にマーガレットは一々興奮した。
「身体は?」
「……この前読んだ本に良い表現があったんですが、姐さんもそれです。
姐さんの身体は研ぎ澄まされた刃みたいだ」
マーガレットは更に興奮して距離を詰めた。
どうした、来いよ坊主。そこまで口説いたんだから襲い掛かってこい。
ほらほら、何故来ない?
「だが俺は、女を酔わせて抱くのは恥ずかしい事だと教わってやす」
そういって鼻っ柱を掻く太陽。ワインの臭いに気付かれていたらしい。
……………………
ヒャァ、我慢出来ねぇ! 頂きまぁす!
マーガレットは太陽を押し倒した。
「格好つけやがって!」
「うおっ」
「俺を抱かないなら、俺が抱くよ!」
「ぬわーっ!」
太陽の目がギラリと輝いた。
「何のつもりですかい!」
「女に恥を掻かせるな!」
「…………前言撤回でさぁ! こうまでされちゃ、俺も我慢しやせんぜ!」
如何なる技か、マーガレットの天地がぐるりとひっくり返る。
百戦錬磨の擲弾兵があっという間に組み敷かれたのだ。
花か果実か、甘い香り。
頭を沸騰させたマーガレットの唇に、太陽が降ってくる。
――
マーガレットは川沿いをふらふらと帰った。とてもとても時間を掛けた。
時折背後を振り返り、後ろ髪引かれるような思いで歩き続けた。放り出した装備と釣り竿とワインを回収し、街に帰り着いたのは夕暮れ時。
ぼーっとした間抜け面。いつも猛獣の如く襲い掛かって敵戦列を吹っ飛ばすベッケス歩兵連隊擲弾兵とは思えない腑抜け振り。
兵舎に戻ってきたマーガレットに部下が駆け寄る。
「親分、お偉いさんがカンカンですよ!」
マーガレットは部下の顔を一瞥して、深い深い溜息を吐いた。
「……お前はダメだなぁ」
「はぁ? なんすかいきなり」
「ホントにダメだなぁ、全然可愛くない。……はぁ……太陽よぅ……。
あとちょっとだったのによぅ…………」
「一体どうしたんです」
瑞々しい肉体。意志の強い目。優しさと同居する荒々しさ。
花のような果実のようなほんのり甘い香りを思い出す。首筋に顔を埋めた時なんて脳みそ溶けるかと思ったぜ。
「…………おいお前、石鹸買ってこい」
「せ、石鹸?」
「そうだ石鹸だ。花の香りのする奴だ」
「ひょっとして、親分が使うんですか?」
「あたりめぇだろ!」
部下は噴き出した。周囲に居た者達もだ。
花の香りのする石鹸? それを誰が使うって?!
放火魔! 魔獣の斧! 猛犬! ハラウル・ベリセスが誇る恐るべき女擲弾兵が!
花の香りのする石鹸?!
「ぐわはははー!!」
「死ねコラァ!」
「グワァァーっ!」
部下は粛清された。仕方のない事だ。
配下を粛清できない者は無能であるとどっかの教本にも書いてある。
一頻り暴れた後、椅子に座って肉を齧る。
尻に敷かれる斃れた部下達。彼女の言う椅子とは積み上げられた彼らの事だ。
「ちくしょう……やっぱりウルフ・マナスは皆殺しだ。
あぁいや、違う。太陽以外は皆殺しだ」
良いとこのお坊ちゃんだとは気付いていた。しかし狼の一族のお坊ちゃんとはどういう事だ。
浚ってくりゃ良かった。そうだ、何で思いつかなかったんだろう。
略奪は勝者の権利。狼の一族をぶっ潰して、その時に太陽を浚えば良いんだ!
「決めた! ベッケス歩兵連隊擲弾兵、ここが女を見せる時だぜ!」
「……か、怪獣じゃねーか」
マーガレットは尻に敷いた部下を殴った。
――
「申し訳ありません、ウーラハン。どうか、どうかお許しを」
「もう良いって」
「や、やはりお怒りは解けませんか」
「怒ってない。俺を怒らせたら大したモンだ」
「ウーラハン、どうかご寛恕を……」
怒ってねーっつーに。太陽は地面に額を擦り付けるソルに辟易した。
太陽がマーガレットとどったんばったん組み合っている時に、魚釣りに行っていたソルがタイミング悪く戻ってきてしまったのだ。
ソルは太陽が襲われていると勘違いし(勘違いでは無いかも知れないが)、マーガレットを斬り付けた。咄嗟に太陽が制止しなければ討ち取っていた筈だ。
しかし結局マーガレットは攻撃をかわし、あっという間に逃げ去った。太陽と見知らぬ女が何をしていたか気付いたソルは血の気が引く思い。
そこからは平謝りである。
「問題はそこじゃねぇぞい。ワシが昼飯取ってくる間、ボンを護衛をするって話じゃったろ」
火の番をしているガウーナは冷たい表情。
「それがボンを一人にして怪しげなハラウル人を近付けるとは。……やっぱりインディケネを招集しておくべきじゃったわ」
「ガウ婆、俺が頼んだんだ」
「むぅ……」
「……ウーラハン、その事も、俺が軽率でした」
太陽は首を傾げた。
「俺が魚を釣ってこいって言ったのに?」
ソルは顔をへにゃへにゃにする。太陽はいつになく意地悪な事を言う。
俺の命令が聞けないのかと言われたらソルに返す言葉はない。再び地面に額を擦り付けて許しを請う。
「どうか……」
「えぇい、止めろーっ! それ以上やったら本当に怒るぞ!」
ガウーナが火掻き棒代わりに使っていた木切れを振り上げる。
「ボンもみだりに女を抱くもんじゃないぞい。病気に掛かったらどうすんじゃ」
「それは大丈夫らしい」
「どういう事じゃ?」
太陽は呑気にしている。
「兄貴のタリスマンと加護で、毒とか病気とか効かんのだそうだ」
「ほぅ、それならちょっとは安心できるの。
……じゃが矢張り素性の知れぬ者とまぐわうのは危ない。今はまだ良くとも、これから先は暗殺者どもが押し寄せるでな」
「はぁ? 暗殺者?」
そんな者、生まれてこの方出会った事は無い。
だが、と思い直す。暗殺者に狙われそうになるような事を、目の前の女狼は喜んでしているじゃぁないか。
「……そりゃな、ガウ婆がウーラハン、ウーラハンと盛大に宣伝してるからな」
「かっかっか。一度きりの人生、男ならば大陸に我ありと名を成して見せぃ」
「ガウ婆は俺を一体どうしたいんだ?」
「……くく、ククカカカ」
ガウーナは笑って、目を細めて、舌なめずりした。何かよからぬ事を考えているのは明らかだった。
一体どんな突拍子もない計画を立てているのか。太陽は大きな溜息を吐いた。
「……兎に角、今回の事はこれまで! 以上! 終わり! 良いな?」
「まーよかろ」
「ウーラハンの御言葉とあれば」




