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霧島 太陽はイケてる奴だ。



 「あぁ……パーフェクトだ。今日も俺はイケてる」


 昼時、学校のトイレの手洗い場。鏡を覗き込んで髪を整えながら、霧島 太陽は唸る。


 細い面立ちと鋭い目。身長180の大柄な体躯と相まって近寄りがたい印象を与える男だ。


 だが太陽は知っている。女の子ってのはちょっとくらい悪そうな奴に憧れる物なのだ。

 (当然、議論の余地はある)


 スタイル抜群。髪のセットも抜かりなし。ムダ毛は処理し、眉は整え、清潔感バッチリ。

 コロンの類はつけない。良いな、と思う娘もいれば引いてしまう娘もいる。そういうのよりは石鹸の香りがしていた方がずっと良い。(と、知り合いから教わった)


 程々に体を鍛えておくべし。マッチョ過ぎるのはダメ。女の子達は何事もスマートなのが好みだ。


 「やったるぜ」

 「タイヨー! 行くぞオラ!」

 「分かってる!」



 悪友から声が掛かる。太陽はバチッと頬を叩いて気合を入れる。

 ブレザーの前は閉じて、カッターシャツの首は開く。シルバーのアクセサリがちらりと覗く程度。全部は見せない。


 トイレから出て背筋を伸ばして歩く。目指すは校舎三階の放送室。

 昼の放送にかこつけて放送部員達が準備室で昼食を取っている筈だ。


 「良いか? ダメだったらクラスの全員にメッセで送りつけてやっからな」

 「大丈夫だ。問題ない。イケる」

 「本当かよ」

 「何故なら、今日の俺は特にイケてるからだ」


 悪友、三村 文太がにやにや笑った。この髪を逆立てた生徒指導室の常連はスマートフォンを手の中でもてあそんでいる。


 「お前みたいなバカ見た事無ぇぜ」

 「馬鹿が何をするかじっくり見てやがれ」


 太陽は放送室の扉をノック。丁度昼の放送が始まった所だ。

 返事があり、扉を開く。放送スペースでプリントを読み上げる後輩と、それを監督しながら準備室で弁当を広げる先輩。


 太陽はその内の一人、倉敷 祥子に熱い視線を送った。

 結い上げた髪。ツンとした鼻。薄い唇。

 背はちょっぴり低いがストッキングに包まれた足はすらっと長い。いつも落ち着いた声で怜悧に話す百点満点のクールビューティだ。


 「おぅ、タイヨーか。何だよ」

 「オス、先輩。お邪魔しやす」

 「いーよいーよ、まぁ上がれ」


 文太が太陽の後ろに続きながらスマホのカメラ機能を起動する。


 「(よし、ぶちかませタイヨー)」


 ぼそぼそ言う文太を無視し、太陽は祥子の座る机の近くに仁王立ちした。


 「祥子先輩、本日はよいお日柄で」

 「おう、飯食ってくか?」

 「いえその前に先輩、今日はお誘いに来やした」

 「お誘い? どっか行くのか?」

 「それも良いんですが……、今日は是非俺の家で、一晩過ごしませんか」


 祥子は殆ど空っぽになっていた緑茶のペットボトルで太陽をぶっ叩いた。


 「アホ」

 「あいたッ! 大丈夫です先輩」

 「何がだよタコ助」

 「ゴムは用意してありやす!」


 ばちーんと良い音がして太陽の頬っぺたに紅葉が咲いた。放送室が爆笑の渦に包まれて、文太はその様子をスマホに収めた。


 放送スペースでプリントを読み上げていた後輩が、音は聞こえずとも大体の事情を察したようで、堪え切れずに噴き出している。


 『以上でおひ、お昼のごぶふッ! ぐはッ、あばっふ!』



――



 私立鳳学園二年A組出席番号五番、霧島 太陽のスゴイところは何と言ってもそのクソ度胸である。


 率直で大胆。何に対しても物怖じしない。ちょっと抜けていて、ちょっと人懐っこい。

 クラスの女子達はそんな太陽を大型犬みたいだと言って、ワンちゃんなんてあだ名を付けている。


 チョイ悪を気取っていてもお見通しだ。これだから女の子ってスゴイ。


 「こいつマジやべぇんだって。『今日の俺は特にイケてる』って自信満々に乗り込んでってよ」


 文太の周りに集まっていたクラスメイト達は大爆笑だ。既に写メは送信済み。

 ひーひー言って目尻に涙まで浮かべる連中に向かって太陽は堂々と言った。


 「イケると思ったんだけどな」

 「イケる訳ねーだろ!」


 茶髪の女子、飯島 亜里沙がアクセサリをじゃらじゃらさせながらスマホを弄ってまた爆笑。

 画面には太陽が祥子に張り飛ばされる正にその瞬間が映っている。文太の熟練の技が光る一枚だ。


 「あーおっかしー。やっぱり面白い奴じゃん、ワンコちゃん」

 「誰がワンコだ」


 クラスの女子がまた笑う。笑いの余韻が残っているせいで、きっと箸が転がっただけでも笑うだろう。


 「怒んないでよ。良いじゃんワンちゃん」

 「そうそう、可愛いよワンちゃん!」


 囃し立てる女子の勢いに太陽が負けそうになった時、亜里沙がスタっと立ち上がってスマホをポケットに突っ込んだ。

 胸を寄せてあげてセクシーポーズ。ベリーベリーチャーミング。


 「可哀想だからおっぱい揉ませてやろっかぁ」


 マジかよ。


 太陽は即座に立ち上がって亜里沙に近寄ろうとするが、文太にケツを蹴っ飛ばされる。


 「止めんか」

 「いてッ」

 「お前も調子に乗るなよ、処女の癖に」

 「はっ? ば、ばっか。何でアタシが処女なんだよ」


 クラスメイト達はその反応にあっとなった。


 「(処女か……)」

 「(そうだったんだ……)」

 「(意外……)」


 太陽は真剣な顔をした。


 「分かったよ飯島。いや、亜里沙」

 「な、なによ」


 急に名前を呼ばれて亜里沙は驚いたようだった。


 「俺の家に来てくれ。優しくする」


 ばちーんと音がして太陽の頬っぺたに紅葉が増えた。クラスメイトの幾人かが腹を抱えながら机に突っ伏した。



――



 夕ぐれ帰り道。春も終りかけ、生ぬるい風が吹く。太陽はファッション誌をめくりながら川沿いの土手を歩く。

 今日だけで二度もビンタを食らったが太陽はめげない。健康的な男子なら、女体の神秘の追究をあきらめてはいけないのだ!


 「いや、実際そう悪くねぇと思うけどな」

 「あたりまえだ。俺はイケてるからな」

 「それそれ、そういうところな」


 超強気、かつ口だけでないところは隣を歩く文太も一目置いている。

 太陽は女の子と仲良く、イチャイチャしたい。当然その先も。

 重要なのは変に格好つけてそれを隠さず、しかも努力しているところだ。


 なんのって? モテる努力だよ!


 「今日バイトは?」

 「無い」

 「だろうな。じゃぁやっちゃうか? 悪い遊びをよ」

 「いや、図書館に行く」


 文太はげっそりとした。お勉強かい。

 いくらルックスを磨いても中身がダメなら全部ダメだ。太陽はそのあたりも抜かりない。


 「お前見てると、頭が良いのと勉強できるのは別物だなってよくわかるぜ」

 「俺がバカじゃなかったとしたら、お前は俺とダチだったか?」


 文太は良く分からないような顔をしている。

 だが太陽がもっとかしこく立ち回る男だったら、こんな仲にはなっていないだろう。


 「知らねーよ。……たぶん、ダチじゃねーんじゃね?」

 「ならバカで良かったぜ」

 「…………っかー! くっさ!」


 何で男口説いてんだ、と文太。耳が赤くなっているのを太陽は見逃さなかった。


 「気ィつけろよ、最近物騒だからな」


 誤魔化すように言いながら文太は土手を降りて川に掛かった橋に向かう。目的地は繁華街だろう。


 太陽は短く「おう」と返してそのままファッション誌との睨めっこを再開した。



の、だが



 十数分歩いて、気付けば全く知らない場所にいた。

 ファッション誌に夢中になって道を間違えた、訳では無い。土手から図書館まで距離こそあるが一本道。

 それにそこそこ通う場所だ。間違う事はまずない。


 「なんじゃこりゃ」


 立派な桜の木が道を作るように並んでいる。薄いピンクの花びらが風に舞う。

 シーズンはもう過ぎた筈だ。遅咲きなんて言葉では説明できない気がした。


 神社の参拝道のようなおもむきがある。沈みかけの太陽に照らされて、不思議な雰囲気だ。


 太陽はうーんと唸った。


 「こっちだこっち。まっすぐ進め」

 「誰だ」


 男の声がした。周囲に人影は無い。

 連なった桜の木々が作る道の奥で誰かが呼んでいる。


 「幽霊かな」


 好奇心が刺激された。幽霊、妖怪なんのその。太陽はクソ度胸が売りの男である。

 ずんずんと花びらが舞う中を進む。


 途中、がく、と膝が落ちるような感覚があり、太陽は軽いめまいを感じた。

 すると周囲の光景が変わっていた。今の今まで桜の道を進んでいたのに、いつの間にやら広場に出ていた。


 やっぱり幾つもの桜が花びらを散らしていて、それらが輪になるようにして広場を作っている。


 「よく来たな」


 あぐらをかいて太陽を待ち受ける男が一人。背を丸めながらお椀で酒か何かを呑んでいた。


 「(でけぇ)」


 でかい。座っていて正確には分からないが恐らく身長200は超えている。

 背が高いだけじゃなく、骨格もでかい。おまけに筋肉モリモリマッチョマンだ。

 格好は随分とワイルド。上半身は裸で下半身は皮の腰巻一枚である。まともじゃない。


 裸族かよ。サマになってなきゃ通報してたな。っていうか腹筋やべぇな。


 「エクスキューズミー?」


 顔立ちはとてもじゃないが日本人には見えなかった。伸ばし放題の、しかし不潔な感じのない長髪がよく似合っている。


 「おいおい、今お前らの言葉で話しかけたろう?」

 「オス、失敬しやした。俺は霧島 太陽と申しやす。差し支えなければ、アンタの名をお聞きしたく」


 よくわからない江戸っ子口調のようなもので太陽は名を聞いた。

 大男はかかっと笑った。好感触のようだ。


 不思議な魅力と凄味、雰囲気のある男だ。この男が嬉しそうだと、何故だか太陽まで嬉しくなる。


 「俺もお前に名乗りたい。だが理由があってそれが出来ん」

 「はぁ……理由」

 「勿体ぶってる訳じゃない。取り敢えず、身代ぐらいは語っておこうか」


 大男はお椀を放り出して背筋を伸ばし、掌を上に向けて太陽に差し出した。

 あ、これ、「おひけぇなすって」って奴だ。



 「人間、霧島太陽よ。俺はウーベの戦神。メンデの座に連なる一柱。

  猛き炎の槍持ちて、八柱の神々と三つの王国を攻め滅ぼした最強の神よ」



 太陽はちょっとの間ぽかんとした。


 「はぁ、なんと……、ウーベ? のせんしん?」

 「戦いの神ぞ! わはは! 跪けィ!」


 何がおかしいのか大男はまた笑う。神と名乗られて太陽は困惑した。


 そりゃそうだろう。朝起きて、登校して、先輩にビンタされて、クラスメイトにビンタされて、図書館に行こうと思ったら神様と出会いました?

 アホか。


 異常な状況と常人には見えない大男。ひょっとしたら人間じゃないかもとは思っていたが、まさか神を名乗るとは。


 「戦いの神って言うと建御雷とか」

 「ちがうちがう」

 「フツヌシとか? 申し訳無いが、それぐらいしか知らんのです」

 「しゃーない。そもそも俺はこの国の神じゃない」


 マジか。外国の神様か。神様の世界もグローバル化か?

 太陽は特に証拠も無いのに大男の言う事を信じる気になっていた。


 っていうか神様って結構フランクだな。


 「いや、もっとだな。俺はこことは異なる世界の神だ。大昔、こちらで暴れた事が無いでも無いが」


 異世界の神様? 太陽には想像も出来ない話である。

 しかしそうなると、と太陽は答えた。エセ江戸っ子口調は抜けないままだった。


 「異世界の神様となりやすと、俺がアンタに跪く理由は有りやせんね」


 不敵なニヤリ笑い。太陽のクソ度胸。

 大男は何でもないように答えた。


 「おう、そうだな」

 「ありゃ、お認め下さる?」

 「その通りだろ。俺だったら跪かん」


 大男は再び背を丸める。いつの間にか新しいお椀を握っていて、その中には琥珀色の液体が揺れている。


 「俺はこっちの方の神々とはワケが違うのよ。

  確かに太陽、お前の如き人間はデコピン一発で消し飛ばせる。が、それでも我々は対等である」


 対等、と言う言葉の意味を勉強し直す必要がありそうだ、と太陽は思った。

 この戦神様の言う事が本当なら対等である必要は無い。太陽を無理やり跪かせて終りの筈だ。


 「ほらこうよ」


 戦神はあぐらをかいたまま右手を地面に向けてデコピンを放った。

 ざぶ、と聞いた事のない音がしたと思ったら土くれが舞い上がった。地面が抉れてサッカーボール大の穴が開いている。


 「マジかよ」

 「マジだ、人間」


 そもそも戦神の指は地面に触れていない。地面の方を向いていただけだ。

 衝撃波だかなんだか、目に見えない力が地面をブッ飛ばした。人間業ではない。


 これは確かに太陽の頭くらいなら消し飛ぶだろう。


 「こっちの神がどういう物か興味が無いので知らん。

  だが俺と人間は互いに互いを必要としている。俺達の世界ではな?

  俺の信徒達は俺の為に神殿を建て、俺の石像を崇め、供物を捧げる。時にはもっとダイレクトに俺に力を貸してくれる。それは確かに俺の力となっている」


 今この戦神様、英語使わなかった? え、そういうもんなの?


 「俺も信徒達に力を貸す。加護を与え、脅威迫らばそれを討ち滅ぼす。俺は戦いの神。最強の一個の戦士であり、最強の軍団の主だ」

 「はぁ、然様で」

 「然様だ」

 「スケールのでかい話で、俺にはなんとも。しかしその戦神様が俺に何の御用で?」


 状況を見るに、だ。太陽をこんなところに連れ込んだのはこの戦神様だ。

 太陽はただ歩いていただけだ。図書館に行こうとしていて、どうしてこんな所に迷い込む?


 「霧島太陽。お前は自分の事を勇敢だと思っている」

 「クソ度胸には自信がありやす」

 「それは正しくもあり、また間違いでもある。お前は勇敢である以上に心が壊れている。狂人だ」


 突然狂人扱いされて太陽も流石に眉を顰めた。


 「そのイカれ振りを買ったのだ。太陽、お前が欲しい」


 太陽は無意識の内に後退ってケツを抑えた。この戦神様、ホモか?

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