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365×300連勤のアットホームな職場



 「おうとも、認めるわい。そこそこ手練のようじゃ」


 騎兵刀を突きつけながら黒い霧を吐き出す重装騎兵。

 ガウーナともある程度打ち合う膂力と技。これが一騎のみでなく、徒党を組んで襲ってきたとしたら成程、難しい相手だ。


 予想的中。緑の湖から沸き立つようにして周囲に満ちた黒い霧は、次第に形を成して重装の騎兵となった。

 黒い鎧に損傷した武装。兜の隙間からぽたぽたと、血か汗かも分からないような液体を滴らせている。


 「しかしお主らの如き勇者の首を、ワシらは幾つも刈り取って来たんじゃぞい」


 ガウーナがシャムシールを天に掲げた。炎の蛇の血を用いて鍛造された刃には刃毀れ一つ無い。

 ゆらゆらと揺らめかせた後、鋭く一振り。風切り音と同時に吠える。


 「アオォォォォッ!!」


 狼の遠吠え。


 太陽は急激な脱力感に呻いた。


 「う、おっ! なん、だ……?!」


 懐で戦神の軍団目録が熱を放っている。

 火の粉のような燐光が舞う。次の瞬間、太陽の横を熱い何かが駆け抜けた。


 「これが……最盛期のマルフェー・ハサウ・インディケネ」


 太陽を庇うように立ちながらソルが唾を飲み込む。


 太陽の横を駆け抜けていった熱い風。布冠から黒髪を靡かせた狼騎兵達。

 白い戦装束に金の装具。腰には二本の曲刀を佩き、短弓と矢筒を背負っている。


 白き野花の同胞達。ガウーナが身内自慢全開で褒めちぎる伝説の狼騎兵達だ。

 なんだかんだ言いつつこれまで見る機会は無かった。ガウーナはアガーデシュの魔物を相応の好敵手と認めたらしい。


 白き野花の同胞が、掲げて誇るに値する首級だと。


 「そ、れ、は、良いんだ、が」


 力が抜けるんだけどぉぉぉ。太陽は膝をがくがく震わせた。インディケネの出現と無関係だとは思えない。


 「ウーラハン、御身に何が」

 「な、なんか、俺の生命力的な、そんな感じのミッシングなパワーを、使ってるっぽいぞ」


 ハサウ・インディケネの招集に。


 「でも我慢できる」

 「脂汗を掻いておられますが」

 「痩せ我慢も男の仕事だぜ」

 「……は! ウーラハン、俺も使命を果たします」


 ソルは虫一匹通さぬ、小指一本触れさせぬ、と気焔を吐いた。


 ガウーナは招集したハサウ・インディケネを整列させご満悦だ。

 そりゃ大陸中部高原地帯でキングオブキングスだったらしいのだから自信満々だろう。

 太陽は額に滲んだ脂汗を拭ってその背を見送る。


 「へぇ……なんてーか、やっぱりガウ婆って格好いいなぁ」


 こんなイケてる女今まで見た事ねぇ。ガウ婆が負けてる所って想像出来ねぇ。


 呑気な感想を漏らしている内に、ハサウ・インディケネと重装騎兵達は睨み合った。

 胸を開いて朗々と語るガウーナ。


 「亡霊よ、ボンに降れぃ。さもなきゃそっ首切り落とし、その惨めな有様に止めをさすぞ

  狼の一族が最精鋭、マルフェーの勇者達が相手じゃぁ!」


 ぐるぐる、と奇妙な馬の嘶き。

 無言のままガウーナと打ち合うばかりであった黒い鎧の騎兵は、その時初めて応えた。


 何とも言えないくぐもった声だった。湿ったような感じで、聞き取り辛い事この上なかった。


 『……お、お………き、き、貴公、ら……ま、マル、フェ』

 「は? なんじゃ、話せたのか」

 『ゆ、友軍、か……』

 「はぁ?」


 何だか妙な事になったぞ、と太陽は震える膝を励ましながら事態を見守る。


 「……ガウ婆、少し話を聞いてみてくれ」

 「ふーむ、分かったわい。……お主らシルヴァ黒騎兵よな?」


 亡霊騎兵達は各々の武装を鞘に納める。敵意は霧散した。


 『わ、わ、我等、せ、せ、聖シルヴァ、くく、黒鉄鎖、き、騎兵団』

 「それがオフィシャルな名前なのか。……話も通じるっぽいな」


 聖シルヴァ黒鉄鎖騎兵団。ちょっと長い。でもそんなモンかも、と太陽は頷く。

 ガウーナの話ではかつてマルフェーの氏族は彼らと協力してカラケイだかガラケーだかの魔女と戦ったらしい。


 『まま、マルフェー、氏族、お見受けす』

 「然り。ワシはマルフェーのガウーナ」

 『へ、へい、陛下の、陛下は、ど、どちらにお、おられる』

 「陛下ぁ?」


 団の筆頭格らしき騎兵は、つっかえ、どもりながらも話を続ける。

 太陽達は辛抱強くそれを聞いた。




 話の内容を把握して太陽は眉を顰めた。


 シルヴァ亡霊騎兵達はこのアガーデシュ古戦場で、自分の主君を探し続けている。

 彼らは半ば正気を失っている。自らが死んだ事にも気付いていない。……或いはそんな事どうでも良いのかも知れない。


 『と、と、砦が、も、燃えている。へ、陛下、を、お救い、せ、せねば』

 「……そうか、アンタ達にはそう見えるんだな」


 ガウーナはかつて真っ暗闇の中に閉じ込められていた。死後の世界は人によって見える物が違うと戦神の兄貴が言っていた。

 シルヴァ亡霊騎兵達にとって、ここはまだ古戦場ではないのだ。


 燃え盛る砦。激しい戦い。彼らの時間は三百年前から止まったままだ。

 その中を安らぐ事無く走り回っている。時折迷い込む獲物を殺しながら。


 ――存在しない主君を探して。


 「…………ガウ婆、俺が話したい」


 太陽はシドの隣に立つ。ガウーナと視線を交わして、一つ頷く。


 「お初にお目にかかる。自分は太陽・霧島。力不足ながらガウーナ達の頭をやらせてもらっておりやす」

 『う、う、ウルフ・マナスの、わ、若者、よ。お初に、お目に、掛かる。戦場、ゆえ、御無礼を、ゆ、ゆ、許されたし』

 「聖シルヴァ黒鉄鎖のお歴々、どうか聞いてくだせぇ」


 太陽はおひけぇなすって、と見得を切った。


 「方々のご主君殿は多分、もうここにはおられやせん」

 『……な、なにを? そ、んな、は、筈はない』

 「事実で御座いやす。ざっと三百年前に、この戦はケリが着きやした」


 シルヴァ亡霊騎兵達は暫し無言になった。


 『へ、へ、陛下が、へ、陛下を、お救い、せ、せねば』


 かと思うと、先程の言葉を繰り返す。太陽との問答は無かった事にでもなったらしい。


 「ですから、方々」

 『陛下を、陛下を、陛下が、待っておられる』

 「駄目で御座いやすか」


 太陽は再び言い募る。しかし彼らは聞く耳持たなかった。


 『さ、探せ。ま、ま、魔女どもを追い立て、へ、陛下をお救いせよ』


 筆頭格に命じられ、彼らは煙の様に姿を消した。


 周囲から重苦しい気配が消える。太陽は拳を握りしめた。


 「……インディケネの招集が無駄になったわい」


 ガウーナはシャムシールを一振り。白い野花の同胞達もまた、煙の様に消え去る。

 亡霊と亡霊のぶつかり合いは回避された。良いか悪いかは分からない。


 「ボン?」


 太陽はシルヴァ亡霊騎兵達が消えた場所をじっと見詰めている。


 「よくねぇよな、こう言うの」


 虚脱感も忘れ、奇妙に切ない。男達があぁして、ただたださまようのを見るのは。


 目録に手をやるがうんともすんとも言わない。

 誓約を交わすには相手の同意が必要だ。このままでは無理だろう。


 「兄貴は仲間に出来ねぇ時、“強かったら滅ぼせ”って言ってた」

 「中々の手練よ。あれに勝つのは楽ではない」

 「……滅ぼしたくねぇ」


 ソルが遠慮がちに聞く。


 「ウーラハン、ではどうされますか?」


 太陽は短く「帰ろう」とだけ言った。



――



 太陽は戦神に頭を下げた。


 「兄貴、今回の事」

 「見ておった」

 「兄貴は滅ぼせとおっしゃいやしたが、したくありやせん」


 頭を下げる太陽。戦神は太陽の次の言葉を待っている。

 その態度はガウーナとソルには不機嫌のようにも見えた。

 桜の花びらはらはら。ガウーナとソルもはらはら。

 もし、もしも、だが、戦神が太陽を罰しようとでもしたのなら、何としても庇わねばならぬ。


 「彼らを救う事は出来やせんか」

 「ふむぅ」


 戦神は意味深に顎を撫でる。


 「救うとはなんだ?」

 「なんだとは、なんで?」

 「奴らにとっての救いとはなんだ?

  主君も、祖国も既になく、己らがただ三百年無意味に殺戮を繰り返していたと知る事か?」

 「意地の悪い言い方で」


 太陽は怯みもしない。


 「自分が何をしているかも分からず、ずーっとあのままで居ろってんですかい」

 「哀れに思う。故に滅ぼせと言った」

 「嫌でさ」

 「太陽、己が矜持の為に神の言葉に背くか」


 戦神が身を乗り出す。ガウーナとソルは太陽の背後で跪いたまま冷や汗塗れになる。


 戦神の全身から威圧が放たれていた。物理的な圧迫と錯覚する程の。

 消し飛んでしまいそうになる。歯の根が鳴りそうになる。


 ガウーナは少しだけ視線を上げた。

 ボンと来たらクソ度胸に任せ、相変わらず平然としておられる。


 次に隣のソルと目配せを交わす。

 もし最悪の事態になったなら、二人でボンの前に飛び出そう。


 が、そうはならなかった。


 「凄んで見せたって無駄ですぜ」


 太陽は気の抜けた笑みを浮かべた。苦笑に近い。


 「だって兄貴、何だか楽しそうだから」

 「…………うわっはっはっは!」


 破顔した戦神、右の拳で地面を一突き。天地鳴動し大穴が開く。

 その底から溢れ出す琥珀色の液体。甘い香りが周囲を満たし、戦神は何処からか取り出したお椀でそれを掬い上げた。


 「俺の奢りだぜ」

 「頂戴しやす」


 太陽は恭しく受け取って一気に干した。リンゴ味だった。


 「聖シルヴァ黒鉄鎖騎兵団。……太陽、かつて奴らの戴いていた王の冠は、今はハラウル・ベリセスの物となっている」

 「冠……?」

 「奴らの主君の権威の象徴だ。それがあれば、多少は奴らも耳を貸す気になる筈だ」


 太陽は深く頭を下げた。


 「ありがとう御座いやす。で、そいつは今どこに?」

 「そこまでは俺も知らん。どこぞの宝物庫にでも放り込んであるのではないか?」

 「……分かりやした、どんだけ掛かろうがそいつを探し出しやす」

 「いや、待てぬ」

 「へ?」


 きょとんとする太陽。にやにやしている戦神。


 「雇用主の命令に文句を付けたんだ。それも正当な理由なく自分の我儘で。

  ……俺がお前の世界の倫理や道徳を重視しているなんて思ってねぇよな?」

 「承知しておりやす」

 「故に、俺の方からも文句を付けさせて貰うぜ。

  太陽、古の宝と言うのは探すのに時間が掛かる。我らのようにその地に伝手が無ければ尚更だ。

  故に、ベリセスを叩け」

 「……何故そうなるんで?」


 戦神のにやにやが邪悪な物へと変化していく。


 「何十も、何百も殺せと言ってる訳じゃねぇ。

  そうよな、戦場で貴人を一人か二人攫って、その身代として王冠を捜索させよ。

  奴らは屈辱を味わいながらその上でお前を交渉相手として認める事になる。

  ……どういう事か分かるか?」

 「うーん、ピンと来ねぇ」


 俺を交渉相手として認めるって、だからなんだ?


 「ま、仕方ねぇ。それはな、人間どもの政治の世界ではある程度重要な意味を持つ。

  お前はこの戦神の名代として奴らを屈服させるのだ。……交渉、と言う意味でだぞ」

 「はぁ……名代として。でも兄貴の名前を出したら、あちら側の神様方が黙ってねぇんじゃ?」

 「俺が実際に出向かなきゃそうでもなかろう。奴らは人間同士の争いに対して興味を持ってねぇ」


 断言する戦神に、太陽はそう言う物かと納得する他ない。

 しかしそれよりも……


 「誘拐犯って人聞き悪過ぎやしませんか」

 「まぁ……悪いな」

 「兄貴の名前に傷が付いちまう」


 懸念を示す太陽だが戦神は寧ろ楽しそうにしている。


 「悪名も名声には変わりない」

 「へぇ……」

 「それに俺はあの大陸の者達に好かれたい訳じゃねぇ。

  俺は軍団を再建したいが、取るに足らぬ木端どもなどどうでも良いんだよ。

  奴ら如きは太陽、お前が知らしめる俺の武威に怯え、ベッドで震えてりゃぁよい」


 俺が欲しいのは一握りの勇者達であり、有象無象の雑兵ではない。

 戦神はいつもすっぱりと竹を割ったように話す。


 「それに戦場で、と言ったろう。ベリセスがどういう国家なのかお前もある程度分かって来た筈だ。

  戦場で攫われようとそれはそいつの無力が故だ。弱い奴が悪いのよ」

 「またそれですかい」

 「狙う相手やその取扱いはお前に一任する。

  ……自分で言うのもなんだが、俺は今回珍しく、極めて効率的な方法をお前に示したんだぜ?」

 「あーまぁ、話が早そうだってのはあるなぁ」

 「そうだ。お前が目を掛けているあの傭兵、ジャン・ドルテスから少しは聞いたろう。

  身代金を取るなんて事ぁ日常茶飯事。寧ろ情け深い遣り方だ」

 「そりゃ分かりやす」

 「常識を捨てろ。あの大陸はお前がこれまで学んできた道徳になど斟酌しねぇ」

 「……なるほど」


 戦神はごつごつと大きい手で太陽のほっぺをムニムニした。


 「わむむむ!」

 「わはは、むくれるなむくれるな! わははは!」


 どこかで見たような光景だ。部下は上司に似るのだろうか。


 戦神は太陽を宥めたが発言を撤回する気は無いようだった。


 太陽にもある程度の妥協が必要だ。あれもこれも自分の思い通りに、とは行かないのが世の中である。


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