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弱ぇのが悪い。ここテストに出ます。




 「しかし面白い偶然だった」


 太陽は日の落ち始めた草原を、シドの背に揺られながら進む。

 呑気な言い草に傍を歩いていたソルが頷いた。


 「ジャン・ドルテスの事でしょうか?」

 「そうそう。やっぱり奇妙な縁を感じるぜ」


 どうかのう、と太陽の背後でガウーナ。


 「ボンに見初められたせいで運命に絡め取られたのではないか? あの男」

 「ハハ、なんだそれ」


 俺のせいって、何がどう俺のせいなんだ? 太陽は思わず笑う。

 しかしソルはガウーナの意見に感じる物があったらしい。


 「しかしウーラハン、貴方の使命は死せる勇者達を集める事」

 「……だから?」

 「ひょっとしてジャン・ドルテスは死ぬのですか?」

 「俺に分かる事じゃないだろ」


 ソルは急に話を飛躍させた。太陽がジャンの……”死の運命”とでも言えばいいのか? そう言った物を嗅ぎ取って付き纏っているのではと考えているらしい。


 「(しかし正直な所)」


 ジャンには死相が出てる。ような気がする。根拠はないが。


 「(死ぬとしたらジャンの兄貴は、どんな風に死ぬんだろうか)」


 何のために生きて、何のために死ぬか。

 平和な日本では、そんな男の情動を目にすることはまずない。


 いや、本当はあるのか? 世の中沢山の人間が家族や何か大事な物の為に毎日働いている。

 その一生をつぶさに見てみれば感じる物もあるだろう。だが、今はそれは置いておく。



 知りたい。この危険な世界の男が何を考えて生きているのか。



 「でも、俺の好奇心で好き勝手し過ぎかな」

 「なんじゃ突然」

 「さっきの事だよ」


 それきり太陽は口を閉じる。少し思う所があった。



 それからシドを早駆けさせ、草原と街道を越えた。途中危険な情勢の中を逞しく商う行商等と擦れ違うが、やはり彼らも戦いの気配に怯えていた。


 森へと入り、滝へと辿り着く。川辺に一本の古びた槍が突き立ててある。


 『戦果を上げたな、太陽』

 「ガウーナが」

 『ふん、それでよいのだ』


 戦神アガの声がする。この槍は戦神によってこの世界に突き立てられた楔であり、太陽があちらとこちらを行き来する道標だった。


 槍を握りしめると火の粉が舞い、太陽の身体が糸が解けるように崩れた。そして気付いた時にはあの桜の広場に居た。




 「先程の戦い、悪くない。俺やお前達の恐ろしさを知らしめる手段としては」

 「へい……そうですかい」

 「死者と流血の量で理解させるか、怯え切った敗残兵どもの口で理解させるかの違いだ。ご苦労だった」


 言いながらフルーツジュースが入ったお椀を差し出してくる。太陽は寝そべる戦神の前にどっかり胡坐を掻いてそれを受け取る。


 「(お、今回はオレンジ……?)」


 戦神は今回起きた戦いに関して特に不快感を感じていないようだった。


 「ちょいと怒られるかと思ってやしたが」

 「ん?」

 「戦争やってるとこに首突っ込んで馬鹿にしたようなモンですから」

 「そういう考え方をすると言う事は、お前の思考は中々こちらよりだな」


 はぁ。戦神の何とも言えない返しに太陽も何とも言えない生返事。


 戦神はがらりと口調を変えた。


 「奴らが弱ぇのが悪い」


 断言されてしまった。


 「世には愛でるに値する戦士と、そうでない者が居る。お前が奴らの名誉を踏み躙ったからどうだと言うんだ。奴らの名誉だけでなく、生命、家族、財産。それらを保証する物はなんだ?」

 「保証? あー、えー? ……法律ですかい?」


 太陽は戦神の意図が読めず、無難な一般論を返す。


 「ならその法を保証するのは何だ」

 「法を保証ってのも変な言い方でさ」

 「力だ。それを遵守させているのは、結局は法を敷く側の国家の実力よ。権威とかな」

 「また極端な事言いやすねぇ」


 そうでもないだろう。なぁ?

 戦神は太陽の背後で跪いたまま控えるガウーナとソルに話を振った。


 二人は戦神から声を掛けられると僅かに身を震わせる。ソルの額にじわりと汗が浮かんでいるのに太陽は気付いた。


 「……恐れながら、我らが神の仰る通り。ボンとて同じ事。己の物は己の実力で守らんといかん」


 深く頭を垂れたままのガウーナは静かな声で言う。

 戦神はおうとも、と豪快に笑う。


 「理不尽は誰にとっても直ぐ傍に在る。それも常に。奴らはそれを打ち払う力が無かった。それだけだな。

  知性、歴史、文化、財貨。あらゆる物は、まずそれを守護する力あってこそだ」


 奴らは俺の信徒では無いから気に掛けてやる義理も無い。


 そう締め括る。

 何と言うか、冷酷とはまた違うが、話を簡単にしてくれる神様だなぁ。太陽はジュースで口を湿らせてうーむと唸った。


 「以前兄貴は、自分と人は対等だと」

 「対等だ。故に働きには対価を。酒を酌み交わす事もあれば、話を聞き、心情を慮る事もしよう。

  そして敵となれば叩き潰し、その全てを俺の好きなようにするのよ」

 「兄貴はお強いんでしょ。そりゃ好き勝手も言えやしょう。兄貴にしてみりゃ全部子供の喧嘩みたいなもんなんだから」

 「ぼ、ボン」


 ガウーナが頬を引き攣らせながら太陽の服の裾を引っ張る。ソルは冷や汗を滲ませながら哀願するように太陽を見る。


 太陽はうん? と首を傾げたが、戦神は気にせず話を続けた。


 「で、あるな。強いからこそこんな事が言える」

 「まぁ今回は俺がガウ婆を止めなかったのが悪いんですがね……。

  誰もが兄貴みたいにゃなれやせん。……俺、そういうのあんまり好きじゃねぇなぁ」


 戦神は破顔する。戦神にとって太陽の神を神とも思わぬ態度は新鮮な物だ。


 恐れぬ、とか、敬わぬ、とか言うのではない。まるで自分の親兄弟かのように接してくる。

 どうしてこいつはこんなに人懐っこい……いや、神懐っこいのだろうか。戦神は目の前の人間が更に可愛く思えた。


 「わははっ、好きじゃねぇか。……だがまぁ、俺は人の心を意のままにしようと思わん。お前がそう思うなら、それはそれで良い」

 「良いんですかい?」

 「良いとも。だが思うだけでは何ともならんでな、分かっているだろうが」


 太陽はふーむと顎を撫で擦る。自分は自分の気持ちを口にするだけで、他人の物の考え方を変えられるような大それた人間ではない。と思った。


 でもそれで良いだろ。価値観が違っても一緒にジュースを呑む事は出来るのである。


 太陽は無言でお椀を差し出した。戦神も手に持ったそれを突き出して、からんと軽く打ち合わせる。


 「太陽よ」

 「へい」

 「俺は嘘を吐かん。口に出したらそれは全て本心だ」

 「まぁ、そりゃ」


 兄貴はそんな感じがしやす。太陽はお椀に口を付けながらジュースをぶくぶくさせる。


 「俺は己の強さに任せて好き勝手を言う。だが常に覚悟しているぞ」

 「なんのでしょう」

 「俺より強き者が、俺を殺す瞬間をな」


 太陽は戦神をジッと見た。瞳の中で何かが真っ赤に燃えている。


 「俺より強い奴、或いは集団が居て、それが俺の首を欲しがったとしたら最早否は無い。戦って死ぬだけだ」

 「随分と……簡単に言いやすね」


 「名を奪われたとて――俺は戦神。戦いの神ぞ」


 「……ふむ!」


 その戦神の物言いに太陽はビビッと来た。たった一言の中に凄味がある。

 男の子の本能をくすぐる物言いである。


 内容はともかく、言うねぇ。


 戦神は身を起こし、背筋を伸ばした。真面目な話をするつもりらしい。


 「太陽、お前も俺に対し野心を抱いた時は、俺を殺しに来い」

 「はぁ?」

 「時としてそういう状況に陥るモンだ。もしそうなってしまって、互いに妥協出来んとなったら後は倒すしかない。言葉でそれが出来ん時は力ずくしか無かろう。

  弱い奴が悪い。俺とて、お前とて、同じ事よ。」


 と思ったら何を言い出しやがる。


 「俺が敗れてもそれはそれで本望。俺の信徒の中から俺を打ち破る者が現れたならば、それこそウーベが戦神の尚武の極みと言う事でもある」

 「馬鹿ですかい、兄貴」


 太陽の口から飛び出した暴言にガウーナとソルは真っ青になった。


 この人が殺されてしまう、この人は先程から余りにも明け透けに物を言い過ぎる!

 相手はたった一柱で大陸の神々を相手取り、互角以上の戦いを繰り広げた恐るべき戦神なのだぞ!


 「う、ウーラハン!」

 「どした?」

 「どうかそれ以上は!」


 太陽はうん? と首を傾げたが、戦神は気にせず笑っていた。


 「馬鹿と言われたのは七十年ぶりだな」

 「兄貴とはまだ短い付き合いでやすが、俺は兄貴の事好きですんで」


 太陽はちょっと考えてみた。出会ったその場で意気投合し、ジュースを酌み交わしながら馬鹿話で盛り上がったこの男の事を。


 「……あー……やっぱ、喧嘩は出来ても、殺せねぇよ」

 「…………可愛い奴め!」


 嫌な想像をしてしょんぼりする太陽。戦神はお椀を放り出して太陽の頭をぐりぐり撫でた。

 太陽は犬のように扱われて憮然とした。


 「あと、今の言い方だと俺が兄貴の信者みたいな感じでしたけど、俺ぁ宗教に入った覚えはありやせん」

 「何?!」

 「ボン!」

 「ウーラハン、もうおやめください!」


 上機嫌になった戦神にほっと胸を撫で下ろしたガウーナとソルだったが、すぐさま悲鳴を上げる破目になった。



――



 部下二人の心配と悲鳴を置き去りに、仕事が終わればリフレッシュタイムである。

 太陽は保護者である高野 守との食事の約束の為にバッチリ身嗜みを整えた。


 清潔感とスマートさ。あれこれ着飾るより重視すべきはこの二点である。

 その中に逞しさをわざとらしくない程度に匂わせられたら満点だ。


 「……うーん、よし、銀で行くか」


 暗い色のシックなシャツに、ジャラジャラしない程度の上品な銀のアクセサリ。後はジーパンを合わせる。

 こう言うのは気合を入れ過ぎても滑稽になる物だ。身の丈に合った物を着るべきである。


 『ボン、ボン、戦神殿から褒美を頂戴したんじゃろ』

 「なんだ突然」


 ガウ婆が唐突に口を挟んでくる。


 『ワシはこっちの方の”ふぁっしょん”って奴にゃ疎いが、それでもこんなスゲェ所なんじゃ。もっと良い装束や飾りがあろうて』

 「ま、そうだな」

 『今度商人を呼びつけてそういった品を誂えさせよう。バッチリ格好をつけねばならん』


 商人を呼びつける?

 太陽はあーとなった。ガウーナくらいになるとそれが当たり前か。

 ま、それは良いだろう。


 「呼びつけるってのはともかく、確かにそういうの悪くないかもな」

 『じゃろ? ワシも若い頃は金糸で刺繍した外套を羽織り、銀で作った装具を使ったモンじゃ』

 「派手好きだなぁ」

 『人間いつ死ぬか分からんのじゃぞ。どんな時も全力全開よ』


 ふむ、一理ある。既に死んでいるのに派手好きなガウーナが言ってもちょっとアレだが。

 太陽はガウーナと服を買いに行く約束をした。ガウーナは太陽を”こーでぃねーと”してやると息巻いている。



 それはさておき守と食事だ。太陽は家を出て、駅前にある寿司屋に向かった。


 太陽達若者の憧れ、回らない寿司屋である。メニューも無ければ値段も書いてない店で、ここで腹いっぱい食ったらどうなってしまうのか空恐ろしくもある。一見さんも入れてくれるのは幸いだ。

 だが今はそれも心配ない。何故なら今の太陽は目玉が飛び出るくらいにリッチだからだ。店の立派な門構えを繁々と眺めながら太陽はにやりと笑う。


 「身を持ち崩さない程度に贅沢しねぇとな」

 『謙虚じゃのう、一軍の将ともあろう男が』

 「一軍って言ってもな、ガウ婆とソルしかいないもんな。……あとガウ婆のハサウ・インディケネ?」

 『……ふむぅ、むふ、…………うっくくく、ひひ♪』

 「……どした?」


 ガウーナが気持ちの悪い笑い方をしている。


 『……いや、何でもないわい。むふふ』

 「なんだよ気味悪ぃな」

 『いやいや、先々楽しみで仕方ないと改めて思っただけじゃ』


 よくわかんねぇ。太陽は話を打ち切って店に入った。


 威勢の良い出迎えをしてくれた板前は直ぐにキョトンとした顔になった。

 そりゃそうだろう。太陽のように如何にも金を持って無さそうなのが入って来たら、「店間違えたんじゃないの」と思うのが普通だ。


 「予約した霧島でさ」

 「……あいよ、兄さん。どうぞこちらへ」


 老境に入る手前の板前が太陽を自分の真正面の席へと誘う。自分の倍以上は生きている相手に兄さんと呼ばれるのは不思議な面白みがある。


 「随分若いね、兄さん」

 「えぇ、まぁ」

 「ウチは今日が初めてだね?」

 「がっつり稼いで、いつか食いに来ようと思ってやした」


 にっこり笑う太陽。板前の心をさりげなく擽る物言いである。案の定板前もにっこり笑った。


 「偶には良い物食っとかないと美味い不味いも分からなくなっちまうらしいですから」

 「あぁ~良いねぇそういう心掛けは。兄さん大物になるよ」

 「だと嬉しいけど」

 『もう既に大したモンじゃわ、ボンは』


 ガウーナの独り言を黙殺。


 世間話もそこそこに、板前は会計所に張ってある紙か何かを見て太陽に聞く。


 「予約じゃお二人さんだったね」

 「連れが来やす。暫く待たせて頂きたく」

 「良いよ。何か欲しくなったら遠慮なく言いな」



 の、だが、それから暫く立って時刻は20時32分。待ち人来たらずである。因みに約束の時刻は20時。


 ふと板前と目が合って苦笑い。高そうなスーツを着た男達の接客をしながら、太陽に気の毒そうな視線を向けてくる。


 「(これダメな奴だな)」


 連絡を入れるも応答は無い。何せ守も忙しい身なので、突然急な用事が入るなんてこれまで腐る程あった。

 そんな事を考えているとスマホにメッセージが届く。送り主は高野 守。


 『御免なさい、行けなくなりました』


 おいおい、幾ら何でもそれだけって。


 非常に簡素な一行。メッセージを打つ手間すら惜しいと言う奴だろうか。流石の太陽もしょんぼりする。


 「大将、マグロくだせぇ!」


 仕方ない。腹いっぱい食って帰ろう。開き直った太陽は注文を開始。


 ガウーナが笑いながら言った。


 『わはは、けしからんのう。よーしよしボン、あのマモルとか言う娘っ子はワシが叱っといてやるでな』


 太陽は目をクワッとさせる。


 「(ふざけんな。そんな事したらガウ婆とは口利かねぇからな)」


 真剣な声音が帰ってきて、今度はガウーナがしょんぼりした。


 『ほ、ほんの冗談じゃったのに』



――



 ジギルギウスは、作戦目的自体は達成していた。



 電撃的にフィラド砦を奪取。しかしそれを打ち捨て、後は幾つかの村を軽く焼き討ちし示威を行う。

 ベリセス軍スチェカータ家の構想する対マージナ戦争の第一段階は、簡単に言ってしまえば挑発である。


 しかしそこに現れたガウーナを名乗る狼騎兵はジギルギウスの名誉を痛く傷付けた。ジギルギウスは鎧についた泥を拭わず、数日後ベリセス・ウィッサに帰還した。


 大失態だった。


 「どうされます」

 「どうもこうもない」


 険しい表情の部下にジギルギウスは平然と答えた。


 「怪物が居た。そう伝える」

 「戦果は上げましたが……このような事が起こっては、外交に差し障りが……」

 「それはあるだろう」


 ハラウル・ベリセスは大国だ。その外交は綺麗事だけでは回らない。武力を背景にした渉外など幾らでもやっている。

 だがもしベリセスが弱ければ、誰がそんな物に従う?


 ジギルギウスはガウーナ相手に手痛い敗北を喫した後、即座に軍の動揺を収めて周辺のマージナ拠点を攻略した。必要以上の戦果を求めた。


 被害は出たが、武威を示し、兵を勝ちの味に酔わせる事は出来た。諸勢力に侮られる訳には行かなかったのである。自身の進退の問題もある。


 「さて、どうなるか」

 「マウセ殿! 平然としておられる場合か!」

 「役目を辞せと言われたらそうする」

 「あっさり言うな!」

 「貴公、俺を心配しているのか。すまんな」


 部下は大きな溜息と共にこれ見よがしに首を振る。


 「誰がこんな事を予想できます。あんな怪物は正に”ガウーナ”。そうとしか考えられない」

 「ガウーナは死んだ」

 「蘇ったと、そう言う噂を本気にする者が出てくるのが問題です。……いえ、この場合は寧ろ奴の大法螺を後押しさせて貰いましょう。

  私はマウセ殿に責任があったとは考えていません。将校達の意見を纏めてまいります」

 「みっともない真似はするな」


 ジギルギウスは鋭い視線で部下を黙らせた。


 狼公が蘇った。だったらどうだと言うのだ。ガウーナであったから勝てないと言うのか。

 我々は永遠にガウーナに屈服したままだと、そう認めろと言うのか。


 そんな真似が出来るか! 俺はベリセス騎兵だぞ!


 「諸々問題はあろうが」

 「……」

 「俺は、今日明日にでも生き方を変えられるような、器用な男では無い」


 部下を下がらせ、向かう先は太守の館。上手い言い訳など浮かばないし、浮かんだとしても使えない。太守はどんな顔でジギルギウスを迎えるだろうか。

 ジギルギウスはベリセス騎兵で、ベリセス騎兵にはそんな奴が多かった。



 果たしてウィッサ太守であるヘクサ・スチェカータは何故か嬉しそうな顔をしていた。


 「……今回の件、俺への情は抜きに罰を下して頂きたく」


 ヘクサは笑う。 


 「実物を見てきたか、ジギル」

 「はっ」

 「俺も奴らにやられた」


 失態を犯したのはヘクサも同じだ。先日は圧倒的戦力を擁しながら捕虜を奪い返された。


 しかしハラウル・ベリセスはそれを「些少な問題」とした。平然と次の戦略に取り掛かる事で、痛くも痒くもないと示したのである。事実、戦いの規模としては小競り合い以上の物では無い。


 ヘクサは不問に処された。だからヘクサは、ジギルの事もそうするつもりだった。


 「フィラドの他二つの砦と四つの村を焼いた。この戦功は取るに足らない失態を補って余りある」


 取るに足らない失態か。ジギルの心中は悔しさで荒れる。ガウーナと名乗った狼騎兵の高笑いが思い出される。


 「勝とう、俺とお前で」

 「……マージナにか?」

 「マージナ如き叩いて当然。だがあの狼騎兵はまた現れる筈だ」


 ヘクサとジギルギウスは拳をぶつけ合った。


 「シン・アルハ・ウーラハン。アレーリと並ぶ狼の一族の守護神を名乗る目的は、勢力の糾合に間違いあるまい」

 「また始まる。奴らとの戦いが」

 「そして今度もまた、ベリセスが勝つ」



 俺達がベリセスを勝たせる。祖国に。

 あぁ、祖国に。


 二人は誓った。



――



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