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ガウ婆が張り切るとこうなる



 太陽は感心した。逆に言えばそれ以上の感想を持たなかった。


 「へぇ、ガウ婆の言ってた通りだな」


 傍で護衛を続けるソルが何処か自慢げに言う。


 「ウーラハン、戦士ガウーナは狼騎兵の中の狼騎兵です」

 「うん、よく分かった」


 太陽がしげしげと眺めるその先にガウーナがいる。きっとベリセス騎兵達にとっては恐ろしい、悪夢のような出来事だ。


 目録に書かれ、ガウーナが自慢していた通りだった。ガウーナの駆る灰色狼のシドが一吠えするだけで調教されている筈の軍馬が恐慌に陥る。


 まず先頭を走っていた騎馬が棹立ちになり、それで一丸となっていた騎兵隊が綻んだ。

 止まった目の前の同僚を避けた者と避けられなかった者。玉突き事故のように追突して落馬する者が続出し、味方の馬蹄に踏み付けられて骨折する者も居た。

 死人が出ていないのが不思議だ。


 そこに凶悪な笑みを浮かべながら切り込むガウーナ。殺さないよう言い含めてあったが、ガウーナはその残忍性を抑え込んで太陽の命令に従った。完璧にだ。


 兵士達の武装を怪力で叩き折り、或いは腕や腿を浅く裂いて戦闘力を奪っていく。


 あっという間の出来事だった。十五騎中落馬で四騎、ガウーナによって五騎が行動不能になる。

 ガウーナの一撃で騎兵隊は壊乱した。


 「ガウ婆ってスゲェ」

 「それに、彼女の騎獣シドは狼の中でも特別ですので」


 ガウーナは残ったベリセス騎兵、散らばった六騎に向かってシャムシールを突き付けた。


 「どうした小僧ども! ワシ一人にやられて、それで面目が立つのかぁ?!」

 「ぐ、うぅぅ」


 歯軋りしながら一人が呻く。


 「今、手心を加えたな! 何のつもりだ!」

 「我が主は慈悲深い御方じゃ。貴様らを生かしたまま帰し……我らの力を喧伝させろと仰せなのよ」


 憤怒。しかし今の一当てで圧倒的な実力差を理解してもいる。


 「……化け物め、嬲る気か。そうはさせん。

  俺が死んでも奴を押さえる。お前達は突破し、落馬した者を救え」


 最も年嵩の男が仲間達に言った。再集結したベリセス騎兵達は呼吸を整え、穂先を揃え、再びガウーナと相対する。


 「クソ、愛馬が言う事を聞かん」

 「ハサウ・インディケネの狼騎兵。聞きしに勝る強さだぜ」

 「だがな」


 指揮官を討ち取られ、その上あぁまで嘲弄されて


 それで、ベリセスの騎兵が引き下がれる物かよ


 騎兵が叫んだ。


 「ベリセェース!」

 『ベリセス!』

 「ベリセス・アッダァァーテェ!」

 『ベリセス・アッダーテ!』


 気合は十分。ガウーナは微笑んだ。


 「いじらしいモンじゃ。若々しく、力に満ち、全身全霊で生きておる。

  ……仲間達の力を結集してワシに立ち向かえば活路が開けると……、

  ……本気でそう信じておる所が、本当にいじらしく……そして哀れじゃなぁ!」


 怯える馬を必死に制御しながら六騎のベリセス騎兵はガウーナに立ち向かった。

 ガウーナはシャムシールを天に掲げ、その刃の怪しい輝きを確かめた後、猛然とシドを走らせる。


 「いざや、怪物!」

 「たぁけッ!」


 そして再びの交差。僅か一呼吸の間。

 ベリセス騎兵達は武器を砕かれ、手足を裂かれ、落馬させられていた。


 灰色狼シドが高らかに吠える

 兵士が血を流しながら怒声を上げる。


 「うおぁぁ! このようなッ!!」


 この女の力は理解を超えている。敵わない。

 そして自分達はこの先ずっと不名誉を背負う事になる。


 指揮官を失い、たった一騎に叩きのめされ、しかも手心まで加えられた。


 死にも勝る屈辱である。


 「わはは! 弱くなったのうハラウル・ベリセス! ドニの奴がおらねばこんなモンかい」

 「殺せ! 我々を嬲り者にするのか!」

 「死にたけりゃ勝手に死ねぃ。そして凍える程冷たい地獄の底で己の無力を呪い続けろ」


 シドを歩かせながらシャムシールについた血を拭うガウーナ。声は冷たく厳かだ。

 彼女はハラウル人に掛ける情けなど持ち合わせていない。


 「しかし折角我が主がお前らを生かしたんじゃ。生きられるだけ生きて、やりたい事やった方がええと思うぞい」


 そして軽やかに駆けていく。追撃部隊を襲った異常にベリセス軍団の本体が動き始めたのだ。次なる獲物は奴らだ。


 置き去りにされた兵士達は悔しさに地面を叩いた。何度も何度も叩いた。


 「名乗れ狼騎兵! 貴様の主の名もだ! 教えろ! いつか必ずや、お前達を打ち倒す!」


 ガウーナは振り返り、我が意を得たりとばかりに笑った。


 「思い上がりおって! ……出来るかどうかはともかく、答えてやるゆえ覚えておけぃ! シン・アルハ・ウーラハンの名の許に、狼騎兵ガウーナがお主らを降したのじゃと!」

 「ウィッサを襲撃したのはお前達か!」

 「我らある限りお主らに安眠は無い! 狼の遠吠えに耳を塞ぎ、震えて眠れぃハラウル人!」



――



 「ジャンの兄貴、こちらでさぁ」


 太陽はジャンとフーディを森の中の茂みへと導いた。蔦やらで隠されていて分かり辛いが窪地になっており、身を隠すにうってつけだ。

 ジャンの馬は北に向かって放した。泥の上を走らせたから、もしかすると敵がその足跡を追ってくれるかも知れない。


 ……まぁ、そんな小細工は不要だったかも知れないが。


 「ははは! お主らの怯えて引き攣った顔がよう見える! ははは!」


 ガウーナは未だに森の外でベリセス軍を挑発している。敵をからかい倒し、屈辱的な言葉を投げかける。

 次の獲物は追撃部隊を救援しようとしたベリセス軍本隊だった。


 「怯えろ、竦め! このガウーナの狩りを恐れながら、我が主ウーラハンに慈悲を乞え!

  さもなきゃぁ一人残らず食い殺しちまうぞぉーッ!


  アァーッハッハッハァー!」


 「……ガウ婆、張り切り過ぎじゃぁねぇかな」


 あそこまでやれとは言ってない筈だが。


 稲妻のように疾走し敵騎兵隊と交差する。すると後には打ちのめされた兵士たちが残され、ガウーナは悠々と次の獲物を探す。

 弓隊の有効射程を見切って決して深入りせず、だが弓隊自身が深入りしてきたと判断したら降り注ぐ矢を掻い潜って猛禽の如く襲い掛かる。


 恐ろしいのはこの暴れ振りで一人も殺していない事だ。ガウーナは太陽の命令を違えていない。それでいて傷一つ負っていないのだから、桁外れの女だった。


 「こいつぁとんでもねぇ。あの姐さん化け物か?」

 「……化け物だろうよ、奴が喚き散らす内容が真実なら」


 ジャンはフーディの呟きに返しながら太陽に険しい視線を送った。


 「太陽、お前何モンだ」

 「控えろ傭兵。この方こそシン・アルハ・ウーラハン。俺達の太陽。

  不愉快な視線を向けるな」

 「止ーめーろーよーソル」


 ソルが窪地の斜面に腰掛けながらジャンを睨む。フーディはウーラハンの名を聞き、跪いた。


 「うぬぬ、こりゃなんとも……神様って初めて見ましたぜ。全然神様って感じしやせんけど」

 「ん?」

 「あー、えー、ウーラハン、様。感謝いたしやす。約束通り、朝晩に祈りを捧げやす」

 「何の話だ」


 フーディの言っている事が理解できず太陽はソルと顔を見合わせた。


 「あの姐さんがおっしゃれ……おっしゃ、しゃ、……あー、仰っておりやした」

 「(噛んだ)」

 「祈る神がいねーならウーラハンに祈れと。そうすりゃ今回は危機を退けて下さるって」

 「……ガウ婆」


 太陽は口をもにゃもにゃさせた。


 「神様なんてとんでもねぇ、人間だよ。度胸には自信があるがそう大した者でもねぇ。変に気にしないでくれ」

 「はぁ……で、やんすか」

 「で、やんす。……アンタ面白いな。俺は太陽・霧島。アンタの名前教えてくれよ」


 この女、時代劇みたいな口調だ。太陽は親近感を覚え、人懐っこく笑って見せる。

 赤毛の少女は気まずそうに頬っぺたを掻いた。


 「へい……名乗る程大したモンではありやせんが、あっしはフーディと申しやす。ご覧の通りケチな傭兵でさぁ」

 「そうか。宜しくな」


 何が宜しくなんだろうか。何を宜しくするんだ? フーディは目をぱちくりさせる。

 この太陽と名乗る男、少なくとも自分と軽々しく言葉を交わしていい立場じゃなさそうだけど。


 神様じゃ無いらしいから取り敢えずホッと一安心だが、それでも身綺麗で爽やか。良いとこのお坊ちゃんだろう。


 「……何故ここに居る。昨日俺とあったのは偶然か? 何故俺達を助けた」


 ジャンが溜息を吐きながら再び質問した。視線からは険が取れていた。


 太陽は服の内側にぶら下げていたバッグから氷砂糖を取り出してジャンに差し出す。


 「まぁ、一息入れやしょう」

 「これは?」

 「氷砂糖です」


 太陽は氷砂糖を口に放り込んで見せる。ジャンがそれに倣ったのを見て、ソルとフーディにも氷砂糖を一つずつ渡した。


 「疲れた時には甘い物。人間、口に何か入れると落ち着くもんです」

 「うぉ、甘ぇでやんす! ……ちょいと、喉が渇きやすが」


 フーディが嬉しそうに喚く。ソルは何も言わないが口端がちょっと上がっている。


 氷砂糖を口の中で転がしながらジャンの隣に座った。


 「水、飲みやすか?」

 「自分のがある」

 「昨日ジャンの兄貴とお会いしたのは偶然です。今日ここで出会ったのも」

 「……本当か?」

 「男・霧島、嘘は吐きやせん」

 「だとしても、俺達を助けた理由はなんだ」


 太陽は暫く神妙に考え込んだ後で答えた。


 好奇心でさぁ。


 「好奇心でマージナとベリセスの戦に割って入ったのか?」

 「そんな大それた事でもありやせん。傭兵が二人逃げるのをちょっと手伝っただけで」

 「……あそこで暴れまわってる怪物はとてもそうは思ってないみたいだが?」


 ガウーナは今も景気の良い口上をぶち上げているようだった。

 どんな形であれ、どんな制限であれ、ハラウル相手に戦えるのが嬉しいようである。


 「ガウ婆は派手好きな所がありやすから」


 とてもそんな範疇に収まる暴れ方ではない。ジャンは思ったが、言っても無駄な事は言わずに置いた。


 「呑気だな。ベリセス・ウィッサを襲撃したガウーナを名乗る女とシン・アルハ・ウーラハン。その噂はマージナでもよく聞く。

  ベリセスは表面上は平気な顔をしてるが、お前達を見つけ出そうと躍起だぜ」

 「へぇ」


 太陽は気のない返事を返すばかり。


 「正直に言え。何故俺に肩入れする? 木端傭兵一人に構ったって銅貨一枚の儲けにもならんぞ」

 「ジャンの兄貴、アンタなんで一人なんです?」

 「なに?」


 質問に質問で返した。ジャンは太陽と暫く見つめ合って、肩を竦めた。


 「たった一人でフィラドの援軍に?」

 「……まぁ、そんなモンだ」

 「馬鹿な話でさぁ。俺好みの」


 ジャンがフーディの事を気にしているのを太陽は見逃さなかった。二人の関係はかなり気安い物のようであるし、ジャンがたった一人でフィラドに現れたのはフーディを助けるためで間違いない。


 親子か? それにしてはジャンは若く見えるが、こちら側は世代を重ねるサイクルが早い。

 ただ二人の態度が気安いとは言っても親子かと言われる何処か違う。結局、分からないのだった。



 だが


 ジャン・マロワ・ドルテスが、たった一人の女を助ける為に、単身で敵に切り込む男だと言う事はつい先ほど証明された。


 太陽はそういう馬鹿な話が大好きである。太陽自身がロマンチストな馬鹿だからだ。



 「兄貴は良い男だ。もう少し見ていたい。本音です」

 「…………」


 参ったな、本当に他意は無いのか? 

 自分の半分ほどしか生きていないガキに、知った風な口調で口説かれている。


 ジャンは雰囲気をがらりと変えて笑って見せた。


 「おいおいお前、まさか”そういう趣味”か?」

 「はは! 御冗談を!」

 「傭兵、貴様っ」


 ソルが目を吊り上げてシャムシールを抜こうとしたので、太陽はソルのデコに氷砂糖を投げつけた。


 スコーン。


 「あうっ」



――



 戦塵を浴びてはいるが、血に濡れてはいない。


 満足げにむふーと息を吐くガウーナを太陽はジッと見た。


 「……お疲れ、ガウ婆」

 「ボンの御命令とあらばなんのその! 白い野花の同胞を招集するまでもなかったわい」

 「へぇ、そうか。でも俺の名前を宣伝してくれとは頼んでねぇ筈だけどな」

 「いやいや、こうやって風評を作っておくと後々役に立つのじゃ。本当じゃぞ? このガウ婆を信じなされ」


 鼻高々のガウーナ。ベリセスの一軍を相手取って散々に挑発し、からかい倒し、随分と機嫌を良くしたようだった。


 そしてやりたい放題暴れた後でふっと姿を消す。後には疲れ果て、プライドを打ち砕かれたベリセス軍のみが残された。


 今は太陽の隣で氷砂糖をガリガリ噛み砕いている。

 

 「奴らはこの日を忘れまい。ボンの名に怯え、屈辱の味を噛み締めながら過ごすじゃろう」

 「……まぁ良いけどよ。戦神の兄貴に指示された業務内容には、そういうのもあるからな」


 必須でないだけで、戦神は太陽とその麾下の亡霊達が戦いを巻き起こし、盛大に自らの武名を高める事を期待している。

 ガウーナが無駄な殺しをしないなら太陽としては構わない。ハラウルに対し良いイメージが無いからだ。


 ま、良いか。ハラウルだし。そんな感じである。


 「これも甘くてよいのう! ほれ、ほれ、大戦果を挙げたお前様の寵臣をもっとねぎらいなされ!」


 ガウーナは太陽に圧し掛かって次なる氷砂糖を要求した。

 ぐわぁぁ、と呻く太陽の懐をまさぐってバッグを見つけ出す。


 「それが大人のする事かーっ」

 「おう、言われてみりゃボンに助けてもらってからこちら、気持ちまで若返ったような感じじゃわ。どうも尻が落ち着かんでのう」

 「ぬお、変な所触るな」

 「おや、もっと良いのがあったぞい」


 バッグの中からチョコバーを引っ張り出してガウーナはご満悦。

 ガウーナは自然の味わいと言う奴に飽き飽きしているらしく、太陽の世界の駄菓子などを好んだ。中でもチョコバーはお気に入りである。


 灰色狼のシドも何かご褒美が欲しいらしく、太陽の傍にどしんと座って尻尾をぶんぶん振り回している。


 この主にしてこの狼ありか。太陽は狼が肉以外を食うのかどうか知らなかったが、取り敢えずガウーナの略奪を免れたチョコバーを差し出して見た。


 「アウッ! アウッ!」


 シドは太陽の手ごとぱくりとチョコバーを一飲みにする。それだけでは飽き足らず、太陽を押し倒して顔を嘗め回した。

 サイズがサイズだ。丸呑みにされそうである。


 「ははっ、シドも気に入りおった」


 じゃれ合う二人と一匹を見ながら変な笑いを漏らしたのはフーディだった。


 「へ、へへ……ちびりそう」

 「……怯えるな、マージナ傭兵。ウーラハンがお前達を生かした。今更意味もなく殺したりしない」


 ソルが腕組みしながら言う。太陽が怒っていない以上、ガウーナの無礼は黙認する事にしたらしい。


 「あ、あ、味見とか言って齧られたりしやせんかね。腕一本ぐらい」

 「しない。狼達はあまりマージナ人の肉が好きじゃない」


 ジャンが軽口を挟む。


 「マージナじゃ、食ってる物の塩気が強いからな」

 「あっしらのに、に、肉は、しょっぱ過ぎるってぇ事か」

 「……何とでも思えば良い。俺から言えるのは、ウーラハンは慈悲深い方だと言う事だけだ」


 フーディはシドに酷く怯えている。無理もなかった。

 高原最強狼騎兵。ガウーナの全盛期には大陸中部を荒らし回り、今もあちらこちらに逸話が残る。


 フーディも傭兵なんてやっているから狼騎兵を見た事はある。

 だがこの主従は桁が違う。この怪物狼にこの怪物女が跨って来たらもうどうしようもないだろう。フーディが百人居ても敵わない。全員死ぬ。


 「ふへへ、こりゃぁヤベェや」


 しょんべん漏らしそう。


 シドが太陽を嘗め回すのを止めてフーディを振り返る。フーディはぎゅううと首を絞められるような息苦しさを感じた。

 なんであっしを見てやがんでぇ、この狼。

 冷や汗だらだら。


 「……アウッ!」

 「う、うおっ」

 「アオォォォッ!」

 「ぎぇぇぇ食われるぅぅぅ!!」


 シドが軽く吠えるとフーディは転がるように逃げ出した。

 ソルがなんとも言えない表情でそれを見送る。


 「食わないと言ってるのに」


 ジャンが茂みの外、フィラドの方角を見遣った。


 「ベリセスは軍を退いたようだ。元から砦を維持する気は無かったらしい」

 「まぁ安全に北へ行けるでしょうぜ」

 「太陽、これで二度も助けてもらっちまったって訳だな」

 「恩に着てくだせぇ」


 言いやがる。ジャンは防塵用のレザークロークを羽織る。


 「俺達はアンケルに向かう。お前達は?」

 「適当にやりやす。……お構いなく」

 「……まぁ、お前がウーラハンでも、何が目的でも今は良い。取り敢えず礼だけは言っとくぜ」


 ジャンは背筋を伸ばし、手の平を心臓にあてたあと、膝を曲げて優雅に一礼した。


 「男・ジャンの一礼、確かに頂戴しやした」

 「なんだ、大げさに言うな」

 「いずれまた」


 二人は頷きあう。ジャンは踵を返し、フーディを追った。


 「フーディ! どこまで行きやがった! ……ったく」


 北へ向かう男を、太陽は見送った。




 ガウーナが手についたチョコを舐め取りながら不思議そうに言う。


 「のうボン、自分が授かった神託を覚えとるか?」

 「あぁ」

 「二度も同じ質問をするのは申し訳ないが、何故こんなことに首を突っ込んでまで奴を助ける?」

 「ジャンの兄貴が好きになったんだ」

 「別に死んでてもえぇじゃろ。ワシらそういうモンじゃねーか」


 ガウーナは心底不思議そうだった。


 「何のために死んだかで、やっぱ男の価値は変わってくるんだろ。偉そうに言える程知らないが」

 「何を考えとるんじゃ?」

 「ジャンの兄貴にはもっと格好良く死んで欲しいのさ」


 と言うか、もっと相応しい死が訪れる。

 太陽には根拠のない確信があった。不思議な自信だった。


 「ふむぅ、それなら分かるぞい」


 ガウーナは得心行ったようだった。

 自分も生前は部下にメンツを立てさせてやるために苦労した物である。


 今日生きていても明日には死んでいるかもしれない。そんな戦士達に格好つけさせてやるのは、指揮官の務めだった。


 「なるほどのう。ボンには将の素質があるわ」

 「……? 何だか噛み合ってないような」


 ま、良いか。

 太陽は氷砂糖をもう一つ口に含んだ。

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[一言] いやうん例え幽霊であろうとも動物にチョコはやめたほうが W
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