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ベリセスはとことんまでやる気だ




 「マウセ殿! 西の丘に物見がおります!」


 ジギルギウス・マウセは指揮下の騎士の言葉に視線を巡らせた。彼の騎士の言う通り西の丘に三名程が座り込んで居る。

 高低差から見てハラウル・ベリセスとフィラド砦の戦力を一望できるのだろう。ジギルは捨て置いた。


 「物見では無い。暇を持て余した貴族の子弟が戦見物に来たのであろう」

 「密偵では?」

 「だとしても見せてやればよい」


 ジギルは騎兵の先頭に立ちながら堂々と言ってのける。


 「数年前の神々の大戦より確かに我らは疲弊しているかも知れん。だがそれでも古来より変わらず入念に兵馬を鍛え上げてきたのだ。

  狼の一族、マージナ正規軍、或いはフィーン暗殺教団、何者だろうと構いはしない。

  ハラウル・ベリセスの軍団がどう言う物か教えてやろう」


 剣を引き抜き掲げる。ジギル配下の指揮官達が兵に下知する為声を張る。


 「ベリセェース!」

 『ベリセス!』


 ジギルは静かに言った。


 「方々、役目を果たせ!」

 「ベリセス・アッダーテ!」

 『アッダーテ!』


 ベリセスに栄光を。伝統ある古語を唱え、彼らは前進した。




 ジギルギウス麾下の部隊は予定調和のようにフィラド砦を奪取した。

 外に配置されていたマージナ傭兵の隊を一蹴し、門をこじ開け、軽装の突撃歩兵を投入してフィラドを血の海に変えた。


 彼らは捕虜を取らなかった。彼らには集めた鼻の数だけ報奨が与えられる。そして今回ベリセスは捕虜の身代金交換やそれに付随する交渉を行う気はなかった。


 皆殺しである。マージナ傭兵の一人が叫んだ。


 「正気を失くしたのか! 人間らしさを!」


 直後彼は城壁上から突き落とされ、それほどの高さは無かったが運悪く首を折って死んだ。


 「俺達は最早、戦争ごっこでは満足できない」


 フィラドから立ち昇る炎と煙。ジギルギウスはそれを見詰めていた。


 「追撃だ。マリーナの隊のみで良い。新設されたばかりゆえ、兵達に勝ちの味を教えてやりたい」



――



 「だらしねぇのう、あーだらしねぇ」

 「だらしねぇのか」

 「だらしねぇわい」


 ぶつぶつ言っているガウーナ。太陽はまずいかな、と思う。


 だってガウーナの目が据わっている。「ちょっと遊んでやろう」とか言ってベリセスの軍団を襲いかねない。


 「ウーラハン、商人たちはベリセスの進軍が風のようだと言っていました。マージナは防衛の用意が整わなかったのでしょう」

 「ふぅん? マージナは油断していたのか」

 「油断とは……は、成程、確かに」


 ソルは戦の事情を簡単に述べたが、確かに太陽の言う通りだった。

 フィラド砦はマージナの支配領域。電撃的に攻め込まれたと言ってもマージナがベリセスの動向に注意を払っていればこうはなるまい。


 油断か。

 ソルもマージナとベリセスが八百長試合のような戦いを繰り返していたのは知っていた。油断だったのだな。


 「砦を取られてマージナも本気になるじゃろ。ボンのだーいすきな傭兵も戦に出るじゃろなぁ」


 太陽が気にかけているジャン・マロワ・ドルテスは、今はフィラド砦より北方の都市、マージナ・アンケルに居る筈だ。


 ジャンが這う這うの体で逃げ帰ったのが昨日。その翌日にこの攻勢だ。ハラウル・ベリセスは素早い。


 「ハラウル・ベリセスの騎兵は優秀じゃ。奴らは絶え間なく斥候と伝令を放ち最新の情報を全体で共有する。育て上げられた騎兵の力じゃな。

  マージナは追い込まれよう。所詮は商人どもの寄り合い所帯。戦の機と言う物を見る力に欠けておる」


 おぉ、と太陽は唸った。ガウーナが心底から有能な将軍様か何かに見える。まぁ事実生前はそうだったのだが。


 気の良く、甘やかしたがりな婆様と言うだけではない。この女は血に飢えた狼でもある。


 「ん……」


 砦の外で待機していた騎馬隊が整然と動き始めた。太陽はガウーナを見る。


 「動いたな」

 「騎兵が追撃に出おる。悠々と物見遊山って感じじゃな」

 「フィラド砦から逃げた連中を殺すのか」

 「逃がせばまた向かってくる。隊伍を組んでおる時より、ばらばらに逃げておるの方が遥かに殺しやすい」


 そうか。太陽は何とはなしに眺めていたが、唐突に首筋が疼いた。


 チリチリとした感覚がある。良くない感じがする。


 「北から来てる」

 「ほっ?」


 太陽が言うと同時に遥か北方の森から極少数の影が現れる。

 遠すぎて陽炎のようにしか見えないが、太陽には分かった。


 「ジャンの兄貴だな」

 「ほぉ? ……確かにマージナ傭兵らしいのう。だが何故昨日の男だと?」

 「何となく」

 「……勘が、働くのかの?」


 ガウーナの目の良さは太陽とは比較にならない。米粒ほどの大きさにも見えない影達の詳細を見切ったようだ。それが誰かまでは流石に無理なようだが。


 「まぁ……援軍に来たのか知らんが遅かったわ。騎兵どもにやられておしまいじゃな」


 冷たく言うガウーナの顔を太陽はジッと見た。


 「……う、なんじゃ、そんな顔をして」

 「まだ俺はジャンの兄貴の事を見定めていない」

 「ほ、放っときゃえぇじゃないか。死んだら無理やりにでも目録に加えりゃえぇ。……ワシは要らんと思うけど」


 太陽が眼光を鋭くする。同時にソルが割り込んでくる。


 「ウーラハン! ガウーナが出るまでもありません、このソルが、ウーラハンの望むままの戦果を!」


 太陽はソルににっこり笑いかけ、ソルはそれだけで天にも昇る気持ちになった。

 ウーラハンが、俺に笑いかけてくださった!


 ガウーナは慌てて言った。太陽が自分よりソルの方を重用するようになったら嫌だ。


 「えぇーい分かったわい、行きゃ良いんじゃろ!」



――



 ジャンの知り合いにフーディと言う女が居る。年若い傭兵だが注意深くて感の鋭い長生きするタイプの女だ。


 フーディにとってジャンは口煩いマージナ傭兵の先輩でしかないが、ジャンにとってフーディは大事な女だった。


 惚れた腫れたと言う話じゃ無い。ジャンももう三十五歳。そういった感情からはとっくに卒業している。


 「ジャン、このクソッタレ、疫病神め! やっぱりフィラドは落ちてやがる!」

 「らしいな」

 「涼しい顔で言うんじゃねぇ!」


 ジャンを含め僅かな、本当に僅かな傭兵達はフィラド砦の援軍として現れた。大半はジャンの口車に乗せられて。

 フィラドより北方にある都市マージナ・アンケルは実はフィラド砦の事をとっくに見捨てていた。しかし援軍を出したというポーズは必要だったから今ここにジャン達が居る。


 大体の者は恐れ戦いていたが冷静さを保った一人がジャンに進言した。


 「ジャン、逃げた方が良いな。騎兵が来る」

 「……あぁ、先に行け。俺もぼちぼち行く」

 「そうか、フィラドにはフーディが居るんだったな」


 ジャンの横で馬の首を撫ぜる傭兵とは付き合いが長く、ある程度ジャンの事情を知って居た。ジャンがフーディを気に掛けている事も。

 ジャンは頭数が欲しかったのだろうが、フィラドが陥落している以上付き合えない。


 「勘の良い女だからな、生きてるさ。まぁ……辛い目には合うかも知れないが。

  後々身代金を支払う方が無難だ。お前まで捕まったらどうにもならないぞ」

 「どうかな」


 ジャンはベリセスを警戒していた。以前のようなやる気のない用兵では断じてない。

 ベリセスの動きは素早く、しかも苛烈だ。ジャンもそれにやられたのだから。


 「(狼の一族を蹴散らし、ハラウル・ベリセスは問題の一つを片付けた。次は俺達マージナを邪魔に思っても不思議じゃない)」


 奴らはとことんまでやる気だ。ジャンは昨日の戦いからそういった考えに至っていた。


 「サンドル、お前はこいつらを纏めてアンケルに戻れ。俺はやる事がある」

 「……好きにすりゃ良い。だがベリセス正規軍相手にお前一人では何も出来んぞ」


 かもな。


 仲間に撤退を指示し、ジャンは単騎で駆け始める。



――



 馬の脚から逃げ切れる人間は普通いない。フィラドの川はそう深くもなく、ベリセスの騎兵は容易に渡河し追撃を開始する。


 「森に」


 鎧も何も脱ぎ捨ててフィラドのごく僅かな生き残りは北の森を目指した。騎兵から逃げるにはそれしかない。


 「来た来たぁ~、これはヤベェ!」


 げひゃ、げひゃ、と咳き込むような、下品に笑うような息を漏らす女、フーディ。

 使い込まれたクロークの内側から木の筒を取り出すと中身をぶちまける。


 それは木で作られた”まきびし”、カルトロップスだった。木製の棘を地面にばら撒いて騎兵に踏ませようと言うのである。

 戦いは創意工夫。生き延びるには小道具も大切だ。


 「お前らもやるんだよタコ!」

 「クソがー! これ本当に使えんのかよ!」


 フーディが隣の傭兵を蹴っ飛ばせばその男も罵声を飛ばしながらまきびしをばら撒いた。


 彼らに狙いを定める騎兵隊の指揮官は少しも表情を変えない。


 もっと組織だって大掛かりに設置されているのならばともかく、あのような極少数では何の問題にもならない。

 と言うか目の前で、しかも平地に設置されたカルトロップスを踏む間抜けが居るか? 本来は逃走経路に予め仕掛けておく物である。


 小細工があるな、と判断。


 「何か仕掛けがあるだろうが……見送る訳にも行かん。ゆくぞ、粛々と」

 「yes ma'am!」


 騎兵隊がカルトロップスの撒かれた横を素通りしようとした時、懸念された仕掛けが発動した。


 木製のカルトロップスが音を立てて燃え上がり火柱を上げたのである。小さな火柱は幾つか寄り集まってより大きな火柱となり、人型となって踊り始めた。


 「これは火の魔法?」


 騎兵の指揮官は眉を顰めた。炎の人型はその場で踊り狂うだけで何もしてこないが軍馬たちは驚きに足を止めてしまう。落馬する者も数名出る。


 「馬鹿め、この程度で落馬などベリセス騎兵として恥を知れ!」

 「yes ma'am!」


 フーディはひぃひぃ笑いながら逃げた。


 「西から流れてきた火のいたずら妖精のカルトロップスだ! ひひゃひゃー!」

 「喚くな、雑兵」


 騎兵指揮官である女は部下たちに規範を示す必要があった。

 それ即ち、勇猛で、馬術の達者で、火など毛ほども恐れない、と言う事である。


 ベリセスの騎兵指揮官が一つ鞭を入れると、彼女と深い信頼で結ばれた軍馬は容易に踊り狂う火の人型を蹴散らし、飛び越えた。


 当然フーディは慌てふためいた。


 「あぁぁこんにゃろ!」

 「ベリセス・アッダーテ!」

 「クソハラウルのクソベリセス! ちくしょう、呪ってやるぁぁ!!」


 フーディ達の背後まで迫る騎兵指揮官。彼女が槍を振り上げた時、険しい男の声が響く。


 「伏せろ、フーディ!」


 森の中から一騎、飛び出してくる。馬上で弓を構えている。

 ジャンだった。軽薄な態度をかなぐり捨てた鋭い視線。


 フーディは悲鳴を上げながらヘッドスライディングする。その上をジャンが放った矢が駆け抜けていく。暗い赤毛頭を泥水に突っ込むフーディ。


 その矢は軽装鎧を貫いて騎兵指揮官の腹に突き刺さった。彼女はぐらりと上体を傾がせるが辛うじて持ち堪える。


 「(……どこから、現れた)」


 呻き声を堪え、ジャンを睨んだ。最早逃げ出した傭兵の如き木端にかかずらってはいられず、新手に馬首を向ける。


 「(こやつ、良い騎兵だ。早掛けの馬上にありながらも背筋が揺れておらん)」


 余程腿が鍛えられているのか。


 腹の激痛。そして出血。指揮官は歯を食い縛り、槍を一振り。

 ジャンは二射目を番えていた。死を覚悟する他なかった。


 それでも部下に怖気づく姿は見せられん。


 「指揮官! 指揮官が射られた!」

 「サー・マリーナ! お下がりを!」


 後を追ってきた騎兵隊が激しく動揺した。


 「(そしてこの弓の腕。おのれ)」


 二矢目が放たれる。身を捩る事も出来ない。風を切って真直ぐ迫る矢が見える。


 「(我が隊に欲しいわ……)」


 その思考を最後に彼女は絶命した。鎧に守られていない喉に、ジャンの放った矢が突き刺さったのだった。


 「フーディ、走れ!」

 「しゃぁぁ!!」


 フーディがどったんばったんしながら起き上がって再び走る。フーディの仲間達は彼女の事なんかとっくの昔に見捨てて今も森を目指している。

 薄情と言うなかれ。傭兵である以上仕方なし、だ。


 「ジャンのおっさん、どうして居るんだ?!」

 「……仕事だよ!」


 ジャンはフーディを引っ張り上げ、馬首を返す。


 「……指揮官」

 「……サー・マリーナ。……こんな戦いで……死ぬとは……」


 ベリセスの騎兵達は戦死した指揮官の亡骸に目を遣り、そして怒りに燃えた。


 「……このままで帰れる物か!」

 「ベリセス・アッダーテ! サー・マリーナ・アッダーテ!」

 『マリーナ・アッダーテッ!』


 追撃を再開する騎兵隊。

 速度の差は明白だった。痩せ馬に二人乗りしているジャンとフーディに対し、良く調練された太い身体の軍馬に乗るベリセス騎兵たち。


 「ぐわぁぁぁ、ヤベェぜおっさん!」

 「分かってる!」

 「クソー! ここが年貢の納め時かー! こんな若い身空で死ぬのかあっしはー!」

 「黙れクソガキ! 喚くぐらいなら神に祈れ!」

 「神は死にやしたよ! 少なくともあっしの神様はね!」


 『ほお、では新たな神に祈らんかい』


 二人の耳に女の声が届いた。


 騎兵たちの上げる気勢と痩せ馬の漏らす息、逃げる傭兵たちの悲鳴の中、それはとても静かだった。


 『ウーラハンの名を唱え、祈りを捧げよ。しからばこの場に置いては、お主らの脅威は退けられるじゃろう』


 フーディは耳をほじった。


 「なんだなんだ、幻聴かーッ?!」

 「俺にも聞こえた。……聞き覚えがあるような……」

 「ウラだかハーンだか知らねーが、いけすかねぇエクリマの神様よりゃ御利益ありそうだな!」


 また声が聞こえる。


 『ほれ、祈れ。命が惜しかろう。死にたく無かろう。死は、暗くて冷たいぞ。虚無に呑まれて前も後ろも分からんようになる。

  恐かろう。しかしお主らは逃れる事が出来るのじゃ。

  ウーラハンの名を称えよ。お主らは生き延びる』


 乗りやすぜその誘い! フーディが叫んだ。


 「ウーラハン、聞いた事もねぇ神様!」

 「フーディ、馬鹿、待て!」

 「朝晩に祈りを捧げやす、どうかお助けェーッ!!」


 ジャンは焦った。ジャンはフーディとは違い神がどのような物かある程度知っている。

 真摯な祈りで結ばれる誓約もあれば、そうでない物もある。

 このような土壇場で弱みに付け込むようにして誘う神など碌な物では無い。


 しかしフーディは神への祈りを口に出した後だった。それへの答えは既に用意されていた。


 「アオォォォォッ!!」


 狼の遠吠えが草原に響く。白い戦装束が翻る。


 灰色狼に跨りシャムシールを引き抜いた姿。黒髪が風に靡き、見開かれた目が爛々と輝く。


 「狼騎兵?!」


 中空から溶け出すように、地面から湧き出すように、何もない場所から狼に跨った戦士が現れた。


 「アンタは昨日の!」

 「ハッハッハァ! 我が主君が御名をハラウル人どもに刻んでやる!」


 ガウーナだ。ガウーナはジャンたちと擦れ違いつつも視線を振る事すらせず、そのままベリセス騎兵隊に突っ込んだ。


 「恐怖と共にのう!」

そろそろストック切れ

(´・ω・)

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