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二週間後の休日。ハーフコートにジーンズという軽装で友里は池袋にいた。
好天気に誘われ渋谷でショッピングでもしようとしたのだが、私鉄からJRに乗り換えようとしたとき、気になる一人の男の姿を見かけたからだ。名前も年齢も知らない、一度、葬儀場で会っただけの地味な男だった。
彼は不自然な仕草で周囲を見渡すと、そのまま東口を線路づたいに歩き、封切館ではなく古い名作を上映するマニアックな映画館の前で足をとめた。そして上映作を確認しながら時計を見てポスターに見入った。
チャップリンの晩年の名作『ライムライト』だった。思いつめたような若い女性の視線にチャップリン、いや正確にはカルベロなのだろう。困惑した表情を見せていた。
彼は微動だにせず、そのポスターを見つめている。
おかしな男だと友里は思った。同時に予定を変えてまで、そのおかしな男をじっと観察している友里も、考えればおかしな女なのかもしれない。
存在に、決して際立った魅力があるわけではなかった。だからといって安っぽくもない。仮にくくるとしたらごく普通の人間の範疇に入るはずだ。けれど友里は、そのごく普通の男に興味を惹かれ跡をつけた。そうしてじっと動かぬ彼を、同じように動かないで見つめているのだ。
「はい、彼女。こんなところで何をしてるの」
ひょっこり見知らぬ男が声をかけてきた。こんなときに、よりによってナンパなの? と友里は目を疑った。学生風でぱっと見さわやかなのだが、たまらなく軽薄感を漂わせている。邪魔しないで。時と場所と相手を選んでほしいと口から声が出かけた。
「ごめんなさい。一人じゃないの」
友里は、映画館の前でたたずむ彼を指さした。
「ほんと? 君、可愛いのに嘘つくの下手だね。だって、彼とじゃ波長が合いそうもないじゃん」
波長? 軽薄なわりには難解なことをいう男だ。
確かに、着古したブレザーに真新しいジーンズ姿の彼は、ファッションセンスがアンバランスで、どこか田舎くさいし、職業柄老人を相手にしているせいか若者の持つ明るいエネルギーにも欠けている。だからといって、このチャラ男くんの発する波長が若者らしいといえば、それもまったく論外だ。
「車で来たんだ。いい天気だしドライブでもしないか」
図々しく、チャラ男くんが友里の肩に手を乗せてきた。抱き寄せるようにして連れて行こうとする。
こらこら、犯罪だぞ。
友里は手を振りほどいた。その気配に彼が気づく。振り向いた。
うわ、まずい。万事休すだ。尾行した相手にばれるほど格好悪いものはない。かといってチャラ男くんが図にのりだしている。どちらにしても気まずさは最悪だった。
なら考える余地はない。一度しか会っていないんだし、彼が友里だと気づかないことを願って、このまま恋人同士を実践するしかないだろう。
「ねえ、この人がしつこいの。何とかしてくれる」
友里は呼びかけた。
彼が戸惑いながら駆けよってくる。そして途中で状況を把握したに違いない。チャラ男くんを睨みつけると「待たせて悪かった」と言って、友里の手をつかんできた。
へっ? すじがき以上の展開だ。友里は、彼の大人しい顔に似合わぬごつごつした手の感触に、恥じらいつつ呆然とした。
一方チャラ男くんも、直感をまるごと否定されたせいで何も言えず呆気にとられている。くわえて女には強引だが、男には非常に慎み深い性格なのだろう。目を点にさせて後ずさりした。
だが路地を曲がって大通りへ出たとたん、すじがきは予想もしなかった新たな展開を見せつける。