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僧侶が退出する。重々しい空気とは裏腹に、気ぜわしい通夜が滞りなく終わった。
友里たちが控室で茶を啜っていると、生前祖母が暮らしていたという老人ホームの職員が二人挨拶に来た。
一人は父に似た体形の中年で、顔とアンバランスな口ひげを生やしていた。だからといって父ほど厳つくはなかった。伝説のRPGに登場してくる商人みたいで受ける感じは悪くない。もう一人は二十代半ばの青年。顔立ちは地味だが背が高く、穏やかな瞳が印象的だ。
「このたびはご愁傷さまでした……」
恰幅のいい中年が言った。青年も横で深々と頭を下げた。
友里たちが時間ぎりぎりに到着したため、ロビーで待っていた焼香客たちは誰一人として喪主に挨拶できなかったのだ。
「わざわざ、ありがとうございます」
父と母が立ち上がり、めずらしくそつのない感謝を述べた。そしてしばらく儀礼的な挨拶をくり返した後、父が首をかしげた。
「預けっぱなしで、この半年、まったく様子も見に行かなかった俺も悪いんだけどさ、お袋はいつから徘徊するようになったんだい。確か、それまでしてなかったと思うが」
「えっと、それは」
中年職員が青年を見て口ごもっていると、青年が毅然と言った。「悪天候の昨夜が、波江さんにとって初めての徘徊です」
「へえ、初めてだったのか」父が唸る。若い男に向き直った。「して、どんな状況だったんだ」
「はい。加害者の運転手は、雨で視界が悪いうえ、急に波江さんが車道へ倒れ込んできたので反応が遅れたと言っていました」
「やはり警察の調べと一緒か」
「ええ、間違いありません。先ほど施設長と加害者に会ってきたばかりです」
中年男が頷く。「そうなんですよ。波江さんは事故に遭う前から意識が朦朧としていたみたいです」
友里はむごいと思った。よりによって初めての徘徊を、なぜ危険の伴う嵐の夜にしたのかと感じたのだ。もちろんそれを選択できるなら徘徊などしないとも知っていたが、それでも祖母が、雪が降ってもおかしくない寒さの中を徘徊するにはするだけの理由があったような気がしてならなかった。
いずれにせよ心残りは、大学入学直後の忙しさもあったが、父と母の意見を取り入れて祖母と過ごす時間をつくらなかったことだ。
「それと……」
口ごもっていた中年男がタイミングを見計らって言った。
「ん、まだ何かあるのか」父が聞き返す。
「誠に事務的なことで申し訳ないのですが、部屋を次の人に明け渡さなくてはならないので、近々私物を整理しに来ていただきたいと思います」
「そのことなら、今、忙しくて時間がつくれそうにないんだよな。そっちで処分してもらうわけにはいかないのかい」
「それはちょっと、できかねます」
「そんなこと言わずに、かかった費用は全部払うから頼むよ。どうせ身よりのない人のは勝手にすてちゃうんだろ」
渋る父に、若い男が問いかける。
「かまいませんが、じつは遺品の中に高価なバイオリンもあるんですが、どうしましょう」
「えっ? あのバイオリンがあったんだ!」
友里は思わず声を上げた。母と父、中年男と若者が友里に視線を当ててくる。
「状態はどうなんだ」
「丁寧に保管されていたようで、とてもいい状態です」
「なら仕方ないな。三日以内に行くか」
友里に祖母とのバイオリンの思い出があるよう、父にも、より深い思い出があったのだろう。表向きは嫌々でも、即、前言を翻して受諾した。




