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 事務所に施設長と尾崎さんがいた。二人はパソコンの画面を見つめ、気難しい顔をしていた。挨拶をすると、施設長が「おっ、小坂くんの彼女かい?」と目をぱちくりさせた。

「違います!」

 友里が即座に否定する。視線は尾崎さんへ当てていた。

 尾崎さんは、ふんと鼻を鳴らす。「施設長、彼女は波江さんの孫ですよ」

「あっ、そういえば通夜でお会いした気が……」

「その節はお世話になりました」

 友里が改めて礼を言った。

       

「ところで、今日はどういった理由で来られたのでしょう」

 施設長がマウスを動かして画面を消しながら聞いてきた。見出しに移転候補地と踊っていたので、二人で検討していたに違いない。老朽化が進み、建替えか移転の選択を迫られていると聞いたことがある。

「クリスマス会のことです」太一がパソコンから目を切り、一歩前へ足を進ませる。「彼女の奏でるバイオリンを聴いてもらえないでしょうか。入居者が共感すればホームの出しものにしようと思っています」

「そうだ。確か今年の担当は君だったね。まったく演目を決めてこないので心配してたんだ」

 施設長がほっとしたような表情を見せる。それはクリスマス会の演目ではなく、おそらく移転のことに触れられるのが嫌だったのだろう。きまり悪そうに言った。

       

 それにしても尾崎さんにはいいかげん失望した。会話のニュアンスから推測すると、施設長は、最初から太一が担当だと思っていた伏しが窺えるからだ。じつは昨日告げられたんです、と言ったらどう思うんだろう。

「いいねバイオリン、私は好きだな」

 施設長が同意を求めるかに尾崎さんへ言った。先の見えない問題を控えているために、一つずつ片づけたいのだ。

「でも彼女は部外者ですよ」尾崎さんが施設長に返答した後、釈然としないのか太一に向き直った。「部外者を参加させてどうするんだ。責任を持たせても緩慢なくせに、相変わらず道理に合わないことを言い出すんだな、君は」

       

 どうして否定ばかりして理解しようとしないのか。太一は、これまで謝るばかりで一度として逆らわなかったが、我慢ならなかった。

「部外者って、そんな言い方ひどいと思いませんか。先月まで、ここに三年も生活していた人のお孫さんなんですよ。それに慰問の人も全員部外者です。道理に合わないからって断りますか」

「生意気言うんじゃない。立場をわきまえてものを言え!」

 尾崎さんが凄んだ。でも太一も負けていなかった。ここで折れたら友里はルーツを確かめられなくなってしまう。それのみか、このままでは完全に入居者のことを考えぬ運営側主体のクリスマス会だ。

       

「では言わせてもらいますが、尾崎さん、あなたに決定権はありません。施設長を差し置いて傲慢すぎますよ。立場をわきまえるのはあなたのほうだと思います。それに、まったく入居者のことを癒そうとしないで蚊帳の外に置くのであれば、あなたこそ部外者感覚ではないでしょうか」

「何だと!」

「まあまあ、二人とも落ち着くんだ。経緯はともかく、私としてはお嬢さんのバイオリンを聴く価値はあると思う。もちろん入居者にもね。ただし、やはり結果が大切だ。何も感じないのであれば出しものとは認めない」

「なら、入居者が少しでも感動してくれれば演目として認めてくれるんですね」

「甘いな。少しというのは大多数から否定されたのと同じだ。そんな出しもの、恥ずかしくて出せるわけがない。せめて半数の人の心を動かしたら認めてやる」

       

 太一は不可能だと思った。ホームに五十人の入居者がいて、寝たきりの人を覗いて仮に四十人の人が集まったとする。しかしそのうちの半分の老人は、無感動というよりまったく反応しないのだ。

「そんなに悲観してどうするの。まだ負けたわけでもないのに、おかしいわ」

 友里が太一を窘める。「やりましょう。結果は二の次よ。一人でも人の心を動かせれば、それでいいじゃない」


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