9 契約の儀と旅立ち(中編)
「じゃあ契約を始めるぞ?」
俺はそう言いながら『眷属契約』のスキルを発動させると右手の甲に魔法陣のような複雑で幾何学な模様が浮かび上がり、同時に頭の中で女性の声が響く。
―― 主よ、この者らの忠誠を受け取るか? ――
急に声が聞こえた事に驚き周囲を見渡すと、子竜達と目が合ったので同じく声が聞こえたらしい。もしやと思い龍達を見るが特に変わった様子は見られない。
俺は迷う事なく言葉にする。
「ああ、受け取ろう!」
―― 契約を実行に移します ――
そんな声が聞こえると、子竜達や龍達の身体がほんのりと輝き始める。そして徐々に光は強くなり、直視出来ないほどの光を発すると消えた。
その輝きの正体は人間の拳程の光球で、属性と同じ色が付いていた。子竜達や龍達の目の前でふよふよと浮かび、消える気配がない。
よく見ると子竜達と龍達で少し違っていた。子竜達のは輝きが強く、明るい色でありながら少し薄くなっている。龍達は輝きが弱く黒に近い色をしているが、子竜達より色が濃く見る者を惹きつけるようなものだった。
……それよりも、何故龍達の前にも光球がある?
契約をするのは子竜達であって龍達は含まれないのではないのか?もしかしたら巻き込んだか?
「なあ、ブラッド。契約に巻き込んでしまったのか?」
もし巻き込んでしまったのなら、解除出来るとしても罪悪感がある。
「さあな。儂にも契約は初めてだから分からん」
「心なしか嬉しそうに見えるのは気のせいか?」
雰囲気や顔は笑ってないが、目に少しの高揚感のようなものが混じってる気がする。
「気のせいだな」
……と、悪戯っぽい笑みを作りながら言われてしまった。完全にこの状況を楽しんでいるのは明らかであり、最初の否定は何だったんだと思う。
他の龍達も普段発している安心感のようなものは出しておらず、何か新しい玩具でも見つけたかのようにニコニコしている。しかも少し怖い方の笑みである。
ここは深く考えない方が良さそうだ。
「そうか。気のせいか」
すると、間を見計らったかのようにまた声が聞こえる。
―― これから契約の儀に入ります
主よ、その場で集中して下さい ――
俺は言われるがままに集中する為、人化で人の姿になり座禅のポーズをとる。
人の姿に成れはしたが、黒髪にゴールドアイと呼ばれる金眼、身体は百七十㎝と大きくも小さくもない。 それに顔は中の上くらいでブサイクな訳でもカッコイイ訳でもない。日本なら目の特徴を除いて何処にでもいそうな好青年である。ただ中身は除いて。
すると子竜達や龍達が動き出し、俺を囲む。
俺を囲んで少しするとブラッドの前に浮かぶ光球がミストへ、ミストからソニックへと光の絵を描くと同時に光球同士が混ざり合い、輝きと色が濃く黒くなっていく。
出来上がっていく絵は八芒星と呼ばれる形。
それも、綺麗な星のようだ。そしてクラグの前で停止していた最後の光球と混ざり合うと、全てを覆うように円が描かれる。
円を描き終わった光球は俺の方へと漂ってきて俺の前に来て止まる。最初のような明るい色は何処にもなく、漆黒や黒曜石の吸い込まれるような黒がありつつも光球として輝きが強いという一種の矛盾のような感じになっている。
―― 最後の儀を行います
力の奔流を受け止め、個を保って下さい ――
光球が俺の中へと消えた後にそんな声が聞こえた。
ドクンッ!!……と心臓が強く跳ねた気がすると、意識が飛び掛けるぐらいの強い力の波が襲って来た。
そして俺は意識を保つ為に全神経を使い力に抗った。
△▼△
―― 子竜・龍 視点:ブラッド ――
フェリオスが『眷属契約』スキルの発動を宣言した。
すると、どこからともなく声が聞こえた。
―― 我が主に何を捧げるか ――
最初は妖精や悪魔の囁きかと魔力・気配感知で探ってみるも反応はなかった。
いや、反応はしなかったが気になる事はあった。
目の前にいるフェリオスである。声が聞こえてから雰囲気が変わり、神秘的に見え目が離せないようになっていた。
声は『我が主』と言っていた。つまり、声の者にとってフェリオスは絶対的な存在であると言える。
そして『何を』捧げるかによって契約の度合いが変化してくるであろう事も理解できた。
『何を』か……。儂はフェリオスに何を差し出せる?そしてフェリオスは儂に何を見せてくれるのだろうか。
気になる……そして知りたい!
この先に何があるのかを、どんな事が起きるのかを!
儂は久しく感じていなかった高揚というものを思い出していた。
ああ、懐かしい。いつの間にかこの感覚をわすれていたとはな、悲しいものだ。
『ブラッドの名において宣言する。全てを捧げよう!』
『このソニック、全てを捧げましょう』
『私、ミストは、フェリオス様の為に全てを』
『儂の全てを受け止めきれるか。見せてもらうぞ』
『俺、ブレイズは、兄貴に全てを捧げる!』
『フェリオス様に私の愛とからd……アクアの全てを捧げ、貴方様の力になります!』
『君を見ていると退屈しないで済みそうだからね。これからも付いて行かせてもらうよ、地の果てでもね』
『フェリオス、君はあの弱かった僕に勇気と力をくれたばかりか、皆と同じ場所に立たせてくれた。君を信じて何処までも付いていくよ!』
儂が宣言した後、急にフェリオスが周囲をキョロキョロと見回し始めたので儂と同じく先程の声が聞こえたのだろう。
だが、咄嗟の事だったとはいえ警戒を行動で示してしまうばかりか感情を表に出してしまうとは……。鍛え直しが必要かもしれんな。
そんな事を考えていると、フェリオスが叫んでいた。
―― 契約を実行に移します ――
またあの声が聞こえてきたかと思うと、身体が突然発光し始めた。すると、徐々にだが身体から力が抜けていく感覚に襲われる。
魔力に気力といったあらゆる力が抜けていくほどに身体から発せられている光が強くなっていく。そして力が半分ほど抜けたかと思うと同時に強烈な光が自らの身体と周囲から放たれる。
力が抜ける事に意識を取られ過ぎていて、周囲の状況を確認出来ていなかった。
フェリオスの前に儂自身を鍛え直す必要があるかもしれんな。
光自体はすぐに収まったのだが、今度は光球が儂の目の前で浮かんでいた。しかも、抜けていったはずの力そのものが光球として形を成していたのだ。
興味深く光球を眺めていると、フェリオスが契約に巻き込んでしまったのではないかと問うてきたが笑顔で誤魔化してやった。
―― これから契約の儀に入ります
指定する場所に移動し、集中して下さい ――
声に導かれ、所定の位置に向かって行く。すると不思議な事に光球も移動し、離れる事なく自分の前に浮かび続ける。
儂らはフェリオスを円形状に囲っていた。
フェリオスも人型になり、瞑想のポーズをとった。
位置に着いた所で光球が儂からミストへと飛び、線を描き、線と線が重なり合い不思議な模様を作り出して行った。
フェリオスはその不思議な模様を見て少し驚いていたようなので、この模様が何を意味するのか知っているのかもしれない。
そうしている間にも模様は完成に向かって模様を描き続けていた。
そしてクラグが最後だったようで光球は纏う光が強い輝きを放ち、色が漆黒、闇黒のような光を吸収するかのような一種の異様な光景を生み出していた。
そして浮かんでいた光球は円を描いたかと思うと、フェリオスへと飛んでいき体内に吸収されていった。
―― 最後の儀を行います
エネルギーの効率化及び身体の再構築をします
力の奔流を受け止め、個を保って下さい ――
そして儂らは身体が破壊と再生を繰り返すのを感じながら意識を手放してしまう。
△▼△
人々はその日、大地から天空へと伸びる光の柱を見たと言う。その光を見たものは目と心を奪われ、儀が終わる一時間後まで空を見上げていたらしい。
この日の事は後に世界の分岐点と呼ばれることになる。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
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