異世界トリップしたらなぜかブスと蔑まれた8
「ユタ、何をしている!いくらお前とて、ユアさまに狼藉は許さんぞ!」
がおーっとシンが吠えた。
やだシン、カッコいい!
と感動しているうちに、いまだにわたしの腕を掴んでいた手に気付いたユタさんが、音がしそうな勢いで振り払った。
あ、ひどい。
たしかにさっきまで掃除してたけど、そこまで汚くないわよ。
ユタさんの表情は困惑一色。
顔が言っている。
『何がなにやら』
少しかわいそうになるくらい現状が認識できていない。
イケメン税が上乗せされてよけいに同情心を煽ってくるとか、美形ってズルい。
「ユタ!」
反応の鈍いユタさんに再度シンが吠えた。
「ユアさまから、今すぐ、離れろ」
怒った時は一言一言を区切る決まりでもあるのだろうか。
うん、とても効果的だね、怖いよ、シン!
本気の声色に気付いたのか、あるいは混乱の中で咄嗟に命令形の言葉に従ったのか、ユタさんはわたしから距離をおいた。
…後退るように。
わたしはどこぞの野生動物か?
いつぞやのシンか?
「ユアさま、ご無事ですか?」
「え、ええ」
この通り、問題なく。
五体満足ですよ。
シンの確認に答え、ひらひらと手を上げてアピール。
「よかった。ユアさまに何かあったら、俺はこいつを八つ裂きにしないといけないところだった」
シンがにっこり笑いかけてきた。
わたしは引きつった笑顔を返した。
「俺」って言った。
…素ですね、シンさん。
聞くに、お友達では?
たぶんあなたを訪ねていらしたのよ?
とは、賢明にもわたしは口に出さなかった。
「シン、教えてくれ。俺は一体なにを見た?」
しかし勇者はいた。
わたしはこの状態のシンに声はかけられません。
ユタさん、骨は拾います。
「…俺に何かを言うよりも、お前は先に言うべきことがある」
ちらっとシンがわたしに目線を流す。
「ああ、…確かに」
うつろな目でシンの視線を追ったユタさんがわたしを見て覚醒した。
目も覚めるような…美人ってわけじゃないわよね、今のわたしじゃ。
「先ほどは女性に対する態度ではなかった、申し訳ない」
がばっとユタさんはわたしに向き直って頭を下げる。
冷徹な美貌と相まって、プライドが高そうに見えていたけど、そんなことはなかった。
自分の否は否と謝れる人だった。
いい人だ。
「お気になさらずに。わたしこそお客様がいらしていたのに気付かずに申し訳ないことを…」
そもそもユタさんが怒ったのは、下働き風情が自分の友達を呼び捨てにしたっていう誤解からだ。
わたしがちゃんと出迎えていれば、下働きとは誤解されなかっただろうし、ユタさんが暴挙に出ることもなかったはずだ。
喧嘩両成敗。
どちらにも被害は無いわけだし、それでいいんじゃないかしら。
ユタさんはあっさり許されたことに落ち込んだ。
なんという真面目さん。
「夕陽、と申します。発音し難いようですからお好きに呼んでください。シンからはユア、と。」
凹んでいる彼に名を名乗る。
嫌いな肩書だけど、きっとここにいる意味を示すためにも必要だろうとマレビトと呼ばれている存在だ、とも付け加えて言っておいた。
ユタさんは顔を顰めた。
渋面ここに極まれり、というほどの顔だ。
衝撃の真実に納得がいかない、という顔にも見える。
わたしがマレビトだと、そんなに不都合がおありですかね?
「と、いうかユタ、どうやってユアさまの防護魔法を抜けてきたんだ?」
微妙な雰囲気を察したのか、シンが話題を変ようと言葉を挟んできた。
それは有り難かったけど!
「何か細工があったのですか?特にそういった類のものは見受けられませんでしたが」
…思わぬところからわたしに飛び火してきた。
「ユアさま?」
笑ったまま、シンが振り向く。
責められていることがはっきりとわかる低い声に思わず背筋を伸ばす。
「私が屋敷を留守にする条件はこの屋敷の安全だったはずです」
策を施していたわたしがサボったのではないかと言うのだ。
心外だ!
濡れ衣だ!
言いがかりだ!
「あれは魔力…だか欲だかを持った者にしか反応しないのよ」
引っかかり条件を、私を困らせる光に設定している。
そうでもしなければシンが帰ってこられないじゃないの。
声に出さなかった声もきちんときいてくれたようで、シンは怒るに怒れない苦い顔をした。
ちょっと!謝罪の言葉が聞こえないわよ?
「なるほど、だから私には無反応だったのですね」
ユタさんが納得の言葉を吐く。
そうですね。
ユタさん、あなたも顔がはっきりと見えますもの。
あの目を潰そうと襲ってくる光の欠片も見当たらない。
じっとユタさんの顔を見詰めれば、彼はたじたじと足を引き、ふいと視線を逸らす。
あ、ごめんなさい。
少々お時間いただけますか?
わたしは廊下をダッシュして自室からシンに買ってもらったベールを持ってくる。
これを被れば問題の大体は解消されるはずだ。
「あの、なにを?」
ユタさんがわたしの行動を訝って困惑を乗せた声で聞いてきた。
「これならユタさまをご不快にさせずに済みますから」
ええ、ええ、不細工なツラにビビってるのがバレバレですよ、ユタさん。
それでもなんとか平静に接してくれようとする努力もよく感じる。
優しい人なんだろう。
わたしだって、城の光どもならともかく、このいいひとを困らせたくはない。
どう、この心遣い!感謝してくれてもいいのよ!
ユタさんは再び落ち込んだ。
床にのめり込みそうだ。
紳士なユタさんは女性に気遣いをさせたことに反省しきり。
さては…心の底からいい人ですね?
「ところでシン、ユタさんとはどういった関係ですか?」
「古い友人で、今回真っ先に手紙を書いたのが彼です。おそらくそれに応えて訪ねてきてくれたのだと思います。どうなんだ、ユタ」
ユタさんとは相当親しいのか、シンが彼に話しかける言葉はぞんざいだ。
「その通りだよ!他でもないお前の頼みだ、様子くらい見に行こうと休みを取って訪ねてきたんだ!」
がばっとユタさんが復活した。
「だが、こんな状況は聞いてない!」
元気になったユタさんがシンに詰め寄る。
「こんな!…マレビトさまがこんな!聞いてないぞ!」
あとは言葉にならないようである、南無。
ベールを被ったわたしをちらりと見て、顔色をなくしてシンの胸元のシャツを掴みあげた。
「手紙に書いて、誰かに読まれたらどうする?俺は可能性に配慮したまでだ」
「…っ!」
シンの声は冷静だった。
ユタさんはシンの言葉に一定の理解を示して、感情に任せてシンのシャツに掛けていた手を理性で抑え込んで離したように見えた。
そのままふらふらと下がって、力のない声を振り絞る。
「…一体なにがどうなってるんだ。頼むから教えてくれ」
「ああ、だがすでに目にしたことが全てだ。」
懇願するユタさんにシンが端的に答えた。
難しい話ですか?
政治的陰謀とか、そういった話なら遠慮させてもらいます。
さっきからホント、何の話かよくわからないのよ。
いえ、途中まではブスであるはずのわたしが超ド級のブスだった、という話だったと思うんだけど。
男の人ってどうしてこう、色々通じ合ってそれを前提に話を進めるのかしら。
それでもって、何でもいいんですがとりあえず、玄関から離れません?
屋敷の中を移動している途中、ユタさんは眉を顰めっ放しだった。
まだ清掃の終わってない部屋を見て一本。
人手が足りないんです、あんまり見ないように!
人気のない屋敷を見渡して一本。
偽物の疑いまである不細工なマレビトに仕えてくれる奇特な人はシンくらいです。
あ、光はこっちからお断り。
出された水を見て一本。
紅茶なんてお金のかかるもの、我が家にはありませんからね。
眉間の皺はもはや数えられない。
「なぜ、このようなことになっているんだ」
カップに注がれた井戸水を飲んで、一息ついたユタさんが頭痛を抑えるように呻いた。
あ、ちゃんと『浄化』済みです、ご安心を。
…ホントは効果のほどがわからないから気休めですけど。
「領主が横領している。人も金も回ってこない。」
え、そんな裏があったの?
マジでか、作り話だけの話じゃないのか、そういうテンプレ。
ってか、人の顔の美醜がここまで影響するとか、聞いてない。
…いや、わたしが度を越したブスだってだけ?
さすがに凹みますよ、だれか慰めの言葉をください!
「では!」
「訴えろと?ユアさまの真実の姿を目にしたお前がそう言えるのか?」
ユタさんは黙り込んだ。
悔しそうな顔だ。
あと、何気、シンの言葉がひどい。
泣くわよ?
しかし異世界でも腐蝕列島的な話がわんさかとは、夢がないことで。
まあ、キレイな夢物語なんてものは光どもに罵られた時からすっぱりきっぱり切り捨てたつもりだけど。
とにかく!そういうのは余所でお願いします、わたしは静かに暮らせればそれでいい。
お金がなかろうと、城暮らしより今の極貧生活の方が好きなのよ、わたし。
シンは、きっと知ってる。
だからこうして波風を立てないように色々と手を回してくれてる。
感謝してます、神さま、シンさま!
ま、だからと言って人手が足りないものはどうしようもない。
「…だからお前に助けを求めたんだ」
シンがまっすぐにユタさんの目を見る。
つまりはそういうこと。
ユタさんはシンが信用している人なんだろう。
「…俺は力にはなれん。今日も様子を見てすぐに帰るつもりだったんだ」
力なくユタさんは首を振った。
「無理にとは言わないよ、ただ少しの間手を貸してほしい」
ユアさまへの罪滅ぼしにね。
と、シンは小さく言った。
ユタさんは撃沈した。
あの、ユタさん?
今までシンに勝てた事ないんじゃ…。
ユア、ユタ、しまった「ユ」が被った。
後で気付きました、済みません。