異世界トリップしたらなぜかブスと蔑まれた7
シンが苦しい家計を遣り繰りする主婦みたいになった。
毎日家計簿とにらめっこしながらうんうん悩んでいる。
て、手伝えなくてごめんね?
だって!
この世界の金銭と物の価値がわからないという、致命的欠陥を抱えているわたしにはどうしようもないんだよ!
じゃあ市場の視察にでも、と外に出ようとするとシンが渋る。
「ユアさまの為なのです!」
と真剣な顔をして言われれば頷くしかないじゃないの!
バレてんじゃないの?
ねえ、わたしがシンの顔が好みだって、バレてんじゃないの!?
本人に聞くわけにいかないから大人しく悶々としてるけども。
シンは主婦を立派にこなしているけど、大黒柱としてもしっかりやってくれている。
森に入っての狩りとか。
でも、仕留めた獲物をシンがそのまま持って帰ってきたのを見た時に、思わずドン引きしたわたしは悪くない。
現代人の軟弱さをナメんなよ、このやろー!
そんなわたしの様子に、シンはさすがに捌けとは言って来なかった。
察しがよくて助かる。
ちなみに極貧な我が家では現在一日二食生活。
とっても健康的。
余計な肉が落ちて、我ながら素晴らしいプロポーションになってきた。
…なんか、この生活、地味に合ってる気がしてる。
つまり食べ過ぎだったんだね?今までのわたし。
それでも、空腹は覚えるけど!
あれだけ動いてるシンが何も言わないのにわたしが何か言える訳ないじゃない!?
で、シンが外に出ている間、わたしが何をしているかといえば、屋敷の中の掃除と庭の手入れを地道にやっている。
最初はわたしを一人にすることを、これまた渋っていたシンだけど、二人で屋敷に籠っていたら餓死必至。
周囲を覆う鉄柵に電流が流れるように魔法をかける防衛策を施してやっと納得してもらった。
段々わかってきたけど、シンは頑固。
たまに面倒。
多分シンも同じことを思っているだろう、南無。
一日の半分くらい、考えるのは食事の事。
早いところ庭を片付けて、畑でも作りたい。
おいしい野菜が恋しい。
途切れることなく供給されていた現代の食糧事情の凄さを実感してますよ。
ああ、バイキングの食べ放題行きたい。
屋敷の方は、二日で一部屋を目安に掃除を進めている。
大きすぎるのも考え物だよ、異世界の諸君。
なぜ自分たちの部屋以外も必死に掃除しているのかと言えば、シンが人を呼び寄せると言っていたからだ。
最初の出費は手紙を書くための紙と筆記具だった。
今はよくわかるよ?
この規模の屋敷を二人で維持しようだなんて土台無理な話。
切実に人員不足を感じる。
はやく誰か助けてください。
ただし、光ってない人限定で!
これだけは譲れないー!
けど、今二人で食べていくのが限界なのに、誰か増えたらどうするつもりなんだろうね、シンは。
わたしに考えるつもりがないんじゃないのよ?
わたしにはどうにもできないだけなのよ?
シンは朝早くから森に出掛けて行った。
このスケジュールだと早めの帰宅となるはずだ。
ならばわたしもさっさと日課の仕事を済ませなければ。
ちょっと目を離すとすぐに汚れる玄関とそこから続く広間の床。
三日にいっぺんは個室の掃除をやめてここに逆戻りしてきれいにしているのに、まったく持たない。
…これはつまり、これからずっと続く、定期的な労働だということだ。
うんざりとした気分を覚えるのは仕方がないと思う。
最初は丁寧にやっていたけど、今となっては慣れたもの。
大雑把とも言うけど。
庭の井戸から汲んできた水を一杯ばしゃっと板張りの床にぶちまける。
ちなみにこれもシンが汲んでくれている。
朝起きた時には、必ず何杯か水の入った桶がすでに用意されている。
神さま、シンさま!
あとはタワシで擦り、ぞうきんで水気をふき取るだけ。
シンに見られたら絶句されるだろう粗雑さだ。
あ、いや、シンのことだ、そのような作業は自分がします!とか言い出しそうだ。
黙っておこう。
楽をしようとも、現代みたいに柄の長いデッキブラシなんて便利なものは異世界にはなかった。
余裕が出来た際には手作りしよう、そうしよう。
もう慣れた動作で床に這いつくばって、床を必死に磨いていたら柱にぶつかった。
わりと夢中になれるんだよね、磨き掃除。
我に返ると大抵、体バッキバキだけど。
「きみ、この屋敷の下働きだね?シン・アークレストはどこに?」
ハシラガシャベッタ。
あ、いや、ごめん。
柱改め、足の持ち主に話しかけられた。
あわわわわ。
どうしよう、お客さんだ。
あと、なんか勘違いされてる。
けど。
わたし、この屋敷の主人ですぅ!
と、言って信じてもらえる状況じゃない。
誰が客人の前で床掃除するってんだ。
いやいや、突然来た方が悪いんじゃない?
わたし悪くないんじゃない?
あと、誰かが来ると思ってないからスッピンだよ。
化粧してないよ!
初対面に見せられる顔じゃないよ!
ベールも持ってないよ!
どうしてくれるんだ、この状況!
そうだ、顔を見せなければいいじゃない!
我ながら名案だ!
立ち上がりはしたけども、お客人の足を見ながら殊勝に見えるように答える。
「ええと、シンは出かけてます。たぶんもうすぐ帰って…」
来ると思います、と最後まで口にはできなかった。
「いま、『シン』と言いました?あなた、仮にも貴族を呼び捨てに?下働きの分際で?」
あ、…なんか、地雷踏んだっぽい。
お怒りまんげつですか!
どうしてですか!
呼び捨てにしたからですか、そうですか。
「すいま、いえ、申し訳ありません」
頭上に振ってくる視線が冷気を帯びたので、言葉すら丁寧に言い直してみる。
凍りそう。
「魔力がないからと、侮られる程貴族の地位は安くはない」
へあ!?シンって貴族だったの?
ごめん、知らなかった。
「顔を上げなさい」
うをおおおお、難題来た!
単刀直入にきた!
それは困る。
きっと固まるから、困る。
あと、地味にあの予想外だって顔を見るのはわたしが傷付くからいやだ!
…ならば必殺!
「申し訳ございません!どうか平にご容赦を!!」
平身低頭!
これで許してくれなかった人を見たことがない。
この世界ではない場所での話だけど。
「顔を、上げなさい。と、言ったのが、聞こえなかったのですか?」
うわあ、底冷えのする声ってこういうことを言うんだね。
一言一言を区切った喋り方が怖い!
全然怒りが収まってないんだけど、どうすんの、これえええ!
「………」
言われた通り顔を上げる訳にもいかず、無言で頭を下げ続ける。
冷や汗がせっかく磨いた床に落ちそうです。
誰かヘルプミー。
床と客人の足が映る視界。
足が動いた。
あわわわわ。
慌てている間に距離が詰められた。
シンみたいに飛びのく運動神経はわたしにはない!
実際、証明されたし。
ええ、たった今。
タワシを握っていたままだった手が掴まれる。
いたい、この馬鹿力!
タワシが床に落ちてしまった。
何が何でも言うことをきかせてやろうという意志を感じる。
が、そうは問屋が卸さねえ!
ばっと掴まれた腕を上げて顔をガード!
「…一体何を隠しているのです?」
不細工な顔を隠してます!
あ、あくまであなた達にとっての不細工ですよ?
そこ間違えないでくださいねー!
心の中で叫ぶ頑ななわたしの態度。
客人は余計に不信感を募らせた!
イベントか?
一体何のイベントなの、これ!
ギリギリと掴まれたままの腕にかかる握力が増していく。
え、いや、マジ痛いです。
具体的に言えば、泣きそうなくらい。
「素直に白状なさい、でなければこのまま腕が折れることになりますが?」
え、人間の腕って、握力で折れるんですか?
まじで?
いや、異世界人だからか?
どっちにしても勘弁してください!
腕は!
腕だけはご勘弁を!お代官様!
って、ふざけてる場合じゃない。
口を開けたら悲鳴になりかねない勢いで痛い腕を、早急に解放してもらうために、何とか根性で言葉を作る。
「…ご、ごめんなさい」
端的な観念の意はきちんと伝わりましたでしょうか?
間を置かず、顔を隠すために腕に入れていた力を抜く。
言葉で伝わってなくても、これならわかるでしょう。
腕を折られるか、顔を見られるか。
比べるまでもないじゃんか。
重力に従って落ちていく腕の向こうにイケメンがいた。
あ、ゴチです。
目線が出会う。
イケメンの顔が案の定、驚きに染まった。
驚愕といって差し支えないほどの。
ブスですいませんね!けっ!
わたしはいま、悪態をつくくらいに傷付いた!
責任とってきれいだね、の一言くらい聞かせなさいよ!
思わず睨もうと目に力を入れた時。
「貴様!ユアさまに何をしている!」
玄関を勢いよく開けて乗り込んできたのは我が親愛なる従者殿。
…ちょっとタイミング遅くなぁい?王子様。
イケメンが突然開け放たれた玄関を振り返る。
「今すぐユアさまから離れろ!」
啖呵を切ったシン。
わたしの腕を掴んだままのイケメン。
ちな、掴んでいるとはいえ、力は抜けてるからもう痛くはない。
闖入者と乱入者は互いに視線を交わらせて同時に叫ぶ。
「シン!」
「ユタ!?」
あ、イケメンのお名前はユタさんとおっしゃられるようです。
どもー。
マレビトでーす。