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ブスと蔑まれていた主人がなぜか美女になった1





「シン?」


心配そうな主人の顔が俺を覗き込んでくる。

はっと我に返って慌てて距離を取った。


少し傷付いた表情を見せた彼女に咄嗟に言い訳を重ねたくなる。


今のは思わず照れただけで!

貴方との距離が嫌だったわけではない!


いや、これは言葉にしたらいけないやつだ。

どこの初心な乙女かと自分で突っ込みたくなった。


真の姿を見せてくださった主人の顔はある程度の距離を必要とするくらい刺激的だ。


彼女の名はユア、ヒ?

ここではないどこかの言葉は難しい。

とにかく、俺はユアさまとお呼びしている。


彼女は我が国に舞い降りたマレビトさまだ。


なぜそんなお方に俺のような者がお仕え出来ているのかと言えば、ひとえにユアさまのお引き立てによる。

きっと肩身の狭い思いをしていた俺をどこかで目にして、そのお優しい心を痛めて憐れんでくださっていたのだろう。


俺などを傍に置くなど、国に願い出ても受理されるわけがない。

ユアさまは彼女らしからぬ強引な手段で俺を選んでくださった。


立派な貴族の出自を持ちながら、この身に神の祝福を受けられなかった矮小な身だ。

同門の出が騎士として城の中を歩き回っている中、城門の警備や見回りを務める日々。

失意を抱いていなかったと言ったら嘘だろう。


しかし、こんな俺でも少しでも国の役に立てれば、と。

父母の自慢となれなくても、せめて邪魔な存在とはならぬよう、と研鑽を重ね前を向いて歩いてきたつもりだ。


どんなに努力をしても、尊き御心に触れられない俺が城には上がれないこともわかっていた。

神の御業の一つたりとも再現できないこの身を、後ろ指を差され、陰口を叩かれ、蔑まれていたことも知っていたさ。


けれど、折れてどうすると擦り切れそうな精神で邁進してきた。


でもきっともう限界だったのだろう。

ユアさまに「共に来てくれないか」と頼まれて初めて気づいた。


そんな必要は一つもないのに「頼む」という形をとって、俺の誇りを守ってくれた彼女は、そうして俺を救ってくれたのだ。


マレビトさまにお仕えするという名誉は、きっと王都を逃げ出すという不名誉を補って余りある。


誠心誠意、お仕えしよう。

遠ざかる王都に心は痛んだけれど、俺はそう誓った。


ユアさまとの旅程は彼女を主人と定めた俺にとって不快な事で溢れていた。


確かにユアさまは、そう、決して美しくはない。

それは王都に溢れる、神に近き人々と比べるべくもなく。


けれどそれは、蔑まれるようなことではないはずだ。

ユアさまの心根の正しさ美しさは俺が一番よく知っている。


立ち寄る街々でいつもユアさまは人々の好奇の視線に晒されておられた。

彼女がマレビトさまだと知れると住人たちは口々に愚かな勘繰りを語り合った。


神に最も近くある資格を持つマレビトさまがあのような醜女であるはずがないというのだ。

もしやマレビトとはただの騙りではないのか、現に彼女は王都を落ちていくではないか。


ユアさまは立派なマレビトさまだ。

でなければ、こんな俺を救ってくれるはずがない。

一番近くにいるこの俺がそう声高に叫んでも、この神の寵愛を得ていない身を見れば人々は納得の目を向けた。

なんだ、あのような者が従者とは、やはり偽物か、と。

これほど自分の身を恨んだことはない。


「シン、気にしないで」


その度にユアさまは俺を慮る。

自分のことではない、いつも俺のことを。


こんな風に蔑まれても、ユアさまは笑顔を絶やさない。

優しさを忘れない。


背を伸ばし、まっすぐに顔を上げておられる。

かつての俺がそうだったように。

俺は最後までそうは出来なかったのに。


強いお方だ。

けれど少しは肩の力を抜いてほしい。

そう思って買った、顔を覆い隠すベールを下ろしたユアさまは少しだけほっとした様子だった。


俺は、俺だけはこの方の傍で支えていこうと幾度目かの誓いを新たにした。


道中、暇を見つけて御者の男に説明を受ける。

今までの事、これからのこと、これから目指す場所も、起こり得る事態も。


彼は飄々とした口数の少ない男だったが、仕事に忠実で決して疎かにはしなかった。

王都の人物であるだけに神気が強い、それを羨まないでいられたのは、彼の態度とユアさまのおかげだろう。


御者から聞くところによると、城を出たのは第一王子との確執があったようで、それはほとんど放逐に近かったようだ。

故にユアさまに用意された居住は辺境。


城には置いておけないが、その力が巨大なだけに遊ばせておくのも惜しい。

だから他国と国境を接する場所に配置して牽制を、緊急の事態には盾として。


力が巨大と言ってもそれは自分たちと比べた話で、他国のマレビトさまと比べるとひどく見劣りする、というのが国側のユアさまへの当たりの強さの原因なのだという。


酷い話だと思った。


彼らは一体何を見ているのだろう?

力だけがマレビトさまの全てか?


俺はどんなマレビトさまに比べても、ユアさまほどに素晴らしいマレビトさまはいないと自信を持って言える。

いつも自然に対する感謝を忘れず、過酷な状況に弱音一つ吐かない。

こんな辺鄙な田舎を見て、緑が目に優しいと心から喜べるユアさまを俺は誇りに思う。


俺にとっても、初めて訪れた辺境近くになる土地は心地よかった。

俺を見ても、人々は蔑みの目を向けたりはしない。

この辺りに住む人ははじめから神気が薄い。

彼らにとっては当たり前のことでも、神気溢れる王都で孤独であった俺には、辺境の地はユアさまのように優しく見えた。


異物はユアさまばかり。

神気を纏うユアさまはここでは逆に目につく。

顔を隠し好奇の目を避けても、ここでは隠せないその神気にあてられる者がいる。

かつて蔑まれた経験でもあるのか、神気を纏うユアさまをまるで敵かのように睨む目線も少なくない。


国の対応に不快感を募らせる毎日。

最後に辿りついた、ユアさまの安住の地となるはずの場所はあまりにも寂しく、あまりにも荒れ果てていた。


この地を支配している領主が管理している屋敷の一つだという。

今まで放置していたことは目を瞑ってもいい。


しかし、マレビトさまがお住まいになると正式な沙汰があったはずだ。

その時点で手配を取っておくのが筋であろう!


使用人たちも派遣されず、手入れもされていない住まい。


この侮られ様。

なんということか。


頭に血が上る、という感覚を久々に思い出す。


御者はこんなことだろうと思っていた、と小さく呟いて俺たちの荷物を下ろした。

そこには積んだ覚えのない毛布と、食料と、いくらかの金銭が積み上げられている。


幾ばくかの金銭は絶対に国から領主に渡っているはずだと彼はいった。

さすがに国の保護するマレビトさまに、微々たるものとは言え国庫を開かないわけにはいかない。


だが、それは国の体面としての話で、それが本人の為に使われるかは別の話だと御者は言う。

領主が横領したとても、国は黙殺する。

必要なのは、マレビトさまの為に国が動いていた、という事実だけだからだ。


憤怒に声を震わせたのは初めての経験だった。


「必ず、取り戻してみせる」


彼女のためのものだ。

彼女の手に渡るべきものだ。


できることならすぐにでも領主の館に乗り込んでやりたい。


心優しいユアさまがあまり気にも留めていないような素振りであることが唯一の心の慰めだった。


「ま、好きにしな」


御者はそんな台詞を残して帰って行った。


ユアさまは御者の背に手を振り、御者は応えるように振り返って手を上げた。

二人が話しているところを見たことがないが、短くはない旅に繋がる絆もあったのだろう。


まるで廃墟のような立ち姿を見せる館にもユアさまは目を輝かせていた。


自分の城だと喜ぶ無邪気な彼女を守るのは、本当に自分しかいないのだ。

気を引き締めた。


その日、はじめてユアさまの神術を目にした。

埃まみれの部屋を一々掃除している暇はないと、急遽自分たちの部屋と定めた場所で祈るように神気を巡らせる姿は今まで見たどんな神術の発現よりも神々しいものに見えた。


これで他のマレビトさまに見劣りするなどと言われたら、それは一体どんな化け物かと問いたくなるくらいにはユアさまの神気は強い。


神術を行使した後に、俺の目線に気付いて少し照れるような素振りをしたユアさまに驕りは見えない。

ああ、王都の人間の、なんと醜いことだったのか。


なぜ自分はあんな掃き溜めの様な場所で必死になっていたのだろう。


心を覆っていた澱は、ユアさまといることで剥がれ落ちていたらしい。

俺は心の穏やかな時間をやっと得ることができたのか。


夜は隣の部屋で眠りについたユアさまに何かあってはいけないと警戒をしつつ休んだ。

まだ無防備な館だ。

無頼者が現れても簡単に侵入を許してしまう。


警戒の糸を緩めずに得た浅い眠りは、明け方に隣の部屋の扉の音で振り払われた。

どうやらユアさまがお目覚めのようだ。


気配を探ると庭に出ていく。

顔でも洗うのだろう。


だがユアさまの細腕では水を組み上げるのも一苦労なはずだ。

従者として手伝うべきだと後を追う。


果たしてユアさまは予想通り、縄を手繰り寄せた桶から水を掬って眠気を振り払っているところだった。


驚かせないように、ある程度距離をあけたまま声をかける。


「ユアさま、こちらにいらっしゃいましたか」


ユアさまは驚くこともなく、振り返る。


「シン、おはよう」


すでに幾度か交わしているありきたりな朝の挨拶。

けれど俺は硬直した。


目を瞠る。

これは夢かと一瞬の間に自問して、否という結論まで得た。


ユアさまは決して美人とは言えない容姿をしていた。

その心根は従者たるこの俺が保証するけれども。


ならば目の前のこれは誰だ?

俺の知っているユアさまではない。


「シン?」


ユアさまの心配そうな声色。

相変わらずお優しい。


そう思ってはっと我に返る。


「ユ、ユアさま、で?いらっしゃいます、か?」


俺は震える声で問うた。


ユアさまははっきりと困惑した。

何を聞かれているのかわからないと、表情が語っている。


「そのお顔はどうなさったのですか?」


もう一度、焦点を絞って問題を指摘する。


ユアさまは少し戸惑うように自分の、まだ濡れたままの顔に触れて。

あ!と何かに気付いて呆然と呟く。


「…化粧(虚飾道具)か」


しまったと肩を落とすユアさまの様子に悟る。


まやかしだったのだ。

皆が蔑んだあのお姿は。


もう一度ユアさまを視界に入れて、直視できずにすぐに逸らす。

納得せざるを得ない美を体現した彼女がそこにはいた。


きめの細かい、なめらかで柔らかそうな肌。

まろやかな曲線で出来た、神の御手を借りたかのような造形。

濃い黒髪と深淵を映し、そこに星を撒いたかのような瞳。


冷たい色合いは口の端を上げれば劇的に変わる。

夜に咲く月のような穏やかな華やかさはその気品を一つも損なわず、見る者の目を奪うだろう。


あるいは困ったように笑う癖。

眦が下がって、ひどく儚い幻を見た気分にさせられる。

きっとそれを見た者は例外なく、引き留めようと思わず手を伸ばすに違いない。


…彼女を表現するには俺には語彙が圧倒的に足りない。


分かったことは一つ。

俺が知ればいいことも一つ。


自分を虚飾し、それが露見する前にユアさまはこの場所まで逃げてきた。

そういうことだ。


「どうか、慣れてください」


懇願するような声だった。

そこには確かに諦観が混じっていて、貴方がそんな風に傷付く必要はないんだと叫びたくなる。


俺の様な人間に懇願せざるを得ないほど、この方はご自分の姿に振り回されてきたのだろう。

その人生を思う。

俺の知らない過去に胸が痛む。


だからこの国に顕現された時、とっさに自分を虚飾した。

それは、きっと英断だった。


彼の第一王子は色を好むと口さがなく噂されていたし、城の、いや王都の人間は例外なくその手に収めた玉の輝きと大きさを競う。

美しきマレビトさまなど、彼らにとっては絢爛豪華な宝玉にしか見えないに違いない。


この方はそんな欲望の渦巻く人間の中で生きられはしまい。

ユアさまが持つ強さは、アルストメリアに降りた北の氷華と呼ばれるマレビトのように、傾国と呼ばれようと強かに生きられるような強さとは違う。


「そうやってずっと、自分の身を守っていたのですね」


言葉にすると同時に歓喜が湧く。

彼女に従者にと望まれた自分は、きっと選ばれたのだろうから。

この真実の姿をいつかは見せても、あるいは見られても構わないと。

なぜなら、従者とは偽りの姿で欺き続けられるほど遠い存在ではない。


「こんな辺境の住処を歓迎する素振りだったのも納得しました」


人の少ない土地。

緑に隠された館。

自分が自分でいられる場所。


自分の城だと、無邪気に喜んでいた理由を今更知る。


守らなければ。

この城は、ユアさまがユアさまでいられる場所。


美しきものには棘がある、とはよく聞くが、彼女には身を守る棘も毒もない。

それが問題だ。


近いうちにここらを支配する領主の元へ乗り込もうかと思っていたが、そういうわけにはいかなくなった。

藪をつついて蛇を出すリスクは冒せない。


今、この時から、ユアさまを隠すことが第一の目的となったのだから。


「そうと決まれば俺一人の手に余る」


悩みどころだ。

領主から金をせびれなくなった今、まずは食料の確保の問題に行き着く。

健康のためには栄養を考えてくれる料理人だって必要だ。

それから館の復旧と維持。

放っておいたらあっという間に草木に飲まれてしまう庭を整える者。

特に重要なのが物々しくならない程度の、けれど厳重な警備体制と、いざという時には脅しではなく実際に振り下ろされる武力。


とてもとても一人で賄えるものではない。


「誰か、信用の置ける者を呼び寄せなければ」

「…それは絶対に必要?」


俺の独り言にユアさまが口を挟む。

顔を見れば不安が滲んでいた。


体中から零れ落ちそうになるのはやはり歓喜。

俺以外は信用していないと、ユアさまが言うから。


けれどそれを無理矢理押さえつけて答える。


「どうしても必要なのです」


貴方を守るために。

この小さな城を、貴方の安住の地とするために。


眩しさに視線を逸らしてしまいたくなるのを必死に耐えて、ユアさまをまっすぐに見る。


「わかりました」


俺の顔をじっと覗き込んでいたユアさまは、そういって引き下がった。

不安を抑えて、俺を信用してくれた。


またもやじわりと身を包む幸福感。


「一つだけ頼んでもいい?」

「はい、なんなりと」

「その、できれば神気?欲?のない人を…。ええと、そう、シンのような方がいれば。」


自信なさ気に、たどたどしく伝えられた要望はとても彼女らしい。

俺は破顔して頷いた。


「委細承知!」


この期に及んで、ユアさまは俺の様な環境におかれた者を救ってくださると言う。


俺はきっと世界一幸運な人間だ。

ああ、神の采配に感謝を!






魔力と言うと神気と翻訳される。

神術と言うと魔法と翻訳される。

翻訳機能がある限り絶対に気づかないけど、特に困ったりはしない。

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