異世界トリップしたらなぜかブスと蔑まれた5
どこかの歌の一節を思い出した。
あなたがわたしにくれたもの~♪
「…顔を遮る薄いベール~♫」
ええ、ありがとう。
ちょっとうらぶれた表情になってしまったけど、とても感謝してる。
けど!
ねえ!シンさん!
どうしてこれがこの世界で初めてのプレゼントでなくてはならなかったの!?
地面に崩れ落ちたい気分だ。
いや、別にアバンチュール的な期待をしていたわけではないのよ?
ないったらないのよ?
シンがわたし好みの青年であったとしてもね?
わたしの容姿的に、わたしはアリでもあっちはナシだと、よ~くわかってるから!
今、とってもその事実を突きつけられてるから!
花でも、いっそ道端の草でもよかったのに、この世界での自分の容姿がどう見えているのかを嫌でも意識させるベールをくれるとか!
「ユアさま?お気に召しませんでしたか?」
焦った声のシンはまったくの善意。
「いえ、心遣い感謝してます」
ちょっと涙声になった。
きっとシンも居心地が悪かったのだろう。
そりゃあ、馬車から降りる度に注目度マックスだったものね。
休憩とか、宿に泊まるときとか、食事をとるときとか、何気に村や町に立ち寄る機会は多い。
わたしからしたら人光体が見えるだけだから、視線に鈍感になっていたことも認めよう。
ベールを被って外に出たことで肌に感じていたプレッシャーが激減したことでそれに気付いた。
息がしやすい。
知らないって怖いわ~。
あれが当たり前だったから、それが普通と思っていたけど、わたしも知らず他人の視線を感じていたということだろう。
それでも堂々と過ごしていたわたし。
わたしって、すごく図太い人間だと思われていたんじゃないの、これ?
そんな衝撃の事実に思い当たっているわたしにシンが言った。
「心健やかになられたようで」
よかった、と小さな息を吐いて笑ったシンの顔を思わずガン見した。
笑った顔がカッコよかったからではない…わけではないけど、大きな理由はそれじゃない。
シンが、わたしすら知らなかった緊張に気付いていた素振りをみせたから。
それを軽減するための、まごうことなきわたしの為の贈り物だったのだ、このベールは。
「…ありがとう」
今度こそ、心から感謝の言葉を。
ベールで表情は見えないだろうから、少し感傷を自分に許した。
旅は順調だった。
ファンタジーにお約束の、『盗賊が現れた!』ピコン!みたいなものもなく、穏やかに旅程を消化している。
そして一つ、この世界の人たちにとってはどうだかわからないけど、わたしにとっては朗報があった。
「…光が薄い」
発光体改め、人光体の主張が明らかに消極的になってきている。
「ユア様、どうなさいましたか?何か外に気になることでも?」
シンがわたしの独り言を拾ったらしく、気遣わしげに話しかけてきた。
ここ数日でやっと慣れてきた「会話」は今も少しくすぐったい。
「いえ、この辺りはとても目に優しい光景が広がっているから嬉しくて」
事実をそのまま、率直に伝えてみる。
城に居た時はそのうち失明するんじゃないかと慄いていた、わたしを追い詰める光。
少し手前辺りで気付き始めていたけど、城から遠ざかれば遠ざかるほど人光体は人間へと変異していく。
球体や楕円、時にやっと手足が生えていることを認識するのが精いっぱいだった城。
それから三日ほどでほとんどは人型の光になり、二日ほどしたら光の中に人間の輪郭すら見えてきた。
今はもう、目を眇めれば人間と認識できるほど。
注意深く見れば目鼻立ちや表情も見えそうだ。
ほとんど人と変わらない、人型を形成する輪郭線から少し光を発しているだけの「人間」もいる。
これほど嬉しいことはない。
もうあと一日も走れば、ベールを通してその薄い光すら遮光してしまえばただの人間にしか見えない人々しかいなくなるのではないだろうか。
あれか?
光って魔力じゃなくて人間の欲だったりするのだろうか?
ならばド田舎万歳!と讃頌しようじゃないか。
今のわたしは人間の欲を淘汰する自然を崇拝する俄か信者になっている。
緑生い茂る森と、畑しか見えない状況が何の因果か光を消し去っているのなら崇めない道理はない。
「自然の恵みに感謝を」
祈りの仕方なんてしらないけど、感極まって胸の前で手を組んで言葉にする。
生まれてからこの方、これほど心を込めたことはない。
閉じていた目を開けてみればシンがわたしと同じように祈っていた。
真似っこ。
かわいい。
今となっては唯一の人光体となってしまった御者とシンは恙なく申し渡しをしてくれているようで、得た情報からシンがもうすぐ用意された屋敷につくと教えてくれた。
こんな素晴らしい場所に居を構えられるとは何たる幸運!
内心小躍りしているわたしに、シンが申し訳なさそうに口を開く。
「このようにご不便をおかけする場所にマレビトさまを住まわせるとは、わが国ながら何を考えているのか」
しきりに恐縮しているところ悪いけど、言うことは言わねば。
「いいえ!わたしは寧ろ嬉しく思っています。このような場所を選んでくださった方には感謝の念を禁じ得ません。」
栄華とか、絢爛とか、どうでもいいんです。
心健やかに、静かに過ごしたいんです。
しかも、人光体がいないなんて願ったりかなったりだ。
「しかし、ここは国境に近過ぎます。万が一他国が侵攻してくるようなことがあれば真っ先に戦火に巻き込まれます。マレビトさまにもしものことがあったらどうするつもりなのでしょう」
おや?
それは知らなかったけど。
その一言で国の思惑は知れた。
「それはいいことを聞きました。よく気を回してくれる者もいるものですね」
こっちとしては好都合ではないか。
城から追い出されるような無能でも、いざという時は他国の盾にでもしようというのだろう。
一時の時間稼ぎにでもなれば十分とでも。
攻め込んでくるとしたら例の、マレビトさま率いる二国のどちらか。
城にいたなら命乞いの機会すらなかっただろうけど、こんなに離れた場所なら言葉を交わすことも不可能じゃない。
そう。
わたしは敵ではないから見逃して!って。
城の人光体は馬鹿じゃなかろうか。
わたしが他国の侵攻を前に馬鹿正直に戦うとでも思ってんのかね?
ここは通しません!通りたくばわたしを倒してからお行きなさい!
とか?
ないない。
むしろ助けを求めるね、ここの人光体どもが酷いんです!って。
同じマレビトのよしみで同情でも誘えたらもうけもの。
きっと、この世界の人々にとって国に身を捧げるのは当たり前で、忠誠すら当たり前なんでしょう。
だから人光体どもは疑いもせずに人が国のために命をかけると信じてる。
胸糞わるいわー!!
どこの奴隷だ、それは!
いえ、この国に生まれて育って、生きている人たちを馬鹿にしているつもりはないのよ?
でもね?
この国に縁も所縁もないわたしよ?
どこか知らないところからやってきたマレビトが自国の民と同じように考えると思っているとしたら、呆れるどころのレベルではない。
いやだな。
わたし、城ではずっと奴隷扱いだったのね。
常識の違う世界で人権がどうたらって言ったって通じないのはわかってるけど。
そんなものを主張するほど馬鹿ではないけど。
わたしが、わたしを守ることをやめる謂れはないはずだ。
わたしが虐げられたくないと思うことは当たり前で、生まれ故郷で保障されていた強制されることのない思想と選択の自由はこの世界に来ても小揺るぎともしない。
どうしてもそれを侵されると不快に感じてしまうのは、いまだにそれを自分の権利だと思っているからかもしれない。
我ながら甘い。
でもそれでいい。
だってわたしはこう思ってる。
そっちが侵すんなら、こっちは守るまで!ってね。
郷に入っては郷に従え?
はん!そうしたい人はどうご自由に!
「ここにはわたしを守ってくる愛しき故郷はないんだから」
それだけは少し心許ない気分だ。
知らず、随分と守られていたのだな、と今さら「国」という守護者の存在を感じる。
「出来る限り静かに、穏やかに過ごしたいものね」
帰郷の方法が知れない今は、それだけが望みだ。