異世界トリップしたらなぜかブスと蔑まれた3
魔法を涼しい顔で、いや、光の塊曰く目にも入れたくない醜女だというから誰も見てはいなかっただろうけど、それでも心の余裕を見せたい乙女心(?)でコーティングして必死に覚えているときに気付いたことがある。
あれ?これ、あんまり出来過ぎるとマズなくない?と。
光ども(権力者)におもむろになにかを見出されても今さら困る。
マレビトというだけで無価値には成りきれないけれど、醜女というマイナスでもって限りなくゼロに近いところまで持っていけているハズ。
それをだな、ちょっと魔法ができるだけで戦場に引っ張り出されでもしたら目も当てられない。
奴らのために張る命など持ち合わせているわけがない。
自分の命、一番大事。
これ真実。
そういうわけで、それなりに知識を得たいま、この場所からさっさとトンズラをこきたい次第。
どうしよう?
とりあえず、わたしを嫌っている王子(球体)に突撃してみよう。
そうしよう。
忙しいはずの王子(職業)であるはずだが、彼を探すのは意外や簡単だ。
二番目に光っているやつが王子である。
外から城を見上げれば一目瞭然。
窓から漏れ出る光でわかる。
あんなに居場所がバレバレでいいのだろうか、仮にも王子(次期王)のご身分で。
心配ではなく、ただの、純粋なる、疑問であることをここに宣言しておこう。
ちなみに、王子(天然目潰し)と相対するには、その光量は相変わらず細目必死で、自分がそれなりの顔であると認識しているわたしからしてもとんでもない顔を晒している自信はある。
まあ、それはどうでもいい。
光の塊に何と思われようとも、こちらの心は痛まないのだ。
ちなみに光量一番目は燦然と輝く宮廷魔道師殿(超新星)。
他の追随を許さない勢いだ。
あれはもはや殺人光線なので廊下の端にでも見えようものなら脱兎のごとく逃げ出すことにしている。
そして糸目のように細く自己防衛したわたしと対峙した王子(無礼者)は、いの一番にくわっと叫ぶ。
「きさま、私の前によくその姿を見せられたものだな!」
一体わたしが何をした。
他のマレビトより少々魔力が小さく、彼らにとってブスだったというだけだ。
まったくもって自分に落ち度を見つけられない。
「マレビトの名に縋る無駄飯食らいめ!そなたに出来るのは私を不快にさせないために、その醜い顔を見せない配慮だけだと言うのに、それすら出来ぬか!見世物小屋に払い下げないこの慈悲に対する感謝も見えぬ不心得者が!」
王子(無礼者)のごあいさつは相変わらず丁寧であった。
うむ、重畳。
殴り掛からなかったわたしを褒めたい。
ので、こちらもなにかを返すべきだと思ったのだが、彼のような高貴な敬語はとんと縁がない。
しかも早くも細めていた目が痙攣をはじめそうだったので、上手い事視線を外す方法を探す。
ちらりとまだマシと思える光の存在を見つけて表情が明るくなるのはごく自然な成り行きだと思う。
「なるほど、一等星(王子)はわたしの顔を見たくないとおっしゃられる。そこの君、そう、王子の隣の三等星くん、きみだよ。そういうわけで田舎に引っ込もうと思う。場所と家を適当に用意してくれたまえ」
本音と建前が逆になった。
許せ、そんなこともたまにはある。
めんご!
一人で瞬いている一等星は置いておいて、それなりに勝算のある提案をする。
この阿呆(球体)が罵るだけ罵って、それでも彼曰く「見世物小屋に売り飛ばさない」のはたぶんマレビトの名のおかげだろう。
彼はわたしを城に置いておきたくない。
が、マレビトの名のもとにポイ捨てもできない。
そしてわたしは城をさっさと出たい。
なんという利害の一致。
互いに相容れない存在であるからこその奇跡だ。
「貴様の顔を見ないで済むのなら何とでもしよう」
最終的にはそのようなお言葉を頂けたので、王子(笑)の一存という免罪符を無事に手に入れられたようだ。
三等星が不安げに瞬いているが、言質はとった。
撤回は許さん。
つまり、突撃作戦はうまくいった。
勢いでなんとかなるものだね。
ありがたきしあわせ!
感謝の念をもって平伏したのに、一等星は一層強く光ってわたしの目を潰そうと攻撃を仕掛けてくる。
困った光(王子)だ。
取りあえず希望は通ったので良しとしよう。
これまでの生活を見ていただければわかるように、わたしはとても謙虚な人間なのだ。
あのあとは何が原因だか、城の中が上を下への大騒ぎだったけど、たぶんわたしには関係のない話だろう。
デリケートな心が疲れたと囁くので、久しぶりに見えた展望に気分よく眠りについた。
来る日。
愚者(光)の巣窟を後にする日は大変清々しかった。
用意された馬車は世話になっていた部屋の豪奢さと打って変わって質素で、その心遣いに初めて光の群れに感謝の念を感じる。
見送りはいた、が、誰なのかよくわからない。
超新星も一等星も二等星もいないから、王子(笑)たちはいないようだ。
つまり、やはりここに人間はいなかったということだ。
わたしを対等に扱い、わたしが心を通わせられる誰か。
うん。
…死にさらせ、権力者ども!
中指を立てて、丁寧に滅びの呪いをかけておいた。
馬車に乗るのは初めて。
城を出るのも初めて。
書庫と部屋を行き来するだけだった生活からやっとの脱出。
マレビトの出立にしては付き人もなく、侍女もなく、人型御者(光)のみの閑散とした早朝。
わたしの立場の危うさがよくわかるというものだ。
さっさと出られてよかった。
少々鎖はついているが、覗き見機能はないようなので、寛大な心でもって許してやる。
腹を立てている暇はない。
念願の愚者の城からの脱出。
わくわくするのは仕方がなかった。
馬車が動き始めて、上機嫌に城の石畳を走る馬車から窓の外を見る。
その視界に何かが映った。
ん?
んん?
目が悪くなったのかとごしごしと擦ってみる。
あれだけ目を焼く光量にさらされていたのだ、目の一つや二つ悪くなっても納得ものだ。
だけど窓の外の情景は変わらなかった。
それどころか馬車が近づいていくので段々とはっきり見えてくる。
別に自分の願望が具現化したのではないようだ。
よくよく我慢したわたしに対するご褒美か?
神さまも粋なことをする。
城内だから比較的ゆっくりと走る馬車の扉を開けて、手を伸ばす。
危険なので真似はしないでください。
わたしにはそうせざるを得ない、やむに已まれぬ事情が!
「え?は?」
声の主はわたしではない。
とりあえず、戸惑う声はわたし好みだったと言っておこう。
城門を守る衛兵たち(人型光体)が何の反応もできず、通り過ぎる馬車を見送った。
そしてわたしは、魔法すら駆使してすれ違いざま、狙い通りに馬車に引きずり込む。
まるでどこかの誘拐犯のようだが、こんな可憐な誘拐犯はきっといない。
わたしとしては気分はバードボイルド。
「お、おい!なんだ!?シンが、」
城門を駆け抜け、事態に対処できない警備を担当していたらしいその他の光に捨て台詞。
「マレビトの名のもとに!!!」
アッデュー!
マレビトの名のもとに誘拐を実行。
ご理解いただけていたら嬉しい。
城を去るマレビト権限はどれくらい通じるのだろう、はて。
「あ、あの?」
馬車の中には一人の客人。
わたしの顔を見てぎょっと身を引いたので、やはり彼にとってもわたしはブスらしい。
異世界交流とはとかく深い溝を作るものだ。
美醜感の違いについては今後ある程度すり合わせをしておきたい。
が。
いま!
重要なのはそこじゃない。
兵士の格好をした、成人男性。
声だけではなく好みだ。
もう一度言おう、好みだ。
つまり、人間だ。
背格好も輪郭も服も目線も見える。
この世界にも光らない人間はいるらしい。
初めて見た衝撃でさらってきてしまったが後悔はない。
きっと神からの贈り物だ。
つまりわたしのために用意されたわたしのもの!
感極まって神にでも祈りを捧げそうになっていたところ、人間(初)である彼が初めて意味のある言葉をわたしにかけてくる。
「あの、これをどうぞ」
目を白黒させた後は、戸惑いながらも懐からごそごそとタオルを引っ張り出した。
受け取らないわたしを見て、慌てて言い訳のように重ねる。
「使い古しですがきちんと洗っているので汚くはありません!えっと、…それでも嫌ですよね、すみません」
ブスにも優しい。
なんという紳士か!
天はわたしを見捨ててはいなかった、ブラボー!
赤面してタオルを引っ込めようとした彼の手からタオルを奪い取る。
「いえ、とても嬉しいです」
本心だ。
一欠けらの嘘も混じらない、まったくの本心である。
「とても、うれしいです」
流れる滂沱の涙は太陽の匂いのするタオルに吸い込まれた。
うわーい、念願の人間だー!
絶対に逃がしてなるものか!
…どうしても漏れ出る笑いを隠すのにとても苦労した。