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ブスと蔑まれていた主人がなぜか美女になった7



目の前で起きたことを、俺はただ見ていた。


空間が歪み、ユアさまを飲み込むのを。

呆然と見送った。


驚きに見張った目。

手を伸ばし、確かにその指先を掴んだのに。

彼女はするりとその手を離した。


開いた唇から言葉が落ちることはなく、ユアさまの姿ごとどこかへ消えた。


どうして。

何もない手の平を見つめる。


「ユアさま?」


自分の間抜けな声が誰もいない空間に虚しく響いた。


「今のはなに!?」


時を置かず、部屋に飛び込んできたキリ。


「ユアさまの気配が消えたぞ、何事だシン!」


ユタも異変を感じ取って駆け込んでくる。


キリは部屋にユアさまの姿が見えないことを確認すると、すぐにユアさまが飲み込まれ、今となっては何もない空間を睨む。

彼女の目は特別製。

俺には見えないものも見えているのだろう。


そんな、冷静な、あるいは冷静故におかしな思考が頭を過ぎる。


「シン、何があった!」


なにが?

なにがあったか。


「…ユアさまが、消えた。」


消えた。

いない。

俺の目の前から、いなくなった。


いや、違う。

そうじゃない。


ユアさまの最後の表情が脳裏に蘇る。

あれは。

最後に、浮かべたのは。

驚愕のあとに残したのは。

恐怖ではなかった。


―ただ、俺への配慮だった。

なにが起きるかわからない未知に、俺を巻き込まなないようにと。

一緒に連れて行くわけにはいかないと、離された手の感触が今もある。


こんな風に残されることの方が苦痛だと、いまだあの人は理解してくれない。

ユアさま。 

優しいユアさま。

でも俺は今、とても怒っている。

そして同じだけ怯えていた。


何処まででも連れて行って欲しいと伝えなければいけない。

けれど、伝えるべき相手は、ユアさまは無事だろうか?


その想像に辿り着いた時、心臓が跳ねた。

どくどくと、思い出したように激しく脈打ち始めたそれを引き金にどっと汗が流れ出る。

呼吸がひどく乱れて息がままならない。


―連れ去られた。

その事実をやっと認識する。


何の目的もなく、そんなことをするわけがない。

敵対者なら腐るほどいる。

表立って対立する者はいなくとも、潜在的な敵は世界中に。

あの力、あの美貌。

利用したい者もいれば、存在そのものを邪魔とする者もいるだろう。


身体が震えた。

悪寒に全身を襲われたように、俺の体を恐怖が支配する。

目の前が暗くなる。

世界から光が消えた。

見えない。


何も、見えない。


「シン!しっかりしろ!」


声と共に衝撃が走る。

ユタの手が俺を叩いたらしい。


「何をやってるんだ!お前が、俺たちが今するべきことは後悔でも、絶望に浸ることでも、自失することでもない。ユアさまをお助けすることだ!」

「そんな情けない男、放っておきましょう、ユタ。…あった、見つけた。道を開くわ」


キリが神眼を開いて一点を見つめる。

凄まじいまでの神気が彼女を覆っていた。


キリには俺たち同様、神気はない。

あれはユアさまの神気だ。

そう、キリが使っているのはユアさまのお力。


なら、それはユアさまがご無事である証拠とならないか?

ならないかもしれない。

でも今はそれを信じる。


「悪かった、ユタ、キリ。俺も行く、連れて行ってくれ」


体中に行き渡る様に染みる感情は怒りと決意だ。


誰だ、俺からユアさまを奪おうとするものは。

思い通りにはさせない、必ず取り戻して見せる。


キリの操る神気が無理矢理空間に突き刺ささる。

ねじり込む様に、こじ開けていく。


開いた空間の向こうは、うねるような極彩色の迷宮。


さすがのキリも一瞬の躊躇が見えた。

その肩を押しのけて俺は迷宮に飛び込む。


ユアさまに会いたい。

この身がどうなろうとも、一目無事な姿が見たい。


「シン!?」


驚いたようなキリの声。

躊躇いがユアさまの時間を奪うのなら、一瞬ですら無駄にできない。


ユタの気配が無言で俺に続く。


「待ちなさいよ!」


怒ったようなキリの声も。


そうして長くも一瞬にも感じる時間で、俺たちは空間を渡った。

眩暈を引き起こす空間に逆らうように、きつく閉じていた目を開く。

しっかりと地に付いた足に安堵を覚えた。


ここはどこかと周囲の確認に視線を走らせ、すぐにその姿に気付く。


「ユアさま!」


息を飲んだ。

床に伏して動かない。


まさか。

まさか、まさか、まさか!


「何者だ!閉じた回廊を抉じ開けて、渡ってくるだと!?あり得ない、人の身で起こせる神術の範囲を逸脱している!まさか、邪教の手の者か!?」


うるさくがなる声が酷く鬱陶しい。

だが黙らせる時間すら惜しい。


ユアさまに駆け寄ろうとしたが、そこには見覚えのある人間が二人。

ユアさま以外のマレビトだ。


シェリアと名乗った女がユアさまの傍で膝をついている。

白いユアさまの手。

力なく投げ出されていた手がぴくりと動いたのを見てほっと息を吐く。


呼吸と共に頭痛がした。

随分と息を止めていたらしいとやっと気付く。


この場所は見覚えがある。

王城だ。

かつては俺も住んでいた、この国の都。

懐かしいとも感じない自分に少し戸惑う。


ただ、ユアさまを攫った人間に怒りが湧く。

何のためにユアさまを巻き込んだ。

心優しく、静かに過ごしたいと願う彼女を。


わかっている。

ここにシェリアとサイラスがいるのだから。

愚かな祖国が、滅亡を前に悪あがきをしようとユアさまを利用しようとしただけだ。


こんなことになるとわかっていれば、もっと早く決意をするべきだった。

ユアさまに災厄を押し付ける国など、情を覚える必要などなかったというのに。


俺は知っていたのだ。

ユアさまがずっと迷っていたのを。

俺たちの祖国というただそれだけの理由で、この国を見捨てるのを躊躇っていた事。

あなた以上に大切なものはないと、もっと早く伝えていれば。


そうすれば、こんな風にあなたを巻き込むことはなかったのに。

後悔してももう遅い。


他国のマレビトであり、この国を侵略してきたはずのシェリア。

彼女とキリに助け起こされるユアさまを見て王子が激昂した。


「貴様、裏切っていたのか!他国のマレビトと通じているとは!いつからだ、いつから企んでいた!?こうも我が国が後手に回ったのはお前が手引きしていたからか!!」


その見当違いの怒鳴り声に言葉を返す者はいない。

ゆるゆると身を起こすユアさまにシェリアの神術が降った。


ユアさまとサイラス以外にはただただ冷たく鋭いだけの凶器のような神気はきらきらと青光りユアさまを優しく包む。

ユアさまの次に美しい神気だと思った。


ありがとう、とか細い声が聞こえた。

それだけで、声が聞けただけで、全身の力が抜けるようなを安堵を覚える。


「ご無事でよかった」


心の底から漏れたシェリアの声は俺たちを代表している。


「そうとわかれば…」


シェリアの神気が元の鋭さを取り戻す。

ああ、言いたいことはわかっている。


「この所業、我慢ならない」

「―死んで償うべき」


ユアさまを背に庇いながらシェリアとキリが宣告する。


そう、敵だ。

やつらは敵だ。


ユアさまを傷つける者は、みな無くなればいい。


「消え失せろ」


冷めた心が。

郷愁を失くした心が。

もう怒りしか湧かない国に、そう言わせた。


後ろでユアさまが身じろぐ気配がする。

手を伸ばす仕草が視界の端に映った。

それを振り切る様に奴らに宣言する。


「赦されざる行いには相応の報いを。」


ユアさまは手を止め、言葉を飲み込む。


優しいユアさま。

止めないで下さい。

言わないでください。


やらなければならないのです。

俺はこんなことで傷つきはしない。

祖国に剣を向けることに、最早ためらいはない。

だから、心配しなくてもいいのです。


ユアさまは覚悟を決めた俺の顔を見て、少し、傷ついた顔をした。

自分の身を守る様に薄い神気を纏う。


巻き込んだ。

この世界の事情にあなたを巻き込み、巻き込まれた以上、あなたはやっぱり心を痛める。

俺の決意すら、あなたを傷つける。

彼女にとって世界は茨だらけだ。


けれど。

そんな優しい人だから。

誰も彼もを恨まない人だから。


だからこそ、俺たちがやらねばならない。

ユアさまの害になるものは、あなたが取り除けない以上、俺たちの役目。

それをきっと負い目と思うのでしょうね。

いいのです、あなたのために出来ることがあることは、俺にとって喜びなのだから。


ユアさまの柔らかな葛藤を余所に、立派な玉座に鎮座していた王が立ち上がった。


「マレビトでありながら祖国を裏切るとは、神に逆らうに等しい行い!神の道理を弁えぬ者は最早マレビトに在らず!」


ユアさまのお姿を五人で隙なく隠す。

このような妄言を口にする愚者の目に、ユアさまを無防備に晒すわけにはいかない。


ユアさまがマレビトでないならば、最早世界にマレビトはいないと言うのに。

この神に愛された人を、自分たちの思い通りにならないからと身勝手な主張で貶める。


―愚かな。

哀れみすら覚えた。


「貴様がすべての元凶であったのだな!この俺を騙し、目の届かぬ所へ逃れ、密かに他国のマレビトを取り込み、世界を支配しようと企んでいた魔女め。マレビトだからと、その心根の善良さを疑わなかった自分が返す返す口惜しい!」


王子が怒りに顔を染めて、ユアさまを射殺さんばかりに睨む。

なぜそのような言葉を口にできる?

なぜ彼女を、見たままのユアさまを理解しようとしない?

ユアさまの優しさの上に成り立つ平和を甘受しながら、感謝もせず、のうのうと過ごしてきたくせに。


ユアさまを魔女と言った。

その言葉、許しがたい。


「いや、もしやお前、本物のマレビトを殺し、自らが入れ替わったか…?…なんということを…怖ろしい。人間のすることではない。やはり、神殺しを企む魔女がその正体か!俺は自分の直感を信じるべきだった、初めから俺の直感はお前がマレビトではないと訴えていたのに!」


口を閉じろと吠えたくなった。

自分に酔いしれ、自分こそが正しく、己を中心に世界が回っていると思い込む狂人め。


王子が他者を貶め、正義を自称し、押し付けようとする。


「神の使いを弑した大逆人よ、悪は滅びる定めぞ!!」


馬鹿めが。

世界は、ユアさまのためにある。

ならばユアさまに害をなす存在こそが悪。


それを知らないことを罪とは言わん。

だが、そう、悪は滅びるべきだ。

お前が自分で言ったのだ、責任は取るべきだと思わないか?


「シェリア殿、サイラス殿!そやつはあなた方の仲間ではない、むしろ仲間を殺し、成り代わった賎しき魔女。あなた方がその力を向けるべきはわれらではなく―」

「神に近き身ゆえ、神に代わり我らが罪を判じよう」


聞くに堪えない声を遮り、サイラスが厳かに審議を告げる。


シェリアが天から見下すような冷たい目で囁いた。

有罪だと。


ちらりとサイラスの目がこちらを向く。

この俺にも、決定権はあるらしい。

考えるまでもなく、口は開いた。


「有罪」


ユタとキリもまた、自らの意志を乗せて同じ結論を告げる。


「ここに大義は成った。」

「醜悪なる魂に断罪を。その魂の消滅こそが慈悲ゆえの救済。心して受け入れよ」


シェリアとサイラスの声には怒りはない。

ただの事実を読み上げるように、悪に判決を下す。


突然の事態と、二人の開放された神気の強さに身を固めていた者たちの中で、ただ一人声を上げる者がいた。


「マレビトさまともあろうものがそのような俗物に謀られるとは何事です!」


宮廷神術士筆頭だ。

神気を乗せて発せられた声は、俺たちの元にまで届いた。


だが、ユアさまを守る様に囲んだ俺たちの心に何ら影響を及ぼさない。

それなりの密度で作られた音だったがシェリアとサイラスが漂わせた濃密な神気の結界をこゆるぎともさせられなかった。


さすがマレビトと言ったところか。

悔しそうに臍を嚙んだ宮廷神術士が、小さく囁いた音が拾えたのは多分俺だけだっただろう。

神気がない代わりのように、無駄に五感に優れたこの身。


「説得は通じない、か。こうなったら実力行使するしかない。」


応える者がいた。


「失敗するのが落ちだろう。やはりマレビトは厄介だ」

「倒せるとは思っていない。だが何としても目を覚ましてもらわなければ。彼らは多分魔女の術に囚われているのだと思う」

「寝てる者を起こすには叩くのが一番か。道理だな。」

「目さえ覚ませば、かれらも賢明なるマレビト。事実も自ずと知れよう」

「魔女がすべての元凶とわかればこの国に突きつけられた剣も引いてくれるだろう。共に対魔女戦線を築き、盟友として国の復権を図ることもできるかもしれん」


宮廷神術士筆頭と幼馴染だという王子の見当違いな会話が俺の毒気を少し抜く。

性根ごと腐っているわけではない。

だが、あまりにも正当化が過ぎている。

許される程、彼らの行為は軽くない。


「マレビトさまに攻撃することになろうとは。人生何があるかわからないな」

「怖ろしいのか?ならば力を貸してやろう」


美しい友情か。

愚かな盲信か。


宮廷神術士が王子の神気を借りて、倍になった神気を練る。

術に昇華し、見事な神術が放たれた。


シェリアかサイラス、あるいはキリ。

何ならユアさまの加護の元にあった俺やユタにも対処する術はある。


そうして、優しいあの人の行動を見誤った。


大丈夫だとわかっていても。

信じていても。

それでも動いてしまう体。


咄嗟というに相応しく、普段は忙しない様子を見せない彼女が、見たこともない素早さでするりと俺の前に立った。


そうだ、それがあなただ。

ユアさまだ。






他者視点で見るとあ~ら不思議、とってもシリアス!

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