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ブスと蔑まれていた主人がなぜか美女になった6






三人目のマレビトが降り立ったのは、全ての準備が整った頃。


舌打ちしたい気分になった。


三人目(・・・)がいるなんて聞いていない。

厄介な人物でなければいいが。


故郷からこの世界に渡ってこられる人間に心当たりはない。

むしろ、あの世界には俺たち以外に次元を超えられる資質のあるものはいなかった。


ならばまた別の世界からの訪問者だろう。


遠い国で、一瞬だけ(まばゆ)く存在を主張した三人目の神気の強さにそう思った。


慎重に観察を重ねていたが、そのマレビトは厄介どころの話ではない人物だった。

この俺をもってしても見失いかねない程に神気を表に出さない。

まずそれが異常だ。

世界に降り立った直後に漏らしていた神気は直後きれいに収められ、それと分かっていなければまるでタダビトのようにすら見える。


幸いだったのは、どうやら政にも贅沢にも興味を示さずに速やかに辺境の地に居を移したことだろうか。

上手くすれば邪魔立ては防げるかもしれない。

どうやら争いは好まない性質らしいと推測できて、少しの好感を抱いた。


やがて間諜から三人目は女だと伝え聞いた。

マレビトのなりそこないの様な脆弱な力しか持たないと。

故に戦力にもならぬと暇を出されたらしい。


開いた口が塞がらなかった。


馬鹿な。

アレを脆弱だと?

報告した者も、かの国も、俺は正気を疑ったほどの衝撃を受けた。


次に彼女の策略に気付く。

なるほど、徹底した傍観者というわけか。

全てを覆い隠し、無能を装う事で争いから遠ざかろうというのだろう。


では、やりようはある。

何としてもコンタクトが取りたい。


だというのに、彼女はすべての交信を断絶してしまう。

他者からの干渉をことごとく撥ね退け、作り上げられる彼女の世界は隙なく閉ざされている。

同じマレビトでさえ心を許さない。

かつての世界で彼女の身には何があったのかが少し気になった。

時に強引に神気を捻じ込もうとしても、ぺしりと払う仕草一つで簡単に追い出される。


これを最弱と喚くこの世界の人間の目は狂っているとしか思えなかった。


好機は突然やってきた。

一瞬だけ、扉が開く。


彼女が自ら言葉で開けた結界の穴。

許可を貰った俺と、いまだ会っていないシェリアが、それぞれに逃してなるものかと全力をつぎ込んで転移術を展開した。


それは思った以上に容易だった。

神気が切れて意識の一つも失うかと思っていたが、降り立つ衝撃もなく、蓄えられていた神気も底を尽いていない。


どういうことかと見渡した部屋の中。

俺たちの突然の訪問に目を見張る女がいた。


まさかこんな一瞬で転移してくるとは思っていなかったのだろう。

残念、貴女は我々がどれほど長くその動向を監視していたのかを自覚するべきだった。


「何を驚いておいでで?望んでくださいましたでしょう?」


久々に聞くシェリアの声に陶酔しそうになったが、慌てて意識を保つ。

ここが正念場だ。


「どなたさまですか?」


彼女は俺たちの突然の訪問をそう咎める。


「お初にお目にかかる、最後のマレビト殿」


俺はそれをあえて無視して頭を下げた。

その態度が気に障ったのか、ふわりと膜のような拒絶の意志が俺たちを押す。


慌てて弁明をしたが、ピリピリと肌を指す神気が身に染みた。

俺ですらこれだ、繊細に感じ取ることに長けたシェリアは今にも倒れそうになっていた。


じりじりとした緊張の時間を破ったのは彼女の従者らしき者たちの声。


「貴様ら、ユアさまの御前であるぞ。頭が高い」


濃密な神気がいや増した。

これは。

最早疑いようもなく、神の寵愛はここにある。


それなりに優遇されてきた俺や、神の声を聞くシェリアすら凌ぐ。

神に願ってここに居る俺たちとは一線を画する存在。


多分、彼女は神に願われてここにきたのだろう。


そこに敬愛を見ぬ目はない。

願わぬ意味はない。


「我ら、貴殿に逆らう意志はなし」


膝をついて頭を垂れた。


格というものがあるのなら、圧倒的上位に彼女はいる。

命すら握る彼女に(こいねが)う。


まだやりたいことがある。

シェリアと、生きたい。


だから許可が欲しい。

この世界で生きてもいいという、貴女からの許可が。


「我らに延命のご慈悲を。どうか」


隣でシェリアが床に頭を下げていた。


どれほどそうしていただろうか、頭上でため息が聞こえた。


「どうぞ、顔を上げてください」

「畏れ多いことにございます」


シェリアの答えは貴人としては正解だっただろう。

だが世捨て人である彼女にはそうではなかった。


「…わたくしの顔を見たくない、と?」


ひんやりとした冷気が漂う。


「そのようなことは決して!」


慌てて言い募ったが、彼女の声は冷たいままだった。


「わたしはあなた方と話がしたい。話は互いの顔を見てするべきだと思うのだけど?」


言外に話し合いの余地があると言われて思わず顔を上げる。


神に最も近い存在でありながら、彼女は随分と人間に近い。

我らと対等に口を利こうというのだから。


顔を上げて、願われるまま目線を合わせた。


ぎくりと肩が揺れる。

目の前にある彼女の顔は、酷く醜い。

だが、不自然だ。


目を凝らしてみれば、なるほどまやかしの術がかかっている。

それを払拭するように神気で相殺を試みた。

中々に骨の折れる作業だ、タダビトには見破れまい。


薄い膜に守られた先にいる本当の彼女は美しい女だった。


同性であり、自身が絶世の美女と讃えられるシェリアですら息を飲む。


シェリアが女神ならば、彼女は夜の化身。

星空を内包した瞳と、闇を体現した黒髪。

白い肢体と憂う唇が見る者のことごとくを魅了する。


姿を隠すわけだと妙に納得した。

シェリアのように、自らの容姿を武器にのし上がる覚悟のないものが、持っていていいものではない。

静寂を好むらしい彼女には、この姿は邪魔でしかなかったのだろう。


侮られようとも、蔑まれようとも、この環境こそが望むもの。


ユアと名乗った最後のマレビトはひどく心優しい女だった。

シェリアと俺のじゃれ合いにおろおろと仲裁を試み、争いの話に心を痛める。


確かに世界を閉じねば利用されるのがおちだろう。

…まあそれはそこの番犬のような従者たちが命を賭けて防ぐのだろうが。


「大陸統一まで秒読みだ。早急に統治者を決めておかねば」

「ええ、わたくしか、あなたか、ユアさま以外に候補は居ませんが」


シェリアとてわかっているだろう。

ユアに表舞台は似合わない。

形振り構わず欲しいものがある俺たちとは違う。


「して、ユアさま。我々はあなたの言に従う用意がございます。どうなさいますか?」


だが、この姿、この力。

遊ばせておくのは惜しい。

できれば神の代弁者として、世界統一の象徴になってもらいたいところだ。


そんな心を見透かしたようにユアが目を閉じた。


「…わたしに何を求めているの?」


はっと不敬な考えを巡らせていたことに気付く。


その声が震えていることに気付かない者はいない。

シェリアが責めるような目線をくれた。


ユアはシェリアと同じように、望まれることの多い人生だったのだろう。


「ユアさまに何かを求めるなど、」


シェリアの慰めは最後まで声にさせてすらもらえなかった。

ユアの闇が垣間見える。


「言えないの?そう、…―そう」


深く、沈むような声がした。

言外に望まれることばかりだと、重圧に耐えるように握る小さな手。


押し付けられる役目がここにもまだあるのかと、絶望を孕んだ声だった。


かたかたと揺れる調度品。

見事に仕舞われていた神気が心の動揺に誘われたように暴れ出す。


それは、暴走ではなく、怒りでもなく、俺にはユアの心の怯えのように見えた。


「ユアさま、…どうかお鎮まりください」


そのように怯えないで欲しいとシェリアが出来る限りの労りで話しかける。


「大丈夫、わたしは、大丈夫」


まるで言い聞かせているような言葉が憐れでならない。

俺たちが開いてしまった傷口が見えるようだった。


「きっと休めばすぐによくなる。わたしが望むのはそれだけ」


それが望み。

休息の時間。

そんな小さなものが、神が叶えた、彼女の望みなのだと直感する。


疲れ切った心を癒す空間。

穏やかに過ごす、きっと元の世界では得られなかった時間。


「それ以外はもう、」


いらないのだと、世界の全てを手にすることが出来る女が懇願するように零した。

笑っているつもりなのだろう。

痛々しくしか見えない笑顔だった。


「望みを聞けば応えたくなる、でもわたしに出来ることは多くない」


望まれ、望まれ、身を削り。

人の身で叶えられることの限界に苦悩して。

世界を渡り逃げてもまだ、彼女は誰かの望みを叶えたいと願うのか。


優しさゆえに弱る人間が目の前にいる。


「だから、あまり多くを求めないで」


小さな声だった。


この人を、守らなければならないと思った。


優しさは凶器だ。

彼女にとって、自身を蝕む毒ですらある。


全てを持つこの人が、誰かの願いに食い殺されないように。

世界のために命を投げ出してしまわぬように。


彼女に平穏を約束しなければならない。


シェリアが隣で俺の手を強く握る。

唇を噛んで耐える涙がその決意を共有してくれていることを示す。


「ユアさまの望み、しかと聞き届けました」


しっかりと声に出せば、神気の揺れがとまる。

驚いたように俺たちを見るユアに安心させるように笑いかける。


少しでも優しく見えているといい。

世界が、彼女に優しくあるといい。


「ユアさまの切望する平穏の国を約束いたしましょう」


神はきっと俺たちにそれを願ったのだ。

彼女のための世界を作るために、俺たちを呼んだのだ。


俺とシェリアは揃って騎士の誓約を口にする。

少し膝を落として右手を胸に、頭を垂れて。


「ユアさまに捧ぐ、ユアさまのための、ユアさまの国を必ずや」


かつての世界の決まりごとはこの世界にはないものだ。

こういうものは心に誓うものだからこれでいいのだろうと、俺は思った。






勘違いです、サイラスさん(キッパリ

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