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世界を渡った、とある女のよくある話





一人の女の話をしよう。

大して面白みもない、よく聞くような人生を生きた私の話を。


私には生まれた時から決められた道があった。

王族として生まれた以上当たり前の話だけれど、それでも私は特別。

割り振られたお役目が存在した。


一代に一人、選ばれる神子。

それが私。

王族から神子が選ばれるのはとても珍しい。

吉兆だと当時は随分と騒がれたものだとか。


幼い頃から神殿に隔離され、両親と顔を合わせたのは数えるほど。

神子を健やかに育てるために私が居る場所は秘され、おかげで静かな幼少時代を送らせてもらえた。


緑あふれる森の傍の、白亜の神殿が私の住処。

大人たちの言う事をよく聞いた私はとても優秀な神子だった。

同年代の友人はいなくとも、初めから居ないものを悲しくは思えない。


話し相手はいた。

気まぐれにしか相手をしてくれない『神さま』。

今思えば、とても不遜な考えを持った子供だったと苦笑が漏れる。

知識を詰め込まれ、王族としての心構えを、神子としての役目を、そして神への祈りを捧げ、自由を知らず、不自由すら知らず、日々はとても淡々と過ぎていった。


外に連れていかれることは本当に稀。

慈悲の心を育てるために、貧しい民の様子を見せられたり、親のない子供が集められる施設を訪問したり。

そんな名目ですら周りを大人たちに囲まれ、深くフードを被らされた私には誰かと接触するハプニングなど起こりようもない。


そうして十二の年を数える頃、私は両親の元へ帰された。

王城は煌びやかで、人の多さに目眩がする。

しきりに話しかけてくる人々の顔の見分けにこんなに苦労するとは思わなかった。

なにかと世話を焼いてくる侍女たちも、静かな神殿でなんでも一人でこなしてきた私にはとても煩わしいものに感じた。


それからの日々は多少の煩わしさと王族としての義務が増えたくらいの変化。

言われるがまま、民を労い、慰問と言う名の王族の人気取りに駆けずり回った。

もちろん神子としての日課も欠かしていない。

こうして私が何事もなく穏やかな時間を送れているのも、王族として民を導く役目を担っているからであるし、私に神子としての付加価値があるから民は素直に王族を信じる。


今代の王の治世がどうだったか、と言えば愚王ではなかったと答えよう。

彼は冷酷無比な悪魔でもなく野心に囚われた風雲児でもなく、けれど幸いにも平時を治める程度の能力はあった。

けれどそれだけ。


戦を仕掛けなければ平和なのかと言われれば、そんなわけはない。

残念ながら時代は不穏な流れの中にあり、国は当たり前のようにその潮流に飲み込まれた。


父に戦の才能はなかった。

やがて軍部の台頭を許し、彼らが大きな顔をして王城をのさばる様になり、そうして一人の男が現れる。


名を、サイラス。


若く、恵まれた体格と、精悍な顔を持つ、炎のような青年。

私を取り囲む貴族子息とはあまりにも違う。

甘さのない鋭利で不遜な男。

怖い男だと、見た瞬間に思った。


元は平民だという。

この乱世でその才を発揮し、ついにこの城にまで立ち入りを許されるようになった。

成り上がり者と言われても、蔑む貴族たちですらいまや彼らに頼らねばならない。


玉座に座る父王の隣で、彼の姿をよく見た。

初めは遠く、末席で。

やがては将軍位に。

そうして直接王からの言葉を聞くようになるまで多くの時間は必要なかった。


命令を拝する彼の頭は垂れていても、伏せた目にすら見える色がある。

ふと合った目線に、彼はその野心を隠す気はないのではないだろうかと思ったほどだ。


危機感を抱いていた者は多くいたが、国には彼が必要で、彼は勝利でその価値を示し続ける。

国運を左右する戦ですら、最早彼に託されるようになった。


激戦、激闘、泥戦。

苛酷な戦いとなったと伝え聞いた。


私に出来ることは少ない。

ひたすらに祈った。

国の勝利を。


そうして凱旋したサイラスは王の前でついにその野心を表した。


「姫を頂きたい」


王族と血を繋ぎ、やがては王に。

国を手に入れる。

そういう宣言だ。


私は目を伏せた。

神子姫である私は生涯の未婚を約束されている。


父は姉姫と妹姫にちらと目線をやり、妹が顔面蒼白で今にも泣きだしそうなのを見て、姉が無心を心掛けながら白くなるほどにその拳を強く握っているのを見た。


父は娘可愛さにやんわりと彼の提案を蹴り、お為ごかしに高位貴族の娘たちを人身御供に差し出そうと阿った。


私は小さく首を振る。

サイラスは気を悪くしたでもなく、王の言葉をなるほどと聞いていた。


誰も気付かないのか。

その目に宿る怒りと憎悪と決意の色が。


国の命運は今ここに結したのだ。


私は、私だけが、痛む胸に国の終わりを祈った。


そうして国からサイラスの姿は消えた。


やがて遥か西の大国、その筆頭三将軍の一人として名を伝え聞く。

あれほどの才能だ、彼の居場所はきっと多い。


サイラスを失った国は刃物で削がれるように衰退していった。

故国のこの惨状に、彼は何を思うのだろうか。

私のように痛む心はないだろう、きっと喜んですらいるはずだ。


そんな国に救いの手は差し伸べられる。

西の大国と覇権を争う、東の帝国。

小さなわが国でも、サイラスを得てから破竹の勢いで進軍を続ける西の大国と東の帝国とを遮る残り僅かな国の一つ。

かの国にとってこの国は是が非でも落ちてもらっては困る壁なのだ。


もちろん善意でもない救世主。

立場はあまりにも違う。

まるで帝国の威を示すかのように、彼らは様々な条件を突きつける。


絞り取れるだけ絞り取り、実質上の従属国としようというのだろう。

それでも飲むしか道はない。


父は折れた。

国庫に残った僅かな金も、人材も、そして私までをも差し出した。

破格の条件だという。

こんな滅亡寸前の小国の、二の姫を正妃に据えるなど、前代未聞だと。


かつてサイラスに姉妹を望まれ、娘可愛さに国を売った父が私に縋る。


「もうこれしかないんだ。民をこれ以上苦しめるわけにはいかない。きっとお前にとってもここにいるよりいい暮らし向きが待っているだろう。彼のお人は誠実と聞く、女としての幸せを掴んでほしい」

「…もういいのです、父様。これも、王族としての務めでしょう」


上っ面を滑るだけの言葉を遮る。


民には恩がある。

ここまで不自由なく暮らさせて貰った。

彼らのために、務めを果たす義務がある。


帝国が欲しいのは、多分神子としての私。

こんな小国を、世界で最も長く続く国として永らえさせた神の遣いとしての権威。


けれど、彼らは知っているだろうか。

誰かに嫁ぐ、ということは、人になるという事だ。

神子ではなくなるという事だ。


嫁いできた、民の信望を集めるための神子(道具)が、ただの人間に成り下がっていたと知った時の彼らの落胆はどれほどか。

けれどその時にはすでに契約は成っている。


国は助かるかもしれない。

だが、騙した私は、そこで生きねばならない私は―。


恨みもなく、辛みもなく、憎しみもない。

少しの憂鬱と深い諦観があるだけ。

私の人生は今も昔も、変わらずそういうものだった。


平時も、戦時も、今この時でさえ。


これまでも神子を降りる者がいなかったわけではない。

その慣例に従って、粛々と進められる。

大きく幅を割いたのは次期神子の選定。

私の周りは随分と静かになった。


王城の一角に設えられた、私のための美しい神殿。

そこに足を運ぶ。

神に神子を降りる許可を貰わねばならない。

神子として最後の儀式だった。


そこだけが私の空間。

私が一人になれる、唯一の場所。


ため息のように呼び掛ける。


「神さま」


返事はなく、けれど待てばゆっくりと濃くなっていく気配。

声は聞こえない。

ただ、なんとなく感情に似た揺れを感じ取れる。

私はその程度の神子だった。


私は、許可を。

神子としての役目を降り、王族としての務めを果たすための許可を。

求めようとして。


自分が泣いていることに気付いた。

嗚咽に遮られて、声すら出ない。


ああ。

押し込められていた感情が爆発しそうだ。


涙と共に流れ落ちる。

私を守っていた心。

ぼろぼろと、流れていく。


聖者の義務、こうあるべきと教えてくる知識、神子としての慈悲、人としての慈愛、王族の血や守るべき国、民への責務。

その全てを失って出て来る言葉は。


素直な、飾らない、汚い、本心。


「神さま、ここにはもう、居たくない」


もう、間に合わない。

もう、待つ時間はない。

もう、諦めなければならない。


でも、諦めきれない。

いやだと、身も世もなく心が嘆く。


神さまが囁いた。


長く、よく、遣えてくれたと。

神子の役目を終えてよいと。


そのご褒美だと。




そうして私は、何もかもを失って世界を渡った。






わあ、暗いw

もう一話血生臭い話が続きます。シリアス好きじゃない人ごめんなさい。

次話「世界を捨てた、とある男のよくある話」

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