異世界トリップしたらなぜかブスと蔑まれた17
水色美女はシェリアと名乗った。
わたしも名乗ったのに、畏れ多いとか言われてなかなか名前を呼んでくれないという押し問答があったけど、まあ落ち着くところに落ち着いた。
「ユアさまのご恩情、感謝の念に堪えません」
同じマレビト同士。
万が一敵対せずにいられたら、それなりに仲良くしたいと思ってたけども。
『さま』付けですか……そうですか。
それからシェリアさん、いやいやシェリアさまは紅黒男性に手の平を向けて、ついでに紹介してくれた。
「こちらの方はサイラスさま。我が故郷では裏切将軍の通り名の方が有名でしてよ」
うふふと上品に笑う口から、なにやら不穏な言葉が…あれ?気のせい?
「随分と悪意のある紹介の仕方ですね、シェリア姫。私に含むところがおありなら、ユアさまを巻き込まず、直接どうぞ」
全然気のせいじゃない。
姫、将軍、裏切り、故郷。
…あの、何やら因縁がおありのようで。
厄介ごとの匂いがプンプンと…。
「あらあら、これは異なことを。わたくし、ただの事実を申し上げたまででしてよ。含むところなど、…ふふ。そう聞こえたのならあなた自身の心にやましい所があるのでは?」
「これは手厳しい。ですがそのような口を安易にきいても良いのですか?ここには私たちを阻む身分差も国も立場もない。かつてのようにあなたを守ってくれるものは、そう、何一つないのですよ?」
にっこりと笑うサイラスさんが獰猛に笑った。
牙が見える。
こわい。
シェリアさまがぎろりとサイラスさんを睨む。
切れ長の冷たい色が殊更迫力を加えて、わたしは慄いた。
ちょお!
一触即発ー!?
やめて!
わたしの楽園なんですけど、ここ!
二人が手を出したら更地になる未来しか見えない。
話題を!
何か話を逸らさないと!
ええと、なにか!
なにかー!誰かー!ヘルプミー!
「あ、あの!?」
火花が散ってる中で発言するのはかなり勇気がいりますね。
言いしれない威圧感を醸し出したまま、二人が振り向いたりするから思いっきり逃げ腰になった。
「…お二人は同郷なのですか?」
もう、そんな事くらいしか言えなかった。
話が逸れてないよ…。
わたしのアホ。
「同郷…そうですね、生まれた世界が同じだったとでも申し上げましょうか」
極力関係を薄くしたいのか、シェリアさまはそう言い直した。
どうやら推理通りこちらに来る前のお知り合いの模様。
「ユアさま、これでもわたくし、王族の一員でしたのよ?」
内緒話を打ち明けるようにわたしに言ったシェリアさまはさっきとは一転して大変可愛らしい。
うんでも、その、「意外でしょう?」的な問いには同意できないよ。
めっちゃお似合いだからねロイヤルファミリー。
なんかエライ気品があると思ってました。
姫とか言われても違和感ない…あ、いや女王の方が似合うかも?
「もっとも、我が故郷はサイラスさまのおかげで今頃滅亡の憂き目にあっているでしょうけど」
ひょえ!
めっちゃぶっこんで来た。
そういうご関係でございましたか。
暑くもないのになんだか汗が…。
「訂正いたしましょう、シェリア姫。あなたの国はすでに蹂躙し尽しました」
ひょえ!
サイラスさん、煽ってどうするの!
ぶっこんで来たどころじゃない告白なんですけど!?
「とてもむしゃくしゃしていたので、つい」
にやりと笑うサイラスさん、片眉を大きく上げて横目で彼を見るシェリアさま。
うおおおおお!
「つい」で国を滅ぼすなし!
いや、今もガンガン他国侵略してるんだから一貫してるっちゃしてるのか?
そうなの?
いやいや、全然褒められないけども!
マレビトこわい。
本性がこわい。
それとも彼らの世界ってみんなこんな戦闘民族なんだろうか。
ところで、あの!
わたし平和な日本出身者でしてね?
まったくあなた方の流儀に親近感が抱けないんで、そんなん聞かされても困るんですけど。
よそでお願いします、マジで!
暗い話とか痛い話とか、流血話は極力聞きたくない!
「…そう」
けど、シェリアさまは激昂したりしなかった。
…なぜに?
ほわい?
「さて、過去の話はこれくらいでよろしいか、シェリア姫」
「ええ、そうね。いい加減建設的な話をしましょうか。これからの話を」
突然話題が転換した。
ついて行けぬ。
「大陸統一まで秒読みだ。早急に統治者を決めておかねば」
「ええ、わたくしか、あなたか、ユアさま以外に候補は居ませんが」
ちらりと二人の目がこっちを向いた。
わたしは目を剥いた。
あっちょんぶりけ!!!!
「エルスティアの王宮で三陣営が揃うことになろう。我らマレビト三人の発言があれば、速やかに統一国家建国の流れに持っていけるはずだ」
「そのためにここまで発言力を高め、国すら支配下に置いたのですから、そうでなくては困ります」
…待って、話についていけない。
あと、わたしを勝手に巻き込まないで。
「シナリオに気付かれぬよう、極力接触は避けていましたが、ここまで機会が巡ってこなかったのにはさすがに焦りました。…会えてよかった」
きらきらと、水色の瞳が深紅の瞳と絡み合う。
「シェリア姫」
「サイラスさま、どうかシェリアとお呼びください。あなたが先ほど仰られたのです。ここでは、わたくしたちの間に身分の差はない、と」
戸惑う目が揺れて、恐る恐るその名を口にする。
「…シェリア」
その声には色々な感情が湛えられていた。
そりゃもう、色々と。
「…はい」
その返事は、抑えきれない感情があふれ出していた。
全開フルスロットル。
端的に、わたしが把握した事実を表現しよう。
ロマンスが芽吹いて、空を突き抜け星になった。
そういうことです、はい。
なんだこの超展開。
いや、それより!
だ、だれか。
瀕死のわたしに気付いて。
その前の発言に言及させて!
それか今すぐに逃走させて!
望めるのなら、あの空の亀裂の向こうに!
そんな心の叫びが聞こえたのか、ピンク色の空間を作り出していた二人がわたしを見た。
「して、ユアさま。我々はあなたの言に従う用意がございます。どうなさいますか?」
言うに事欠いて、どうなさいますかだとー!?
こんちくしょう!
わたしの頭の中を覗かせてやろうか、貴様ら!
疑問しか入ってないぞ!
何がどうなって、何が起きてて、何が始まろうとしていて、君たちは何をしようとしてるのかね!?
答えを求める前に問題文をプリーズ!
この迷路な感じ!
イラっとするぅうう!
ごうっと、体の中を色々吹き抜けていって、最終的にわたしの頭は限界値に達したんだと思う。
一周回って逆にちょっと冷静になったからね、うん。
「どう、とは?わたしに何を求めているの?それを先にお聞かせ願える?」
疑問には疑問で返す!
これ、常套。
「は、いえ。ユアさまに何かを求めるなど」
「言えないの?答えはないの?そう、…―そう」
あー頭が重い。
こりゃ頭の働かせすぎだわ。
「ユ、ユアさま、…どうかお鎮まりください」
「大丈夫、落ち着いてるわ」
ちょっと脳内がオーバーヒート気味なだけよ。
血流の音が耳の奥でごうごうとうるさいけど。
「きっと休めばすぐによくなる」
そうそう、もうおなか一杯。
戦争とか、ロマンスとか、裏シナリオとか。
わたしに今必要なのは君たちみたいな厄介ごとじゃなくてさ。
静かに休める環境なんだよ。
「わたしが望むのはそれだけ」
国とか、権力とか、戦いとか、そういうのから解放されたいわけ。
わかる?
察する能力、大切よ?
「ねえ、わかる?」
いつもの日本人笑顔のごり押しで行こうと思ったのに、こめかみが痛いから薄っすらとした笑いになった気がする。
これじゃあ不気味なだけだな、はは。
「頼み事は聞きましょう。叶えることは稀だけど」
マレビトだけに。
ギャグってる場合じゃないけど、どうしても言いたくなるこの逆らえぬ性が憎いわ!
いや、本当はただ叶えてあげられる実力がないってだけだけど。
「でも、あまり多くを求めないで」
単純に出来ないことが多いからさ。
「とても、困ってしまうから」
バレるとかっこ悪いじゃん。
ぶっちゃけると、煩わしいのはきらいです。
だから―、
「は、畏まりました!ユアさまの望み、しかと聞き届けました故!」
え、っと、先を遮らないで欲しいんだけど。
気を取り直して、もう一度!
だから―、
「お任せください、ユアさまのお力なくとも大陸の一つくらいまとめ上げてみせます」
いや、だから、先を…。
「ユアさまに縋ろうなどと、厚顔な話でした。申し訳ございません。代わりにユアさまの切望する永劫続く平穏の国を約束いたしましょう」
え!?!?!
い、いらないからね!?
突然どうした!?
んなもん、切望した覚えはない!
その耳は一体何を聞いてるの!?
「ユアさまに捧ぐ、ユアさまのための、ユアさまの国を必ずや」
なにやらマレビト二人が共謀して統一国家なるものを作ろうとしてるらしいけど、巻き込まないでくださいと遠回しにお断りしたら、いつの間にか国を捧げるとかいう壮大な話になってた件。
…どうしてこうなった。
この世界に来た順番はシェリアさまが一番のご様子。