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異世界トリップしたらなぜかブスと蔑まれた  作者: 一集


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ブスと蔑まれていた主人がなぜか美女になった4






キリ、と名乗った娘はこの辺境では際立って美しい娘だった。


もちろんユアさまとは比ぶるべくもないが、世間一般的に言わせてもらえれば容姿に優れていることを否定はできない。


この年まで辺境領主や旅の貴族に目を着けられず無事に過ごしてきたのは、ここが田舎ゆえだろう。

基本華やかさや洗練さに惹かれる貴族たちは、よほどのことがない限りこんな辺鄙な村に立ち寄ったりはしない。

どころか、神気の薄い辺境自体が忌避すべき場所である。


村人たちから隔意を抱かれていたのもよかった。

親という庇護者のいない見目麗しい娘の末路など容易に知れる。

美しい娘が王子に見初められて、などというサクセスストーリーは物語の中にしか存在しない。


だが、多分それだけではない。


じっと馬車の中、向かい合って座った娘の目を観察する。

光を弾く、灰色の瞳。

人形じみた容姿に唯一生気を与えているのはそれだった。


視線を感じたのか、キリがこちらに目を向けぎろりと睨み返された。

手負いの獣のような娘だ。


彼女はずっと、目隠しをして過ごしていたのだという。

なるほど、村人たちが彼女の優れた容姿に気付かなかったわけである。


なによりも驚いたのは。


「神眼持ちを、こんなところで見ることになるとは」


俺の言葉にユアさまがきょとんとした顔をした。


ユタがすかさず捕捉を付け加える。


「特別な目を持つものをそう言うのです。王都でも貴重な人材であるはずなのですがね」


同じく、このような場所で見るとは思わなかったと言外に口にした。


「あまり居ない能力を持ってる人のこと?」


希少な能力者、その解釈に間違いはない。

俺もユタも神妙に頷く。


厄介な者を抱え込んだ。

何とかユアさまを彼女に関わらせないようにと思ったが、それを知らないユアさまは当たり前にそのお優しい心でキリに同情を寄せてしまった。


せめて現状を正確に伝え、ユタと俺とに共通する認識をユアさまにも共有していただくしかない。

彼女の処遇はそのあとに三人で話し合えばいいのだ。


そういうつもりで言った警告に、ユアさまは妙に嬉しそうに笑って。

その笑顔はユタに向けられた。


「ユタと、一緒ね?」


神術を使えず、王都では侮蔑の対象である『別の力』を使うユタと、神官や神術士として出世するには大いに有利に働く神眼を同列扱うなど、ユアさま以外が言ったのなら神への暴言とも聞こえる。


だが、ユアさまならば、きっと本当にそう思っていらっしゃるのだろう。


それがわかるから、ユタは少し驚いた後嬉しそうに笑った。

ユタがここに来てからよく見るようになった表情だ。


この男とは長年の付き合いになるが、彼は王都では感情をほとんど表に出さなかった。

元来、感情豊かな人間だったのだと気付いたのは、ユアさまのお傍にいるようになってから。


良いことだ。


とは思うものの、少々憮然とした感情が沸き上がる。

ユタと俺とは似たもの同士。

その言葉と笑顔は、俺にも向けてくれてもいいのではないだろうか。


ユタばかりズルい、と思う感情がこそばゆくて、自分の感情が面白い。

人のことは言えないと思いながら、ふと顔を上げるとユアさまと目があった。


柔らかく細められた目が、俺を見ている。

俺だけをその瞳に映して、緩やかな弧を描く唇が笑みを語る。


そこに湛えられた感情はひたすらに甘く、優しい。

それだけ。

言葉もない、そんな視線一つで、今の俺はどろどろと溶けていく。


ユアさまはこわい人だ。

心を侵食し、形すら変え、俺はいつの間にかユアさまを崇拝する信者のように盲目的になっている。

なによりも、そんな事実を、それを認識しても尚、幸せだと俺に感じさせるユアさまがこわい。

こわくて、そして抗いようもなく惹かれる。


朝、起きるたびに彼女のために生きられる幸福が体中を巡り、夜眠るたびに傍に居られる今に歓喜が心を満たす。


今では、そのうち名前を呼ばれただけで感情が決壊するようになるのではないかと危惧すらしていた。


「それで、その神眼には何ができるの?」

「神気がよく見えるそうですよ」


ユアさまが美しい目を瞬く。

神気が見えて何になるのかと、表情が語っていた。


確かに神気が見えない、感じられないなどという者はいない。


「よく見える、というのが重要なのです」


苦笑して答えたのは、多分、ユアさまは神眼持ちなどよりもよほどよく見える目を持っているとわかるから。


「そう、なのかもしれないわね」


少し自信がなさそうに言うのは、神眼の恩恵に対する想像がいまいち薄いのだろう。

と思っていたら、ユアさまはユアさまらしく、別の事柄に心を砕いていたようだ。


「それじゃあ、キリは王都に行った方がいい暮らしができるのかしら」


ユアさまの隣に座っていたキリがその言葉にぎょっとしているのが見える。


そうだろうとも。

キリの心情は手に取るように分かった。


しきりに言葉にならない否定を、頭を横に振ることで伝えようとしているキリの目にはあっという間に涙が盛り上がっている。


「いやです、わたしはユアさまのお傍を離れたくありません!」

「ど、どうして?わたしの傍にいても、キリが村でしていたような生活とほとんど変わらないのよ?」


戸惑うユアさまは本当にわかっていない。

この心酔を意図しているというのなら、ユアさまは希代の悪女と呼ばれただろう。

だけど、ユアさまはひたすらお優しいだけなのだ。

誰かのために、その者の幸福を、いつも祈っておられる。


「キリの意思を無視するつもりはないわ。けれど、若くて美しいあなたなら、もっと相応しい舞台でもっと輝けるはずなのよ」


こんな、出会ったばかりの娘にさえ。


「ユアさま、違います。違うんです、そうじゃないんです。わたしは輝きたくなんてありません、相応しい舞台はここです。わたしは贅沢など欲しくない、華やかさなんて興味がない」


あなたの傍で、あなたのために生きたいのだと、キリが言う。


認めよう、彼女は俺たちの同類だ。


向けられた心に溺れそうだと毎日のように思い、今、向けられた視線に、とうに溺れてもう息はできていないかもしれないと思う。

そんな俺の、紛う事なき仲間。


ならば、少しの援護くらいはしよう。

いまだ困惑しているユアさまとの付き合いは一番長い。

彼女の弱点はよく知っている。


「ユアさま、キリは王都に行っても幸せにはなれません」


その言葉はてきめんだった。

キリは突然自分に有利な話を始めた俺に訝しむ目を向け、ユアさまは驚いた顔で俺を見る。


俺の言葉の後はユタが継いだ。


「キリ、あなた。神眼持ち、というより神眼しか(・・・・)、持っていないのではないですか?」


その意味を捉えてユアさまが驚きに目を見開き、自身の目が『神眼』だとすら知らなかったキリは警戒するように目を細めた。


俺たちは神術を使えない。

けれどその分、知識だけは必死に蓄えた。


神眼の話も、その知識の中にはある。


神眼持ちだろうと、普段は普通と変わらない。

俺たちと同じように、同じ視界で同じ光景を見ている。

必要となった時だけ、『神眼』を開くのだ。


神眼で見る世界は、神気の世界。

神眼とは、神気を見る目のことだ。


神眼が重宝されるのは、生き物は基本神気を持ち、神術は神気によって成されるから。


そこに壁があっても、神気を持たない壁は神眼を遮るものには成り得ない。

神術が発動する前に、神眼ならばそれがどんな効果をもたらすものなのかを読み解ける。

何よりも、神術を使用しようと神気を集め出した瞬間に、神眼はそれを捉えられるのだ。


その恩恵は計り知れない。


けれど彼ら神眼持ちは、普段から神眼を開いていたりはしない。


「無機物が見えないのですから、生活するには不便なのですよ」


いつか話をした神父がそう言っていた。


そこから導き出されるキリの答え。


彼女は、目が見えないのだ。

そしてその目に、神眼が宿っている。


「神眼、ね。そういう名前の病気(・・)だったの。ふうん」


キリの答えは平坦で何の感情も見えない声だった。

今更、どうでもいいのだろう。


ユアさまだけが顔を青くしていた。


もう一つ、キリに知れる真実がある。

例の神父の話には続きがあった。


「暗闇などでは便利ですが、四六時中神気を放出しているわけにはいきません。わりに燃費が悪いんですよ、神眼も」


無機物を見る方法もあるのだ。

自分の神気を放出し、周囲の光景を浮かび上がらせる。


神眼対策に暗殺者などは神気を隠せる訓練を徹底的にすると聞いたことがある。

神気を持たない者がその役に抜擢されないのは、逆に神眼には闇として映るかららしい。

見えにくくはあるが、注意すればわからなくもない、そんな生物は一つだけ。

何よりも、神気で周囲を探った場合ですら、神気を持たない者は依然として闇の形を残す。

光の中では影が目立つように、神眼の前では神に見捨てられたその存在も一目瞭然。


つまり、見えないものが多かった彼女は。

周囲を把握出来ないキリは。


結論、俺たちと同様に神気がないのだ。


「はじめて見る症例だ」


何と歪な娘だろう。


目が見えない代わりに神眼があった。

神眼があっても、それを使いこなす力がない。


「どうでもいい」


ぴしゃりとキリが言い切った。


「もう見えるから、どうでもいい」


彼女の目は、きちんと物を見る。

無機物である馬車の中でも不自由なく動くからそれがわかる。


その目には影としか映らないはずの俺たちにすら、寸分の狂いなく目線を合わせる。

はっきりと描き出されているだろう、彼女の視界が想像できた。


その原因はきっと。


「キリ?」


ユアさまの神気が揺れる。

案じるように、波紋のように優しくキリに触れる。


圧倒的なユアさまの神気は、それでも痛くも重くも眩しくもない。


キリが顔を顰めた。

泣きそうな自分を戒めるように、唇を引き結ぶ。


知っていた。

ユアさま、という人を、知っていたけど。

もう、なんと表現すればいいのかもわからないくらいに愛しさが積もる。


ユタと視線を交わして、ユタは肩を竦め、俺はキリを心配そうに覗き込むユアさまに苦笑を向ける。


キリが何かを見たいと意識を向けるたびに、目の前で起こる現象。


ユアさまの神気はキリの意思で動く。

進み、広がり、キリに世界を見せる。

キリはもう、自分で神気を持たなくとも、見えないものはないのだ。


言葉にしなくともその神気が語る。

どれほど彼女がキリに心を寄せているのか。

どれほど彼女がキリの幸福を願っているのか。


他人の神気を使える、などという奇跡は見たことがない。


仮定でしか聞いたことのない現実味のない推論。

何一つ否定なく、忌避なく、誰かを受け入れられるならば、自身とも呼べる神気を誰かに貸し与えることが出来るかもしれない。


そんな、誰も立証できなかった奇跡が目の前にある。


「…ユアさま、ユアさまユアさまユアさま」


顔を覆ってその名だけを呟くキリは、きっと世界を敵に回しても、ユアさまただ一人のために生きるだろう。


「キリ、君を歓迎しよう」


心から、歓迎する。


「ユアさまの望む平穏を守るのが我々の使命」


ユタが厳かに告げれば、世界を手に入れた美しい灰色の瞳が挑むように鋭さを増す。


「言われなくても」


俺は新しい仲間の答えにとても深い満足を覚えた。






多分、ユアだけ話についていけてない。

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